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act.50

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act.50



ゾッとした。
味方ならばこれ以上ないまでに逞しい死神が、敵に回ればこれほど脅威を感じるものになるとは。

これまでにリジュと対峙して来た者達は、この視線を受けてきたのだ。
そしてこれまで彼の前に立ち塞がり、四肢が無事だったものはない。
死神の瞳に睥睨され、生を掴んだ者は一人も存在しない。

「――愚かですね。僕とビィシュさんを相手に、どう立ち回るつもりですか、シアナさん。
まさか、あの下っ端のイザーク君をお使いになるつもりで?」
「……さあ、どうすると思う?」
「貴方のことですから何か考えがあるんでしょう、でもそれはさせません――!!」

リジュが抜刀し、シアナに切りかかる。
ビィシュも剣を抜こうとしているのが見えた。
シアナは声をあげてイザークに合図を送った。

「イザーク、ビィシュの相手は任せたわ!」
「はい!!」

イザークはビィシュの元へ飛び込む。イザーク対ビィシュの剣戟が始まった。

「……狂ってますね、実力の差さえ考えられないほど落ちぶれてしまったんですか、彼にビィシュさんの相手は務まりません」
「そんなこと……分かってるわ」
「では何故、彼を向かわせたんですか」

先ほど、ここにくる最中イザークと話していた作戦を実行するつもりだった。
自分の考えが正しいのなら、この作戦は必ず成功する。成功してもらわなくては困る。
その為に今は、やれることをやるしかない。

「イザークはリジュが思ってるほど弱くないわよ。ビィシュに勝てなくても――私がリジュを倒すまで持ちこたえてくれればそれでいいんだもの」
「僕を……倒す?」

リジュは手をシアナの前に翳した。

「シアナさん、あんまり僕を笑わせないで下さいね――手加減が出来なくなっちゃいますから」

ああ、この表情。
シアナは震える。――まさか私が脅えを感じるなんて、なんて奴。
だが、ここで退く訳にはいかない。私は、騎士だ。

我が身、最期の瞬間まで騎士であれ。

シアナは土を蹴り、踏み込んだ。
「はあああっ!!」
「はっ!」
斬音が虚空にこだまする。
リジュと実際打ち合うのは初めてだったが、実力のほどは嫌というほど見せ付けられてきた。
しなやかな太刀筋、無駄のない剣さばき。そして容赦なく敵を刻む姿は名の如く、まさに風。
分かっていたつもりだったが、打ち合ってみて実感する。
強い。――そう、この強さこそ疾風の死神に相応しい。

ならば私は、龍だけでなく、死神の力さえ屠る騎士となる。

目まぐるしく行われる応酬の中、リジュがシアナを挑発する。

「彼を置いて逃げたら如何ですか、それこそ裏切り者の貴方にぴったりですよ」
「……くっ、誰が逃げるものか!! 私は逃げるのが嫌いよ!!」

空気の流れが変わった。異変を感じ、シアナは跳ぶ。
風がシアナの横を薙いでいく。――リジュの口詠呪文だった。
いつの間に唱えたのか、いやそれよりも。
まだ呪文を唱える余裕があることに、シアナは内心驚愕した。
呪文を浴びたら一巻の終わりだ。呪文を唱えさせるな。余裕さえなくすほどの剣を浴びせろ。
そしてシアナは行動に出る。

「それより嫌いなのは――負けること。でもそれより許せないのは、負けて逃げることよ」

シアナは剣を振り被った。剣は大気を殴り、風を生む。
風は空気の刃となって、――目標へと走駆する。

リジュでもなく、ビィシュでもなく、エレに向かって。


「な、に……っ!!」


絶妙の力を持ってしてコントロールされた風の刃は、エレの肌を傷つけることなく目隠しと拘束縄だけを断ち切る。
真っ二つに切られた布は地面に落ち、エレの顔が露になった。
これこそがシアナの狙い。
悪魔の騎士が戦力に加われば、戦局はこちらへ傾く。
肝心のエレが戦う気がない? 確かにエレは死を望んでいる。――だが、シアナには分かっている。
何よりもあのひねくれた性格を理解しているのはシアナだ。
エレは必ず戦うだろう。

自分が最も殺したい相手――シアナが目の前で殺されそうになっているのだ。
狩人にとって獲物を他人に横取りされるほど、屈辱的なことはない。
そう、エレがシアナを殺したいと望み続ける限り、あいつは必ず剣を持ち戦う。戦わざるをえない。

刻印に体を蝕まれながらも、エレはそのためだけに生きていたのだから。


シアナはエレに向かって剣を放り投げる。それは――エレがかつてズイマから受け取った剣だった。

それだけで十分。戦えと他所から声を荒げるまでもない。
悪魔の騎士は剣を取る。その行為が何を示すのか、この場にいる誰しもが知る所。
剣を取るということは、彼にとって、否、全ての騎士にとって<ただ一つの誓い>と同義である。

即ち、戦い生き抜くこと。主への忠誠と共に。
それこそが騎士の本分であり、誓約であり、護らなければいけない最初の誇り。


全ての騎士が護らなければならないモノの為に剣を振るうのならば、
エレ自身もまた護るべきモノの為に剣を振るっていることになる。
だが自分には護るべきものなど、何一つ存在するはずがなかったのだ。

闘争意識に身を委ね、彼岸が交差する戦場に惹かれ、彼の地で見える甘き死に焦がれ、
自身の空虚を埋める為に、ひたすら干戈を求めた。
理などは蚊帳の外に置いて、全ては自分の欲望の赴くまま。
自らに宿る刻印が穢れた力だと知りつつ、刹那の歓喜を求め、血の道を選んだ。

自らは今、その代償において裁かれようとしている。
エレを滅ぼそうとしているのは、法でもない国でもない。そして騎士団の総意でもない。
己が今まで為してきた業。
裏返せばそれは、エレ自身に他ならない。
過去の罪が彼を裁定し、――死を与えたのだ。


自らの視界を覆っていた布が、はらはらと風に舞うのを目の端で追いながらエレは嘯く。

最も殺したいと願ってきた相手――シアナが自分を助けるとは。
死の淵で喘いでいる身を救った所で、非難はあれど、賞賛は決してなかろうに。
我が身は、悪の魔。悪魔を此の地では龍と謂う。
二つ名に過ぎなかったその名は、刻印の副作用のおかげで真となりつつある。

傍らには死が横たわり、機会があれば首を狩らんと虎視眈々と息を潜めている。
死は内に。虚無はこの魂に。歪曲はこの体。矛盾だらけの魂魄を抱え、処刑地に立っている。
そう、自分を救えた所でその末路に救いはない。救いのない未来になんの希望があろう。
あるのは絶望だけだ。地獄は現世でとうに見た。ならばこの先に待ち受けているものは、地獄より最悪なモノに違いない。

苦しむだけ。緩慢で鋭利な痛みを与え続けられるだけ。それは死よりも性質が悪い。

にも拘らずだ。それを死って尚、
地位と名声と。およそ誉と呼ぶべきもの全てと引き換えに、目の前の女は剣を渡した。

「それでも……お前は俺に戦えというのだな」

その身が龍になるのなら私が殺すと、シアナは言った。
だから、ここにシアナの姿が見えた時、最初に覚えた感情は――苛立ちだった。

莫迦な。何を考えている。あの女は。殺害宣告をした相手を救うなんて狂った真似をする相手が何処にいる。

矛盾だ。清清しいまでの背反。何しろ、殺すと言った相手を処刑台から、掻っ攫おうとしているのだから。

どちらも本気の言葉であり、真実である。その度し難きまでの矛盾。
それがそれほどの決意を要したものなのかエレは知らない。知る由もない。



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