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act.29

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act.29


「さて……シチリさん。そろそろ遊ぶのはやめにしましょうか」

風向きが変わった。向かい風がリジュを凪ぐ。
遊び? ……何が?
決まっている。先程の魔術の発動だ。同時魔術の発動という超絶技巧。
あれが、児戯に等しい、と目の前の男は言っているのだ。
では、遊びをやめたら、こいつは、どれくらいの本領を発揮するのか。

「ああ、それと。シアナさんから聞きましたよ。おそらく貴方でしょう。私達の根城に入り込んだんですってね――」
ざぶん。
水で作られた刃が、シチリの体を貫いた。
いつの間に、詠唱をしていたのか。
朧になっていく意識の中で、シチリは、「ああ」と思う。
そうだ、こいつは言っていたじゃないか。
同時に詠唱が出来る。と。――ならば答えは簡単。畢竟、あの呪文が開始された時に、
三つの魔術が詠唱されていたのだろう。


「鬱陶しい鼠には早々に死んでいただきます」
糸はまだシチリの影を留めたまま。
傷を塞ぐことも抵抗することも叶わずに、リジュの刃を全て受けた。


(ノクト、様……)

在りし日の幻影が瞼を過ぎる。
雨と、雷。棄てられた自分に手を差し伸べてくれた人。

シチリは孤児だった。孤児で、拾われた所が幼い殺し屋を育成している暗殺集団だった。
だがシチリは人殺しが元々好きではなかったし、組織の訓練方法やあり方にも耐えられなかった。
辛くて苦しくて、毎日が地獄のようだった。地獄の方がまだマシだと思うくらい。
だから抜け出したかった。そして逃亡した。
だが組織を離反した罪は重罪。追っ手が差し向けられ、毎日死と隣合わせの日々が続いた。
体も心も枯果てて、このまま死んでしまおうかと、自暴自棄になっていた所に彼が現れた。
たまたま馬を走らせに森まで来ていたノクトだった。ノクトはぼろぼろになったシチリを見て、言った。
「酷い有様だ。死にたいのか」
分からなかった。もう行く場所もなく、生きていても仕方がないと思える。
それでも自ら死を選ぶ勇気はとうとう生まれてこない。
首をゆるゆると振ると、ノクトは手を差し出した。

「ならば生きるがいい。……来い」
触れた手は暖かかった。その時、生まれて初めて、生きててよかったと思った。
それ以来、シチリはノクトに絶対の忠誠を誓っていた。
ノクトは自分を救ってくれた恩人だからだ。
だが理由はそれだけではない。
視界は混濁し、意識は朦朧とする。白い肌には刃が穿たれ、深く内部を抉った。

「ぐぶっ……ぅ」
生きろ、と仰ってくれたのに。
申し訳ありません、お役に立てませんでした。
どうか不肖の従者を御赦し下さい……。
私は、きっと、貴方が……


シチリは三度目の刃を受けて絶命した。

リジュは魔術で生み出した水の剣を消滅させ、空を仰ぎ見る。上空にはまだ何匹もの敵がいた。

「ふう、やりすぎちゃいましたね……さて、と」
相手が女性だろうと慈悲のひとつ掛けず殺戮する。
この男ならば容易いこと。
ファーガスは聞き取れなかったが、リジュは彼に、言ったのだ。

―じゃあ、僕は。
貴方に死すら温く思えるように蹂躙してあげますよ―

第四騎士隊隊長。
リジュ・ゴールドバーン。
滅多に見せぬ彼の冷酷な戦いぶりを知る者は一様に彼をこう呼ぶ。

疾風の死神――と。



一方その頃。
第一騎士隊と第五騎士隊は方円の陣を組み、龍騎兵と戦っていた。
敵の兵力も少なくなってきたものの、それは騎士隊とて同じ。
次々に隊員が倒れ、地面に伏していく。
騎士隊の人数が敵勢力より劣るという点で、明らかな劣勢にも関わらず騎士隊は善戦していた。
個々の実力ならば、ゴルィニシチェ兵よりも実戦慣れしているフレンズベル騎士隊に分がある。
数が互角ならば負けはしない戦いだったであろう。しかし数も兵力の内。そのような泣き言は言っていられない。

「はあっ!!」
第一騎士隊隊長ビィシュの奮迅は烈火の如し。
圧倒的な剣裁きで次々と敵を屠り薙ぎ倒していく。
フレンズベル騎士隊の中で最上位の位に位置する騎士隊、それが第一騎士隊だ。
そしてその選りすぐりの精鋭達を率い従えているのが、この青年、ビィシュ。
シアナの俊敏な戦い方とも、エレの狂乱の戦いとも異なる、熟練された戦い方がそこにあった。
空から龍騎兵達がビィシュを狙い降り注ぐが、それを物ともせず円を描くように剣を薙ぐ。
最短角度を持ち急所目掛けて突き出された刃は、易々と龍の翼を斬り落とす。


「キイイイ!!」
「ぐああああっ!!」

兵と龍の悲鳴が重なる。落下する二体。地面に墜落し、動かなくなる。

ビィシュの攻撃は無駄の一切ない、滑らかな動作だ。鋭敏でいて、それでいて艶やかである。
それは戦いというよりは舞を思わせる。
その動作だけとってみれば、剣舞としても通じるであろう。
銀の剣が弧を描き、迫る姿は戦場に現れた玉兎――白い月。
ビィシュの二つ名は「白月」といった。

「ヒュー、中々やるねえ。さっすが第一隊の隊長サマ」
「クーフ、軽口を叩くな。やられるぞ」
「はいはい。わかってますよ、っと」

背後から斬りかかって来たゴルィニシチェ兵を、クーフの剣が一太刀の下に切り伏せた。


「ぎぅうああああ!!」
「はいはい、うるさいよー、次行こ次!!」

クーフも常日頃は、女性に目がない軟派師として悪名(高名?)高いが、剣を持てば立派な騎士である。
それも二十四ある中の五番隊隊長。とくれば実力の方は折り紙付きといっていい。
珍しい流派の剣術を使うのだが、その動きが曲芸めいていてトリッキーな為に
普通の者ならば打ち合う所までいけず翻弄されてしまうのだ。
普段お茶らけた所が多いので、あまり注目されないのだが、戦闘技術だけとってみれば隊長の中でも
かなり上の位だろう。――何故その彼が五番隊隊長に甘んじているかというと、普段の素行の影響が大きかった。
それでも別に構わないと本人は思っている。
無駄に強いランクに配属されれば、その分気苦労が増えるだけだから。
だって俺楽しくやりたいし。まだ死にたくないし? 老後はハーレムで暮らしたいし。
などと考え、現状に満足しつつも煩悩を膨らませていた。

「それにしても敵、まだまだうじゃうじゃいるねえ~。シアナは大丈夫かな?」
「死んではいないだろう。そう簡単に死んでもらっては騎士として汚辱だ」
「はー。相変わらずクールだこと、シアナが死んだらこの騎士隊女の子ゼロよ? 悲しくない?」
「それがどうした。ここで死ぬようならそれまでの実力ということだな」
「……なんつー薄情者」
「自分よりも強い相手の心配をするな。今はこの地を守り敵を排除することだけ考えろ」
「はいはい、了解っと」

背中合わせに敵を確認すると、二人は同時に跳び出した。


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