「Mad Nugget」 第十話
ヴァンダルジアから出撃したバウは、艦を戦闘に巻き込まない様に、自らガンダムに向かう。
向かい来る黄土色のバウを確認したジェントは、ブラドとズーに指示を出した。
「ブラド、ズー! レイジング・テンペスト、フォーメーション!」
「了解!!」
ブラドとズーは声を揃えて答える。
ズーが搭乗するハイパーウェポンガンダムは全身からミサイルを一斉発射。続いてブラドのソードボーンガンダムが
ブラスターを構え、ビームを連射。
ミサイルの雨の中、雷の様にビームが走る。レイジング・テンペスト、即ち、荒れ狂う嵐!
「ダグ、突っ込むぞ!」
「ああ!」
ハロルドはダグラスに声を掛け、恐れず嵐に飛び込む!
シールドを前にメガ粒子砲を連射し、ミサイルを掻い潜るバウ。
ハイパーウェポンガンダムとソードボーンガンダムを狙ったメガ粒子砲は易々と避けられたが、同時にミサイルの
雨が止む。ハロルドは勢い込んだ。
「良し、抜けた……っと、おおっ?!」
しかし、直後にバウの機体が大きく揺れる。左足に巻き付いた黒い鞭……エイの尾、エピオンのヒートロッド!
ガンダムエピオンⅣはMA形態で、バウの左側面に回り込んでいた。
「ズー、呑み込め!!」
ジェントは声を上げ、エピオンをMS形態に戻して、鞭を大きく振り上げた。無重力の世界、軽々と釣り上げられた
バウに、ハイパーウェポンガンダムの右肩に担がれたハイパー・メガ・カノンの砲口が向けられる!
「ハル、切り落とせ! シールド!」
「このっ!」
以心伝心。ハロルドはダグラスの声に応え、右手に持ったサーベルでヒートロッドを切断し、左腕のシールド裏に
隠れる様に極大ビームを防ぐ。シールドの対ビームコーティング塗装は完璧。
「甘い! 真っ二つだ!」
荒れ狂う嵐は止まない。ビームを受け止めて動きが止まったバウの右側面から、ブラドのソードボーンガンダムが
迫る。ブラスターの銃身から7対と銃口から1本、計15本のビームサーベルが伸び、1本の巨大な剣となった。それを
バウの頭上に振り下ろす!
バシッ!
ビームサーベルで受け止めるバウだが、ブラスターとの出力差は圧倒的で、ジリジリと押されて行く。
「このまま押し切る!」
ブラドは機体の出力を上げた。骨十字が火を噴き、フェイスカバーが開いて高熱を排出する!
「ブラド、離れろ!」
「あ?」
ブラドはジェントの命令を直ぐには理解出来なかった。不意に、ソードボーンガンダムの体勢が右に大きく傾く。
「馬鹿が! 俺と切り結んだが最期よ!」
気を吐くハロルド。バウの下半身、スカートの下から伸びる隠し腕が、ソードボーンガンダムの右足と骨十字の
右下一部を切り裂いていた。
「どうだい? 俺の相方の逸物は!」
「ハル、下品な言い方は止めてくれ」
ダグラスはハロルドを嗜める様に言いながら、バウの機体をソードボーンガンダムの左側に回り込ませる。
同時にハロルドがサーベルでソードボーンの首を刎ねた。ダグラスは空かさず下半身のみを1回転。回し蹴りで、
首無しのガンダムを蹴り飛ばす。
「先ずは1機! ハル、次はエピオンだ!」
「了解! あいつがヘッドらしいな!」
ビームライフルで残る2機を牽制していたハロルドは、ダグラスの指示を受けてエピオンに狙いを定めた。
メインカメラと片足、そしてスラスターの一部を失ったブラドは、生存と脱落を仲間に伝える。
「悪い……。リタイアだ」
「功を焦って先走ったか……。ズー、作戦変更だ。お前はギルバートを追え」
「了解。怖い魔王はリーダー達に任せます。楽な仕事で御免なさいよ」
呑気な声でジェントに従うズー。バウを大きく迂回し、ギルバートに向かう。
ガンダムエピオンⅣに突撃し様としていたバウは、ハイパーウェポンガンダムの動きに気付き、進路を変えた。
「おっと、行かせるか!」
「……待て! ハル、左だ!」
他所見をしていたバウに向かって、2本の短刀が飛んで来る!
ハロルドはダグラスの助言の御蔭で、何とかシールドでダガーを弾いた。死角からの攻撃にハロルドは驚く。
「今のはエピオン!? それとも骨十字の奴か……?」
「いや、どちらも違う……。ハル、気を付けろ。ヴァンダルジアは艦長に任せて、集中力を切らすな」
レーダーにはソードボーンガンダムの残骸と、ガンダムエピオンⅣのみ。しかし、ダグラスはエピオン以外に、もう
1機のMSの気配を感じていた。
バウ・ワウを振り切り、ヴァンダルジアに接近するズーのハイパーウェポンガンダムに、艦内の緩んでいた空気は
一瞬にして張詰めた。
機銃による迎撃を、重武装の見た目からは想像出来ない機動力で避けるウェポンガンダム。
ローマン大佐は苛立たし気に、一度だけ足を踏み鳴らす。
「そら見た事か! クーラー少佐、直ちに迎撃を!」
頷いて駆け出したクーラー少佐だったが……。
「ローマン大佐、ここは我々に御任せ下さい」
ローマンの命令に、ヴォルトラッツェル艦長が口を挟んだ。
「MS相手に戦艦で何が出来ると言うのだ!」
怒りを滾らせるローマンを無視し、ヴォルトラッツェルは格納庫へ向かおうとするクーラーを呼び止める。
「……クーラー少佐、何処へ行く! 特別大佐の命令を忘れたか?」
クーラーは予想外の展開に戸惑いを隠せない。それでも彼女はローマンの命令に従うのが道理と考え、反論した。
「ヴォルトラッツェル中佐、今は……」
「今は緊急時だろう! 何より、最大の権限を持つ私が命令しているのだ!」
クーラーの言葉を引き継いで気色ばむローマンに対し、ヴォルトラッツェルは冷たい視線を向ける。
「失礼ですが……ローマン大佐、部隊指揮経験は?」
鋭い質問にローマンは口を閉ざした。用兵に関して多少の知識はあるが、その程度なのだ。
ヴォルトラッツェルはローマンとクーラーに目を遣り、自信に満ちた態度で言う。
「……まあ、御覧下さい。これが第1突撃隊の戦い方です」
その後、声色を変え、艦橋に勇ましい声を轟かせた。
「相手は1機、蹴散らすぞ! 弾幕を張って、敵機を誘い込め! 総員、衝撃に備えよ!」
ハイパーウェポンガンダムは何の苦も無く弾幕を避け、艦の周囲を泳いで様子を探る。
「……単調な攻撃だ」
ズーは攻撃の死角を探していた。戦艦には必ずと言って良い程、無防備な部分が存在する。元々、戦艦は接近戦を
想定して造られていない。懐に飛び込めば、後は煮るなり焼くなり好き放題。
そんな事はヴォルトラッツェルも重々理解している。彼は不安な表情を見せるローマンとクーラーを他所に、不敵に
笑った。普段は落ち着き払っているが、彼もまた突撃隊の一員である。他の突撃隊員に負けず気性は強い。
ヴァンダルジアを恐れているかの様に、遠巻きに様子を窺い続けるガンダムを嘲る。
「所詮はスイーパー、戦艦の恐ろしさを知らんか……。連邦軍の張子の虎とは違う所を見せてくれる」
笑みを浮かべたのは、ズーも同じ。艦体側面に死角を発見した彼は、ハイパー・メガ・カノンのチャージを始めながら
安全地帯に移動する。
「これで終わり、と……。本当に楽な仕事で、申し訳無いね」
ズーが艦体に取り付こうとした時……。
「愚かな……。当てろ」
ヴォルトラッツェルは低く重い声で命令した。
巨大な艦体は、ハイパーウェポンガンダムのモニター前面を覆い、距離感を惑わせる!
ズーが異変に気付いた時は遅かった。
「うおぉっ!?」
ゴゴォン……。
ヴァンダルジアの体当たりを喰らい、撥ね飛ばされるハイパーウェポンガンダム。死角から弾き出されたガンダムに、
全ての機銃が向く!
「一斉射撃! 撃てえぃ!」
ガガガガガガッ!
ヴォルトラッツェルの号令と共に無数の弾丸が発射され、ウェポンガンダムは爆発に包み込まれる。
「気を緩めるな! メガ粒子砲用意……」
彼が警告した通り、ウェポンガンダムはカノンとアーマーを捨て、煙幕から抜け出した。
「大人しく沈んでくれないかな!!」
ズーは怒りに燃え、背中の2本のハイパー・ビームサーベルに両手を掛けるが……既にヴァンダルジアの主砲が
ガンダムを捉えていた。
「発射ぁ!!」
「だあぁ!? 待った待った!! えぇい、Iフィールド作動!!」
バッシュゥウ!!
大口径ビームがハイパーウェポンガンダムを包み込む。
小型Iフィールド発生装置がコクピットを守ったが、両手足と頭部は消滅し、文字通り手も足も出ない状態。
ズーは下手な動きを見せず、ヴァンダルジアが遠ざかるのを待ちながら、仲間に通信を入れる。
「これは参った。済みませんでした」
「お前等は……! あれだけ撃墜王を揶揄しといて、何という様だ!」
「撃墜王も失敗してるから、御相子じゃないですか」
「そういう問題じゃない! そこで暫らく頭を冷やしていろ!」
「言われなくても動けませんよ」
飄々とした態度でジェントの怒りを躱すズー。ジェントは乱暴に通信を切り、苛立ちの目でバウを睨んだ。