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act.44

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act.44


「あ……」

あそこにいたのは――亡くなった父じゃない。
勿論、亡霊や幻でもない。
エレだ。

エレがあそこに現れて私を救ったんだ。

「あいつ……」

その場をぐるりと見回した。エレはいない。

「ごめんウィナ、私、あいつのこと探してくる。助けられっぱなしってのは癪だもの。一言、言ってやらないと気がすまないわ」
「……分かりました。エレさんのこと、お願いしますね。あの子は貴方には気を許しているようだから」
「任されたわ。でも、気を許してるってのは悪い冗談ね」
「あら。冗談なんかじゃないのに……気付いていないんですか?」

照れ隠しに顔を背けるとシアナは歩き出した。


「……行って来る」


生まれた瞬間から呪われた宿命を背負わされていた。
いや、この世界に産声をあげるよりも遙か以前から、魂に呪いが降りかかることは決められていたのかもしれない。

そうであったとしても、だ。そのようなことを今更問うても何の意味がある。無意味だ。
この呪いに意味などなく、この刻印に意義などない。
世は不平等の集合で造られている。――その皺寄せが、多く此方へ来たまでのこと。
名も知らぬ他人への怨念を肩代わりし、力を手に入れた。それだけのこと。


「ぐ……っ」

それだけ、だ。
今に始まったことでない。痛みには慣れた。吐き気にも終わることのない頭痛にも、燃えるような疼きにも慣れた。
これは死ぬまで続く決して終わらない病だ。死を絶対のものとする対価として、人の何倍もの速度でこの身体は朽ち滅びへ向かっていく。
それを承知で力を使っているのだ。不満などありえるはずもない。

ひとつ慣れないものがあるとしたら、それは――それは。


エレは自身の手を見た。
黒い鱗が、皮膚の上を這っている。
内側から、着実に自分以外の何かへ変貌する実感があった。
魂に穿れた刻印は肉体を、精神を覆い尽くしていく。
やがて所有者を食らい自らも虚無へと還る為に。
「……龍に、変わるか……それもいい」

ぼそりと呟いた独り言を、「よくないわよ」と一蹴する者が現れた。
顔をあげる。
怒ったような顔をしたシアナがそこにいた――。


「何故ここへ……来た」
「来ちゃいけないの」
「次に声を掛けたら殺すと言っただろう――俺は本気でお前を殺すぞ。容赦なくな」
「……そう」

臆することなくエレの目の前まで近づいてくる。
立ち止まり、じっと静かにエレを瞠目した。

「私、言ったわよね。力を使わないでって。何で使ったりしたのよ」
「理由を聞いて……どうする、つもりだ? 俺が何に刻印を使おうと俺の自由だ。誰に指図される謂れはない」
「あ……あんたね!! 分かってるの!? 使ったら死ぬんだからね!!」
「……くどい。前にも言ったはずだ。知っている」
「じゃあ、何で……」


先ほどの一件だけじゃない。
何でこいつは――人が窮地に陥るといつもいつも、救ってくれるんだろう。
巨龍の時も、蒼黒龍の時もそうだ。
どうして自らの命を削ってまで、憎い筈の宿敵を助けるのか。

「自惚れるなよ龍殺し。……お前は俺が殺すからだ。他の誰にも止めは与えず、俺が殺すと決めた。
それまで死んでもらっては面白くない。お前を生かす気など俺には毛頭ないのだ。
ゆくゆくはこの手で、貴様の心臓に剣を突き立てて哂ってやる」
「……わかんないわよ。どうしてそこまで私を殺したがるの」
「そうだな……」

今も猛烈に痛む心臓を押さえて、エレは不敵に笑う。

「魂が疼くからだ。お前の死が欲しいと、俺の魂が声をあげている。
お前を殺せるのは俺だけのように、俺を殺せるのもお前だけだろう。
だとすれば本気で切り結んだ果てにどちらが勝つのかは誰にもわかるまい。
お前が生き残るのか、それとも俺が生き残るのか、な……。
そうして死が側に垣間見えれば俺は満足なのだ。
彼岸と此岸の狭間で命を賭して戦うこと――それこそが俺の望みだ」
「そんなの……っ!!」

そんなのは、悲しいだけじゃないか。
こっちはエレと殺しあうことなんて望んでいないのに。――それでも戦わないといけないのか。
私はエレを殺したいなんて思っていないのに。


傍からみても分かるほどにエレの苦痛は激しさを増していく。唇を歪ませながらも、エレは喋るのをやめない。

「俺には……分かる。お前は戦うさ、龍殺し。必ず……な。俺が龍へ近づけば近づくほど、お前は俺を戦わざるをえなくなる。
俺の肉体はいずれ龍へと変わり、龍殺しの刻印を持つお前を食らうために牙を剥くだろう。その時お前は俺に剣を向けて戦う。
これは予言ではない。必ず実現する未来だ。逃れる術はない。絶対にだ」
「私が……嫌だっていったら?」
「妄言を口にするな。お前は生きる為に今まで剣をふるってきたのだろう――ならば残された道はひとつしかないと分かっている筈だ」
「……」
「そうして、龍を何百と倒してきたのだろう。俺も同じだ。自身の生存の為に刻印を使ってきた。咎の重さも多さも何も変わらぬ」
「……ええ」
「今更、その道を違えることなど出来はしない。お前も、俺もだ……ぐうっ……!!」

エレは痛みに呻き声をあげてその場に膝をつく。
シアナが心配そうに伸ばした手を、振り払らい立ち上がった。



「俺に……触れるな」
「エレ、でも……」
「黙れ……っ、俺に慈悲を掛けているつもりか、貴様の情けなど欲しくもない……俺が欲しいのは……」


喋るのも儘ならない苦しみに侵されながら、それでも決して誰かに助けを求めようとはしない。
他人を助けるのは、その人物の為でなくあくまでも自分の為だと割り切っている。
情けはいらないと、救いの手を跳ね除けて、最期の時まで剣を交わそうとする。
全ては戦う為に。生き抜く為に。死を感じたいというのもそこに生を見出す為。
なのに自身の魂を削ると知りながら、なおそれでも、躊躇わずに刻印を使う。

「くそ……っ」
ああ――こいつは、孤高だ。悔しいけれど認めざるをえない。私なんかよりずっと、誇り高い騎士じゃないか。
その時、初めてシアナはエレに騎士たる誇りを感じた。
その高潔さを、綺麗だとさえ思った。

残酷で、戦闘狂という鎧に惑わされて自分はエレを見誤っていた。自分とは指向性が違うだけで、本当は――



「……っ、うぐ……っ」

エレの呼吸が荒くなる。瞳は火を含んだ如く緋色に燃えて、爆ぜる。
視界が揺らぐ。痛みは鼓動と同期し、肉体と溶け合い一体化していく。
内側から外側から悪魔の刻印の侵食に食われていく。

――殺セ。

耳に囁くは甘い誘引。
内側に轟くは痛い吸飲。
外部に出でるは黒い刻印。

――血ヲ。渇エテイルコノ身ニ血ノ飛沫ヲ浴ビセヨ。
龍殺シノ肉体ヲ抉リ、我ニ歓喜ノ雨を齎セ。

暗い影を打ち払う声が耳元で響く。

「……エレ、エレ!! しっかりしなさいよ!!」

それでも悪魔の刻印の力は絶対だった。声が聞こえなくなっていく。
意識が暗がりの安寧に、沈む。

――殺セ、殴レ、抉レ、嬲レ、屠レ、血ノ海ニ浸セヨ!!
――殺セ、――殺セ、――殺セ、殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ
殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ!!










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