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act.27

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act.27




――行け、と。
ノクトが顎を動かしただけで、蒼黒龍はシアナ目掛けて動き出す。
巨体の影がシアナを覆う。死神がシアナを覗き込んでいる。
その眼は血に餓えた獣よりも貪欲に龍殺しを狙っていた。
刻印の呪いによりその凶暴性は増幅されている。獲物は龍殺しの刻印を持つシアナ一人。
龍の口が開く。連なった牙は鋸のように、舌は血潮よりも紅蓮。感じたのは死ではなく、地獄。
間近で感じた吐息に、全身が凍る。

直感する。食われたら地獄より苦しい痛みが全身を貫くだろう。

「……ッ」
咄嗟に傍にあった剣を掴む。戦闘に倒れて動かない部下の剣を。人の身になれば凶刃な刃も、
死神を相手にするには、あまりにも細い剣。奴の殺戮の牙を砕くにはあまりにも脆い剣。
今のシアナには、目の前の死神を穿つ力さえない。

(どう……すれば……っ)

フレンズベルの騎士達は飛来する龍騎兵を相手にするので手一杯だ。
周囲の者は誰もシアナに手を貸せる状況にない。
シアナは一人、黒き龍と将軍と向かい合った。

これほど迄に、死期を傍に感じたことはない。
私はもしかしたら、死ぬかもしれないと、シアナは思う。
だが、そうだとしても、やはり私は――


その頃。

高笑いをしながらファーガスは空を遊回していた。
地面を這う騎士達の攻撃を巧みに回避し、攻撃を浴びせる。
バタバタと人が倒れていく様は壊れた玩具のようで滑稽で、この上ないほど愉快だった。

「ヒ、ヒッヒッヒ……ヒャハハハ!! ほらほら!! 情けないですねえ!! 這い蹲りなさい!!」
「ぎゃあああ!!」
「うわああああっ!!」
「ヒャハハハア!! いい悲鳴ですねえ!! 清々しますよ、ヒャハアハハハアハ!!!」

あの小憎らしい女騎士にも、この刃を浴びせたい。
自分の手で殺してやりたかったが……まあ仕方ない。あの女は化け物だ。
迂闊に手を出したらこっちが殺られちまう。まだあいつは生きている。奴が半死半生になった所で
また戻って、たっぷりとこの剣を味合わせてやる……!
それまでは退屈だが、ま、その分、こうして気に食わない虫けら共を殺せるんだからな、
思う存分、戦を楽しませてもらうぜ!!ヒャハハハハハアハ!!

「楽しそうですね」
「……何」
のんびりとした声が戦場の空に響く。
ファーガスが下を覗くと、そこには見知った顔がいた。
リジュ・ゴールドバーン。
第四騎士隊の隊長だ。

敵の攻撃を掻い潜り、ファーガスを見上げる。
いつもと変わらないアルカイックスマイルを浮かべて。
「ちっ……テメエかよ」
「ふふ、すいません。僕ではご不満でしたか」
「……」
「その龍いいですね。快適そうですし。僕も乗れますかね」
調子の狂う野郎だ。俺は敵なんだぜ、こいつ分かってんのかよ。
それともまさかワザとやってんのか? まさかな――。

ファーガスは何となくリジュが好きではなかった。
シアナに対する、何か屈折した憎悪とも違う嫌悪感――苦手意識のようなものがあった。
その正体はファーガス自身にもよく分かっていなかったが……。
ファーガスは双剣をリジュに向ける。


「丁度いい。前々からお前のこと気に入らねえと思ってたところだ」
「そうなんですか……」
「うぜえんだよ。いつもヘラヘラしやがって。ボケ野郎が。不気味なんだよ――!!死ねええ!!!」
「… …  …」
そこで声を落として、リジュは何か囁く。
その声があまりに小さかったので、ファーガスは聞き取ることが出来なかった。
否、もしかしたら彼の口から出るにはあまりに意外すぎて、言葉として認識できなかったのかもしれない。

断末魔。龍の血が噴水のように空を埋める。

「……へっ?」
そうして気付いた時には、騎乗する龍の両翼は共に引きちぎられ、真っ二つにされていた。
龍が地上に落下する。支え手を無くしたファーガスも当然落下する。
だが蛇は咄嗟の機転を利かせ、着地をなんとか両足で行ってみせた。
「……っ、なん……!!」

頭は未だ混乱したまま、何が起きたのか分かりかねたままで。
そのファーガスを前にして
「Аεμοτε ιναι σαν να μαχα ιρι」
口詠呪文が高速で紡がれる。
「Οδνγησε σε θ ανατο」
美しい単語の羅列。
「Πυροβ ολησ σα σ」
入りこむ余地も邪魔する隙さえそこにはなく
「 Ελα, ελα」
芸術にまで高められた詠唱の域がここに。
「Ο θ ανατο σ του αν εμου」
そして――彼はファーガスを見上げた。

透き通る紺碧の眼に、対峙する敵を宿して。
術が間髪いれず発動する。
痛みさえ感じさせないほど鮮やかな捌き。
ファーガスは、自分の腕に目をやってそこで初めて気付く。
自分の片腕がないことに。

「ギャアアアアアアアアアア!!おお、俺の腕があああ!!」
「おやおや、そんなに痛がらないでくださいよ」
じゃり、と砂を踏みしめながらリジュはファーガスへ近づく。
「まだたった、一本でしょう? それにまだあと右腕と脚が健在じゃありませんか。ね?」
「ぐうううっ……」
「それにまだ喋れるようですし」
「は、はっ……ぐは……うぇ」
「そうだ、ファーガスさん。言ってましたよね。僕が気に食わないって。ふふふ、よかった」
ファーガスを見下ろしてリジュは言った。

「僕も貴方みたいな頭の沸いた裏切り者は大嫌いです。虫唾が走る」
いつもと、変わらない笑みで。

「……目には目を、歯には歯を、裏切りには裏切りを。そして卑怯な蛇には――」
手がファーガスに翳される。

「制裁を与えてあげましょう」


ファーガスは、リジュに対しての感情の意味を知る。
……そうか。これか。どうりで気に食わないわけだ。
なんて野郎だ、畜生、……これじゃまるで……。
「さよなら、ファーガスさん」


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