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act.51

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act.51




だが、お前が――唯一この剣を受けるに相応しいお前が、俺を全力で殺すと言うのならば。

「ああ、その申し出――受けてやるさ、シアナ・シトレウムス。
俺もこの身が龍に変じるのならば、死ではなく生を賭けてお前と戦おう」

護るべきものはない。……なかった。
今の、今までの瞬間までは。
エレの護るべきモノの中には、自分さえ入ってはいなかった。
自らさえ入らない許容の中に、他人が入るくべもない。
だが、今は違う。

「……この上ない皮肉だ」

エレは自らが最も殺戮したい相手を、自分の腕で打倒する為に。
<シアナ>――殺害対象を、護るべきものとして認識したのだった。

そして同時に、自らも、守護すべき対象として定めた。
いつか目の前の女騎士と“生”を賭して戦う為に。

哂う。哂う。哂う。
いきなり笑い出したエレを、リジュは怪訝な目をして睨む。

「は……ははははっ、莫迦な……」
「どうしました? 死期が近づいてとうとう頭までいかれちゃいましたか?」

シアナと剣を交し合いながら、皮肉を吐いてみせるリジュ。

「貴様に心配されるまでもない、至って正常だ」
「……どうだか」

すぐ傍で冷ややかに唇を歪めるのは死神だ。
その死神に凍て付く視線を送られても、込み上げて来るのは恐怖ではなく、嘲りだった。

狂った運命に対する、精一杯の抵抗だった。

ああ、おかしくて涙が出そうだ。
こんな滑稽な喜劇があってたまるか――最も殺したい相手が、護らなくてはいけない対象になり得るとは!!

だが両者が両立しているのは事実だった。
エレはシアナを殺したいと望み、シアナもそれを望んでいる。
邪魔をするものは容赦なく仕留めよう。悪魔の剣によって。

故にエレは――走る。
激突するリジュとシアナの間に一息で肉薄し、剣を振るった。

後ろに下がることによって間一髪、稲妻めいた剣戟を回避するリジュ。

「ほう、かわしたか。……まあそれくらいでなければ面白くない」

エレの言葉に、シアナの怒号があがる。
「ちょっと!! 今の、私まで巻き込むつもりだったでしょう!!」

シアナもリジュとほぼ同時に、エレの剣をかわしたのだった。
咄嗟に避けなければ、十中八九、肩から切り裂かれていただろう。
エレはそれがどうした、と言わんばかりにシアナを一瞥する。

「ふん。貴様ならかわせるだろうと検討を着けて踏み込んだのだ、現にかわしたではないか」
「それは結果論よ。全く、乱暴なんだから……ここは貴方に任せたわ。私はイザークの所に行く。じゃあね」

シアナは一気にそれだけ告げて、さっさとイザークの助太刀へ向かう。
すれ違い様、微かに。

――負けないでよ、と。
聞こえた気がした。




「さて……貴様と戦うのは初めてだったな」
「そういえば、そうですね。でも――今日が初めてで最後です、どちらにせよ次は与えません」

初戦にして終戦。
二度はない、とその瞳が語る。


「貴方の死は確定事項です。今更覆りはしない。それは自分でもよくお分かりでしょうに。
死に逝く者が醜く足掻く様程、浅ましいことはないですね」
「……人の浅薄さを責める暇があったら自らを省みたらどうだ」
「ほう? 僕が浅ましい、と?」
「俺に言わせれば、人は皆浅ましい。蛆虫のように地べたを這って生きることしか知らず、自身が虫であることさえ理解しない。
例え王であろうとその範疇から逃れることは出来ぬ。そのような生き様の何処が浅薄でないと言うのだ」
「…………」
「それとも貴様は、自分だけ特別になったつもりでそこに在るのか――それこそ愚昧だな、リジュ・ゴールドバーン」
「まさか……僕とて理解してますよ、自分が平凡で凡俗な人間なことはね。そして人は皆愚かです」
「ならばそれ以上の言葉は要らぬな」
「ええ。僕も貴方に倣って、愚かに浅ましく戦うことに致します。貴方はここで僕に殺されて死んで下さい」


睨み合った刹那、突風が二人の間を駆け抜けていった。

風を機に戦闘が開始する。
同時に踏み込むリジュとエレ。

閃光が散る。
鼓動が躍る。
騎士が踊る。
打ち合う剣と剣。その狭間において美しい謳が、鳴る。

「Ισχυρες ανεμου」


接近距離からの呪文発動。
短い詠唱であれば当然威力は落ちる。
しかしこれほど近ければ、外す事は無い。命中のみを考え放たれた魔術。
風は烈風となり、エレの身を切り裂かんと咆る――!!

「Ισχυρες ανεμου」

言葉が重なった。
リジュの呪文ではない。
驚愕に目を瞠るリジュ。

「な……」

風は風に巻かれ、相打つ。周囲に空気の波を撒き散らし、沈む。
予想外の出来事に、追撃の手が緩む。

「どうした? 疾風の死神、得意手を取られて怖気づいたか。ひとつ忠言をしておこう。魔術は貴様だけの本分ではない」

今の詠唱は、エレから発せられたものだった。
右に左に。兇刃を手向け続けながら、処刑場を走る。

何故――自分の魔術を相殺出来るなど、それこそ長けた魔術師でなければ在り得ない。
それは驕りではなく、歴然とした事実である。
人の身において、我が身に対峙出来る者は極めて稀。
何故なら自分は――――

「……魔術が使えるなんて知りませんでした」
「そうだろうな。俺は呪文なんてまどろっこしいものは好まない、剣で切り伏せた方が早いからな」
「結構なお手前ですね。……血が特別なんでしょう」
「理解が早いな。血筋が魔術を生業とする一族だった」

エレの一族は無宇の民と呼ばれていた。
自然の中で生き、学び、精霊を信仰し、魔術を使う。
赤い髪に、赤い瞳。そして白き肌を持つ希少種族。
魔術を生きる糧に使う。その生業からか、無宇の民の血を引く者は絶大な魔力を持つ事が多い。

彼らはその異端とされる外見から迫害にあい、今では殆ど面に姿を現さないという。
多くの無宇族はひっそりと集落を形成し、暮らしている。
しかし少数の者は迫害を恐れず町へと旅立っていった。
エレの両親のように。


「そう……ですか、無宇の民。どうりで……」
「風と生き、水と暮らし火と唄い地に還る――そのような教えが鬱陶しくも身に染み付いているものでな」

集落を移り住み、悪魔の名を冠し
髪は刻印の作用によって黒くなったものの、体を流れる血に代わりは無い。
この身は死すまで無宇の民。

「俺に魔術は効かない。理解したなら剣で戦うがいい」
「……ええ。十分理解しました。普通の威力の魔術なら、貴方に届かない――ならば」
「――はっ!!」
剣の切っ先が戯れあう。


「それをも凌駕する圧倒的な力で捻じ伏せればいい」
剣と剣の隙間から、
震えるような宣言を送り、リジュはいつもの微笑みを浮かべた。

流れるまま、呪文を。この言の葉を、手向けの賛歌とする為に。

それは即ち、死神の死刑宣告である。

「Ανεμο ειναι σαν ενα μαχαιρι」
「Ανεμο ειναι σαν ενα μαχαιρι」
次いでエレの呪文が紡がれる。
リジュの口を読みながら、同じ呪文を唱える。
相手の呪文を計りつつではどうしても後手に回ってしまう。
後手では間に合わない。死神の鎌を食い止めるには、最悪で同時、最上で先手を取らなければ――刈られる。

「Οδπγησε σε θανατο」
「Οδπγησε σε θανατο」
――もっと速く。吐き出された言葉を読むのではなく予測を。次の呪文を、読め。
目の前の死神の次言を予言しろ。


「Πυροβολησεσα」「Πυροβολησεσα」

――風は剣のように死を率いて


「Ελα, ελα」「Ελα, ελα」
――さあ集え


『Ο θανατοτου ανεμου!!』
――疾風の死神よ!!

唱和が完全に重なった瞬間、二つの同じ魔術は真正面から衝突した。
風牙が大気を掻き毟りながら激突する。
凄まじい暴発。続いて轟音。空気の渦は大地を引き裂き、狂騒を奏で空へと昇る。
吹き上がる砂土で周囲は白く煙った。

視界が晴れぬ間に。
荒れた地を蹴り、死神は再び攻撃を開始する。

悪魔は死神の猛攻を迎撃す。


「詠唱速度、質共に申し分ありません。今すぐ魔術師に転向したらどうですか」
「抜かせ。――言っただろう。剣の方が性に合う」
「そうですか。そういうの宝の持ち腐れっていうんですよ、清貧を良しとする騎士が贅沢はいけませんよね。
ああ、貴方はもう騎士じゃなかったんでしたっけ」

悪魔と死神が躍動する、此の地は彼岸か、此岸か。
或いは地獄か煉獄か。

灰白き外套を棚引かせ、鋼鉄の鎧を鳴らす。
黒き悪魔と白き死神は向かい合う。

「僕ずっと貴方が気に食わなかったんです――思う存分、心行くまで殺戮してあげますよ」
「奇遇だな。俺もお前とは相成れぬと思っていた」
「それはそれは。忌々しくて何よりです」

重なった剣が離れる。

「貴方を殺したら次はシアナさんですね。彼女を甚振るのは小鳥を握り潰すくらいに容易い」
「……あいつを侮るな」
「へえ、これは珍しい。仲が悪いとばかり思っていましたが、擁護するおつもりですか」
「擁護ではない。確信だ。小鳥だと? 笑わせる。あれはお前が容易く傷を付けられる相手ではない」
「随分、彼女を買ってるんですね」
「当然だ。……俺の宿敵だからな。それに」

ズイマから、そしてシアナから受け取った剣を掲げる。

「そのような台詞は俺の命を狩ってから吐くのだな、疾風の死神よ。悪魔は存外、しぶといぞ」

前傾姿勢で突進し、渾身の一撃を。
これがかわされたと見るや体を回転させ、横殴りに続けざま一発。
怒涛の乱舞に、軽やかな動きで応じる死神。

「ふっ……やれやれ。これだから人間は嫌いなんですよ。見境がなくなると手に負えない」
「まるで自分は人間ではないと言っているような戯言だな」
「……そうだったらどうします?」
「何」

見上げた相貌は青白く、双眸は青に濡れて。
瞳に宿る陽光が、白き鎌のように映った。

「貴方もシアナさんも。今からどんな断末魔を上げてくれるのか楽しみで仕方ありません。
想像するだけでゾクゾクします」

鼓動が、震える。
近づいてはいけない。あれは、人が対峙すべきものではない。
逃げろ。逃げなければ生は掴めないと、細胞が警告を発している。

そして悟る。
直感、本能。何でもいい、人間としての勘が告げている。
目の前の男は――人間以外の何かだ。

「……貴様、人ではないな。何者だ」
「貴方が無宇の民だと聞いておいてなんですが、僕自分のこと喋るの嫌いなもので。だから教えません」

今度は先手を打ったのはリジュだった。
否、既に“打っていた”という方が適切か。

「何一つ知ることなく死になさい」

――魔術発動。
「……!!」

先ほど発せられた詠唱――高速詠唱の最中、「もう一つ」呪文を唱えていた。
リジュの得意技、複数の魔術の同時詠唱である。
わざと発動時期をずらし、ここにきて完成した魔術がエレへと向かう。
風は大津波を生む。エレを飲みこまんと牙をあげ襲い掛かった。

波は没し、海に凪が降りるよう静寂が戻ってくる。
そこに――いた。

「ぐ……はあ……っ」

エレが。腕に傷を受けながらも、前を見据えてしっかりと地面の上に立っている。

「――……まさか」
「人の忠言は素直に聞くものだぞ死神。何度も言わせるな。魔術を使うのはお前だけではない」

あの瞬間、あの刹那。エレも片方でなく両方の魔術を唱えたというのか。

「同時詠唱をしたと……いうのですか」
「ああ。貴様の技は何度か戦場で見たからな」
でなければ目の前に立っていられるわけがない。エレは同じ術を使い、相殺を果たしたのだ。
リジュの術の錬度は僅かに上。しかしエレの術とてリジュに迫る。
抑え切れなかった分、手傷を負ったが、リジュの攻撃を防御できただけで上出来という所だろう。

「生憎だが、人を謀るのは悪魔の本業でな。いや貴様は人でなかったな、まあどちらでもいい」


――人の身ならざる術を使い、悪魔はふてぶてしく言った。

「さあ、戦うか死神よ。来い。俺が窮地に到るまで追い詰めて見せろ。それが出来ないのならお前は」

いつだって悪魔を死の淵にまで追い詰める――
シアナに、遠く及ばない。



「ぐっ……!!」
イザークはビィシュの剣の前に膝を付いていた。
流石は全騎士隊中、最高位の騎士。全ての騎士から憧憬されるだけのことはある。
正直、この間の戦の方がまだ温く感じるほどの実力だ。
その熟練された剣に翻弄され、まともに打ち込むことさえままならない。

