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act.35

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act.35


騎士隊は城へ帰還した。
先の戦闘で隊員の数も削られ、残された隊員達の磨耗も著しい。
未だかつてないほど疲弊したフレンズベル騎士隊に覇気はなく、皆一様に沈んでいた。
隊員の治療にひっきりなしに追われるリジュ。何か手伝えることはないかとシアナは聞いたが、その怪我では無理ですから
ゆっくり治療して下さいと念を押されてしまい、隊議にも顔を出すことなく部屋に帰ることにした。

私は……何も役に立てなかった。刻印がありながら――龍を殺せるのは私だけだったのに、力を封じられ旨い具合に翻弄された。

ノクトの表情が思い起こされる。冷徹な将軍。ファーガスを操り、私の力を暴いた張本人。
エレの刻印が予期せず発動したおかげで、ゴルィニシチェは退いてくれたが、いつまた攻め込んでこないとも限らない。
それに、エレの刻印は……敵だけでなく味方までも飲み込もうとしていた。総長が来るのがあと少し遅かったら、自分はおそらくここにはいない。

「馬鹿ね……」

浮かんでくるのは悔しさと後悔ばかりだ。
あの時こうしていたら、もしこうだったらなんて仮定は無意味だ。
だから、これからの事を考えなくてはいけないのに。

部屋をノックする音がして、シアナは顔をあげた。

「はい、どちら様……あ」

扉を開いてそこに佇んでいたのは、刻印を研究している少女――シェスタだった。
髪をリボンで二つに束ねて、愛くるしいドレスに身を包んでいる。
見た目はまるっきりメルヘンの住人だ。シアナは一瞬呆けてしまった。

「お久しぶりですお姉さん」
「久しぶり。どうしてここに……?」
「ヘタレ……いえ、イザークさんに会って、お姉さんのお部屋教えてもらいました。刻印の事知らせる約束だったでしょう?」
「ああ……そうだったわね、ごめんなさい。ちょっと立て込んでて……」
「いえ気にしないで下さい。ゴルィニシチェと戦があったんですよね。戻ってきてくれただけで嬉しいです」
「……そう。それはどうも。じゃあ、入って。狭いけど」

シェスタを招き入れて、椅子を差し出す。
シェスタは柔らかく微笑むと、小さな体でようやく抱えきれそうな本を取り出して膝の上で広げた。

「お姉さんにこれからお話することは刻印の起源、発祥。それから刻印にまつわる話になります。
これは多分、お姉さんにとっては辛いことになるかもしれないけど……でも知っていて欲しかったから」
「うん……分かったわ。話して」
「はい」

そしてシェスタは――刻印の話を始めた。
龍殺しにまつわる、呪いの話を。

「お姉さん、私が前に刻印は呪いだって言ったの覚えてますか」
「覚えてるわ」
「よかったです。じゃあ話が早いですね。ええと……刻印は呪いです。それは裏を返せば、呪いをかけた者がいるということになります。
ある対象の強い思念や憎悪、そういった<想い>が歪んだ形となって誰かに刻まれると、お姉さんのような刻印を持つ人が出てくるんです」
「……呪いをかけた者?」
「ええ。例えばお姉さんが誰かを殺そうとしたとしますよね。死ぬ瞬間、殺される人は思うはずです。死にたくない、と。
それも命に関わることですから強烈に……。強烈な思念は想いとなってその場に留まることがあります。
これが残留思念と呼ばれるものなのですが、この残留思念を人間が取り込んでしまうと……その人間は刻印の所有者となるのです」
「……でも」
「そう、刻印の所有者はほぼ、先天的です。後天的に所有する者の方が少ない。生まれる前に体に取り込むことは難しい。
……これは私のちょっとおかしな想像ですけど、刻印は体にではなく、魂に刻まれるんじゃないでしょうか」

シアナは無意識に刻印に触れていた。じわりと熱を帯びているような気がする。

「……龍殺しの刻印について徹底的に調べてみました。古代の文献をあたってようやく記述が見つかったのですが……。
刻印の始まりは、こう言われています」

その昔、ある国に一人の騎士がいました。
騎士の住んでいる国には沢山の龍がいました。
騎士は森に住んでいる一匹の龍と友達になりました。

龍は賢く聡明で、沢山のことを騎士に教えました。
騎士も人間のことや、家族のこと、天気のこと、沢山のことを龍に話しました。
二人は友人と呼べるほどに、とても仲良くなりました。
ですが、龍はある時から騎士を遠ざけるようになります。

騎士は何故だと龍に聞きました。龍は言いました。
お前とは仲良くなりすぎた。これではいけないのだ。私の本能が徐々に目覚めている。
そして本能を完全に思い出してしまったとき、私はお前を殺してしまうだろう。
だからもうここに来てはいけない。人間は人間の住処がある。そこへ帰るのだ。
騎士は龍の言うとおり、自分の住むべき場所へ帰ることにしました。

それでも、毎日龍の元へ行きたくてたまりませんでした。
ある日、騎士に命令が下ります。それは凶暴化した龍の討伐でした。


命令に従い、騎士は龍のいる場所へ向かいました。それは騎士と仲が良かった龍のいる森でした。
龍は、龍の本能に目覚めてしまったのです。沢山の人を食らい、それでもなお人間を食べようとしていました。
騎士は、龍に自分のことを気付かせようとしました。龍は騎士のことを忘れてしまったようで、
騎士がいくら叫んでも何も反応してくれません。龍は討伐に来た騎士達の沢山を殺しました。
騎士は悲しみました。もう目の前の龍は自分の知っている龍ではなかったのです。

龍は騎士に牙を剥き襲い掛かってきました。騎士はその時決意しました。自分がこの龍を殺そうと。

長い戦いの末に、ようやく騎士は、涙を流しながら、龍に最後の一撃を与えました。
龍は倒れて動かなくなりました。もう二度と、起き上がることはありませんでした。
それでも龍の魂だけはその場に残りました。それを壊すことが出来なかった騎士は、自分の中に魂を取り込んで、

これからずっと共に歩んでいこうと誓いました。誓いの証に自分の身体に剣で傷を刻みました。
それが自分の罪の証であると、騎士はそう思う事で、いつも龍のことを忘れないようにしました。
それから騎士は、自分のような思いをする者がいないように世界を巡り、何頭もの龍を殺しました。
殺すたびに身体に自分で印を刻みました。そして龍の魂を自分の中に取り込んでいきました。
全ての業を背中に背負い、自分が悪となることで、誰も苦しむものがいないように。

それを何度も繰り返すうちに、男は人間をとっくに超えて、違うものになってしまいました。
自分に刻んだ印はいつしか<龍殺し>という力を持ち、自分が剣を使えば龍は必ず死ぬことに気付きました。
死んだ龍の魂は男の中へ入っていくのです。そうして男が数え切れないくらいの龍を殺したとき、
龍の魂は男の中ではちきれんばかりに膨れ上がりました。

刻印は、龍の魂で満たされた男を「龍」と勘違いし、暴走しました。刻印自身が男を殺そうと力を爆発させたのです。
男は死の間際、自分が殺してきた龍の幻を見ました。その中にかつて友となった龍もいました。
龍は悲しそうに涙を流していました。それを見た騎士は、これからも罪を贖い続けることを誓いました。

そうして男の魂は、死して転生を繰り返してなお、刻印を刻み、自分の魂を龍に食われる事で贖いを続けているのです。

「……これが龍殺しの発祥の物語です。これが果たして本当にあったことなのかは分かりません。もしかしたらただの伝説なのかもしれないですし、
何かを遠まわしに表現した比喩もしくは暗号なのかもしれません……でも」

シェスタは本を閉じ、シアナを見た。

「刻印の起源は皆、陰惨だったり忌まわしい罪の起源から始まっています。刻印が、罪の記憶だとするのならば……
私は思うんです。人間に刻まれることによっていつか……刻印自体が許される日を待っているんじゃないかって。
だから刻印を持って生まれてくる人がいるんじゃないかって……罪を背負わされた人は罪を贖うことが出来なかったから」
「……勝手な話ね」
「……そうですね。だってお姉さんには何の罪もない。生まれてくる人間には何の罪もないんですから」

シアナはシェスタの話に、ちょっと待ってと口をはさんだ。

「ごめん、言い忘れてたけど私先天的に刻印を持っていたわけじゃないの」
「えっ? じゃあ……後天的に刻印を開花させたんですか」

シアナの顔が曇る。おぞましい記憶が甦る。紅蓮の炎と燃える町。
悲しみに彩られた幼い日の事が。

「いいえ……この力は……元々私のものじゃなかった。この力は……この龍殺しの力はね……父から受け継いだの」
「お父様から……?」
「ええ。父は普段絶対にこの力を使わなかった。でも……とうとう使わないといけない時が来て……」


――シアナ、ここで待ってるんだよ。大丈夫だから。

「自分が使えば私が危ないと分かっていたから……この力を私に託して……」

語尾が震える。無理に続けようとすると、シェスタは「いいですよ、無理に話さなくて」とシアナに優しく微笑みかけた。

「次に効能ですが、これはお姉さんが一番よく分かっていると思います。
刻印を発動させるということは罪を思い出すということ。刻印の起源に近づいて魂から能力を引っ張り出すということです。
龍殺しの効能は……分かりますよね。龍に対して絶対的な優勢を持つ代わりに、所有者は龍に絶えず狙われる宿命を負うことになる。
それも、能力を使えば使うほどどちらの力……呪いも増していくんです。それは呪いが、起源に近づいていっているから……。
魂から、能力を思い出して引っ張れば引っ張るほどに呪いの効力は強くなります。
そして代償ですが……このままお姉さんが刻印を使い続ければ」

今度はシェスタの言葉が震える番だった。気丈な素振りをして、淡々と説明していく最中に、ふと掠れる。


「ごめんなさい。お姉さん、シェスタ、一杯探したんです。でも分からなかった。それを防ぐ方法が分からなかったんです」
「……どう、なるの……」
「……過去の、事例でいくつか龍殺しの所有者の記録がありました。
刻印を使い龍を殺すと、刻印に龍の魂が吸い取られるそうです。吸い取った魂の数は刻印に刻まれる。……そして」

シアナは先程聞いた、龍殺しの起源の話を思い出す。
あの男は。あの男は最後どうなった。

「あまりに龍の魂が入り込むと……所有者の刻印は、所有者を龍と誤認し、所有者を殺そうと暴走します――お姉さんはこのままだと……死にます」




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