創作発表板@wiki

7.「リトマネンの宣告」

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

Top>ガンダム総合スレ

 「 蒼の残光」 第7章

7.リトマネンの宣告

 ミカ・リトマネンとスティーブ・マオは向かい合って酒を飲んでいた。
「いや、やはり地球圏のワインは美味い。木星は運ぶのに時間がかかりすぎて味が落ちる」
 マオは感慨深げにグラスを揺らした。
「運搬方法が悪かっただけじゃないのか?」
「いや、そんな事はありません。酒もお茶も、片道に三年もかけていれば同じものは望め
んのですよ」
 リトマネンは肩をすくめてそれ以上の議論を避けた。マオはグラスを置くと
「もう原稿の読み合わせはよろしいのですかな?」
 もちろん、連邦政府に向けた宣言書である。リトマネンは頷いた。
「本番で読み違えなどすれば全宇宙に間抜けを配信する事になるからな。もう原稿を見な
いでも諳んじられるよ」
「いよいよですな。ミカ・リトマネンがジオン・ズム・ダイクンやギレン・ザビに並ぶ日
があと十七時間で訪れる」
「スティーブ」
 ミカが手で制した。
「私はそんなものになりたいわけではないのだ。私には彼らのようなカリスマも、才覚も
ない。なりたいと思ってもなれるものではないのだ」
「おいおい、今になってそんな弱気な」
 マオが多少咎める口調になった。
「君がそんな事でどうする。その君に私は今までの地位と保証された老後を投げ打ってま
で賭けているんだぞ」
 実態はヘリウムの横領が明るみに出かけたために逃亡してきたのだが、そんな事を説明
するつもりもない。負ければ未来がないという意味ではマオの言葉は真実だった。
「スティーブ、君の協力には感謝しているし、もちろん失敗するつもりなど更々ない。た
だ、私には首魁としての器はないと言っているのだ。私に出来るのはジオン・ズム・ダイ
クンの遺志を今の世に伝道する事、宇宙市民の自治と独立を実現させる事、それくらいだ。
偉大な先人の理念あってこそ私のような小人が一党を率いる事が出来るのだ」
 マオは面白くもなさそうにワインを継ぎ足した。自分の器を知ると言うのは立派な事だ
が、こうまで言い切られると白けてしまう。マオにとっては、この企てが成功して後は自
分がリトマネンを裏から操るという皮算用もある。もし成功したとして、リトマネンが一
軍人としての職権以上の発言力を望まなければそれもなくなってしまう。
「ミカ、君はもっと自分を評価するべきだ。アラン・コンラッドのような人物が君に忠誠
を誓い、このスティーブ・マオが協力を惜しまない、君にはそれだけの人望がある。士官
学校時代からの付き合いの私からの忠告と思ってくれ」
 リトマネンは曖昧に笑っただけだった。マオはそれ以上何も言わなかったが、内心では
乗り換える先を探しておくべきだろうかと考え始めていた。

 

