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act.43

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act.43



騎士は、迷うことなく「有名といえばフレンズベルの王立騎士隊だね。あそこの騎士隊は最強だから」と答えた。

フレンズベル――。
龍が多く存在する森と湖の郷国。
父は騎士だった。自分も騎士を目指すとは、なんの因果だろう。いや、これは――試練なのかもしれない。
私が苦難の道を選ぶかどうか、運命は試しているに違いない。
……くそくらえだ運命の奴め。私は、絶対に服従したりなんかするものか。
シアナはコクンと頷いて、礼を言った。

「ありがとう!! 私、フレンズベルの騎士を目指してみる!!」

その時はまだ、シアナに騎士になる方法を教えた青年も、シアナ自身も、思っていなかっただろう。
シアナが宣言通りに騎士となり、龍殺しの騎士として讃えられるまでになるとは――誰が予想しえただろうか。
それまで剣さえ握ったことのない少女が、血の滲むような訓練を積み、暇さえあれば騎士になる為に勉学に励み
あらゆる騎士試験の中で最も難関と呼び声高い試験を突破し、彼女は若くして騎士となった。
その間も龍が幾度が襲撃してきた。その度に、刻印を使い、シアナは龍を殺してきた。


我が身の脆弱さ故に父を助けられなかった。
忌まわしい力と知りながら、力を使い続けた。自分一人が生きるために何頭もの龍を殺し続けた。
だから、刻印を持ったことは罪でなないとしても、私はとうに咎を負っているのだ。
祈る神など存在しない。自分を救ってくれる誰かもいない。赦しは永久に与えられないかもしれない。
それでも。それでも誓約がこの胸にある限り、この呪われた証と共に、――生きる。


父は私の生を望んで力を譲り渡したのだろう。刻印を譲れば死ぬと分かっていて、魂から引き剥がした。
私がこの世界に生き続けることだけを、願って。
ならば私は……逃げるわけにはいかない。

私にとって生きることは戦う事と同義だ。目の前から目を逸らし、諦め、剣を下ろした時が私の最期になるだろう。
諦めるものか。みっともなかろうが構うものか。ふてぶてしく足掻いてやる。
生きよう。この先の道が暗く血に浸されていようとも。戦う。戦い続ける。

道の果てにあるのが希望なき未来だとしても。


そこで、ついに夢が終わる。
シアナは寄宿舎の廊下で目を覚ました。

「う……っ」

すえた臭気。
目蓋を開いて、目尻が濡れていることに気が付いた。乱暴に擦って体を起こす。
周囲を見渡してみると、燃えていたはずの寄宿舎から火の気は消えていた。
建物は所々、焦げ付いた跡が残り、崩れかかっていたが完全に炎焼してはいなかった。
そして壁際には、腰を下ろした人影が。

「ウィナ……!!」
すぐさま近寄り脈をはかる。呼吸も正常で……命に別状はないようだった。
シアナと同じく、酸素不足で気絶したのだろう。
安堵のため息を吐いて、シアナは心からほっとした。

「……よかった、無事で。よいしょっと」

シアナはウィナをおぶさり、廊下を渡る。
みしみしと床が軋む音がする。シアナは慎重に歩を進めた。
「……」

そういえば、気絶する寸前――誰かが私の目の前にいたような気がする。
あれは、誰だったんだろう。
幻、だったのだろうか。
記憶を辿ってみても曖昧な面影しか出てこない。
酸素不足で幻覚でも見たのだろうと自らに納得させる。

シアナはウィナを連れ焼け爛れた宿舎から表に出た。


「隊長!!」
直ぐにイザークが駆け寄って来た。

「大丈夫、無事よ」
「良かったああ~!! 一時はどうなることかと思いましたよ」
心底安心しきって、その場に腰を下ろす。
「火が消えても帰ってこないし……隊長がいなくなったらどうしようってそればかり考えてました」
本気で心配して狼狽していたのだろう。目の下には憔悴しきった跡が残っていた。
「大げさね」
「当たり前ですよ!! 火の中に飛び込んでいくなんて無茶もいい所です。あんまり心配掛けさせないで下さい」
「はいはい、分かったってば」

全く本当に分かっているんだか、この人は。イザークは小さく呆れ声を漏らした。

次に同じことがあっても、おそらくまたこうして我を省みず飛び込んでいくんだろうな。
隊長としては本当に何か大切なものが欠落しているように思える。まあ、そこが隊長の長所でもあるんだけど。
イザークもシアナとの付き合いで、大体シアナの在り方が分かるようになってきていた。
……だからこうして諌めても無駄にしかならないってことも十分承知の上だ。

無謀な行動をハラハラしつつも仕方なく思ってしまうのは――きっと毒されているんだろうな。自分も。

「……ウィナさんは、無事ですか」
「多分ね、具合を診てもらうからリジュを呼んでくれる?」
「分かりました」




リジュを呼びに行くイザーク。
シアナはウィナをそっと腕の中に湛えてしゃがみ込んだ。
ウィナの顔は所々、黒く煤に塗れている。シアナは指先で汚れを拭ってやった。
「……ん」
すると意識を取り戻したのか、小さく声をあげた。

「ウィナ、気付いたの? 大丈夫……?」
「あ……シアナ……さん」
「痛い所はない?」

老婆は微笑んだ。
それが何よりの答えだった。シアナはそこで初めて緊張から解き放たれ、全身の力が抜けるのを感じた。
「……よかった。私ね、総長にまだウィナからの伝言を伝えてないの。
あれを言ったってウィナに報告するまではいなくなられちゃ困るわ」
「……ふふ、そうでしたね、お待ちしてます」
「でも何で寄宿舎に残ってたりしたの? 逃げる時間はあったでしょう」
シアナの問いかけに、ウィナはうっすらと目を開いて、ポケットから取り出したものをシアナに手渡した。

「これを……取りに行ってたんです」
「これは……」

ウィナが手渡したのは銀色の短剣。艶めく光沢を放ち、朝焼けの下で美しく輝いている。
柄の部分に名が掘り込まれていた。
――エレ、と。







「剣……? エレの剣なの? これを取りに戻ったのね」
「総長に、これはエレさんの、大事なものだからと伺ってましたから」
「でもそれだけで取りに行くなんて……」

ウィナは横になったまま、シアナに目を向けた。
穏やかな面立ちにシアナは思わずウィナを責める言葉を失う。

「エレさんは……幼い頃、総長に連れられてこの騎士隊にやってきたんです。
私はエレさんがここに来た当時から、食堂のおばさんをしていたんですよ。
昔っからあの子は……きかん坊で、喧嘩好きで、ひねくれていて……見ているこっちが何度ドキドキさせられた事か」
「……」
「でも……不思議ですわね。ずっとあの子の成長を見ているうちに、自分の子みたいな気がしていたんです。
それはエレさんだけじゃなくて私にとっては皆同じ。ここにいる騎士達は全員、我が子みたいに思ってますから。
この剣は、エレさんが総長に一番最初に貰ったものだそうです。大きくなって剣を変えても、この剣はずっと大事に取ってあったみたいで……。
それが燃えてしまったらきっとエレさん、悲しみますわ。多分表面ではどうでもいいと言うかもしれませんけど」
「ウィナ……」
「大切なものが無くなってしまうのは誰だって悲しいでしょう?」

シアナは手渡された剣を見た。
エレが初めて総長から受け取ったと言う白銀の剣。
騎士にとって剣は特別な意味を持つ。
それは攻撃の武具であり、守りの盾でもあり、そして国への忠誠を示す証でもあるのだ。
しかも一番最初に手にした剣となれば、エレといえど特別な感慨を持っていても不思議ではない。

「それに……危ないと私を諌めるのなら、私もシアナさんを諌めなければいけません。
貴方も自分の身の安全を考えず私を助けてくれたんでしょう?」
「……それは、そうだけど」
「私も同じです。自分が大事だと思うものを消したくなかった。――それだけですわ」

シアナは、複雑な表情で息を吐く。
確かに自分もウィナを救出する為に火の中へ突撃していったのだ。
その行為を咎められる謂れはあれど、彼女を責める資格などない。

「まあ、ともかく大した怪我がなくてよかったわ。ウィナも私も」
「ええ、そうですね。きっと悪運が強いのでしょう。私もシアナさんも」
「そうね。きっとあの世が私達のこといらないっていってるのよ」

見合って、少しの沈黙の後。どちらかともなく「ぷっ」と噴出した。
住む場所は火に燃えてみる影もなく無残な姿を晒している。
またいつゴルィニシチェが攻めてくるともしれない。
ゴルィニシチェに対抗する力を使い続ければ命は持たない。分かっている。全て分かっていた。

それでも、そんなこの上なく厳しい状況下で、湧いてくるのは絶望ではなく。
笑顔だった。
苦しい状況も連続でここまで続くと、何かが吹っ切れてしまうのかもしれない。

「……エレさんは、今何処に?」
「え? そういえば姿を見てないわね。そのへんにいると思うけど……」
シアナが立ち上がろうとした時、ウィナはシアナの手首を掴んだ。
さっきとは打って変わり、真剣な表情でシアナに告げる。


「私、見たんです。火の中で……エレさんが……何か力を使って火を消していくのを……」
「えっ……?!」
「凄く苦しそうにして……」

その時の事を思い出したのか、辛そうに眉を寄せるウィナ。

「あんなに苦しんでいるエレさんを見るのは初めて……でした」

あいつ――刻印を使ったのか。
シアナは唇を噛んだ。

エレは悪魔の刻印を使って火を「殺した」んだ。あれは何もかもを殺す死の刻印だから。
どうして。使えば死ぬと分かっているのに、何で……!!


ふっと、先ほどみた「幻影」の記憶が鮮明に甦る。
父だと見間違えた人物。――それは確かに存在した。
ただ朧げな思考では、それがはっきりと分からなかっただけだったのだ。
父の幻と。そこにいた――シアナが目撃した人物のイメージが乖離していく。












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