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act.31

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act.31


「そんなに……私を喰らいたいか、ならば来い……っ!!」

シアナの声に応え、龍は口を広げた。何百と同族を屠ってきた龍殺しを喰らわんと、牙が迫る。

龍の弱点は咽喉の部分にあるとされる。龍が自分を喰らおうと近づいた瞬間、一気に打つ。
もうそれしか残された方法がない。

そうしてシアナが剣を突き出した瞬間――
龍は、その手ごと、牙を穿った。

「ぐああああっ!!」

龍の牙は手甲の上からシアナの腕を突き刺している。
頑丈な鉄製の手甲は脆くも崩れ、鋭い牙ががちがちと腕を抉っていく。
同時に酸性の唾液が皮膚を焼く。あまりの痛みにシアナは絶叫した。

「……ぐあっ…ああ……」

龍は攻撃を緩めない。そのまま腕を切断するかの勢いで、牙を押し込んでいく。
騎士達がみかねてシアナを救出しようと龍の周囲に群がった。
「隊長!! 大丈夫ですか……っ!!」
「シアナ隊長をお助けしろ!!」

しかし、シアナはそれを払う。

「っあ……来るな!! 来ちゃ駄目、食われるわ…うっああ、ぐ…っが」

その様子を観察していたノクトは、ふむ、と頷いた。
「賢明だな。殺されたくなければ傍観しているがいい」

騎士達はシアナに制され、迂闊に近づけない。それにもし近づけば、シアナへ龍の攻撃が増す。
片手で剣を振るい、打撃を与えるが龍にさしたる効果はない。
容量を超えた痛みに、痛烈な吐き気と眩暈がこみあげる。

私は……ここで死ぬのか。
こんな所で龍に食われて無様に死ぬなんて……それだけは自分で自分が許さない。
ならば、立て。動け。逃れろ。早く。
肝心の剣と手は龍に囚われたまま。
刻印が使えたら――こんな敵、いくら強かろうと倒してみせるのに!!

龍がシアナの腕をいよいよ噛み千切ろうと力を入れた瞬間――馬の蹄の音が、聞こえた。
漆黒の鎧の騎士が馬に乗り駆けて来る。
悪魔の騎士――エレだ。
馬を走らせたまま、馬上で立ち上がり、跳ぶ。

「ハッ!!」

龍の近くに鮮やかに着地すると、――光陰のような速さで、剣を放った。刻印の力を帯びた武器を。
龍の咽喉に剣が突き刺さる。そしてそこからじわじわと黒い斑点が龍を侵食していった。
黒が黒を覆う。龍の体躯を虚無が侵食していく。
シアナを喰らっていた牙も虚無の前にひれ伏し、静謐に飲み込まれていく。
激しい咆哮。その声さえ、悪魔の目の刻印は殺す。完璧に殺害する。
死の使いである黒い龍も、悪魔の目に睨まれては存在する術をなくす。
絶対殺戮の前にあっては何者も無力が故に。


シアナは束縛を解かれその場に崩れ落ちた。

「……何っ」

ノクトがその様子を見て声を荒げた。



蒼黒龍は虚空に溶け跡形もなく消え去った。
龍の残した黒羽だけが、ゆらゆらと行き場なく浮遊している。
死の使いを殺した男はそれを気だるげに剣で払うと、声もなく歩き出した。
負傷したシアナの前に、無言で出でる。

「……お前の力はそんなものか、龍殺し」

今のシアナに、問いかけに答える気力はない。
ぜえぜえと苦しげに息を吐き出して、エレの背を見上げることしかできない。
攻撃を食らった利き腕が痛みを感じない。……認知できる痛みの許容量を超えたのだろう。
力を入れてみても、ぴくりとも反応せず、血を垂れ流している。
これではまともに戦闘など出来るはずもない。腕を動かすことすら出来ず、悔しげに唇を噛む。

「温い、な……もっと死の淵で足掻いて俺を愉しませてみろよ、出ないと――」

――容易く俺に殺されても、文句は言えないぜ?

低く、嘲るような声が、鼓膜を震わす。
エレの横顔が見える。頬に刻まれた証、悪魔の目の刻印が暗黒色の灯火をあげている。
エレの髪とマントが乾いた風に乗って靡く。
悪魔の騎士はノクトの前に歩む。

「お前はどうだ? 俺を愉しませてくれるか……否か。不甲斐ない龍殺しは戦えないようなのでな――余興に付き合え」
「その刻印は……成る程、貴様も刻印の所有者というわけか。……ふ、ならば丁度いい。相手になろう」
「……ふん、貴様の力のからくりは知っている。刻印の力を殺すんだったな」
「知っているのか」
「ああ、先刻まで様子を観察していたからな。だがそれがどうした? 俺は刻印の力が使えずともお前を殺せるぞ――こんな風にな!!」

瞬きすら許さない速度でエレはノクトの眼前まで迫る。
銀の光が戦場で煌いた。
エレは怒涛の猛攻をノクトに仕掛ける。
剣の突、打、殴、斬。
目にも捉えられない速さで、エレとノクトは打合する。
シアナは、目の前でくりひろげられる剣戟から目が離せないでいた。
幾多の兵の競合いを目の当たりにしてきたシアナですら、この打ち合いのレベルに勝るものは未だ見たことがなかったかもしれない。
熟練し、剣に手馴れた者だからこそ到る境地。武も極めれば舞に等しい。二人の踊り手は地を駆け、風を裂き、躍動する。
双方の匠業が、激しく、そして細やかに行われる。繊細に、凛烈に――勇ましく。




奇跡のような打ち合いがここに存在していた。

エレを攻撃に突き動かす衝動はひとつ。死への渇望。それは裏を返せば生への渇望と何ら変わりない。
なぜならば――間近に死を感じなければ、彼は生きているという実感を得ることが出来ないのだから。
畢竟、死を求めることは生を願うことだった。
その為にエレは戦いを望む。戦場を希う。強敵と剣を交わせ、血潮を滾らせることこそエレの存在意義。
幾人の血を浴びて、幾多の屍を踏み越えて、それでも、まだ貪欲に争いを羨望する。

戦場の中でこそ、悪魔の騎士は真の意味で生きることが出来る。
エレは、今、生を謳歌していた。










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