「何故、ここに来た。若き騎士よ。大人しく処刑を待っていれば済んだだけの話ではないか」

ビィシュは一歩前に進み、諭すように問いかけた。

「お前は名のある家の出なのだろう。……その名家から反逆者を出したとあっては、家族が泣くぞ。国にお前の居場所はなくなるだろう」
「……僕……いや、俺、もう戻るところなんてないんです」
「ほう?」
「騎士隊に入る時も、反対されて、それで親父と滅茶苦茶に喧嘩して――勘当されて出てきたようなものだし……だから戻る家はないんです」
「親を泣かせて出てきたわけか」
「はい。俺、とんでもない親不孝者ですよね。でも……」

剣を地面に突き立てて、立ち上がる。

「後悔はしてません。例え、親を泣かせようと反逆者になろうと俺は俺の守りたいもののために戦います」
「家族より、自身の信念を取るというのだな」
「ええ――」

その為ならば、徹底的に卑怯者になったって構わない。
俺の在るべき場所は、安寧と安全しかない、ぬるま湯のような豪邸ではない。
埃塗れになろうと、泥だらけになろうと
――戻るべき場所は、ひとつ。


「俺は死ぬまで隊長の傍で戦うって決めたんです」

「……いい度胸だ」

ビィシュは心なしか嬉しそうに答えた。
剣を引き抜き、ビィシュの重い打ち込みを受け止める。

「く……っ!!」

なんて馬鹿げた強さだ。受け止めただけで腕が――全身が痺れる。
剣の重みは、心の重みだと、誰かが言った。
――この重みが、全騎士隊の上に立つものの、重みであると。

「はああっ!!」

ギインッ!! ギインッ!!  

「くそ……っ!!」

元より、
実力が違いすぎるのは目に見えている。
剣の腕が劣っているなんて知れたことだ。
目の前の壮麗な騎士に勝てるところなんて、ちょっとやそっとじゃ見つからない。
彼は王者。その力は、シアナやエレさえ飛び越える。

シアナ隊長より強い相手か――参ったなあ。

一度として勝ったことのない相手より強者を相手にしているのか。
本当に、何て馬鹿な事態だよコレ。畜生、泣ける。でも笑ってやる。
だって辛い時ほど、あの人は笑うから。自分だけ泣いていられるか。
「はは……っ」

勝てる要素は皆無。
ならば俺は、決意だけは。
この誇り高い決意を上回るだけの想いで、それに応えなければ。

「はああああっ!!」
「――はっ!!」

でなければ追いつけない。追い越せない。シアナも、目の前の騎士さえも。
食らい付く。必死に剣戟についていく。
家も安泰な未来も全部捨てたんだ。今更失うものなんてあるものか――!!

「ふっ!!」

何度目だろう。
思い切り剣を打たれ、地面に転がる。

「そろそろ諦めたらどうだ? いくら威勢がよかろうとお前は私には勝てない。敏捷さも力も、何もかも私に劣る」

言葉が沁みる。膝も腕も、剣がかすって血を流してる手も酷く痛む。
それでも立ち上がる。
ここで倒れたら、生涯自分が許せない。
再びビィシュの追撃を迎え撃つ。

「ちっく……しょう、負けるかよ」
「諦めが悪いな。……何処かの隊長に似たか」
「そうですよ、いい長所でしょう?」
「ふっ、堂々と……想定したより遅かったな。噂をすれば影か」
「え」

そこに――ようやく来た。待ち焦がれた人物が。

「――よくやったわね、イザーク」
「隊長~!! 俺、頑張りましたよね!!」

シアナはイザークへ駆け寄り、小さい声で「上出来」と言った。
剣を構え、王者を見据える。

「ビィシュ、私が相手になるわ」
「いいだろう――来い、シアナ」

言葉が終わった途端、シアナはビィシュに接近した。
斜めに斬る。
シアナの振るう、厳つい剣をものともせず、ビィシュは一撃を薙ぎ払った。
息吐く暇すら許されない連撃。薙いで、斬って、受けて、そして切り結びあう。
その一太刀、一太刀全てが渾身の力を込めて放たれている。

天に轟くは剣の合唱。
地に響くは靴の輪舞。

音が鳴り止むことは無い。両者の剣は猛り、ぶつかる。
なんて美しい――――不覚にもイザークは言葉を奪われた。
実力の逼迫した強者同士の戦いというのは、これほどまでに美しいものなのか。
これはもう戦いではなく、舞踏だ。

処刑地にて龍殺しと王者が舞い踊る。

壮絶という言葉が相応しい舞台に、観衆――イザーク、そして処刑者が見入る。
これを見て、何かが言える者など居るはずが無い。

言葉など不粋にしかならない。
この美しき宴の前にあっては。









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