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act.54

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act.54



弾ける金属の音。砂の上を走る鉄靴。
なびく亜麻色の髪。重厚な鎧をその身に纏い。


「エレ、苦戦してるみたいね――。変わってあげようか?」

ここに騎士は来た。反逆者の名を負ってまで、誓いと想いを果たすがために。

「……フン、いらぬ世話だな」
「死にそうになってた癖によく言うわね。そういう所だけは素直に感心するわ」

いつもは苛つく減らず口が今は無性に心地よかった。
迷いはもう無い。大剣を大振りに回して、リジュに迫る。


「ようやく――来ましたか、後少しで彼を殺せたものを……」
「させないって言ったでしょう!!」


ギインッ!! 

リジュは交わった剣の向こう側で、不敵な表情を浮かべる。
繰広げられる激しい応酬を、児戯だと嘲笑するように。
シアナはそれを見て熱り立つ。

まだ、笑える余裕があるのか。
なんてふざけた実力だろう。私と果し合いの最中に微笑んでいられるなんて――
心の底から褒めてあげたいくらいだ。
ああ、凄い凄い、流石は第四騎士隊の隊長様。二つ名を疾風の死神。
華麗なる剣裁きは芸術そのもの。何処にも隙が見当たらない。

「さっきの勢いはどうしました? 段々と力が落ちているんじゃないですか?」
「まさか――じゃあ、これから倍にしてあげる」

――だが、それがどうした?

リジュが死神だというのなら――自分は今まで何頭もの「龍――死神」を相手に戦って来た。
遅れを取る理由など、只の一つも存在しない。

「舐めないでよね――私は」

本気で打ち込んでいる相手に、余裕綽々の笑顔を向けられるほど屈辱なことはない。
それはつまり、遠まわしに「貴方じゃ相手にならない」と言われてるのと同義だ。

相手にならないだと――誰を目の前にしてると思っている。
一際強い一振りを死神に。
シアナはリジュに顔を近づけた。


「私は――貴方の笑顔を消す」
「へえ、貴方に出来るんですか、シアナさん」

普段のリジュは笑顔だ。
それは自分が追い詰められていないことの現れでもある。

ならば、彼から笑顔が消えた時は――追い詰められた時だ。
敵に追い込まれ心から余裕が奪われた瞬間、彼の笑顔も消える。

微笑を作っている間など与えない。
完璧に完全に完遂してやる。
この剣で表層を切り裂いて。
柔らかな微笑の奥に潜む、獣を呼び起こしてやる!!

「出来る出来ないじゃない。やるのよ!!」

風が流れていく。二人は睨み合ったまま、距離を置く。


「さあリジュ、踊りましょう――相手は私で不足はないかしら」

優雅な誘いに、死神は品格ある振る舞いで応えた。

「勿論、貴方ならば僕の相手としては十二分に」

それは――ここが城内で二人共に礼服に身を包んでいたら
これからダンスでも始まるのかと思わせるような会話だった。
しかし、この場は処刑場。咎人の首を討ち取る、寂れた地。

故に。ここで行われるのは、舞踏などではなく。

首を取るか取られるかの死闘だ。

「ぐっ――!!」

剣先が目の前を通過する。
紙一重の所で回避し、シアナは次の攻撃動作へと移る。
リジュの攻撃は、繰り出される毎に速度をあげていく。
鮮やかな乱舞、一秒でも遅れればこちらの命はない。

その目まぐるしい嵐の中でリジュは――言葉を放った。


「Ο ανεμοξαφαιρειτον αερα, το δακρυ, και να αδειασει」

甘美な詞が空へ跳ぶ。
         見事までに完成された高速呪文を止める手立てはない。

「Καλουμε το ουρανιοχορο」

                この真白き死神は、翼を持っていた。
敵を引き裂く時にのみ開かれる羽根を。

「Βρισκονται πανω απο τι?πινακιδε? των προγονων ανηλεη」

そして弓を。
      敵を射抜くために矢を番える。
容赦なく踊れと死を与える者が微笑む。

そこら中の風がこの場所を目指して結い、渦を巻く。
シアナは構える。魔力が薄い自分にさえも空気を通して伝達するこの力。
リジュが今まで発動した術とは桁違いのものを感じた。
「――ぐ……ぅっ」


シアナは烈風が身体を浚う中、必死に目を開けていた。

ああ――本気だ。本気でリジュは私を殺しに来ている。
それでなくては。
本気で戦ってもらわねば、私も立ち向かう意味がない。

「Ειναι κακο αδελφο」

暴風がシアナに直下する。
丁寧に織り編まれた詠唱は、標的を食らう為に檻と成す。
鎧の上から圧迫され切り刻まれていく体。髪。
予感がする。次の一言が遂げられれば――リジュの呪文は自分を必ず殺す。


負けるか。負けてたまるか。
自分はまだ死ねない――!!

キュイイイン――
檻が鎖される数秒前。
上方で、けたたましい鳴声が聴こえた。

「隊長!! あれっ……!!」

イザークが指すのは空の彼方。
幾数もの黒き影がこちらを目指して飛んで来る。
影は龍だった。ゴルィニシチェの国旗を纏い、悠然と飛翔する龍騎兵共。

「ゴルィニシチェ?! こんな時に――!!」

誰も戦闘の手を止めて、進軍してくる黒き大群を睨んだ。

「ようやく来たか――あの数からすると……今度は撤退しないだろうな。完全制圧が目的だろう。
リジュ、行くぞ。戦の準備だ」

ビィシュは身を翻して城へと向かう。
リジュは今までの緊張を解いてシアナに向き合った。


「……残念でしたねシアナさん、決着はお預けみたいです」
「リジュ……」
「やれ、エレ君の首も狩り損ねましたね。では僕達はこれで」
「待って!! ゴルィニシチェと戦うんだったら私も」
「言ったでしょう? 貴方はもう反逆者なんですよ、手を借りたいのは山々ですが――そうもいきません」
「…………」
「早く行ったらどうですか。ここにいては危険ですよ。これ以上留まるというのならゴルィニシチェ兵がこちらへ到着する前に殺してあげてもいいですが」

シアナはハッとして顔をあげた。
相変わらず飄々として読めない微笑だが――そこに、確かな意思が感じられるような気がした。

「……ごめん」
「謝罪するくらいなら最初からしないで下さい。それでは、さよならシアナさん、皆さん」

ありがとう、と小さく呟いて、シアナはエレとイザークと共に走り出す。
その背を、死神は透徹した眼差しで見つめていた。







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