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act.46

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act.46



「……屋外に仮設の救護施設が出来てます。東側へ行ってください」

返事はなかったが、リジュの言葉が届いたのか、シアナは重い足取りで東へと向かった。


身体が凍るように冷たかった。
外側だけでなく内側の芯、もっと深い所が凍て付くように寒い。
雨のせいでは決して無い。

……何度経験しても慣れることがない、死の痛み。
胸を深い所から抉る、絶望と不快感が埋め尽くす。
この感覚に身を委ねていれば、きっと深みにはまる。

――悲しみに溺れてしまう。痛みの海に沈没する。
子供の時、両親を失った時みたいに。何も出来なくなってしまう。

だから、心を凍らせる。悲しいという気持ちを、一時だけでも忘れようと努力する。
今やるべきことを考えて、苦しみに飲まれないように。

エレの身体を仮設のベッドに置くと、シアナはその場に立ち尽くした。
エレを見る。

頬にあった刻印は禍々しい色合いに変色し、皮膚には鱗が浮き出ている。
シェスタがかつてシアナに告げた通り、エレはゆっくりと着実に龍へと変化していた。


こんな姿になるまで、一人で刻印と戦い続けてどれほど苦しんだだろう。
――それでも、こいつは、助けてなんて言ったりしない。
絶対に誰かに救済してもらおうなんて考えたりしない。自分の命の拠り所は自分で決め、孤独を守り、一人戦うのだ。
人に頼ること、それが弱さだと思っているから。
弱い自分が許せないのだ。
許せないから、絶対に自分の誓いを破ることもしない。

「エレ、貴方……似てるわ」

似てる。馬鹿馬鹿しいくらいに誰かとそっくりだ。
だから、分かる。
エレは辛ければ辛いほど、絶対に弱音を口にしたりせず、一人戦おうとするだろう。
その心は悪魔。
人が寄り付くことを好まない、潔癖の悪魔。

だからこそズイマは、自分に言ったのだろうとシアナは思う。
エレを頼む、と。



翌日になった。
長らく続いていた雨が止み、雲間が晴れてきた頃、リジュがビィシュを連れ立ってやってきた。


「……シアナさん」
「リジュ」
「エレ君の具合はどうですか?」
「……ずっと寝てるわ。当分は起きないと思う」
「そうですか」

嫌な沈黙が場を支配する。
切り出したのはビィシュだった。
いつもと変わらない表情で、シアナに告げる。

「いつまでも引き伸ばしていても仕方が無い。単刀直入に言う」
「……何?」
「シアナ。エレの処分が先ほど決定した。……騎士隊総長を殺害、ならびに騎士隊を刻印によって危機に追いやった罪として死刑に処す」

世界が、揺れる。
冷たく凍らせた心に杭が打たれる。
ビィシュが告げたエレの処分は、あまりに重いものだった。


「……そん、な」
「言っておくがこれは全隊長、それから国王の意を汲んでの決定でもある。このままエレを放っておけば良い事態にならないことは明白だ」

ビィシュは鋭い視線をエレに向けた。

「エレ自身の為、にもな……」


「どうにか、ならないの……」
「無理だ。平時において騎士の人殺は重罪、極刑に値すると知っているだろう。覆りはしない」
「だって、そんなのってあんまりじゃない……!! こいつは……エレは、」

ずっと、一人で。
戦ってきたのに。

「……シアナさん……」

命を減らしてまで刻印を使い続けて、
その結果が――これだとしたら。

なんて、報われない。

「エレが目覚めたら連行する。意識が戻ったら……知らせてくれ」

夜になった。
周囲は見張りを幾人か覗き、仮設の寝床で就寝している。
星は空に瞬き、不規則な煌きを零していた。
シアナは、エレの傍に椅子をおいて、その上で座ったまま寝ていた。
深夜、人の動く気配に目が覚めて起きてみると、エレの姿がなく寝床がもぬけの殻だった。
シアナは急いで立ち上がり、エレを探しに走り出す。

何処に。こんな時に、何処に行ったんだろう。

何処に行ったのか――思いつく場所は、特になく。
シアナは手当たり次第に周囲を探した。

最後に向かったのは、寄宿舎だった。
延焼し、焼け果てたかつての住処。

一歩、足を踏み入れる。
庭に人の気配を感じ、シアナは庭へと向かった。


「エレ、起きたの?」

薄闇の中にうっすらとエレの姿が見える。
エレはじっと、真っ黒になった建物に目を向けていた。
崩れ落ちた寄宿舎。それでもかつての面影は少しだけ残っている。
この距離では表情も伺えず、エレが何を考えているのか分からない。
だがシアナは、エレが沈んでいるように見えた。
いつもの覇気が感じられず、こちらに向かってくる闘争心も見受けられない。

「……ああ」

やけに素直だなとシアナは心の中で苦笑する。
いつもだったら厭味のひとつやふたつ、連続で飛んでくるところなのに。

「刻印は……どう?」
「……いつもと変わらんな」
「そう」

それが、自分の想像を上回るほどに強い苦痛なのだろうと、淡々と告げる口調からかえって知ってしまう。

「……何の用だ」
「用……って」


ああ、そうだ。
特に目的もなく追いかけてきてしまった。
シアナは少し考えて、そうだ、と思い出した。
大事にしまい込んでいた剣を取り出す。
そして、エレに手渡した。

「これ」
「何だこれは」
「何って、大切なものなんでしょ? ウィナが燃えてる寄宿舎から取って来てくれたんだからね。
感謝しなさいよ」
「フン、そんなもの誰も頼んでいない」
「あんたね――!!」

食って掛かろうとして、やめた。
……エレに処せられた処分を思い出して、押し黙る。
エレは死ぬのだ。
刻印に殺されるのか、法に裁かれるのかの違いだけで、どちらにせよ助からない。
その厳しい現実を。

「……どうした、掛かってこないのか」
「怪我人を甚振る趣味はないわ」
「貴様も大して違わんだろう」
「それはそうだけど……」

シアナの声が徐々に小さくなる。

そしてぷつり、と途切れた。
それを聞き届けると空に向けて、エレは声を発する。

「……俺は、死ぬだろうな」
「…………」
「総長を殺したのだ。科せられる処罰など大体検討が付く。大方、極刑か」
「エレ……」
「その顔は……知っていたようだな。もう決定事項か、思ったよりは随分と早かったが……まあいい」
――よくないわよ!
反論しようとして、顔をあげた。エレと視線が交錯する。
言おうとした言葉が声にならず、喉の奥で静止する。
エレの目が見たこともないくらに、悲しかったから。

「……あれは。ズイマは俺の父代わりだった。俺は認めていないが奴は勝手に俺を拾い、俺の保護者となった」
「え……」
唐突に身の上話を始めたエレに、シアナは戸惑う。
戸惑ったのは、それだけではない。今までのひねくれた態度ではなく、エレは素直にありののままを喋っていた。
それが意外でシアナは黙ったのだ。エレは続けた。

「シルクレイスの大災禍。お前も知っているだろう。アレで俺は親を喪い孤児になったのだ」
まさか――
シアナは驚愕した。

まさか、エレもあの災禍の被害者だったのか。
「……そう、だったの……」
「何だその目は。気色が悪い。お前に同情してもらう趣味はないぞ」
「……失礼ね」
「フン、何処までも勝手な……奴だった。俺を拾ってきた時もそうだ。こちらの意思など問題にもせず……。
父と呼べ、父と呼べと小煩かったが、俺はあいつを一度も父などと考えたことは無い」
エレはそこで一旦、言葉を区切ると顔をあげた。






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