創作発表板@wiki

第6章 一月十一日

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

Top>ガンダム総合スレ

 「 蒼の残光」 第6章

6.一月十一日

 廃棄宇宙ステーション『タタラ=ラブガ』宙域上の戦闘後、ズム・シティ連邦軍駐留基
地は混乱と喧騒の極みにあった。
 縮小傾向にあった軍の病院は負傷者の収容に追われ、軍医は不眠不休で治療と手術に当
たっていた。ドック内でも船体の修理やMSの整備で担当技師の怒号が飛び交っている。
 司令部にあっても例外ではなく、司令官ギィ・ルロワは地上の連邦軍本部に対し、戦況
の不利と援軍の必要性を繰り返し訴え続けていた。
「――しかしまあ、よくあの程度の損害で済んだものだ」
 ルーカス・アイゼンベルグ大尉が休憩室でビールを手に言った。つい先刻まで愛機の整
備を自ら行なっていたが、ようやく一息ついたところである。本来まだ警戒態勢中で、飲
酒は禁止なのだが、あえて咎める者は誰もいなかった。
「あの程度?MS十八機に巡洋艦二隻、駆逐艦一隻、補給艦一隻。出撃した戦力の二割が
未帰還で?」
 ジャクリーン・ファン・バイク少尉が追求する。一年戦争やグリプスのような大規模な
戦闘ならともかく、ジオン残党相手にこの被害は恐らく他艦隊でも前例があるまい。
「ただのテロリストや海賊の類なら惨敗だが、相手はコロニーレーザーだぞ。半分以上が
やられても不思議はなかったんだ。これで済んだのは上出来だよ」
「運がよかったと思いますか?」
 質問したのはサンドリーヌ・シェルー少尉である。広報部配属であり、ユウ・カジマ中
佐の秘書官としての業務も行なっているが、そのユウとは帰還後ほとんど顔も合わせてい
なかった。
 アイゼンベルグの返答は明快だった。
「運もそうだが、大型兵器が相手にある事がわかってたからな。初めから散開して撃たれ
た時に被害が少なくなるように戦っていた。相手が撃つのを待っている奴もいたようだが
な」
 アイゼンベルグの言葉はわずかながら皮肉の響きがあった。この場にはいないがイノウ
エ大尉の戦い方に対し異論はあった。
「それと、隊長の指示だ。あの時隊長が回避行動を指示していなければ被害はあんなもん
じゃない。その意味でもよくあの程度で済んだと思うよ」
「それで、この先どうなるのでしょうか?」
 シェルーの疑問は誰もが答えを欲するものだった。しかし、質問された側にも答えは用
意されていなかった。
「とりあえず今は援軍を要請して、大軍を以ってひねり潰す、くらいしかないだろうな。
細かい戦術?そんなもん大尉の俺に判るわけねえ」
「サンディ、ユウからは何か連絡があった?」
 ジャクリーンがシェルーに訊いた。ルロワ提督が撤退を決断し基地に戻ってくるその頃、
ユウの妻であるマリー・ウィリアムズ・カジマが官舎で倒れたとの報告が入り、ユウは基
地に戻ると事後処理もそこそこに病院に直行し、そのまま登庁していなかった。事情は理
解できるとは言え今は非常事態であり、他の幹部の間でも口には出さないものの不満をも
たれているとの噂があった。
 シェルーは首を振った。
「一度暫く休むと連絡があっただけです。奥さんの病状はそんなに悪くないらしいんです
けど……」
「せめて隊長ならもう少し事情も詳しく聞けるんだがなあ」
 アイゼンベルグがぼやいた時、休憩室のドアが開いた。
「カジマ中佐でも話せん事は話せんよ」
「ホワイト准将!」
 思わずその場にいた全員が起立した。連邦軍駐留基地防御指揮官ローラン・ホワイト准
将は手を上げて無用の意を示し、コーヒーと棒付の飴を手に取った。
「准将、こんな所へ何を……?」
「執務室は電話が鳴り続けて気が休まらんのでな。できれば酒を飲みたいくらいだ」
 アイゼンベルグは聞こえない振りをしてコップの中身を飲み干した。
「それで、援軍の要請はどうなりましたかな?」
「受理はされた。四十八時間以内にスキラッチ艦隊他が到着する予定だ」
「スキラッチ中将?コンペイ島駐留艦隊のですか?」
 アイゼンベルグは顔を思い出そうと努めた。グリプス戦役後に中将となった唯一の人物