「いかがですか、隊長?」
 メカニックの一人がアランに訊いてきた。
「悪くない」
 アランは簡潔に答えた。
「しかし、準サイコミュの――何と言う名前だったかな、あれのアジャストが狂っている
ようだ。調整し直しておいてくれ」
「承知しました」
 マオが持ち込んだ木星開発の汎用型MS機体用素体『ハンニバル』。三機分のフレー
ムの一つをアランの技能に合わせてセッティングした専用機仕様の試験飛行を行っていた。
 アランは『テュポーン』のメカニックの姿を見かけた。相手はアランに向かって笑いか
けながら近寄ってきた。
「どうですか?木星のMSもなかなかのものでしょう」
「ああ……正直驚いた。随分と自由度の高いフレームのようだな」
 メカニックは我が意を得たりと言うように破顔した。
「ジェネレータ位置からスラスターの配置、内臓火器の搭載、装甲形状や増設装備用ハー
ドポイントまでレイアウトを自在に変更、多様なバリエーションの機体を生み出すMSイ
ージーコンストラクション構想。その三号型フレームがこの『ハンニバル』です。オリバ
ーさんの機体はNT対応の全く別の機体に仕上げますよ」
「そうか。それは頼もしいな」
「ⅠMBBLの感想も聞かせて下さい」
「ⅠMBBL?――ああ、あれはそういう名前なのか」
「はい、インディペンデント・ムーバブル・バインダー&ビームランチャー、通称ⅠMB
BL(インブル)です。遠距離での射撃戦では開放砲身型メガ粒子砲、近接戦闘や回避行
動時にはウィングバインダーとして運動性向上に寄与させる事で大型兵装の欠点である使
用時以外でのデッドウェイト化を避ける画期的兵器です。アクシズでもあのような設計思
想はなかったでしょ?」
「確かに。使ってみても切り替えにもほぼタイムラグは生じないのはよかった」
「実は、木星で研究している間は結構酷評されていたんですよ。使いこなすにはパイロッ
トの腕が四本必要だって。これはドーベンウルフの準サイコミュがあって初めて実用レベ
ルに出来たんですがね」
「なるほど……」
 準サイコミュの技術は元は連邦のものである。木星のMSと兵装に連邦の制御システム。
ジオン一筋に生きた自分の最後の機体となるであろうMSがジオン以外の技術の集積体に
なるとは何かの皮肉だろうか。
「それで、オリバーさんはいつ頃来れますかね?ファンネルを新型のものに変えると言う
んで、その調整もしておきたいんですが」
「ん?ああ、そうだな――」
「……今すぐでも行けるよ」
 アランが振り返ると、ノーマルスーツに着替えたオリバーが歩いてくるところだった。
「オリバー、行けるか?」
「あまり時間もないんでしょ?すぐに始めよう」
「よかった、すぐにでも始められますよ。おい!オリバー機出るぞ、タラップ出しとけ!」
 メカニックが走り去っていく。オリバーはアランに向かって
「ユウ・カジマは僕の獲物だ。悪いけど渡さないよ」
 声は小さいが力強かった。アランは頷いた。
「任せるぞ、オリバー。それとお前は今から副長だ」
「わかった」
 それだけ言って、オリバーは整備兵に手を引かれて自分の新たな愛機に案内されて行っ
た。
(これで一つ問題は片付いた)
 表情には出さず、しかしアランは内心ではかなり安堵していた。少なくともこれで手持
ちの最強のカードを場に出す事が出来る。相当数の戦力が予想される次の戦いではオリバ
ーのファンネルはどうしても必要だった。
 アランは連絡艇に乗り込み、コロニーレーザーの作業の視察に向かった。

 

「閣下、コロニーレーザーの核パルスロケット、調整を完了しました。出発可能です」
 アランが母艦に戻り、リトマネンに報告した時、リトマネンはマオと報告書に目を通し
ていた。
「ご苦労。では、すぐに出発するぞ」
「はっ……は?すぐにでありますか?」
 思わず訊き返した。予定では出陣までまだ五時間あるはずだ。
「うむ、準備が整ったならここに留まる理由はない。進軍を開始する」
「しかし、作業に当たった者は不休で作業をしておりました。彼らに休養を取らせたいと
思うのですが……」
「彼らにはすまんが、行軍中の艦内で睡眠を取ってもらう。その間は動ける者で対処する
しかあるまい」
「しかし――」
「アラン殿、事情が変わったのですよ」
 そう言ってマオが自分の報告書をアランに手渡した。アランはそれに目を通し――すぐ
に目を上げた。
「閣下、これは?」
「むしろ好都合だと思わんかね?我々の戦力を今度こそ存分に知らしめる好機ではないか」
「しかし、よくもこのような偶然が……」
 言いかけたアランの言葉が止まった。
「情報をリークしたのですか?」
「どう頑張ったところで、五基のコロニーレーザー、直径三〇キロ全長四〇キロに達する
この巨大なシステムを誰にも気づかれず移動させるなど不可能だ。ならば最高のタイミン
グで発見されてやろうではないか」
 アランはマオを横目で見た。この男の発案か。あえて全軍進撃の情報を相手に流し、艦
隊を誘き寄せて返り討ちに斬り捨て、その光景をジャックした回線で人の目に焼き付けた
上で自らの要求を突きつける。大胆だが成功すれば効果的だ。しかし今将兵共に先の戦闘
と、コロニーレーザーを移動させるためのロケットエンジン取り付けで疲労しており、か
なり高いリスクを負う事になる。いつものリトマネンが立てる策ではない。
「閣下の言う通りです。それに、連邦が我等を過小評価している間に少しでも多く敵を減
らしておいた方がよいでしょう」
 マオが慇懃な口調でリトマネンを支持した。
「……了解致しました。只今より進軍の指揮を行います」
 アランに選択の余地はなかった。

 

「ルーカス、いる?」
 ジャクリーンがリックディアスの整備をしていた整備兵のビリーに声をかけた。ベテラ
ン曹長は黙って上を指差した。
「ルーカス!どう?」
 ディアスの肩口からアイゼンベルグが顔を出した。
「左肩は駄目だ。そっくり交換しねえと」
「わかった、運ばせるわ」
「……まだ肩の部品なんざ残ってたっけ?」
 ビリーが口を挟んだ。ジャクリーンは一瞬考え、記憶を探り出した。
「モジュールはまだ残ってたはず。最悪はネモかジムから流用するわ」
 特にネモはパーツの互換性も高く、それほど苦労なく流用できる。前線の整備性を考え
て互換性を持たせたのだから当然だ。
「頼む。機体さえ万全ならまだまだ現役で戦える」
 アイゼンベルグが降りてきて改めて頼んだ。
「任せておいて。新品以上の状態に仕上げてあげるわ」
 ジャクリーンが大きく出た。アイゼンベルグは声を上げて笑い、すぐに真顔に戻って、
「で、隊長機の具合はどうだい?」
「左足が吹き飛ばされたけど、そこさえ交換すれば問題はないわ。少し全体的に負荷が高
すぎるのは気になるけど、ここで整備すればリセットできる範囲だわ」
「頼もしいね、うちのメカニックは」
「でも、一体何があったの?レコーダー覗いてみたけど、途中から運動性が異常に上がっ
てるんだけど」
「バイオセンサーじゃないのか?」
 ジャクリーンは首を振った。
「バイオセンサーの効果はパイロットによって幅が大きいけど、それでも今回の数値は異
常だわ。OTの数字じゃない。それに何だか反応速度だけじゃなくて機体の運動性も上が
ってるような……」
 首を傾げて考える仕草をするジャクリーン。いい女だよな、とアイゼンベルグは思った。
「ま、強くなってる分には構わないんだけど」
「いいのか?」
「この強さが計算の立つものなのか判らないのは気に入らないけどね。少しくらい無茶な
使い方されても、生きて帰ってくれば私が直すし」
「そんなもんかい」
「……何があったのか、本人に訊いちゃどうだい?」
 ビリーがあごで指し示した先を二人が追うと、ユウが近づいて来るところだった。
「隊長、いつお戻りで?」
「ユウ、奥さんはいいの?」
 二人の質問は笑って手を挙げるだけで済まし、簡潔に質問した。
「どうだ?」
 長い付き合いとなる整備主任は主語すらはっきりしない質問にも驚かない。
「後は腕の装甲を取り替えるだけよ。それよりあの運動性の上昇率は何?あんな数字が出
せるなら調整もピークに合わせるけど」
 ユウは答えなかった。答えられなかった。なぜ今マリオン・ウェルチが自分の機体に現
れたのか、説明がつかなかった。まさか蒼いMSに乗っていたからと言うわけでもあるま
い。
「ピークに合わせると、ピーク以外のバンドでは使い難くなるのか?」
「うーん、今とはかなり使うバンドが違うから。でも、今のままだと逆に最大値が出た辺
りでは活かしきれなくなるわよ」
「いや、今のままでいい」
 マリオンが次も来るとは限らない以上、当てにするべきではないだろう。
「ユウがそう言うなら……」
 ジャクリーンはやや不満だったが、パイロットの希望が最優先である。ジャクリーンの
話がついたので、アイゼンベルグが口を開いた。
「敵MS隊はドーベンウルフが一機大破、恐らくはMS隊指揮官クラスと思われます。多
少はやりやすくなりそうですな」
「そう願いたいな。増援はまだ到着しないのか?」
「今の予定ですとスキラッチ艦隊よりもブライト大佐のパトロール艦隊が先に到着しそう
です。それまで敵が動かない事を祈っているところです」
「ブライト大佐か。俺は面識がない。大尉はどうだ?同じエウーゴだろう」
「直接の指揮下に入った事はありません。ただ戦場での大佐の判断力に救われた事もあり
ます。戦場では間違いなく頼りになるかと」
「そうか。少しでも楽になるかな」
「しかし、なぜブライト大佐が選ばれたのかしら?実力はともかく、指揮する艦の数は分
艦隊相当でしかないでしょうに」
 ジャクリーンの疑問は当然のものだったが、ユウも基地との連絡を密に取っていないせ
いせいもあり、詳しい事情は判らない。しかし、その件についてはアイゼンベルグが多少
の事情を聞いていた。
「何でもあの御仁、ジオン残党に対抗するための精鋭部隊の設立を上申しているそうです。
実績作りのために自分から志願したのでしょう。それにブライト大佐は数少ない無派閥で
すからな。ファケッティ派のスキラッチ提督に手柄を占められるのを面白く思わん人種も
いるのでしょう」
 無派閥なら仮に惨敗してもそういう人物に傷が付かないと言う事か。ありうる事だな、
とユウは思った。いかにも上層部の考えそうな事だ。
 その時、ユウの携帯端末が鳴った。
「私だ」
『隊長、至急司令室へお越しください』
「何があった」
 声に緊張がある。ユウの顔も厳しくなった。
『全放送回線を通じてミカ・リトマネンが宣戦布告を行うようです。他の幹部の方はもう
集まっています』
 その時、基地内に放送で全将兵に対しモニターにて放送を見るようにとの通達が流れた。
「すぐに向かう」
 ユウは司令部に走った。


 ユウが司令室に入った時、まさにミカ・リトマネンがカメラの前に現れたところだった。
「この男がミカ・リトマネンか……」
 マシュー中佐が呟いた。情報部が探した十年前の写真に比べると幾分痩せて、髪も白い
面積が広がっていた。しかしトレードマークの大仰な口髭は変わらず、髭を取ると大幅に
印象が変わりそうな点はルロワに共通していた。
 リトマネンの両脇には彼と同年輩の東洋系の顔立ちの男と、ユウと歳の変わらない青年
が控えていた。東洋系の方がスティーブ・マオ、若い男は誰だろうか?
「もしかするとあの若いのがMS隊の隊長かも知れんな。ドーベンウルフか、ゲーマルク
か、どちらかは判らないが」
 ルロワが推論を述べた。ユウも同感だった。
「始まります」
旗艦『ハイバリー』艦長ニコラス・ヘンリー大佐が緊張の面持ちで言った。カメラを前に、
リトマネンが手を挙げた。


『宇宙市民の諸君、地球市民の諸兄、私はジオン公国宇宙攻撃軍大佐、アクシズ戦略参謀
本部幕僚、そして今最後のアクシズ艦隊司令官、ミカ・リトマネン伯爵であります。

 一介の軍人に過ぎぬ私がこの場に立ったのは他でもない、連邦軍の欺瞞とジオン共和国
と言う名の虚構を糾弾し、宇宙市民の諸君らに今一度立ち上がる意志を取り戻してもらう
ためであります。

 〇〇八〇年一月一日、地球連邦政府はジオン共和国政府との間に終戦協定を締結し、終
戦を宣言しました。しかしながら、ジオン共和国政府なる存在はこの二十四時間前まで影
すらも存在せず、その首相ダルシア・ハバロは公国においても首相であった人物であり、
即ちこれはダルシアが公国を私し己の保身のために国を売り渡した、共和政府思想とは最
も程遠い売国奴との間で取り交わされた無効な宣言に過ぎないのであります。

 国父ジオン・ズム・ダイクンの掲げた理想とは宇宙市民の誇りと主権を守り、地球連邦
政府に対し対等の『国家』としての協調と繁栄を歩むと言うものでありました。今ジオン
共和国は国を名乗ってはいても限定的内政自治権を連邦から与えられているに過ぎず、そ
の実態は属国、衛星国と呼ぶべきものであり、ジオンの名を冠していながら国父ジオン・
ズム・ダイクンの理想を欠片程も実現してはいないのであります。また、その他コロニー
自治体や月面都市郡も同様、地球からの植民地としての立場に安寧している現状に私はジ
オニズムの敗北と己が無力を思わずにはいられないのであります。

 宇宙市民よ、誇りを思い出せ!諸君らは誇り高き宇宙の開拓者であり、宇宙市民である。
宇宙は、スペースコロニーは、諸君らの勝ち得た故郷であり、財産である。それを守り、
権利を主張するのに何のやましい所があろうか。地球連邦政府に対しその権利を行使する
事は当然なのであり、それを放棄し連邦政府の言うがままに生きる事、それこそが悪であ
ると知れ!諸君らが立ち上がり、己が矜持に従って戦うと決めたなら、我々は喜んで諸君
らの剣となり、盾となろう。

 彼らが連邦の横暴から諸君らを守る盾である。そして我々には連邦の理不尽を粉砕する
剣もある!今からそれをご覧にいれよう!』


 モニターが突然切り替わり、宇宙空間を映し出した。最初は何も見えなかったが、やが
て画面に明滅する光点が広がっていった。
「あれは――?」
 マシューが誰に向かうでもなく問いかけた。答えたのはホワイトだった。
「艦隊……?まさか、スキラッチ提督の!?」
 それをルロワが否定する。
「いや、それはない。スキラッチ艦隊が単独で攻撃を仕掛けるつもりだったとしても、今
あの宙域に到着する事は不可能だ」
「ならば、ブライト艦隊の?」
「画像解析できました!第十八、第二十九艦隊です!」
「第十八?トリスタン大将か!」
 マシューが大声になった。トリスタン大将の第十八艦隊といえば艦艇数、MS数でコロ
ニー駐留艦隊としては最大規模を擁する艦隊である。その兵力はルロワ艦隊のほぼ二倍に
も達する。
 司令官トリスタンはファケッティの政敵として知られ宇宙艦隊総司令官の座を巡っては
裏で相当な権謀術数の応酬があったとも聞いている。
 第二十九艦隊のステファノ中将はトリスタン派の提督であり、確か三日前までトリスタ
ンと合同演習を行っていたはずである。
「スキラッチ提督を派遣したファケッティ司令官に対するあてつけですかな。先にさっさ
と片付けて見せると言う」
 ヘンリーが言ったが、ケイタが疑問を表した。
「しかし、そうだとしてもどうやってこの場所を?最も近くにいる我々でさえ敵が移動を
始めた時には目的地が判らなかったと言うのに」
 全員が沈黙した。コロニーレーザーもろとも全軍が移動を始めた時、その目的地も意図
も全く掴めなかったのだ。
 その時、ユウが唐突に一つの可能性に気が付いた。
「見せしめ……?」
 その言葉にマシューが反応した。
「コロニーレーザーの標的にする気か!」
 ルロワも顔色を失ったが、辛うじて理性は保っていた。
「しかし、コロニーレーザーの報告は読んでいるはずだ。そう簡単に直撃を受けるはずは
――」
「連射式をどう評価しているかによります」
 トリスタン艦隊はそういっている間にもリトマネン艦隊に向けて針路をとり、各艦を散
開させた。コロニーレーザーに対する一般的な対抗策である。
 散開しきる前にコロニーレーザーが発射された。それもユウ達の前で見せたよりも明ら
かに高出力である。
「速い!」
「当然だ。来るのが判っているなら励起も事前に終わらせているだろう」
 ケイタが驚きの声を上げ、ホワイトが冷静に指摘した。
「今の出力……この前は完全な出力ではなかったのか」
 ユウも思わず言葉にした。ルロワが同意する。
「恐らく戦闘後もチャージは続けていたのだろう。今のが最大出力かは判らないが、同じ
出力の射撃が少なくとも後ニ発あるはずだ」
 一同がその言葉に息を呑んだ時、第二射が発射された。数日前の戦闘と同じ、十秒と間
を置かず連続射撃。照準ポイントも的確だった。
「被害状況を分析しろ!どうなった!」
 マシューが叫ぶ。オペレーターが忙しくコンソールを操作し、震える声で報告した。
「第二十九艦隊、ほぼ……全滅!」
「第十八艦隊損耗率……ろ、六〇%!バレロン副司令官乗艦『グローリー』ロスト!」
「なんだと!?」
 その場にいた全員が凍りついた。二割の被害で帰ってこれた自分達が幸運である事を今
更ながら思い知らされた。
「トリスタン提督は!?『サンティアゴ』はどうした!」
「確認しました、無事です!」
 その言葉にケイタが安堵の表情を浮かべる。
「よかった、指揮系統は生きているか。ならこれ以上被害を出す事もなく撤退を――」
「と、トリスタン艦隊、前進します!」
「何だと!」
 モニター上でも艦隊旗艦『サンティアゴ』を先頭に残存戦力は前進を始めていた。戦力
の過半数を失ったとはいえまだ通常の一個艦隊程度の戦力は残している。それでもこれだ
けの破壊力を見せ付けられてなお将兵の戦意が残っているかは疑問だった。
「愚かな……」
 ホワイトが呟いた。独断での出撃、それで戦力を半分以上失ってただ逃げ帰る事はでき
ないと言う面子のみの戦闘だった。
「救援に向かう!動かせる艦だけでも向かうぞ!」
 ルロワが号令をかけた。しかしその場にいる誰もが判っていた。

 到着どころか出港する前に戦闘は終わるだろう事を。

 

「まだ向かって来ますか」
 マオが言った。どこか楽しんでいるような声がアランを苛立たせた。
「このまま敗走すれば軍での立場も危うくなる、と言う意地だろうな」
 リトマネンの分析もホワイトとほぼ同じだった。
「オリバー隊に迎撃に向かわせます。許可をいただけるなら私も出撃したいのですが」
 アランが申し出た。こんな所でただ見てるだけと言うのは気質に合わない。
「よし、行け、宇宙市民の盾の力を示せ」
「御意」
 オリバーは既に新しい愛機に乗り、カタパルトに足を乗せていた。
『副長、その機体では初の実戦です。不具合を感じたらすぐに戻ってきてください』
「判っている。――オリバー・メッツ、ハンニバル、出る!」
 黒と紫に塗り分けられたMSが宇宙に放たれる。背部に×字にマウントされたブーメラ
ンのような形状のマザーファンネルを動かすと姿勢制御の一助となった。
 MS戦闘に移行した事はリトマネン艦隊がジャックした回線を通じてユウ達の目にも届
いた。単純な数ならば両軍の戦力はほぼ互角と言え、後は戦術と個々の質と言う事になる。
「ハロルド機、ルイス機、出ました」
「『銀狐』と『火喰い鳥』か」
 ドック内でもアイゼンベルグとジャクリーンが見ていた。彼の機体はまだ出撃できる状
態にない。代わりの機体を使う事になるのだが今は予備機自体が不足しており、このまま
救援部隊に入っても出撃する事は出来そうになかった。
 トリスタンは若手を積極的に起用する事で知られており、彼の元には士官学校を優秀な
成績で卒業したエリートが集まっていた。
 中でも「六十三年組」と呼ばれるMSパイロット、ハロルド・マクファーソン大尉とル
イス・デヤンビッチ大尉は天才パイロットとして軍のみならず一般にも名を知られており、
それぞれ『銀狐』『火喰い鳥』の異称を半ば公然と使用していた。
 二人の愛機はジムⅢだったが、大胆にカスタマイズされ、ハロルドは銀、ルイスは朱と
黄色に塗装された機体を駆っていた。下半身の装甲を省略し、ムーバブルフレームの一部
が露出したシルエットは一見すると全くの新型機にも見える。
「強いの、あの二人?」
 ジャクリーンが訊いた。
「まあ、模擬戦闘ではな……」
 歯切れの悪い言い方が全てを物語っていた。ジャクリーンは悲観的な表情でモニターを
見ていた。
 モニターに見慣れぬ黒い機体が映ると、アイゼンベルグが動揺した。
「何だ、こいつ?知らねえMSだ」
 ジャクリーンを見たが彼女も初めて見る機体らしい。ジャクリーンが敵味方全てのMS
を知っていると言うわけではないが、新型と考えてよさそうだ。
 見慣れぬ新型は敵の姿を確認すると、まず腹部のメガ粒子砲を発射、前方を牽制した上
で背中のマザーファンネルを射出した。ファンネルは十分な距離を飛行し、それぞれが六
基のチルドファンネルを展開する。
「NTだと!?」
「まさか、ゲーマルクの他にもNTのパイロット?」
「……いや、だとしたら今まで出し惜しみする理由がねえ。多分これがあのゲーマルク野
郎の新しいMSなんだ」
 ファンネルをモニターで視認するのはかなり難しかった。だがマザーファンネルは追う
事が出来た。そのマザーファンネルが行くところ連邦のMSは見えない攻撃端末によって
次々に駆逐されていく。
『銀狐』ハロルドが勇敢にも新型機に挑みかかった。ビームライフルを撃ちながら相手の
背後を取ろうと旋回する。理に適った戦い方だった。
 新型もハロルドの動きを追って回転するが、動きが追いつかなくなってきた。ついにハ
ロルドは新型の背後を取ることに成功した。
「やった!?」
 ジャクリーンが声を上げる。しかしアイゼンベルグの表情が固さを増した。
「いや、駄目だ」
 マザーファンネルが二基、虚空を切り裂いて接近した。ハロルドはファンネルを手で払
うように動かしたが、サイコミュ兵器は常識で計れぬ精密な動きでそれを躱した。
 その直後に起きた事を、ジャクリーンは理解できなかった。
 マザーファンネルのクローが開き、ジムの首と右足首をそれぞれが掴んだ。次にはファ
ンネルの中程が折れ、反動をつけるようにして掴んだまま背後に回りこむように動いた。
当然、掴まれた首と右足はえびのように仰け反る。一瞬完全な無防備状態が出来上がった。
