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白狐と青年 第3話

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白狐と青年 第3話




 一番古い記憶は、拾われ、抱きあげられた時の安心感だった。

 太陽が西に沈み始めて数時間、村の所々綻びた舗装路を歩いている二人分の人影がある。
片方は長い銀髪に耳と尻尾がある少女、クズハ。もう片方は2メートル程の長さの金属製の棒を携えた青年。
「匠さん」
 そう呼ばれた青年はクズハに振り返る。
「どうした?」
「その武器があるということは……」 
 途中で止まった言葉に訝しげな顔をしながらも匠はうんと頷き、
「しばらくの間、俺の補助で用心棒をやらせてごめんな。もうクズハは戦わなくても大丈夫だ。
 ったく、魔素刀とか貸してくれりゃいいのになー。門谷隊長もそこら辺融通きかねえ」
 そうぼやく匠を見上げてクズハは無言。
「……」
「どうした?」
「い、いえ」
 匠に声をかけられ、ぼぅっとしていたクズハは慌てて首を横に振る。
 平賀さんがあの棒を匠さんに返さなければまだ私が力として使ってもらえたのに……。
 もう私は用済みで捨てられるのではないだろうか? そう、少し不安を混ぜた感情で思いながら、クズハは匠が自分を拾ってくれた時から今までの記憶を思い返す。
不安になった時、何度も何度も思い返しては自らのよすがとしていた記憶たちだ。
 ……私を拾った匠さんは平賀さんの所で私の検査などをして暮らしていました。
「こんにちはー」
 道場帰りの生徒たちが道場に向かっている二人の姿を見かけては次々に挨拶していく。二人はそれに手を振ってこたえる。
 ……でもある日、引っ越すことになってしまいました。匠さんと二人、歩いてたどり着いたのは私が拾われた場所の近くにある、自治街の一つで、
 そこは大阪圏内にあっても異形出現地帯の近くだったために辺境とされる場所だった。
「師範、手伝いに来たぞー」
「おーう匠。裏の畑だ早く来てくれー!」  
 道場の裏から聞こえてきた声に応じてそちらへと回る。そこでは道場の裏を使って作られた畑で農作業中の師範さんとその奥さんがおり、
「草むしりですか?」
 鎖国以降、日本の食糧事情は決して良くはない。この自治街ではどこの家でも小さな菜園が見られるし、本格的な畑や水田もそれなりの面積で営まれていた。
 道場に居候させてもらっている二人は時に食料や、場合によっては人間を狙ってくることもある異形ないし人間に対する用心棒業務と、畑の手伝いを日々の仕事にしていた。
 ……最初にここに着いたとき、師範さんが匠さんといきなり喧嘩をして、私が止めたら二人とも困った顔をしてました。
 そして以後は師範さんの道場でこうしてお世話になって、翌日になって自分たちの兵舎に寄って行かずにいきなり自治街に入ったことを門谷さんに怒られて、その時はどうして怒られるのかよくわからなかったけど――。
 私は普通の人とは違っていて、
 尻尾が栽培されている野菜に当たってがさりと音を立てた。畝の間隔をもう少し空けて欲しいなと思い、苦笑が浮かぶ。
「普通の人なら、これくらいの幅で問題ないんですよね」
 小さく呟き、尻尾を背に張り付けて出来るだけ邪魔にならないようにし、作業を続ける。
 それが異形と呼ばれるモノだと知ったのはいつだったろうか。
 ……匠さんのここでのお仕事の内容を知ってからそれを手伝おうと思って番兵の皆さんにいろいろと訊ねて回って、
 その時の番兵たちの反応を思い出す。
「皆さん返答に困ってましたよね」
 その時の彼らの心境を思い苦笑が漏れる。
 自分のような出生不明な異形を村に置いてくれるだけでもありがたいことなのに、その上こちらに気遣いまでしてくれたのだ。
「それでも皆さんには申し訳ないですけど、異形についての知識は入って来るもので」
 異形について知ってからは、
「捨てられないように、傍に置いてもらえるようにと≪魔素≫の扱いを勉強して」
 気がつけば魔法の扱いに長じていた。
 それでも、
 視線を振ると匠が師範と話していた。内容は最近あった事件の事で、
「熟練の傭兵だったんだろ? 異形にやられたのか?」
「どうもそうらしい、この辺りも最近異形が多いし気をつけた方がいいな」
 誰かが異形の被害にあったらしい。
 魔法という力を持った私もいつか危険だと判断されて捨てられてしまうんでしょうか……。
 その時はせめて匠さんの手で終わりにして欲しい。そう思っていると、
「異形が出たぞー!」
 街の外の方から声が聞こえた。続いて警報が響き渡る。
「言わんこっちゃない」
 そう言いながら立ちあがり、畑を出て道場の壁に立てかけた棒を手にとって駆けだす匠。
「あ、私も」
 クズハがついて行こうと腰を上げるが、
「クズハは待ってろ」
 言われてしまった。
 それはクズハにとっては拒絶とも言える行為で、
 ――ああ、
「どんなに力があっても、私はあなたの傍には置いてもらえないんですね」
 自然と目尻に涙が浮かび、それを隠すように俯き呟かれる言葉は誰にも聞かれることはない。
 しかし、誰にも聞かれていないはずの言葉に対して返答があった。
 ――では、お前が奴を強引に手に入れて傍に繋ぎとめてはどうだ?
 どこか自分と似たような声が、確かに、した……。

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