で、確かファケッティ宇宙艦隊総司令官の腹心と言われていた人物と記憶している。
「他、というのは誰なんですか?」
 ジャクリーンが訊いた。
「ブライト・ノア大佐のパトロール艦隊を向けるとの事だ」
「ブライトさんが!?」
 シェルーが思わず声を上げ、周囲の視線に気づいて恐縮した。一年戦争当時サイド7に
住み、ホワイトベースによる脱出行を経験した彼女がブライトやアムロ・レイに憧れて軍
人となった事は基地内では知られていた。
 アイゼンベルグが苦笑を堪えながら、
「まあ、経験豊富な指揮官が来てくれるのはありがたい事だな。兵の士気も上がる」
「そうですね、ルロワ提督もお喜びでしょう」
 しかし、ホワイトはシェルーの言葉に全く同意していない表情だった。
「何かあるんですか?」
「いや、ブライト・ノアについては頼りになると見て間違いない。参加した戦闘の数でも
その勝率も今の連邦に彼以上の人物はいない。その輝かしい戦績にアムロ・レイやカミー
ユ・ビダンと言ったNTの存在があるにせよ、それを考慮して尚彼の指揮能力、作戦立案
能力は大きな助けになるだろう」
「では、スキラッチ提督に問題が?」
「彼とルロワ提督は共に中将だ。作戦指揮権を主張してくる可能性がある」
「でも、あくまでもこの宙域の担当はルロワ提督なのですから、通常はルロワ提督が指揮
権を持つのでは?」
「通常はな。しかし今回、提督はすでに二度、同じ敵にしてやられたと見做されている」
 あっ、とその場にいた全員が声を上げた。
 一月一日の式典襲撃及びヘリウム輸送艦奪取、そして今回の敵本拠地制圧、二度とも事
前にその危険性を予測していながら発生を防ぐことができず、合計すればMS四十機と艦
艇五隻を失っている。大規模な戦闘ならともかく、治安維持活動のレベルでは許されない
損失である。
「そこに派遣されるのが宇宙艦隊総司令官の直弟子と呼ばれる人物だ。ファケッティ大将
の意図が透けて見えよう」
「司令官職の解任もありえますか?」
 アイゼンベルグが訊いた。彼は一定の規律は求めながらも基本的に個人を尊重する今の
体制を気に入っている。
 准将は首を振った。
「それはないだろう。軍には人材が不足している。この任務が終わった後他の宙域に転属
させられる事はありうるが、それまでは部隊の指揮と秩序の面からも現体制を維持するだ
ろう」
「しかし、それではスキラッチ提督が指揮権を要求しても拒否すれば済むのでは?もちろ
ん覚悟はいるでしょうが」
「臨時職権としての上級中将という手段もある」
 ホワイトが答えた。
 宇宙軍の階級では『将官』は正式には全て『提督格』と呼ばれ、他の軍では『少将』に
相当する。これに将官が複数存在するような規模の部隊内での指揮系統の明確化を目的と
して『正提督』『副提督』が職権として与えられ、これが『大将』『中将』に相当する事
になる。つまり、宇宙軍において少将以上は厳密な階級ではなく、例えば、ある基地では
司令官として中将(副提督)であった者が軍本部では単なる提督格(少将)に戻る、とい
う事も起こりえる。
 通常はよほど大きな会戦でない限り中将が複数同一の作戦に参加することはなく、その
ような任務であれば大将も参加し総指揮の任に当たる事になる。しかし、今回のようなイ
レギュラーな事態も想定し『代行権限を持つ副提督』なる職権が存在し、これを俗に『上
級中将』と呼ばれている。
「もしかしたらファケッティ総司令官がスキラッチ提督を上級中将に任命してくるかもし
れないと?」
「いや、さすがに総司令官の一存では任命できない。だが、これまでルロワ提督はあらゆ
る派閥と無縁に生きてきた。逆に言えば特定の派閥を敵に回した場合、頼るべき後ろ盾を
持たないと言う事だ」
「芳しくない状況ですねえ」
 アイゼンベルグは面白くなさそうに言った。
 ホワイトはコーヒーを飲み干した。
「そろそろ執務に戻るとしよう。貴官らも警戒態勢は怠らぬように」
 休憩室を出たホワイトは険しい顔で歩き出した。
(少し喋りすぎたか)
 しかし、余計な詮索をされるよりは話しておいた方がいい事もある。今は必要以上に兵
