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割れ鐘ゴンドー

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割れ鐘ゴンドー




長い影をひび割れたアスファルトに落とし、俺は上機嫌で旧街道を歩いていた。すれ違う者などいる筈もないが、もし今の俺を見た者はさぞかし不気味がるに違いない。
年季の入ったつぎはぎの装甲服を纏い、それを上回るつぎはぎのご面相をした中年男。くたびれた傭兵が満面の笑みを湛えているところなど、そうそうお目にかかれるものではない。

(…待ってろよ、魔術師さんよ…)

計画は順調だった。河を隔てた二つの自治都市の争いをようやく調停し、予想を遥かに上回る報酬を手にしたのだ。武術と魔術、このご時世を生き抜く為にはどちらも傭兵には必要不可欠な技能だが、この俺の『話術』も立派な実戦兵器だった。
今は皆生きる為に自分たちの欲しいものだけをデカい声でがなり立てる時代だ。しかし考えを変え、互いに提供できるものを叫んでみろ。そんな簡単な工夫一つで、相手が『異形』でもないかぎり大抵の交渉は上手く行く。
長い傭兵稼業で学んだそんな知恵は、魔素刀だのガトリングガンなんぞよりよほど実用的に、俺にこうして永年の夢を叶えられるだけの資本をもたらしてくれたのだ。

旧街道を徹夜で歩けば、明け方には目的の街に着く。情報が確かならば目当ての男はそこで仕事中の筈だった。車や設備の調達はほぼ片付いた今、あとは花形魔術師をスカウトすれば念願の『割れ鐘ゴンドー』一座、堂々の旗揚げ巡業に出発という訳だ。
たしかに同業者たちは笑うかもしれない。しかしこんな殺伐とした時代だからこそ、俺は街から街を巡って驚きと笑いを提供する、護衛要らずの気ままな旅芸人に商売変えするのだ。
各地から集めた珍妙な異形の芸に子供たちが目を見張り、魔法使いの不思議な技に老人も息を呑む。そしてもちろん、座長である俺、『割れ鐘ゴンドー』の軽快なジョークが集まった客を大爆笑させる…

俺の半生は血なまぐさい殺戮の連続だった。たった一人の息子も異形相手の戦いで亡くした。それほど素質に恵まれなかった彼を魔学士などにしてしまった親馬鹿な俺の罪だ。
せめて残りの人生は疲れた人々の糧となるような仕事に費やしたい。盛りを過ぎた傭兵兼交渉人がそんな夢をみても、決して罰は当たるまい。

団員のほうも何人かとは既に話がついている。一癖も二癖もある、しかしとんでもない特技を持った連中だ。そしてもう一人、どうしても巻き込みたい魔術師を追いかけて、俺はこうして、単身さびれた旧街道を西へと旅しているのだ。

「…一座に魔術師がいなければ話にならないのであるからして、なかでも特に派手な幻術は欠かせない訳であるからして…」

その男、ズシの口真似をしながら俺はまた一人でクスクス笑った。どうしても雇いたい奴。まだ若い魔道学士で、紀伊封鎖戦で一緒だった少し…風変わりな若僧だ。いや、いっそ比類なき変人と言った方がいいだろう。だが俺の欲しい魔術師は彼以外には考えられなかった。
古い相棒と二人で俺なら絶対関わらぬ組織に身を置き、相変わらず割りに合わぬ危険な仕事を押しつけられているズシ。奴は戦いの世界で長生き出来る男ではない。
全財産を賭けてもいい。彼はその才能を俺と同じ道、子供たちの陽気な歓声の為に使い、暗い道とは無縁に生きるべき人間なのだ。
なんとか追いつければくだらない仕事から足を洗い、俺の一座に加わるよう説得する自信はある。なんなら相棒の女も一座の華として、彼と一緒に雇ってもいい…

いずれにせよ、関西圏でこのゴンドーの追跡を逃れられる奴はいない。道を塞ぐ苔むしたビルの残骸を乗り越え、俺は彼らを捕まえる最短ルート、いささか物騒な夕暮れの旧街道を急いだ。


「…けて……助けて…」

…月明かりのなか、もはや森の一部となった瓦礫の何処かから、か細い女の声が聞こえた。少なくとも近くに人間の集落はない筈だが、以前近くで『狐』の流れ者に出会ったことがあった。
旅を急ぎたいが、こんな所で仮にも人語で助けを求める者を放っておく訳にもいかない。倒壊した建物の隙間を縫って、俺は声の方向に脚を向けた。

「…助けて…誰か…誰か…」

やがてたどり着いたぽっかりと口を開けた縦穴。哀れっぽく響く声はその底、奈落のような暗い地下から聞こえていた。灯りを向けると、古井戸じみた穴の底で確かに動くものがある。

「大丈夫か!? 何事だ?!?」

俺の声が闇の中に不気味に反響し、しばらく助けを求める声は途絶えた。降りてみるしかないか…そう考えたとき、突然俺の耳に低く聞き覚えのある声が返って来た。

「…だァイじョォおブかァァ…ナにぃごト、だァァァ…」

縦穴にこだまする歪んだ呻き。その不気味な声は紛れもなく…俺自身のものだった。危険を悟り身をかわす間もなく、瞬時に穴底から空気を切る音と共に、鋭く太い棘が俺を襲った。

「ぐっ!!」

…深々と棘の刺さった肩からは緩慢な痛みしか感じない。やがてその痛みすら薄らいでゆくのは、敵の飛び道具が毒入りだった証拠だ。自分の迂闊さを呪う間もなく、俺以上に口が達者らしい異形がズルズルと自分の巣穴を這い上がって来た。

「…だァァァイじョォぶかァ…」

人語を操りながら目前に迫る巨大な異形は、黒光りする山椒魚のような姿をしていた。眼の無いのっぺりした顔に人間そっくりの小さな唇。この声帯模写野郎には尻尾の毒棘を飛ばす以外、大した武器はなさそうだった。

「くそっ…」

しかし、急速に傷口の麻痺は全身に広がってゆく。粘液を滴らせた異形は、崩れ落ちた俺を抱きしめるように骨張った腕をこちらに伸ばしてきた。捲れ上がった唇から覗く牙はびっしりと細かく、剃刀のように鋭かった。

「…毒針…が…飛んでくるぞ…」

もはや観念した俺の最期の話芸だ。こいつが鸚鵡返しの台詞しか言えないなら、きっと俺の仇討ちをしてくれる誰かの役に立つ筈だ。


「…ドくバりがぁ…とんでくる…ゥぞ…」

…よし、覚えのいい生徒だ。今度腕の立つ連中が通ったときに、思いっきりその台詞を叫ぶがいい。…あと、ゴンドー一座初巡業の宣伝文句も覚えてくれたら有り難いのだが…
ゆっくりと喉元に牙が迫るなか、急速に意識が遠のいてゆく。なぜか眩しくぼやけ始めた視界の彼方に、俺が追いかけていた誰かが待っていた。
その汚れた白衣の男はズシのようにも、そして息子のようにも見えた…

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