創作発表板@wiki

act.42

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

act.42



「おかあさん、おとうさん、今日私の誕生日だから早く帰ってきてね」
「ああ、分かった。早く帰ってくるよ。母さんもね」
「ちゃんとよい子で待ってるのよ」
「は~い」

その日はシアナの八歳の誕生日だった。けれど夜になっても、父も母も中々帰ってこなかった。
外がうるさい。
不安になって外に出てみると、ばたばたと人が走ったり泣き叫ぶ声であたりは混乱していた。
龍が、町を襲撃してきたのだった。
シアナの父の持つ「龍の刻印」に引き寄せられて。
皆が逃げていく中、シアナは家に引き返してじっと両親を待った。約束したからだ。
よい子にして待っていると。

龍の咆哮が近くで聞こえる。町は龍の吐き出す火炎に包まれて燃えていった。
人々の泣き叫ぶ声。家が崩れていく音。町が燃えていく音。
色んな音が聞こえてきて、シアナは恐怖に身を震わせて、必死に縮こまり両親の帰宅を待った。

怖い。私どうなるの。怖いよ、速く帰ってきてお父さん。私、死にたくない、死にたくないよ……!!

そこへ、父が帰ってきた。
「遅くなった、シアナ」
父は騎士だった。帰ってきたのはシアナの誕生日を祝うためでなく、龍を退治する為だった。
「おとうさん、おかあさんは?」
「……」
「帰ってくるよね? おかあさんもすぐに帰ってくるよね、私、ちゃんといい子にしてたよ……」
「……お母さんは……」

辛そうな顔になって、父は言った。

「お母さんは龍に……やられたんだ。もう……会えない」
「嘘だ……」
首をふって必死に父の言葉を拒絶する。

「嘘だ!! だって約束したもん!! いい子にしてるからって!! おかあさん帰ってくるよ!!
そんなの……そんなの酷いよ……う……うわああああっ」



泣きじゃくるシアナを困った顔で見つめる父。


父は、髪を優しくなでてシアナを安心させるように笑って見せた。

「大丈夫だよシアナ。……お母さんの仇はお父さんが取るからね。龍を倒して、そうしたら……また戻ってくるから」
「おとうさん、いかないで」
「大丈夫だからここで待ってるんだよ、いいね」
「おとうさん!! 待ってよ!! おとうさんっ……」

父はシアナに背を向けて走っていった。

……もう置いていかれるのは嫌だ。
おとうさんの傍にいたい。

シアナは言いつけを破り、父を追った。

父は燃え盛る火の海の中、龍と戦っていた。父の刻印は既に龍の魂を取り込みすぎていて、もう限界が近づいていた。
だから普段は力を使わなかったのだ。
でも今日は、――力を解放した。シアナを守るために。


「おとうさん!!」

近づいてきたシアナに龍が反応する。――鋭い龍爪が、シアナ目掛けて振り下ろされた。

「シアナ!!」

シアナは心臓を一突きにされた。今まで体験したことのない壮絶な痛みが全身を貫く。
子供だったけれど、死がどういうものかは分かっていた。
だから、ああ、このまま死ぬのかな、と思った。

父はその隙を突いて龍を倒した。
そして虫の息のシアナを抱えて、――決断した。

このままでは、娘が助からない。
龍の攻撃に対して……それを無効にさせるようなものがなければ。
父は、刻印をシアナに譲り渡した。
手に輝く刻印を、シアナへと受け渡す。
見る見るうちに、龍の爪で抉られた部位が回復していく。

刻印を剥離させるということは、死を意味する。
シアナは朦朧とする視界で、父を捉えた。
父は笑っていた。「大丈夫だよ、心配ないから」と。



「シアナ、聞くんだ、その力はね――それは確かに呪われた証かもしれない。
私も沢山の龍を殺し、沢山の罪を犯した。でも、だからこそ忘れてはいけない」

力は、命を奪うのではなく、誰かを守るためにあるんだよ――。
シアナも、誰かを守れるように、

強くなりなさい。


翌日、豪雨が降り始め、火はようやく鎮火したが、町はごく僅かの住民を残して全焼した。



シアナは灰と瓦礫に変わった町で、一人佇んでいた。
母は死んだ。父は死んだ。大切な人を全て失って、何もない枯地に取り残された。
もう起き上がって笑いかけてくれることもなければ、暖かい手で撫でてくれることもない。
動かなくなった父親の傍らで、シアナは必死に父の名を呼んで身体を揺らし続けた。

「おとうさん、私、もう大丈夫だよ……」

「龍もおとうさんが倒したから」

「だから平気だよ。もう死んだフリなんてしなくていいんだよ」

「おとうさん、」

父の身体がとうに冷たくなっていることに、今更気付いてシアナは揺さぶる手を止めた。

身体に刻まれた痛みなんて――今の現実に比べれば、比べ物にならないくらいに軽い。

痛いなんて言葉で言い表せないほどの喪失感が胸に広がっていく。
心に重い杭が打たれたようだ。目の前さえ滲んでいく。……手が止まる。

「……起きてよ……どうして寝てるの……? おとう……さん」

昨日は私の誕生日だったんだよ。おかあさんが帰ってきたら一緒にケーキを作ろうって約束したんだから。
プレゼントを貰えるのが楽しみだった。何をくれるのか一晩中考えてワクワクした。
でも私が本当に欲しかったのは、物じゃない。物じゃなくて――


「おとうさん……おかあさん……ぅ」

ただ、一緒に。誕生日を迎えたかっただけなのに。

「っ……ひっく……うあっ……うう、うわあああああああ!!」

おとうさんは私のせいで死んだんだ。あの時私が飛び出していかなかったら。
もっと、もっと自分の事を守れるくらい強かったらおとうさんは死なずに済んだのに。

泣いても狂い叫んでも、両親は戻ってこない。
近隣から救助に来た騎士隊がシアナを発見するまで、彼女はそこで父親に縋って声をあげていた。
騎士隊は残された住民を、緊急避難用の仮設住宅へ避難させる為に馬車へ乗せていた。
シアナもその中にいた。窓の外にぼうっとした目を向ける。
心は何処かに置き去りにしてきてしまったようで、空気が酷く冷たかった。

「シアナちゃん、これからどうするんだろうな」
「ああ、確かアレージュ隊長の……」
「両親と別離か……不憫だよなあ、これからだってのに」
「しっ、聞こえるぞ」

何を言われても何も感じなかった。
ただ父が残した「刻印」の熱だけを、えらく鮮明に感じていた。



シアナが住んでいた町は復興のめどが立たないほどに壊滅した。
騎士隊の人間達は、高名な騎士の忘れ形見ということで皆シアナに優しくしてくれた。
本来ならば仮設住宅へ連れて行かれる所を特別の計らいで騎士の駐屯地へ連れてこられた。
それは騎士達の、シアナに対する出来る限りの配慮だった。

悲しみに暮れる日が何ヶ月も続いた。何を見ても、何を思っても両親と懐かしい故郷を思い出してしまう。あの日の悪夢を何度も夢に見た。

騎士達は皆親切で優しかったが、いつまでも、ここに留まっていてはいけない。

他に親戚もおらず、天涯孤独の身となったシアナは――行く場所もない。これからどうしようと、幼い頭で必死に考えた。

『強くなりなさい』

父が残した言葉。
未だ残る痛みの記憶と共に。あの時感じた思いが、今も胸に留まり道先をくれているような気がしていた。

「……騎士になるにはどうしたらいいの?」
「えっ?」

シアナは近くにいた騎士に聞いてみた。
騎士は戸惑いながらも、丁寧に答える。

「シアナちゃん、騎士になりたいのかい?」
「うん。どうすればなれるの?」
「そうか、でも君は女の子だし、こういう荒事に従事する仕事は難しいと思うよ」

それは騎士の優しさだったのだろう。親を亡くしたシアナへの、思いやりだったのだろう。
だが、今欲しているのは他人からかけてもらう優しさではない。シアナは騎士の言葉を跳ね返して、真剣な表情を向けた。
そして――言う。決意をこめて。

「女の子に力がなくてなれないのなら、私は男の人の何倍も強くなる。沢山勉強して剣も覚えて――誰にも負けないような騎士になる。
だから教えて。私は、騎士になりたい。騎士になって……もう二度とあんなことが起こらないように頑張るから」

龍が襲ってきたあの時、何も出来なかった自身の弱さを何度も悔いた。

私は強さが欲しい。
今何よりも望んでいるのは、自分を守れる強さと、誰かを庇えるような逞しさだ。
それが手に入るのならば、茨の道は覚悟してみせる。
騎士は、シアナの決意に心を打たれたのか、ようやく教えてくれた。

「そうだね。騎士になるにはどこかの国の騎士隊とか騎士団に入るのが一番かな。
僕達は地域の騎士隊だけど、もっと上の位の騎士隊は城に使えて王立や国関係の仕事を任されたりするんだ。
そうすれば大きい仕事も回っているだろうし……でも、なるのは段違いに大変だよ」
「そっか……試験とかがあるの?」
「うん。大体騎士に採用されるには、国が主催する騎士の試験を受けて合格しなくちゃいけない。
実技は剣の試験だけじゃなくて、弓や馬術の試験もあるし、地図を見て正確な場所へたどり着けるかなんて項目もある。
騎士としては品格や振る舞いも大事だから礼節のテストなんてものもあるし、それに実技と同じくらい筆記の方も難関なんだ」
「じゃあ……このへんで一番有名な騎士隊は何処?」





.

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー