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act.49

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act.49


シアナはマントを翻して、背を向けた。
颯爽とした足取りで、扉へ向かう。

「何処へ行くんですか」
「私の望みを手伝ってくれるんでしょう? なら早くして。行くわよ」
「行くって……まさか」

シアナは意味ありげに笑って見せた。
悲しい笑顔でもなく、何かを誤魔化すためでもなく。

それは決意から湧き出る、勇猛な微笑みだった。

「時間がないから手っ取り早く任務説明するわよ。
任務場所はヘイレズの丘。目的は死刑を実行される前に、エレを奪還すること。
それでこの任務のランクだけど、リジュとビィシュが阻止してくるだろうからSSSって所かしら」
「……SSS」
「そう。未だかつてないくらい高難易度の任務ね。致死率はかなり高いわ。
相手は全騎士の中で最強の名を冠する第一番隊長の隊長様と、第四番隊の魔術騎士様ってワケ。
エレを仲間に加えても勝率は高くない。なにせ、王者と死神を同時に相手にするんだもの。
それで? ここまで聞いて、どう? 怖気づいた?」

イザークはごくりと唾を飲み込む。
そして――

「――いえ、臨むところです!! 刃向ってくるならコテンパンにのしてやりましょう!!」

強く頷いて、シアナの後に続いた。

馬に乗り疾風となって駆ける。
目指すは処刑地の丘。罪を犯したものを断罪する戒めの場。


――死刑の阻止、か。罪人を庇うなど、騎士失格だな。
同罪とされて罪を被せられても仕方ない。


シアナとイザークはヘイレズの丘へ着いた。
乾いた風が荒涼とした大地に横なぐりに吹き付けている。
そこにエレ、リジュ、ビィシュ、処刑を執行する執行人、監視役の五名の姿が見えた。
まだ刑が執行されていなかったことに安堵しつつも、緊張を漂わせながら歩き出すシアナ。
すぐさま、登場したシアナ達に気付いたビィシュとリジュが顔をあげる。

「シアナ……さん。何故ここに」
「どうやら大人しく刑の執行を見守りにきた、というわけではなさそうだな」

イザークもシアナの傍に歩み出た。
その場の雰囲気が一気に張り詰めていく。

シアナは、あっけらかんと吹っ切れたように返した。

「ええ、そうよ。悪いけどこの刑の執行をやめてもらいに来たの」

信じられないといった表情でビィシュが即、口を開いた。
「……何だと? シアナ、君の言っていることが何を意味するのか分かっているのか?
今回の刑の執行は、騎士団の総意、そして王の意でもあるのだぞ。
これに反することはすなわち――」
「国に対しての反逆とみなします」

リジュが淡々とビィシュの後に続けていった。

「騎士の名を保つどころか、逆賊になることになりますね。シアナさん。
それでもエレ君を助けるつもりですか?」
「……ええ」

シアナは剣の柄にそっと手をかける。
鋭い眼はリジュ、ビィシュ、そしてエレに向けられた。

「今、ここで彼を助けても、いずれ彼は国を滅ぼすような存在に成り果てるかもしれない。
死を巻き散らかして暴走するなんて病原菌と同じだと思いませんか?
彼がそんな風になってしまったら――
そうしたら貴方はどうするつもりです、彼を助けた責任を取れるんですか?」
「……責任はとうに負ってる。もしエレがそんな風になったら、私が殺すわ」
「何故そんなことが言い切れるんです」
「悪魔の刻印は暴走すると所有者を龍へと変じさせる。そうなったら殺せるのは私以外にありえない」
「なんと……では益々、彼を殺さなくてはいけなくなりましたね。龍は化け物。害悪でしかありません」
「そんなことはさせない!!」

