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act.24

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act.24



「とにかく総長の所に行くわ」
「あ、じゃあ僕も行きますよ」
人差し指を自分に向けるイザーク。
正直連れて行くのはどうかと思ったが――今はこんな事で躊躇している場合ではない。
仕方ない、と頷いて先に出るように促す。
廊下に出ると、バタバタと通路を何人もの騎士が慌しい様子で行きかっていた。
今の騒動が外に聞こえたのだろうかとシアナは思ったが、どうやら違うらしい。
その中にリジュの姿を認める。リジュもこちらに気付いて顔をあげた。

「あ、シアナさん」
「リジュ。何かあったの?」
リジュに駆け寄るシアナとイザーク。
リジュは深夜にも関わらず鎧を装着していた。
通常、この時間見張り番以外の者は自室で就寝している。ということは、何か――異常事態が起こったか。
「そちらこそ。派手に暴れたようですね。物騒な音が聞こえてましたけど」
「……殺し屋が部屋にいらっしゃったのよ。丁重にお出迎えしてあげたわ」
「そうなんですよ。僕人質にされて大変でした~」
のほほんとした口調からは先程まで殺されそうになっていた人間の悲哀が全く感じられない。
昨日のご飯シチューでした~と同じ感覚で言っているとしか思えない。いや、断じてそうだ。
日常の出来事と危機の一切が等価で結ばれている男イザーク。恐ろしい。
一体、脳内構造はどうなっているのだろうか。知りたくもないが、その根性は見習うべきものだ。
「それはそれは。恐ろしいですねえ。相手はもう二度と貴方の元へは現れないでしょうね」
「それ……どういう意味かしら?」
「ふふふ。冗談ですよ。――と、こんな事を話している場合じゃなかったんでした。
今、総長が全隊長を集合させて緊急会議を開いています」
「全隊長……!? それって……!!」
シアナは驚愕する。全騎士隊隊長――二十四ある全ての騎士隊を、任務時間以外に集結させるとなると、
事態は益々、物々しげな雰囲気を呈してくる。
やはり、緊急事態ということか。


「シアナさん、第三騎士隊はまだ隊長が選出されていないので、副隊長の貴方が呼ばれています。
一緒に来ていただけますね」
「私も……分かったわ。丁度報告に行こうと思っていた所だし。というわけよ、イザーク、行ってくるわね」
シアナはイザークにそれだけ言い残して、リジュの後を追う。
「わかりました……行ってらっしゃい隊長」
二人を寂しげに見送って、イザークは静かに零した。

騎士隊の会議は会議室で行われる。
最奥に総長を配し、一、二、三とランク順に隊長が席に座すことになっている。
入り口付近の椅子には最低ランク――二十四の隊長が座るはずだが、ファーガスが行方不明なので
椅子に座る者はいない。
とはいえ、二十三の騎士隊長が一斉に集う光景はそう見られるものではない。壮観である。
シアナ以外の騎士は全員甲冑姿だった。
全員事態の深刻さを理解しているのか、厳しめの表情を湛えている。
総長は険しい相貌のまま、切り出した。
「……皆に集まってもらったのは他でもない。近国のゴルィニシチェが不穏な動きを見せているとの情報が入った故だ」
ザワリ、と。
言葉には誰も出さなかったものの、騎士隊長達の間に動揺が走った。
「それは……確かな情報なのですか」
第一騎士隊隊長のビィシュが質問すると、総長は深く頷いた。
「ああ。残念だがな。彼国に入った商人の話によると兵を増員し兵器を大量に用意しているそうだ。……おそらくじきに我国に攻めてくるだろう」
「そんな……我国と隣国は盟約を結んでいるはず。同盟はどうなったんですか」
「つい先程、同盟を破棄するとの連絡があった」
「――では」
「戦が始まるだろう。おそらくはこれまでにない程、苛烈なものになる」
「――…………」
シアナは緊迫した空気の中おずおずと手を挙げた。
「……なんだシアナ」
「実は先程――暗殺者に襲われました」
ざわりと。今度はどよめきが広がるのがはっきり聞こえた。
シアナはかいつまんで先程の事を説明する。
「誰に雇われたのかは分からなかったのですが、こうなってみるともしかしたら――」
総長は手を組みシアナに眼差しを向けた。
「ゴルィニシチェが差し向けた可能性が高いだろうな。実は気になる話があるのだ」
「それは?」
「同じ者から小耳に挟んだ話だ。ゴルィニシチェでは、龍を戦の兵器として使おうと実験が進められているという」
「な……!? 龍を兵器に?!」
「ああ。だがこれは話をしてくれた商人もはっきりとは断言できぬと言っていた」
総長の発した事実に驚くシアナ。隣に座っているエレが、ここに来てようやく口を開いた。
「成る程な。つまりこの国に龍を差し向けるには、龍殺しであるお前がいては邪魔だということだ。有名だとおちおち休んでもいられぬな」
リジュも次いで発言する。
「……じゃあ益々、その話の信憑性が高まりますね。タイミングからみて、シアナさんを襲ったのはゴルィニシチェの手の者に違いないでしょう。
何故シアナさんを狙ったのか考えれば答えはおのずと導き出されます」
「龍を兵器にして戦争を仕掛ける為……か」
刻印のおかげであらゆる者に狙われる。龍だけではなく人まで呼び寄せるとは。
つくづく呪われた証だな、とシアナは皮肉めいた笑みを零した。

その時、バタバタと足音を鳴らし会議室へ慌しく入ってくる者がいた。



「誰だ、うるさいぞ」

総長のいさめる声を割って、騎士は話し出す。
「す、すみません。でも緊急で……今、国境の見張りから伝令がありました。
軍隊がこちらを目指して進軍してきているようです……!!」
「何……!!」
「旗を見た騎士によると、赤い縞に黒い龍の文様は確かにゴルィニシチェのものだったと……!!」
「もう来たか。思っていたよりも早いな――いや、早すぎる」
何か特別な交通手段を用いたのか。
総長は大声で騎士達に告げる。
「全員、急いで部下を率いて戦闘準備に入れ。国境へ向かうぞ。戦が始まる」
「はっ!!」
「行け。私も準備が出来次第、戦場へ向かおう」
二十三の騎士隊長は全員敬礼をすると、一斉に部屋を出て行く。
戦が、近い。戦乱の足音が耳を澄ませば聞こえる距離まで迫っていた。


夜明の蒼穹は暗く、そして黒い。
その中、行隊は開始された。
「全隊、出撃する!!」
「おおおっ!!」
ビィシュの号令に応じ騎士達の咆哮が轟く。
シアナは空を見上げた。
太陽が昇る一瞬こそが、最も暗いのだと何処かで聞いたような気がする。
黒灰色の雲が埋める天を仰いで、シアナは馬に騎乗し関を目指す。
全隊が行進する。歩隊と騎馬隊へ分かれ、列を成して進む。
渦巻くのは、正体のない焦燥だった。

戦いの空気には慣れている。
だが、何だろう。この妙な予感は……。
何ともいえない不安が胸から拭いきれずにいる。
戦場に向かう前に私は何を考えている。
落ち着け。邪念に心を掻き乱されるな。
握る手綱に力を混め、意識から他所事を追い払う。
前方に位置するのはエレの隊である。
そしてそれに続くように、第三番隊、第四番隊と騎士隊が続く。
長い長い列が、大蛇の如く道なりに連なっている。
暫く進んだ所で――誰かが、あっと声をあげた。
その声があげられる頃には、ほぼ全員がその声の主と同じように空を見上げ――戦慄した。
空は黒かった。黒すぎるほどに黒かった。その黒さが「ソレ」を隠すヴェールの役割をしていたことさえ気付かないほどに。
ソレは龍だった。幾体もの龍。その龍に跨り騎乗しているのは間違いなくゴルィニシチェの兵士だった。
そこまで来て。空下、地を縫い進軍してくる兵士の姿がようやく確認出来た。
その兵士達も空を泳ぐ龍騎兵と同じく、龍に跨っている。
地上を突撃する兵の数はおよそ二千。
しかし空を進む兵は、下手をすればそれより尚、多い。
以前戦った翼龍とは桁違いの火力。
「……くっ」
その瞬間――シアナは悟る。
この数では、騎士隊で迎え撃つことは厳しいと。


相手は龍に騎乗している。龍自体が人間何百体分もの火力を持つ一種の兵器だ。

こちらが騎乗しているのは馬。
馬は敵の攻撃をかわす優秀な騎乗物だが、決して戦闘の決定打にはなりはしない。
龍、人どちらも攻撃可能なゴルィニシチェ兵と、人のみを攻撃手段とするフレンズベル騎士隊では戦力の優劣が歴然としていた。

だがそれでも、戦わなくては、自国の旗が燃やされるだけだ。
……恐れるな。どんな状況下にあっても私がすることは変わらない。敵を打倒し、切り、屠る。
好都合な事に敵は龍。ならば私が遅れを取る理由など、ただのひとつも見当たらない。

「さあ……」
この身は、龍を殺すためだけに。
それだけの為に私は生きている。
敗北が迫ってきたらそれさえ断ち切ってみせよう。
――龍を、殺す。
「行くぞ皆!! 我に続け!!」
戦火の火蓋は切って落とされた。
ゴルィニシチェの軍が空から陸から、一気に突撃してくる。
怒号。強襲。交戦。悲鳴。閃光。剣戟。足音。
様々な音が様々な所から掻き鳴らし放たれる。
――夜明けを迎えた空は、色鮮やかに赤に染まり、また地も同じように赤に染まった。






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