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白狐と青年 第6話

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白狐と青年 第6話






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 信太の森、第二次掃討作戦時に封印対象地区に指定されたそこは第二次掃討作戦から数年を経た今も人の寄りつかぬ地となっていた。
 その森を一人歩く影がある。匠だ。手に携えた棒の先端から≪魔素≫の刃を形成し、彼は槍のようになったそれで散発的に現れる異形を斬り払っては森を奥へ奥へと進んでいた。
 その歩みは門谷の『森へと行った』という情報のみで動いているにしてはあまりにも迷いのない、まるで何か確信でもあるかのような足取りだった。
「おかしいな……」
 匠の口から言葉が零れた。足は急ぎ気味に森の奥へと依然向けたまま、彼は思考する。
 ここ最近の異形の発生数からみてもっとしんどい事態になるもんだと思ったんだけど……。
 実際には襲いかかってくる異形などほとんど居ない。むしろ周囲の鳴き声を聞く限り≪魔素≫を持たない普通の獣たちの気配の方が強く感じられるくらいだ。
「信太の森が異形の発生地点じゃない?」
 そう呟いた時、視界に妙に荒れた地形が現れた。掘り返されたり焼かれた跡が残っている地面。そこはかつて信太の森に異形を呼びこんでいた地割れがあった場所であり、
「地割れは復活していないってことは……」
 その地割れが無いということはこの森の封印が解かれていない事を意味していた。
「封印がそのままってことはあの異形共は森から出てきたんじゃなくて森を通過点にしているだけだったのか?」
 独りごちながら歩みを進める。周りの木には大きな獣が爪で抉ったような傷痕を持つ木が大量にあり、その傷の内のいくつかは匠にも憶えがあるものだった。
 クズハを操った下手人はあの狐だろうな。
 木に残る傷痕を横目で見ながら匠は過去を思い返す。
 数年前、第二次掃討作戦の折、信太の森の大狐と戦ったのはこの場所だった。


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 周りには異形や武装隊、双方によって放たれた火がある。武装隊の仲間を逃した匠は疲労を滲ませながら多くの人と異形の屍の中で一匹の狐の異形と向き合っていた。
 その狐の異形――人の身よりも巨大な金毛の狐は匠を見据え、流暢な人語を話した。
「住処を荒らされるのは頭に来るものだな、若造。我としてはあの武装した連中全員を狩ってしまいたい所なのだが」
 その声は年若い女性のもので、案外に落ち着いた言葉だった。
 匠は見据えてくる狐を見返し、
「ただ森に住んでいるだけならまだよかったんだけどな。この森の異形は人を食い過ぎた」
 だから討伐対象だ。
 そう言って棒の本体を芯にするようにして形成した≪魔素≫の刃の切っ先を大狐へと向けた。
「我は人を食ってはおらんよ。人は不味そうでな」
 嫌そうに言う狐に匠は。それでも、と言って剣状の棒を突きつける。
「この森の異形の統率者はあんたで異形が人を襲うのはお前の差し金だって上から聞いてる。信太主(しのだぬし)」
「それが我に付けられた名か?」
 ほう、と興味深げに訊いてきた。
「ああ、あんたが信太の森の異形の主だろうってことで武装隊の上が決めた」
「ふむ……」
 思案気に呟き、
「別に我が奴らを操っているわけではないぞ? あの獣共が邪魔だから我の周囲から除けていただけよ」
「それで森からあぶれた異形に近くの村が襲われてるんだ」
 元々異形出現地区として目をつけられていた上に被害が出ていた村から届が出たために今回、第二次掃討作戦において信太の森は封印対象地区となっていた。
「おや、アレらは外に出ておったか。ククク、森も無限にあるわけではないからなぁ」
「それで近隣の武装隊が信太の森の異形出現地区を封印しに来た」
「封印技術ができたのか」
 驚きとも感心ともつかない声を発した信太主に匠は頷き、周囲の地割れが閉じていることを示し、武装隊内で出回っている情報を告げた。
「今全国で第二次掃討作戦、封印戦が行われているって話だ」
 信太主は感嘆の声を発し、
「人というのは面白いのう、その武器も、≪魔素≫を使っていると言ったか。器用なものよ」
 実に面白そうな笑みで言った。
「作ったのは変態じいさんだけどな」
 刃の位置の関係上、剣のように取り回している棒を構えて匠が言う。
「っふっふふふ、是非に会うてみたいものだな」
 信太主は切っ先を見つめ、≪魔素≫を発散させ始めた。その口が言葉を紡ぐ。
「お前たちが異形と呼ぶモノにも守りたいものの一つや二つ、あるものなのだ――」


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 森の中心部封印箇所付近、そこには巨大な木が立っている。そしてそれをねぐらにするように蹲る獣の影があった。
 狐の異形――信太主と、その尻尾に埋まるようにしている、
「クズハ」
 クズハは匠の呼びかけにも応えることも無く信太主の尻尾に目を閉じて身を委ねていた。
 生きてるな……。
 僅かに耳や尻尾が動いているのを確認してそっと安堵の息を吐き、匠は信太主に視線を向けた。信太主はその狐の面に明らかにそれとわかる笑みを浮かべて話しかけてきた。
「久しいのう若造、数年ぶりか?」
「第二次掃討作戦以来だな。――クズハを返せ」
「この娘はお前の所に帰る気はないようだが?」
 そう言って尻尾でクズハをはたく。目を開けたクズハは匠を虚ろな目で見て、立ち上がった。その口は引き結ばれたままでなにも言葉を発しない。
「お前がどうにかして操っているんだろ? あそこでクズハに俺を刺させたのもお前の差し金じゃないのか?」
「おお、正解だ。見抜いたか。良い目をしておるのう」
 賛辞の言葉を無視して匠は矢継ぎ早に訊く。
「お前とクズハはどういう関係だ? なんでクズハはあの時ここに居た? お前が封印戦で森から去る際連れていくこともできたろうに、なぜクズハを置いていった? そしてなんで殺せたはずの俺を見逃した?」
「娘――クズハを調整した者から聞いてはおらぬのか?」
「なに?」
「ふむ、そうか、聞いておらぬならば我には何も言えんな」
 信太主はのそりと起き上る、匠は棒を構えるが、信太主はクク、と小気味よさそうに笑って、
「我は戦えぬよ、そういう約束だ――しかし、我は少し失望しておるのよ、若造」
「失望?」
「そう、親兄弟の心境というものだ」
 そう言ってクズハを見る。クズハはゆらりと匠の方へと一歩足を進めた。
「さあ、感情のままに暴れよ。そして訴えかけるがいい」
 信太主の言葉に応えるようにクズハの周りで≪魔素≫が集中し始めた。

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