に動揺を与えない事が肝要だ。
 ホワイト准将は執務室に戻った。諜報部のリーフェイ大尉が待っていた。

 

 ミカ・リトマネンを首謀者とするこの反乱分子は、その活動規模や所有する戦力、特に
コロニーレーザー・リボルバーという宇宙史上でも類に乏しい強力な兵器を運用した事実
にもかかわらず、知名度が極めて低い。シャア・アズナブルやハマーン・カーン、エギー
ユ・デラーズと言った歴代の首魁に比してイデオロギーが不足しているからだとの指摘
もあるが、例えばデラーズフリートのような、自称他称を問わず的確な呼び名を持たない
事も人々の記憶に残りにくい理由とされている。連邦軍の公式記録では単に「アクシズ残
党軍」または「リトマネン一党」と記されている。
 その無名の反乱軍頭領たるリトマネンはこの勝利に上機嫌だった。
「よくやってくれた、アラン。これで連邦の奴等にわが軍の脅威を伝える事が出来ただろ
う」
「……ありがとうございます、閣下」
「失われた命には冥福を祈ろう。彼らの命、無駄にしないためにもこれからが肝心だな?」
「おっしゃる通りです、閣下」
「二十時間後に全地球圏に向けて布告を発する。それまではゆっくり休んでくれ」
「お言葉はありがたく頂戴します。しかし、次の作戦に向けいくつか修正すべき点もあり
ますので」
「そうか。わかった、まとまったら私に見せてくれ」
 リトマネンは喜んでいたが、アラン・コンラッドはこの戦果に満足していなかった。
 自軍最大の切り札を見せた上にそれに先立つ防衛戦で味方にも相応の犠牲者を出してい
る。せめて敵艦隊の半数は削りたかった。
 先に一度大型ビームの存在を見せたために連邦艦隊が警戒していた事はもちろんある。
しかしそれ以上にユウ・カジマの出した回避命令のタイミングが絶妙だった。
 戦闘中突然見せたあの反応の速さ、的確というだけでは言い表せない回避指示の的確さ、
そして何より準サイコミュの映したあの映像――。
「あれは一体……?」
 EXAMがあの蒼いMSに積まれているとは考えにくい。EXAMの顛末を正確には掴
んでいないが、いくつかの噂や目撃からEXAMはソロモン陥落と同時期に全て破壊され
たと判断していた。また、この数年間オリバーらと少しずつ情報を収集し、戦後マリオン
・ウェルチらしき少女がサイド6の病院にいた事を掴んでいる。そもそも、まだEXAM
が健在ならこの十年なぜ一度も使用されなかったものが今搭載されているのか。
 アランではあの現象を論理的に説明する事が出来なかった。それが出来るのは恐らく一
人しかいない、しかしその男は――。
「オリバー、入るぞ」
 ある部屋の前でアランはドアをノックすると、返事を待たず中に入った。
 オリバー・メッツはベッド上で膝を抱え、頭をその膝に沈めていた。
「オリバー、二十時間後に閣下が連邦政府に対しメッセージを発する。お前も出てもらう
ぞ」
 オリバーは一言も発しない。アランは首を振った。オリバーは本格的な実戦は今回の作
戦が初めてだった。目の前で同胞が死んだ経験自体がない上に、自分を庇って親しい友が
死んだのだ。その悲しみは理解できる。だが、今はその感傷に付き合うには時間も、人材
もあまりにも少なかった。
「オリバー、ギドのいない今、お前の戦闘力は今まで以上に重要となる。立ち直るのを待
つ時間はない」
「…………」
「オリバー、ギドはなぜ死んだと思う?」
「…………」
「答えろ、オリバー・メッツ!」
「……僕の、せいだ」
 ようやく、オリバーが口を開いた。死人を思わせた。
「僕がギドを死なせたんだ……」
「そうだ、お前が弱いからギドは死んだ」
 あえて冷徹にアランは断言した。オリバーの身体が震えるのが見えた。
「だが、弱かったのはお前だけじゃない。お前と俺の二人がかりでもユウ・カジマを倒す
事が出来ず、それどころか翻弄された挙句にこちらが墜とされるところだった。だからギ
ドが身を挺して助けに来なければならなかったんだ。そうでなければお前だけでなく、俺
もユウに殺されていただろう。俺たち二人が弱かったのだ」
 今のオリバーに優しい言葉をかけても立ち直りが早まる事はない。己の未熟を痛感し、
それを責める若者には客観的に事実を見つめさせる事でしか一歩を踏み出させる事は出来
ないとアランは信じていた。
「仇を討たなければならん。ギドの魂のためにも、俺たち自身の誇りのためにも!俺たち
でユウを斃し、この戦いに勝利するんだ」
 アランはオリバーに近づき、肩に手を置いた。
「オリバー、戦いの最中、ユウの動きが突然変わった、あれは何だ?俺の準サイコミュに
は妙な映像が見えていた。お前ならわかるんじゃないか?教えてくれ、頼む」
「……マリオン」
「何?」
「あれは、マリオンの力なんだ」
 アランはその言葉の意味する所を考えた。戦慄が奔った。
「EXAMか……?」
「違う……」
 オリバーは戦場で彼のみが到達しえた真実を語った。話を聞くアランにとって、それは
にわかには信じがたいものであった。人の祈りが距離を越えてサイド3から遠く離れたこ
の戦場まで届き、戦闘に干渉し良人の力となるなど、他人が聞けばオカルトか狂人の妄言
にしか思えないだろう。しかしそれでもなお、オリバーの言葉は事実だと確信していた。
NTの力それ自体が常人の理解を超えているのである。EXAMにしたところで人の心が
コンピュータの内部に取り込まれるという研究者たるクルスト・モーゼスにも説明は出来
ない現象を利用したに過ぎない。NTや人の心にはまだ解明されていない謎があり、今回
の現象もその一つだと思えば受け入れるのは難しくなかった。
 それよりもアランは、オリバーの受けたもう一つのショックをここで知った。
「つまり、マリオンは今ユウ・カジマの妻だと言うのか……」
 オリバーは答えない。アランはあの時、オリバーが攻撃を停止した理由を知った。
 マリオンの良人を殺せなかったのだ。NTの実験によって心を機械に取り込まれ、精神
のみを戦場に持ち出された少女が、十年経って手にした人としての幸福を奪う事を恐れた
のだ。
 その気持ちは痛いほどわかった。アランもフラナガン機関の警備士官としてマリオンの
境遇を知っている。戦後彼は公国軍残党として追われる身となり、マリオンの行方を知る
事は出来なかったが、どこかで彼女が幸せに暮らしている事を願っていた。どのような経
緯で連邦軍人の妻となったのか不明だが、ユウ・カジマを斃すと言う事はマリオンを未亡
人としてしまう事に他ならないのだ。
「オリバー、お前の考えている事はわかる。しかし、それでも俺たちはやらなければなら
ないんだ。ギドだけじゃない、仲間たちの死を意味あるものにするために、ここで立ち止
まるわけにいかないんだ。マリオンはかつての仲間だが、今はもう敵なんだ。今の仲間を
守るためにはユウ・カジマは避けて通れない敵だ」
 オリバーは返事をしない。とっくに判っているのだ。今更ユウと戦わない選択肢などな
いという事を。そしてギドの仇は自分の手で討たねばならない事も。
「今、スティーブ・マオの持ち込んだMSフレームで俺とお前の機体を組み立てている。
コクピットはそのまま移植だが、フィッティングはやり直さなければならない。後でドッ
クに顔を出してくれ」
 言うべき事は言った。後は自分の足で立ち上がってもらうのを待つしかない。アランは
部屋を出た。

 

「――それで、貴官の上司はなんと?」
 ルロワは言った。リーフェイの表情には変化は見られなかった。
「まだ報告しておりません、今この事実を知っているのはこの場にいる三人のみです」
 ローラン・ホワイトの執務室である。秘書官も退席させ、ギィ・ルロワをこの部屋に招
くよう依頼したのもこの情報部大尉だった。
 ルロワはテーブルの上に置かれた写真を手に取った。市内に設置された防犯カメラの画
像をプリントアウトしたものである。
 そこにはサングラスをかけた青年とカフェで談笑するマリーの姿があった。
「この男が反乱軍の人間である事は間違いないのかね?」
「彼は我々がマークしていた実体のない旅行会社のツアー参加者の一人で、過去のツアー
にも度々参加している事が確認されております。当面の敵であるか否かはともかく、何ら
かの意図を持って市内を動いている事は間違いありません」
「過去に彼女とツアー参加者が接触していた事は?」
「それはありませんでした。もっとも、この都市では映像は半年で消去されてしまうので
それ以前については確認できませんが」
「もうそこまでの調査を進めていたのか」
 ホワイトが小さく呟いた。もっとも、ホワイトが思っているほどには困難な作業ではな
い。スーパーインポーズ式人物判別システムにマリーの顔をデータとして入力すれば全て
の映像中からマリーの映った画像を抽出、接触者の中から予め不審人物としてリストアッ
プしたデータとの一致があるかを再照合する。全てコンピュータに作業を一任でき、ルロ
ワやホワイトの想像するような人海戦術は必要ない。
 ただし、例えばマリーが接触したスーパーの店員が実はスパイであり、この店員が件の
来訪者と接触するような間接的な連絡手段をとった場合にはチェックが及ばず、この場合
にはより強力な演算能力を持つコンピュータと、何よりも「らしい」と感じる人物を絞り
込む勘を持った人間の目が必要となる。そこまでするにはリーフェイの権限だけでは動か
せない。
 だからこそ上層部に報告するのがセオリーであり、軍規でもあるのだが、リーフェイは
それをしていないと言う。
「しかし、いいのかね?こういうケースでは……我々に話を通さないケースも多々あると
思うが」
 ルロワの言葉はリーフェイの立場を考えての事であろう。しかし、彼はいささかの躊躇
いも見せなかった。
「情報部の役割は戦場の外で起こる不確定要素を取り除き、軍を勝利に導く事にあります。
今この時点で上層部(うえ)に報告すればユウ・カジマ中佐も査問され、恐らくは潔白が
証明されるまで謹慎となるでしょう。それは戦場で悪戯に敵を利する事になります」
「……なるほど」
 ルロワはそれだけ答えた。どうもこのリーフェイという男、一般的な情報部の人間とは
異なる基準をもって動く男らしい。或いは過去に最前線の兵の誠実を信頼する経験をして
いるのだろうか。
「とは言え、カジマ中佐の奥方が敵と思われる人物と接触を持っていた事は事実です。当
面は本人に知らせる事なく監視を付ける必要があるでしょう」
「ふーむ――」
 ホワイトは目の前の資料の中からマリーに関する経歴を取り上げて目を通した。
「……マリー・ウィリアムズ。宇宙世紀〇〇六五年六月六日、サイド5テキサス生まれ。
両親は観光客相手の土産物屋を経営していたが開戦と共に疎開、サイド6に移住。しかし
同年八月十日に交通事故により両親は死亡、本人も昏睡状態となり同年十二月まで入院。
終戦後高校卒業までサイド6で過ごし、その後奨学金返還免除の規定を満たすためグラナ
ダの軍病院で看護士見習いとして勤務、〇〇八六年六月六日、ユウ・カジマ少佐と結婚…
…。経歴を見る限り不審な点はなさそうに思えるが」
 当時既に少佐だったユウと結婚しているのである。高級将校の婚姻ならば情報部が人物
を調査しているはずだ。その時点で不審な点があれば判明するだろう。
「ごもっともです。しかし、経歴において完璧であるから、現在その人物が潔白であると
言う意味にはなりません。この映像の中の奥方とターゲットは、少なくとも旧知の関係に
ある事は確実と思われます」
 ルロワとホワイトは同時に頷いた。
「音声はありませんが、口の動きから内容を再現する限りにおいて機密と思える内容は出
ていないのも事実であります。むしろ、ターゲットは奥方が連邦軍人の妻である事すら知
らないように思われます」
「だから、上官への報告を後回しに、暫く経過を観察しようと?」
「その通りです。次の戦闘が確実な今の情勢であれば、奥方が何らかの役割を持っていれ
ば間違いなく再び何らかの動きを見せるでしょう。動くのはそれからでも遅くはないと考
えます」
「その間ユウも欺く事になるのか」
 ホワイトはやや気乗りしない様子だった。しかし、リーフェイの言う通り情報部に本格
的に動かれるのはさらに厄介でもある。
 ルロワが結論付けた。
「リーフェイ大尉の意見を採用しよう。暫くは信頼の置ける者をユウ、マリー両名の監視
につける。人選はこれから行おう」
「感謝します、提督」
 リーフェイは謝意を表した。

 

 その頃軍施設内の病院では目を覚ましたマリーにユウがりんごを切っていた。
「上手いものね。皮をむくの」
「――独身生活が長かったからな」
 基地に戻ってきたユウを待っていたのは、マリーが倒れ、病院に運ばれたと言う報せだ
った。アイゼンベルグに後を頼み、ルロワの許可の下病院に直行、そのまま今日までマリ
ーに付き添っていたのだった。
「お仕事の方は平気なの?」
「俺のような戦場でしか役に立たない武辺、基地に戻れば役立たずだ」
 今最も必要なのはまさに戦場で活躍する武辺なのだが、心配をかけないため、冗談で紛
らわせた。
「余計な事考えずに今は休め」
「……はい」
 マリーはユウからりんごを受け取ると、一口入れた。暫く黙ってりんごを食べていたが、
やがて
「ねえ、ユウ」
「ん?」
「次も勝てる?」
 ユウはマリーの顔を見つめ、慎重に答えた。
「俺はそのつもりだ」
「でも、相手も強いんでしょ?」
「それは、必死だからな。連中には後がない」
「勝つためには……やっぱり殺さないと駄目?」
 ユウは黙ってマリーを見つめた。
「どうした?初めてだな、そんな事言うのは」
「ごめんなさい……」
 マリーは下を向いてしまった。
「やっぱり、元看護士としては、人が死ぬのは――」
「いや、いい」
 ユウが遮った。
「それが普通の反応だ。夫が死ぬのも、夫が人殺しをして還ってくるのも嫌に決まってる」
 ユウは声の調子を変えずに続けた。
「俺は殺さずに済むなら殺したくないとは思っている。だが、戦場で殺さずに勝つ方法を
探すつもりもない。それは戦争の前に考える事で、敵が目の前で銃向けてる時に考える事
じゃない。そうでないと自分が生き残れないんだ」
「うん、わかってる」
「……すまんな。こんな言い方しか出来なくて」
 ユウはいすから立ち上がった。
「飲み物を買ってこよう。何か欲しいものあるか?」
「じゃあ、オレンジジュースで」
「わかった」
 ユウは病室を出ると自販機のある一階まで降りていった。
 オレンジジュースと炭酸を買い、病室に戻ろうとした時、受付に見覚えのある顔を見つ
けた。
「イノウエ大尉!」
 呼び止められた壮年の士官は少し驚いた様子でユウを見たが、すぐに不器用な笑みを浮
かべて見せた。
「隊長」
「外来か。もしやこの前の戦闘で負傷を?」
 イノウエは少し顔を赤らめた。
「いえ、負傷と言うほどのものではありません。ただ、少しばかり神経痛が疼きましてな。
薬を貰いに来ただけです」
「そうか。身体のケアはしっかりしておいて下さい。次の戦闘も遠くはない」
「ありがとうございます。……あの、奥様のご様子は?」
「大丈夫。ストレスらしい。ここに赴任してからの疲れが出たのだろう」
「そうですか」
「それで、情勢はどうなっています?大きな変化がないのはわかるが増援は決まりました
か?」
「コンペイ島からスキラッチ艦隊が来るようです。それとブライト・ノア大佐も」
「ブライト大佐?そうか、シェルー中尉も喜んでいるだろう」
「…………」
「どうした、大尉?」
「少々、肩身の狭い思いをしていましてな」
――中庭に移動し、ベンチに二人腰掛け会話を続けた。
「隊長も内心では思っておいででしょう」
 自嘲するようにイノウエは言った。
「なぜ第一射前にあのコロニーレーザーに攻撃を仕掛けなかったのかと。それなら自軍の
被害はもっと小さなもので済んだのではないかと」
 ユウは答えなかった。それは事実だった。ユウはアイゼンベルグに敵MS戦力への打撃
を、イノウエにはコロニーレーザー――その時点ではまだ未確認建造物だったが――の破
壊を命じていた。端的に言えば、イノウエの突破口を開くためにアイゼンベルグに働いて
もらう作戦だったのである。にもかかわらずイノウエは敵がコロニーレーザーを発射した
直後の空白の時間を待ち、積極的に突撃を仕掛けなかった。
 敵の戦力、錬度が予想外に高く、突破口を見出すのに時間が掛りすぎた事は事実だが、
ある程度のリスクを負ってでも突撃するのがセオリーであり、実際に突撃を試みて撃墜さ
れたパイロットも少なくなかった。
「その批判は受けざるをえんでしょう。しかし、確実にあれに致命傷を与え、なおかつ自
分が生還するにはあの瞬間を待つのが最良でした。その判断に自信があります」
 ただ、相手の兵器があれほど短時間での連射が可能だというのが予想外だったのだ。そ
れは誰にも予想できなかった事だった。
「……隊長はお幾つになりましたかな?」
 イノウエは突然話題を変えてきた。
「今年三十四に」
「三十四ですか。私が初めてジムに乗ったのがその歳です」
 イノウエは遠い目をして言った。
「私の娘はね、一年戦争開戦の日に生まれたのですよ」
 また話題が微妙に変わった。ユウは黙って聞いていた。
「当時の私は空軍の雷撃機乗りでした。私は娘の顔も見れないまま戦闘配備で基地に呼び
戻され、基地内でコロニー落としやルウムでの大敗のニュースを聞き、続くジオン軍の降
下作戦でザクを初めてこの目で見ました」
 その辺りの事情はユウも大差はない。彼は兵器開発局だったので戦場でザクを見たのは
もっと後であるが。
「絶望しました。十七歳で初めて配属されて以来十七年、それまで現場で叩き込まれた戦
術や戦闘技術が全て否定された。これはもう死んだと思いましたよ。
「だから、ジムが量産、配備されると聞いた時には真っ先にパイロットとして手を上げま
した。しかし、戦闘機のコクピットを参考にレイアウトされているとは言え、あまりにも
勝手が違いました――私と同じか上の世代でも同様にMSへの乗り換えをし、上手く出来
た者もいます。しかし、私は新しい技術に馴染むにはもう遅すぎたのです」
 ユウはジムが実戦配備された当時の事を思い出した。戦闘機や雷撃機、戦車で実績ある
パイロットが意外なほど期待に応える事が出来ないまま撃墜される話を耳にした。単一の
機体の扱いに熟達した者ほど、機種転換には苦戦するケースが多かったのだ。
「しかしそれでも私は必死でジムを使った戦闘を身に着けましたよ。なぜなら生き残るに
はこいつに賭けるしかなかったのですからね。みっともない戦い方だろうと、娘をこの手
に抱くまで死ぬわけにはいかん、それだけでジムに乗り込んでいたのです」
 その結果、彼は地上戦を生き残り、宇宙への反転攻勢の際に再編された宇宙艦隊のMS
パイロットに抜擢されたのである。死にたくない一心で戦い続け、生き残り続けた結果、
更なる死地に連れ出された心境はいかなるものだったろう。
「今も私の考えはその頃と変わりません。娘もこの前十一歳の誕生日を迎えた。まだ私は
あれの成長を見届けたいし、孫を抱き上げてみたい。私は任務を疎かにするつもりはあり
ません。味方の被害を軽んじているわけでもない。ただ、私にとって任務の第一義は生還
する事なのです」
 ユウは先程妻に向かって言った。人殺しをしたいわけではないが、敵を前に殺す事を躊
躇しないと。それは自分が生き残るためである。イノウエの理屈も同じだった。まして彼
の隊は対地攻撃に特化してMS戦闘には向かない装備で出撃している。制空権を確保しな
い内に前進しろという命令を出す事が間違いであるとも言えた。
「隊長、私はあなたが羨ましい」
 イノウエがポツリと言った。
「私が?」
「私から見れば、あなたはMS戦闘の天才だ。いや、あなたのレベルで見ればアムロ・レ
イやジオンの赤い彗星のような伝説的エースこそ天才と言うかもしれませんが、私に言わ
せればあの二人はもう人とは別の生き物だ。人の足の速さを豹や馬と比べる意味がないよ
うに、あの二人を引き合いに出すのは基準が違う。あなたは人として到達しうる究極の技
術を持っていますよ。隊長なら大丈夫。今回の戦いでも必ず勝利し、生きて還ってきます。
そう言って奥様を安心させておやりなさい」
「……すまない、大尉」
 ユウはイノウエに詫びた。
「次は貴官らが確実に生きて任務を果たせる指揮を執ろう」
「期待しております。隊長」
 イノウエ大尉はニッコリと笑った。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー