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第1話「アンジュとズシ」

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第1話「アンジュとズシ」




 牛に似た醜悪な異形は、暴風のような鼻息を出して襲いかかる。
 光の刃が一閃し、異形の首に落ちた。
 怪物は頭を飛ばし、青い血が滝になって血だまりを作った。
 乾いた風が砂を巻き上げる。

 見渡すかぎり荒れ地が広がって、ところどころビルが傾いている。
 かつての天変地異によりできた地割れが、まだ痛々しく残って口を開けていた。
 異形を斬った女の光る剣は、魔素をうしない刃を消した。
 砂避けのゴーグルを額に上げ、短めの髪を押さえると女は一息つき、腰の水筒を取って
口に当てた。
 うがいすると、皮のツナギに身を包む若い女は、口の中の砂ごと水を地面に吐く。

 がれきに囲まれた集落の入り口に向かい、女が歩いた。かつてビルの一部だったがれきが、
今は異形に対する防壁だ。
 男が地に木の杭を打ち込んでいる。
「ズシ、終わったよ」
 女はズシと呼ばれた男に近づいていく。ズシは白衣と呼べるだろうか、茶色く汚れた
白衣をまとい、荒れた髪をして、何かつぶやいていた。
「結界は大きいと希薄になるのであるからして、つまり強度を上げる一つの方法は結界を
小さくすることであるからして、つまりアンジュの『魔素刀』もごく薄い一種の結界である
からして、つまり……」

 打ち込まれた杭に縄をかけ、符を貼り、ズシは念じる。
「木克土、土克水、……万物の理を以て邪を制す」
 そんなズシを、集落の子供が不思議そうにながめていた。
「こいつは、魔法科学のやりすぎで頭のネジが飛んじゃってるのさ」
 アンジュは数人の子供に言ってやった。ズシはかまわず念じ続ける。
 魔素が濃度を増し、結界が強まるのを、アンジュは感じた。

「おねえちゃん」
 少女がアンジュに声をかけ、小さな指を見せた。アンジュはしゃがみ込み、頭をなでてやる。
「ん、なあに」
「あたちねえ、よんさいなの」
「ふーん、そう」
「でも、ごさいになるの」
「へえ、いつ?」
「あのねえ、あしたのあした」
「そう……」
 アンジュはゴーグルの下の顔をくもらせるが、すぐ笑顔を作った。
「よかったね」

 子供たちを呼ぶ、大人の声が聞こえてきた。子供たちは駆けていく。彼らに親はいない。
集められた孤児だ。
 集落の大人はアンジュとズシに複雑そうな目を向けると、子供たちを連れて去った。
 自治組織の武装隊を敬遠する者も多い。異形を退治する、今の世には必要な連中ではある
が、中には高額な報酬を要求する者や異形殺しを楽しむ異常者などもいる。嫌われても
仕方ない。

 アンジュは短くため息をつくと、ズシに言った。
「なあ、やっぱり集落の人たちには避難してもらおう。うちらじゃ守り切れないよ」
 ズシは答えず、古くなった魔法書に目を近付けていた。五系統のうち、ズシは蘆屋系に
属する魔法科学の見習いだ。
 アンジュとズシは大阪自治組織の武装隊から派遣され、異形退治・結界の補修に来ていた。
 もし防衛が無理なら集落の住民たちと相談し、土地を捨てるよう説得することも任務の
うちだ。
 避難先として自治都市近くにテント村が用意されてあり、以前から集落の代表に話は
通っている。
 すでに住民の半分は納得していた。

「金ももらったし、もういいじゃないか。ケガしたら損だよ」
 アンジュも、人助けをしたいという正義感がないわけではない。だが、どちらかといえば
生きていける金さえもらえばいい、という現実主義者だ。開き直っていた。
「意地になったってしょうがないよ。なんか、武装隊から追い出された奴がいたみたいだ
けどさ、あんなのは馬鹿だよ」

 ズシはきこえていないかのように、結界を繕う。
「そりゃ、避難してそのあとどうなるかはわからないけど。ここはダメだよ、なんでだか
異形があとからあとから来てキリないや」
 避難すれば人々の何割かは助かる。三日後には自治都市の武装隊から、本格的な部隊が
やってくるはずだ。
「あとでまた戻ってきてもいいんだしさ。いつになるかわからないけど」
「……結界の強度を上げるいまひとつの手段としては、より強力な符など魔法具を使うこと
であるからして、つまりより確かな媒体が必要であるからして、つまり……」

「ズシ、あの子たちが気になるのか?」
「……つまり」
 アンジュとズシはコンビで面倒な仕事をしてきた。異形退治の後処理など、メインに
ならない裏方作業だ。二人は武装隊では下位のほうだった。

「いまどき、親がいないぐらいなんだよ。普通じゃないか、うちらだって」
 こんな時代だ。身寄りのない者は、生きる手立ては限られる。
 魔素の素質があったアンジュとズシは、まだ運がよかった。

「そりゃあさ、誕生日はテントか、野宿か……それでも死ぬよりはましだろ?」
 ズシは細い顔を魔法書にうずめるようにして、つぶやき続けた。
「……魔法は宇宙の法則を理解し、少し曲げるものであるからして、それによりできる歪みを
補うことが必要であるからして、それがつまり符であったりあるいはなんらかの魔法具で
あるからして、つまり……」
「……ダメだこりゃ。私は集落の代表の人に言ってくるよ。もう結界の補修はいいよ、ズシ」
 アンジュはあきれ、ズシから離れた。



 翌日、住民たちは井戸のある広場に集まり、避難準備をしていた。
 人々の顔は暗い。無理もない。自分たちの土地を捨てるのだから。
 アンジュは人数確認の報告をききながら、荷物のチェックをしていた。
 ズシの姿はない。どうせあとで来るだろう、とアンジュは怒り半分で探しもしなかった。

「誰か、誰か知りませんか!」
 さわいでいる施設の職員に、アンジュはたずねた。
「なんかありましたか」
「うちのハナがいないんです」
「えっ……」
 明日が誕生日といっていた女の子だ。
 異形の魔素を、アンジュは砂を含む風とともに感じ取る。
 アンジュは駆け出した。


 荒野を少女が一人、歩いていた。古くなったウサギのぬいぐるみを抱き、少女は遠くの
山を見つめていた。どこかで缶が転がる音がすると、少女はおびえてぬいぐるみを強く抱く。
 前時代の異物である斜めのビル、壊れた自動販売機などが、少女の目にはひどく恐ろしい
ものに見えた。

 また物音がした。少女が見ると、そこにはやけに細い、大きな犬のような異形がいた。
異形が開けた口には、鋭い牙が並んでいる。
 五歳に満たない少女にできることは、ただ身を硬直させることだった。
 獲物に向かい、異形は四つ足を曲げ、飛びかかろうと力をためる。

 異形の足が地から離れた。異形がすばやく突っ込んだのは女の子、ではなく光る刀の刃
だった。
 異形は真っ二つに分断される。少女の左右に、分かれた異形の半身が倒れた。
 雨のような体液の中で、少女はやはり何もできないでいた。

「何で結界の外に出たんだ!」
 このときのアンジュは教育的に怒ってみせたのではない。計画を邪魔されて、ただ腹を
立てていた。
 おびえて白い顔をするハナは、消え入りそうな声を出した。
「ぱぱとままが、いるっていわれたの」
「何?」
「おやまのむこうにいるって、いわれたの」
「……異形にか」

(頭のいい異形に誘い出されたのか……)
 しくじったことに気づき、アンジュはハナを無造作に抱き上げ、駆ける。
 魔素を持つ者は身体能力を高められる。野性の獣のような速さでアンジュは荒野を走り、
来た道を戻った。
(しまった……! 誘い出されたのは私だ)

 集落の入り口に、異形が黒々と群がって恐ろしい声を上げている。
 壊れそうな結界が、青白い光を起こしていた。ズシが必死に魔素を縄に送り、結界を
維持している。
「ズシーッ!」
 アンジュは魔素を高めると、がれきを駆け上がり、飛んだ。
 少女を抱えたアンジュが、鳥のように空に軌跡を描く。異形でさえ口を開けたまま、
そのさまを見上げた。

 結界の内側に着地すると、ハナを立たせてアンジュは腰の魔素刀を手にする。柄から
光る刃が生成された。
「もうダメだ、ズシ。ハナちゃんを連れてみんなで逃げな。私は少し足止めする」
「結界の強度を上げるにはより強力な魔法具が必要であるからして、つまり……」

「ズシ、もう結界はいい!」
 魔素刀を逆手に構え、アンジュは異形の群れを見据える。
 突然、虎のような異形が、猿のような異形にかみついた。何が起きているのか、アンジュ
にはわからない。
「仲間割れか?」
 猿のような異形の肉を引きちぎり、骨までむさぼり食う虎の
ような異形に、今度は熊のような異形が牙を立てた。
「な、なんだ? 共食いしてやがる」

「いや、あれは共食いというよりつまり……」
 ズシはなおも杭に符を貼り、結界を修繕する。

 さらに、蛇のような異形があごをはずして、熊のような異形を頭から呑みはじめた。
 強引に蛇のような異形は熊のような異形を呑み込み、胴体を限界までふくらます。蛇の
ような異形は張り裂け、熊の胴体が出てきた。頭は猿のようで太い牙をつけ、手足は何本
もあって熊や虎のものだ。尾は蛇だった。
「合体した!」
「いや、合体というより、あれはつまり」

 奇妙な異形は天に向かって、雷鳴のような鳴き声を響かせた。
 ズシは魔法書を手に、魔素を練り上げて高める。
「あれはつまり、本来ああであったのであろうからして、つまり」
「今まで分裂してたのか」
 異形の強力な魔素が、アンジュの全身をしびれさせる。先程よりはるかに強くなった
のは、間違いない。
 異形が虎の前脚で爪を突き出すと、宙に青い火花が飛ぶ。結界はあっさり破れた。
 縄は切れ、杭は倒れ、符は焼けて黒くなる。

「ダメだ、逃げよう」
 アンジュは動けないでいるハナに駆け寄り、小さな手を取った。
 ズシはうずくまっている。
「ズシ!」
「魔法とは宇宙の原理を知り、バランスを少し崩すものであるからして、つまりそのとき
生まれるひずみを埋める必要があるからして、つまり……」
 ズシは切れた縄の両端を握った。

「おい、ズシ?」
「より強力な結界を造るにはより『確かな媒体』が必要であるからして、つまり……」
 ズシの全身が光り輝く。
「おまえ……」
 アンジュの視線の先で、強大な異形が爪を振り上げた。
「水克火、火克金、金克木、天地陰陽の理を持って邪を退かん」

「ズシ! やめろ!」
 爪がズシの頭に落ちようとした瞬間、強烈な光が発せられ、異形を撃ち抜いた。
 防御の力が張り巡らされ、周辺を包み込む。異形たちは悲鳴をあげ、つぎつぎ焦げて
崩れた。
「ああ……」
 黒い煙が漂う中に、ズシだったものがある。石化し、一個の岩になっていた。

 風が煙を流し、辺りを明るくしていく。隠れて見ていた集落の住民たちが、恐る恐る
アンジュに近づいた。
「いったい、どうなったんです」

「終わったよ。もうどこへも逃げる必要はない」
 アンジュは人の形をとどめない岩のそばに魔法書を見つけて、拾い上げた。
「ズシが、結界の一部になった。特別頑丈なのを造ってくれたよ。……命を捨ててね」

 住民たちは言葉にならない声を漏らした。
 アンジュは手をズシだった石に当てた。手触りは、まったくただの石だった。
「なぜ、そこまで……」



 あくる日も、アンジュは石のそばでぼんやりとしていた。
 施設がある方角に顔を向けた。
 ささやかながら、ハナの誕生日会がもよおされているはずだ。
(ズシ、何を伝えようとしたんだ……?)
 一日過ぎて、アンジュの頭も少しは働くようになっている。

(あの異形は普通じゃなかった。あれは……)
 蘆屋の研究所で、異形を魔法科学の実験に使っているとアンジュはきいたことがある。
ズシはなおさら知っていたはずだ。
 アンジュは魔法書に目を落とした。
(あれは実験の失敗作か? それをここに差し向けて、住民を追い出そうと……)
 思えばこの任務ははじめから不自然だった。アンジュたち二人に、多数の異形を撃退
するのは無理だ。そんなことは自治組織もはじめからわかるはずだ。
 避難するにしても、あまりに多勢に無勢過ぎる。

(この土地を使って実験か何かするために、失敗作を差し向けた……。自治組織もグル?)
「だからって、私にどうしろってんだ。戦えって? 蘆屋と、自治組織と……」
 力なく、アンジュは自嘲して笑んだ。

(無理に決まってるじゃないか……)

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