シアナは剣を抜いた。
目には強い血潮が脈動し、迸っている。
じゃり、と足先で地を噛み、リジュと対峙した。

「貴方は……残酷ですね。ここでエレ君を助けてどうなるんです?
死期を無駄に遅らせて彼を苦しめるだけじゃありませんか。しかも、彼が龍に変わったら自分で殺すなんて。
矛盾していると思いませんか?」
「……そうかもしれない。それでもここでエレを殺すのが正しいとは私にはどうしても思えない。
今のエレは無差別に人を襲ったりはしない」
「現に総長は殺されたではないか」
「あれは……総長は私を庇ったのよ。エレは私を殺そうとしたんだから……全部刻印のせいだわ」

「そうだとしてもです。彼から刻印を引き剥がすことが出来ないのならば、同じことです。
シアナさん、名誉も地位も捨てて僕達に剣を向けるおつもりですか。それで貴方が得るものはなんです。
死に逝く悪魔の騎士の命と引き換えに、貴方は騎士の名を捨て全てを失うんですよ。
貴方が、今まで護ってきたもの全部」
「……いいえ」

シアナは首をふる。

「私はいつだって自分が守りたいものの為に戦い、護るべきものの為に剣を振るってきた。
国と、民と、そして仲間と。例え名誉や地位を捨てても譲りたいものがある、間違っていようと譲れぬものがある。
総長から引き継いだ志がある。それを違えるつもりはない。私にはこの誓いと誇りさえあればいい!
名誉や地位などくれてやる!! 今の全てを奪われようと私の胸には決意が残る。

それさえあれば私がいくら逆賊と言われようと――この魂は騎士のままだ」


それこそが誓い。それこそが誇り。他の何を譲ろうと、この約束だけは譲れない。

馬鹿が、と毒づくいたのはエレだった。
罪人が纏う黒い装束を着て、目隠しをされている。
死刑の際に恐怖を与えないための配慮だった。
視覚で認知できなくとも、音だけを頼りに何が起こっているのか瞬時に察したらしい。
死の瀬戸際に落とされようと、能力は微々たりとも鈍ってはいないようだった。

それでこそ、悪評名高き悪魔の騎士。そうでなければここまで助けに来た意味がない。

「エレ、助けに来てやったわよ」
「……正気か」
「一応ね」
「……貴様、死ぬぞ」
「死なないわよ。ここであんたを助けるまではね――、ほら、イザークもいるし」
「雑魚を何人連れて来ようと気休めにもならんな」
「ひ、酷いですよエレ隊長、せっかく急いで来たのに……」
「まあそうだけど、いないよりはマシでしょ」
「ぐあ……シアナ隊長まで!!」


お茶らけた会話を続けていると、リジュが手を合わせ、パンパンと拍子を打った。
「はいはい。お話はそこまでにしましょう。これ以上長引くと僕達も突っ込みざるを得なくなっちゃいます」

一陣の乾いた風が、そこに居る者達の合間をすり抜ける。
リジュは、これが最後の宣告だと言わんばかりに、努めて穏やかに振舞って見せた。
事実、これは最後の宣告である。

「……シアナさん。考え直す気はありませんか? ここでエレ君が死刑に処されるのを黙って見守る心構えは?」
「そんなものはないわ」
「そうですか、それは残念ですね。貴方はもっと明晰な人かと思っていましたが――」

リジュの目が、三日月を引っくり返したように細くなる。
酷薄な微笑が唇に浮かぶ。
それだけで、その場の空気が一気に冷えていく。

「死刑囚に味方するなんて、呆れ果てましたよ。反逆者には死あるのみ。ここで貴方を殺さなくてはいけないのは、本当に残念です」

“疾風の死神”は開眼した。
冷え冷えとした眼をシアナへと向ける。
感情のこもらない闇を飲んだ眼晴。
戦場でしか見たことがない、冷徹な眼差し。いつもならば、敵へと向けられていたものだった。
あの瞳は敵を屠る時にのみ、――虚を宿す。
ならば今、目の前にいるリジュはシアナを殺すと決めたに違いない。





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