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act.37

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act.37


「ビィシュ隊長、あんな顔も出来るんですね」
「そうね、驚いた。てっきり鉄仮面だと思ってたわ」
「……シアナ隊長、それ失礼ですよ」
「ふふ、そうね。行きましょうか」
「あ」
イザークは目を瞠り、シアナを見つめた。

「何」
「いや、久しぶりに隊長が笑う所見たなあって……」
「普段は鉄仮面で悪かったわね」
「いやっ!! そういうことじゃなくて……ああもう」
イザークはぶつぶつ何か呟いていたが、「駄目だなあ俺」と言う言葉だけがシアナの耳にはっきり聞こえた。
別に今更だから気にしなくていいのにとシアナが思ったと知ったら、イザークは余計凹むだろう。
屋台の店主が話しかけてくる。

「おやシアナ隊長じゃないですか、どうです? うちの焼き鳥食べていきませんか」
「そうね。一本ずつもらおうかしら」
「よしきた。はい、隊長にはサービスしちゃうよ、そこのお兄さんの分もね」
「どうも。はいお金」
「毎度ありー」

シアナは受け取った焼き鳥をイザークに渡す。
「はい」
「あ、ありがとうございます」
「もぐ……うん、美味しいわね」
「んぐんぐ……はい、美味いです」
「……もぐもぐ」
「……ご馳走様でした」
「もぐもぐ……どういたしまして」

焼き鳥を食べながら、二人は進む。

「みんな楽しそうね」
「……そうですね」

戦いがあったとしても、まだ民はこんなにも元気だ。
この明るさを守るために……戦わなければ。これからも。

川の近くまで行くと、既に船を流してきたのだろう、リジュがいた。

「リジュ」
「ああ、シアナさん、それにイザークくん」
「こんばんはリジュ隊長」
「こんばんは。これから流すんですか」
「ええ。リジュはもう流したの?」
「はい」

流れる小川に目を向ける。蛍火が薄闇の中揺らめいて、舞い踊る。
月は朧げに光を放ち、下流へ漕ぎ出す船を照らす。
人気はあまりなく、静かだった。

リジュはシアナとイザークに、小船を作るための紙を手渡した。

「この間の戦いで、結構僕の部隊の隊員も亡くなりまして。……彼らの魂の平穏を願っていました」
「……そう」

祭の起源は遠い昔。元は死者を弔う為に始められたものだ。
船に灯りを乗せて、大海へと流し、亡くなった人の魂を鎮めるのが本来の意味だという。
戦いの後に行われる祭としてこれ以上ふさわしいものはなかった。
シアナの部隊も何人か死傷者が出ている。戦場では人の命があっさり奪われる。その覚悟は騎士である以上できている。
しかし、それを差し引いても、その現実が痛ましいものであることもまた事実だ。

人の死はいつも身近にある。明日は自分が死ぬかもしれない。だからこそ――。

「……私も、祈るわ」
「ええ。ありがとうございます。きっと彼らも喜びますよ」

イザークは小船を作るために、シアナから紙を受け取って折り始めた。
手の不自由なシアナの為に、二つ分。
船を流してその様子を川沿いから座ったまま眺める。
ゆらゆらと漂う蛍が、空に昇っていく亡くなった者達の魂のように思えた。

「綺麗ね」
「ええ、そうですね……」

二人が沈黙していると、リジュがそうだ、と思い出したように質問を投げかけた。

「そういえばお二人は今日はどうしてここに? デートですか?」
「デッデデ!! デートですか!!」

イザークが過敏に反応する。シアナは気だるげに、言葉を返した。
「違うわよ。変な事言わないで」
「…………」
「ああ、そうなんですか、ふふっ、あらら、落ち込んじゃってますよイザークくん」
「どうしたのイザーク。からかわれたくらいで落ち込まないで元気出しなさい」
「いや、いいんです、いいんですよ僕はどうせそういう扱いなんですから」

イザークは地面に何かくねくねした字を描いている。
シアナはため息を吐いた。

「全くアンタって、とことん意味分からないわね……」
「……うう」
「シアナさん、イザークくん苛めるのもそこまでにしてあげてください。見てるこっちが胸が痛みますよ」
「はいはい。よく分からないけどここまでにしとくわ、ってあれ――」

遠くに、エレの姿が見えた。川沿いの端、人が屯う波の中、ぽつりと。
シアナは反射的に腰をあげて、歩き出す。

「隊長?」
「ごめん、用が出来たの。すぐ戻るわ。そこで待ってて」
「えっ……ちょっと、待ってください、隊長……!!」

怪我をしているとは思えない速度でシアナはエレを追った。
その背中を見送りながら、イザークはやれやれと腰を下ろす。
「はあ……」


イザークの苦悩を知ってか知らずか、リジュは意味ありげな視線を投げてよこした。

「大変ですねえ」
「わかりますか……」
「ええ、なんとなく」
「リジュさんも分かるのに何で隊長は分かってくれないんですかね」
「人生とはそういうものです」
「辛いです」
「ふふ、そうでしょうね」
「あの、なんか楽しんでませんか?」
「僕、人が苦しむのを見るの大好きなんです、秘密ですけど」
「……」


シアナは駆けていた。怪我のことなどお構いなしで疾走した。
急がないと、エレを見失ってしまいそうだったからだ。

もしかして見間違いだっただろうか? いや、確かにあれはエレだった。

川岸の一番端までたどり着いたシアナは、そこに佇むエレを視界に認めて、息を吐いた。
良かった。本人だった。

「エレ、探したわよ。寄宿舎にもいないんだもの。こんな所にいたのね」

エレは夜の風に髪をなびかせ、遠くを見ている。
退廃的な雰囲気がいつにも増して濃いと思うのは、蛍と月と、流れる小船と。この幻惑的な風情のせいだからだろうか。

「貴様か……俺に何用だ」
「えっと……」

一目散に走ってきたものの、何と切り出せばよいのだろう。
シェスタに聞いた刻印の事を告げるには、気が咎める。あまりにも――あの話は残酷だったから。
それでも引き受けた以上、言わないわけにはいかない。
シアナがおずおずと口を開こうとすると、エレは皮肉じみた嘲笑を浮かべた。

「ふん、当ててやろうか。どうせ……刻印のことだろう」
「……!!」
「名答か。分かりやすい奴だ。貴様が俺に用と言ったらそれくらいしか思いつかん」
「ええ、当たりよ。……あんたの刻印の話。いい話じゃないから一応聞いておくけど、聞きたい?」
「御託はいい。さっさと話せ」
「……分かったわ、これから話す話がどんな事でも後悔しないでね」

シアナは腰を下ろすと、エレと同じ方向に目を向ける。
水面に二人の姿が映り揺らめいていた。

シェスタに聞いた話が鮮明に思い起こされる。
出来れば覚えていたくなかった。それほどまでに、あの話は。
あの時シェスタは、シアナに悪魔の刻印の起源の物語を告げた。




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