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act.39

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act.39


随分待たせてしまったというのに、さっきと変わらない態度のイザークに申し訳ない気持ちが湧いてくる。

「……ごめん」
「やだなあ。謝らないでくださいよ、今日楽しかったですか?」
「そうね、悪くなかった」
「ならいいんです、僕も楽しかったですから」

イザークは満足そうに微笑んで、シアナの隣を歩き始めた。


――お姉さんは、このままだと死にます。
――これを持った所有者は……徐々に死に脅かされ、例え刻印を使わなくとも、いずれ死にます。

シェスタの告げた真実が耳に焼き付いて離れない。

「隊長、どうかしたんですか」
「え?」
「顔色よくないから……あ、もしかして怪我が痛むんですか?」
「……何でもないわ、平気よ」
「そう……ですか。帰ったらゆっくり休んでくださいね」

祭が終わろうとしている。
蛍がそれを惜しむかのように、ゆるりゆるりと、しめやかに飛んでいた。



それからしばらくは戦の後とは思えないほど平穏な日が続いた。
ゴルィニシチェの件もあり、緊張状態であることには変わりないが、敵が動く様子も今のところ見受けられなかった。
先の戦いで兵を消耗した為だろうと皆考えていた。相手が攻勢を建て直した頃が一番危険ということも。
その為騎士隊は警戒は怠らず、常に相手の出方に気を配っていた。


刻は夜半。
エレは自室にいた。
椅子に座して、何をするでもなく天井を睨みつける。

――怖くないの。

あの言葉は、エレに投げかけられたというよりむしろ、自分に問うているように見えた。

「……馬鹿が、怖がっているのは貴様の方だろう……」


頬に手を添えると、体温と共に刻印の鼓動が――伝わる。
顔という一番分かりやすい部位に刻まれた呪いの証。
本質は魂に刻まれた、怨嗟の記憶。
エレの刻印は昔から、痛みを与え続けてきた。
刻印を使う時だけではない常時であれ、それこそ絶えずと言っていいほどに、痛みを内側から放出してエレを苛み続けている。
昔は、その痛みごく軽いものだった。しかし時が経つにつれて症状も重くなり
今は、一箇所を刃で内部から削られているような不快感と痛みが永続している。
刻印が身体を冒し、範囲を広げていく様子すら、克明に感じ取れる。
魂が、肉体がじわじわと刻印に引きずり込まれていっている。
やむことのない痛みと、終わらない苦痛が生きる限りこの先も継続していくのだと、何よりエレが一番分かっていた。

だから――この世界はエレにとって地獄よりも酷い。


「ぐっ……う」

そして痛みは深さを増して、エレを侵食していく。
元々茶色だった瞳は日の経過、刻印の侵食と共に色を変え、血を思わせる深紅へ変貌した。
茶の髪も、漆黒の髪へと。とうの昔に、肉体は刻印へ引きずり込まれていたのだ。
今の姿はエレにとって、憎悪の対象でしかなかった。
これら全てが、刻印が顕現した証であり、忌まわしい力の表れ故に。

「は……っ」

頬を押さえて、床に膝をつく。

ドクン、と鼓動が脈を打つ。

血ガ、欲シイ。
モット、モット、血ガ欲シイ。

枯渇した心臓を癒すように、甘い声が内側から響き渡る。
刻印の――悪魔の刻印の囁きだった。

人々ノ悲鳴ト、
     嘆キノ声ト、
        苦痛ニ滲ンデ吐キ出ス憎シミガ

――欲シイ。

欲シイ。欲シイ。欲シイ。欲シイ。
捧ゲヨ、捧ゲヨ、捧ゲヨ、捧ゲヨ。
贄ト生キ血ヲ我ニ奉ジ全テノ償ヲ
我ニコノ身ニ与エヨ煉獄ノ炎ガ汝ヲ滅ボス前ニ

目の前は赤に霞むみ思考が朦朧とする。
エレは腰に下げていた短刀で自らの皮膚を傷つけ暗い誘惑を払う。大きく息を吐いた。



「……はっ……消えろ、二度と出てくるな」

この渇きは、お前のものじゃない。俺自身のものだ。
だからお前になどくれてやるものか。
この身体も、心も、全て俺以外に使わせてたまるか。

こうして刻印から湧き出る衝動が、エレを食らう。
抗っても抗っても決して終わらない悪夢のような責め苦。
この責め苦を振り払っても、根源から上ってくる欲求を封じることは出来ない。
殺したい、と、エレの中で刻印が叫び声をあげる。
ゆらりと立ち上がり、エレは部屋を出た。

廊下を出た所で、リジュと出くわした。

「……おや、どうしたんですか?」

エレの顔は青白くなっており、誰が見ても尋常でない雰囲気が感じ取れた。
心配したリジュの言葉を無視して、エレは歩いていく。

「……」


痛みが、止まらない。
壁にもたれかかり、手を付いた。そこに声がかかる。

「……エレ」

シアナだった。
心配そうな表情でこちらを見上げている。

「ちょっと……大丈夫? 死にそうな顔してるわよ、リジュ呼ぼうか?」
「……うる、さい」
ぜぇ、とこみ上げてくる吐き気を懸命に抑えながらエレは言う。
「でも……」
「うるさい、いいと言っているだろう、俺に構うな」
「あんたね、そんな具合悪そうにして何言って――」

反射的にシアナを見た瞬間、白い喉が目に飛び込んできた。
刻印が、ずくりと我鳴る。瞼に焼きついた炎が揺らめく。

――痛ミガ止マラナイ。

自分のものでない思考が広がる。視界が真っ赤に染まった。
気が付くとシアナの首に両手を伸ばし、締め付けていた。
ぎりぎりと喉を圧迫すると、シアナはか細い声を出して苦しげに呻く。









































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