 その瞬間に一度収納されていたチルドファンネルを再び射出、曝け出された胸部に向か
って集中砲火を浴びせた。『銀狐』はコクピットを無数のビームに貫かれて蒸発した。
「……何だ、今の攻撃は……」
 アイゼンベルグの言葉には表情がなかった。彼は戦いを好み、戦いの中で死ぬ事を望ん
だが、死は恐れていた。
「ファンネルの格闘戦……それも、掴むだなんて」
 ジャクリーンは背中に汗をかいているのを感じた。あのような武器は発想の外だった。
「進化してやがる……ファンネルも、それを使うNTも!」
『銀狐』ハロルドの死は残存戦力の士気に深刻な影響を与えた。みなが浮き足立ち、この
黒と紫に塗装されたMSから離れようとしていた。
 そこにもう一人の死の運び手が現れた。頭部形状などは多少の類似性は見られるものの、
青白い機体カラー、バックパックからは銀色の一対のウィングバインダー、そして何より
もその手には、MSよりも長い朱色の棒が握られていた。
「また新型?」
 アイゼンベルグが声を上げると、ジャクリーンが注意深く訂正した。
「新型は間違いないけど、前のNT機と同型だわ。内蔵火器まで自由に交換できるみたい
ね」
「まさかこんなのが量産されてるんじゃないだろうな」
「いくらなんでもそんな生産力はないと思うけど……」
 新たなMSは機動性に優れているらしい。瞬く間にNTの黒い機体を追い越し、連邦軍
のMSに踊りかかった。
 得物はビームによる格闘兵器だった。先端から槍の穂先のようなビーム、そして側面か
らは通常の斧とは逆の、凹型のビーム刃を形成するアックス。アイゼンベルグは遠い時代
の中国の小説のさ挿絵で似た武器を見た事があった。方天画戟とか言うものだ。
 格闘戦と言ってもそのリーチは文字通り異常だった。躱したつもりでも穂先に貫かれる。
振り回されれば斧刃の餌食になる。銃で応戦するには近すぎ、剣で対抗するには遠すぎる。
ジムもネモも為す術なく逃げ惑った。
 距離をとっていた部隊が遠距離からライフルを撃った。水色の襲撃者は直前で回避する。
離脱に成功したMSもそれまでの復讐とばかりに乱射する。無秩序だが過密な十字砲火は
さすがに回避不可能かと思われた。
 その時、機体がありえない加速を見せた。エネルギーの雨が降り注ぐ前にポイントを離
れ再び敵の群れへ。逃げようと離れる敵の前で横薙ぎに一閃すると四機のジムが胴体を両
断されたのだった――。
「何!?」
 ジャクリーンの声は悲鳴に近かった。
「あれだ、隊長はあれに苦しめられたんだ」
 アイゼンベルグが唸る。必殺の間合いから離れた幸運な者もいたが、幸運を喜ぶのは一
瞬だった。ウィングバインダーが変形し、コの字に折りたたまれるとそこから極太のビー
ムが放たれ、上半身もろともパイロットを蒸発させた。
「あれがあるからあんな大きな槍を持てるのね」
 敵の技術ながらジャクリーンが感嘆した。
その背後にルイスのジムⅢが迫った。虚を突いた完璧なタイミング。アイゼンベルグです
ら決まったと思った。
 しかし、敵はその上を行っていた。得物の石突の部分を背後の刺客に突き出し、その攻
撃を止めると、そのまま力比べをするように石突を押し付けたままルイスに迫った。
 力比べではジムは分が悪い。じりじりと後退していく。不意に敵はその柄を引いた。圧
力がいきなり消失したルイスはバランスを崩しながらもビームサーベルの一撃を振り下ろ
す。それを敵は柄で受け止めた。
「ビームコーティングを柄に!しかもサーベルを無効化するほど厚く」
 またもジャクリーンを驚かせた。ルイスは石突で横殴りにされて完全にバランスを崩し、
その隙にこの水色のMSは反転して包囲しようと近づいてきた二機を屠り去り、返す太刀
でルイスのジムⅢを縦に両断した。この間に何機落としたか、すぐには思い出せないほど
だった。
「何よ、これ……なんでこんなに強いの?」
 ジャクリーンの声は完全に震えていた。アイゼンベルグですら戦慄を覚えたが、それは
敵に対してだけではなかった。
「隊長、こんなの相手に二対一やって生き残ったのかよ」
 ハロルドもルイスも経験不足とはいえ操縦技術では一流のパイロットだった。それを全
く問題にせず圧倒しているのだ。この新型機はドーベンウルフやゲーマルクを上回る性能
なのだろう。しかしそれを差し引いてなお、この二人を同時に相手にして優勢ですらあっ
た自らの上官の異名の意味を知った。

 戦慄の蒼。

 まさにユウ・カジマに相応しい異名だと思った。
 事ここに至ってついにトリスタンは面子より命を大事にする決断をしたようだった。僅
かに残っていたジムを収容し回頭して退却を始めた。
 そこへコロニーレーザーの第三射が光った。
 禍禍しい光の杭は残された命を貪り、宇宙の闇に消えていった。
 実質的な戦力で三個艦隊に相当する戦力が僅か全滅するまでに二十二分だった。

 

『さて、宇宙市民の諸君、ご覧いただけたであろうか。我々は最強の剣と、無敵の盾を持
っている事がお分かりいただけたと思う。

 恐れるな!躊躇うな!そこにあるのは諸君らが当然有している権利なのだ!その権利を
勝ち取るため、我らと共に歩もうぞ!

 ジーク・ジオン!』

 

 無駄に終わった救援準備の艦内で、ルロワはこれを見ていた。一言も発さず、しかし目
を逸らさず、じっと連邦軍の消えた宇宙と、首謀者リトマネンの顔を凝視していた。

 

 軍の病院でも、中継は流れていた。リトマネンの演説の冒頭のみで戦闘が始まる前に切
られてしまったが、それだけでマリー――マリオン・ウェルチには十分だった。
「アラン――あなたもいたのね」
 青い髪と真紅の瞳を持つ女はそういって天井を見上げた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー