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白狐と青年 第5話

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白狐と青年 第5話






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 目が覚めると番兵の兵舎内にある救護室のベッドの上だった。
 しばし白い天井を見つめていた匠はのそりと起きあがり――眉根を寄せた。
「……痛い」
「そりゃそうだろう。風穴が空いていたんだからな」
 匠が腹に巻かれた包帯をさすっていると部屋の入り口から声がかけられた。
「門谷隊長」
 名を呼ばれた門谷はおう、と答えてベッド脇に置かれていたパイプ椅子にどっかりと座った。どうも自分が目覚めるまでそこで様子を見ていてくれたようだ。
「あれから一晩経った。本当ならもっと都会の、そうでなくてもこの自治街の病院にでも放りこんでおきたいんだがな」
 腕を組みながら言う門谷。彼が言葉通りに匠を病院に放り込まなかった理由は簡単だった。病院に入ることになれば壁の外で起こった出来事が露見してしまう可能性が格段に増えるのだ。
 異形が自治街に攻めて来ているタイミングで人と共に住まうことを許可されていた異形が人を攻撃して重傷を負わせた。このことがばれ、上に報告でもされたらクズハは間違いなく討伐の対象になる。
それらの事態を予想し、意識を失う寸前に頼み込んだことを果たしてくれている門谷に匠は深く頭を下げた。
「すみません」
「かまわん」
 門谷はそう言うがクズハの事を黙っているのは自治組織に対する背信と取られてもおかしくない行動だ。この自治街の人間が辺境ゆえか異形に対してある程度おおらかなのを差し引いても危険な橋を渡っていることに違いは無い。
「クズハの事、どこまで広がってますか?」
 それが分かっていてもここはこの人に甘えるしかない。そう思いながら匠は訊いた。
「緘口令を敷いた。外部に漏れることは無いだろうが戦いに参加した番兵たちは皆あの光景を見たと断言していい。
自治街内部だが、道場の師範夫妻、他にも幾名かがお前を追うように走っていくクズハちゃんを見たとのことだがそれ以降の行方は知らないらしい。こっちの奴らはお前がこんなことになっているなどとは夢にも思ってないだろうな」
 匠はとりあえずクズハの事がばれてないことにほっと息をつきつつ、
「そうですか……クズハはどこに?」
 訊ねた。答えはやや重い声でなされる。
「お前があの子を拾ってきた場所、信太の森の方に行っちまったよ」
「森か……っと」
 クズハの行方を聞いた匠はベッドから出ると部屋の中に用意されていた上着を着た。そして壁際に立てかけてあった全長2メートル程の金属製の棒を掴むと、
「よし」
 救護室から出ようと足を進めた。
 それを見咎めた門谷の慌てたような声が救護室に響く。
「おい!? お前なぁ、一応平賀の爺さん手製の薬で無理やり傷口を塞いじゃあいるがとても外出できるような状態じゃねえだろうが!」
 アレでいて平賀の作る薬は異常によく効く。元来その方向で≪魔素≫を調べていたと本人が以前言っていたのを匠は昔聞いたことがあった。
 両親を第一次討伐戦で失った匠は平賀に育てられたために彼の扱う薬を多くその目で見てきている。
その薬の効果も既に身をもっていくつか体験しており、今回使われたのは≪魔素≫と何か得体のしれない薬液が損傷した体の部品を代行するタイプの薬でも使っているのだろうと当たりをつける。
とっさに急所は外したとはいえ、匠が負った、通常ならば生と死の狭間をギリギリアウト気味にさ迷うことになるであろう貫通創がたったの一晩で日常生活を送れるほどにまで緩和されているのは驚嘆に値することであった。
 そしてその薬を使ったのならば今の自分の状態でも戦うことができると匠は経験から判断していた。だから、言う。
「クズハを迎えに行く」
「……それだがな、坂上」
 突然門谷がいやに静かに話しだした。匠は部屋の入り口を前に立ち止まり、門谷に背を向けたまま話を聞く。
「俺にはあの場でクズハちゃんが俺たちに敵対したようにしか見えなかった。あのでかい異形を撃った魔法もお前を狙うのに邪魔だからそれをどかすために撃った。と思える」
 その言葉は武装隊の隊長としての冷厳な言葉だ。
「あの子は、クズハちゃんはどうしてお前を刺した? どうして異形の出現地点であり、封印されている信太の森へと去った? そして、最近信太の森に異形が多いのはこのことと関係があるのか?」
 立て続けの質問だ。それらの疑問――疑念は匠も抱いているものであり、しかしそれらの答えは、
「わからない……」
 けど、
「泣いていた」
「なに?」
 門谷の聞き返す声。匠は言葉を選ぶように少し考え、言う。
「俺を刺して、それでクズハは表情だけ笑いながら、泣いていたんだ。あの表情、クズハの中に何かが居たように俺には見えた。だから迎えに、助けに行く」
「なんでクズハちゃんの中に何か居るという仮説が出てきた? その根拠は?」
「確証がないので言えない」
「それなら」
 尚も言い募ろうとする門谷に匠は笑みで問うた。
「門谷隊長、クズハはなにもしていない。だからそんなことを気にする必要は無い。そうだろ?」
 確かに、緘口令が敷かれている今、実際に被害を受けた匠が何もなかったと言うのならば少なくとも自治街の中では何もなかったと言うことができなくもなかった。
実際に今現在自治街では匠がこうして伏せっている事実も存在してはいないのだ。
 門谷はむ、と唸り、
「じゃあ既に一晩クズハちゃんが帰ってこないことはどう説明すればいいんだ?」
 辻褄合わせの相談を持ちかけてきた。
 それはクズハが何もしていないということを肯定してくれていることであり、
 折れてくれたか。
 ありがたい。そう感じながら回答する。若干自信無さげに、
「反抗期だから……とか?」
「反抗期か」
 門谷はそれを聞いて苦笑いで俯き、ため息をつく。顔を上げるとやはり苦笑いで言う。
「壁の外で全て起こったのが救いだったな。アレを見たのは俺の部下共だけ。そして奴らは隊長である俺と恩人であるお前の頼みを無下にしないだろうよ。
何も無かったことにしたいのならそれもできるんじゃねえか? お前もクズハちゃんも無事に戻ってきて俺たちに納得のいく説明をするんならな」
「世話をかけます」
 得られる限りで最高の答えを聞いて匠は深く頭を下げた。
「かまわん」
 鼻息交じりに答える門谷に無言で背を向け、告げる。
「じゃあ、ちょっと家出娘を連れ戻してくる」
「俺も行くぜ?」
「いや、門谷隊長は自治街から決して出ないで下さい」
「しかし坂上、お前の傷、一応塞がってはいるがまだまだ完治には程遠い。あの森に入っていくのは危険だ」
 門谷の言うことはもっともだ。しかし、
「番兵が、武装隊の隊長が動けば事が公になります。それに、この異形量産期に隊長が隊を離れるわけにもいかんでしょう」
 むう、と口惜しげに門谷が唸る声が背から聞こえる。匠は口元を緩めながら歩き出す。
「坂上」
 呼び声に振り向いた匠に門谷は問う。
「お前は何を知っている?」
 匠はその質問に困ったような笑みを浮かべて答えた。
「……何も知らないんですよ、知りたいことは、何も」


            ●


 クズハは森の中で木にもたれかかり、投げやりに心を閉ざしていた。
 思うのは先程自分が匠にやったことだ。
 匠さんを刺した。自分が。
 土の槍が匠を貫いた光景がまぶたに浮かぶ。その時の匠の顔はとても意外そうなものを見るような表情だった。
その後番兵たちに魔法の矛先を向けたときに自分に向けられた匠の表情は怒っていたようで、
 傍に置いてもらう為に得た力でもう二度と傍に居られないようなことをしてしまった。
 そうさせたのは頭に響いたクズハ自身にどこか似た声だ。今もクズハの体の自由を縛っているそれは、あの時クズハの体を彼女の意思に関係なく動かしていた。
しかし、聞こえた声は他の誰かの声である一方で、
 ……私が心のどこかで望んでいたことなのかもしれない。
 もう私を置いてどこにも行けないようにする。それはいつか捨てられてしまうのではないかという恐怖と共にあったクズハがどこかで望んでいたのかもしれないことだった。
 なんてあさましいことでしょう……。
 そう考え、もしかしたら殺してしまったかもしれない匠の事を思い、半ば自棄になって体を操作している相手に早く自分を食べるなり殺すなりして欲しいと願っていると、心の奥底を浚うようにあの声が話しかけてきた。
 自分の声ではない。けどどこか似ているような気がする声は言う。
 ――我には分かるぞ? お前の苦しみが。我は感じるぞ、その悲しみを。
 じゃあ、どうして……。
 あんなことをさせたんですか?
 心の中で発された問いは無視され、声の意識が外に向いた気配がした。二三言何かを話しているらしい気配があり、突然笑い声が聞こえた。
 ――フ、クク、やりすぎなどではない、あの若造にはアレくらいで良いのだ。しぶとく生きておるだろう?
 どうやら誰かと喋っているようだが心を閉ざしているクズハには外部からの情報は入らない。
 ――フン、分かっておるわ。だがもし、殺そうとするのであれば……。
 しかし、話の内容が匠と関係ありそうだと思うなり、意識が外へと向けられた。自分とどこか似た声の主は一人の男と喋っているようで、
「見込み違いだったのならばそれもまた仕方ないか」
 男のどこか懐かしい気がする声が聞こえ、
「む、しばし寝ておるがいいわ」
 顔を向けたクズハに気付いた声の主の、肉声として聞こえた声がクズハの意識を絶った。

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