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act.21

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act.21


夢を見ていた。

……熱い。辺り一面は炎の海に飲みこまれ、熱風がうねり狂う。

灼熱の地獄のようだった。

ウオオオンという恐ろしげな雄叫びが聞こえてきて、思わず身体が竦み上がる。
そいつは何かを探しているようだった。大きな身体を揺らしながら、近づいてくる。
怖くて怖くて、膝を抱えて震えていた。もう死ぬのかもしれない。
助けて。誰か助けて。熱くて苦しい。身体が焼ける。喉が痛い。息が出来ない。
神様。ううん、もしこの場所から救ってくれるなら誰でもいい。沢山祈るから。
だから、お願いです。助けて。怖いよ。怖くて熱くて苦しい。死にたくない、死にたくない――!!

その時、怯える私の頭に誰かが触れた。
「大丈夫だよ」

その人は、優しく頭を撫でると、私を安心させるように笑って見せた。 
そこで夢が、終わる。

「……長」

誰かが呼ぶ声で現実に引き戻される。

「隊長?」
……誰かが、シアナの顔を覗き込んでいた。曖昧な視界から徐々にはっきりしていく輪郭。
イザークだった。心配そうにこちらを覗き込んでいる。
シアナは起き上がろうとして、身体に走った苦痛に声をあげた。

「……う」
「あ、駄目ですよ。凄い怪我なんですから……今は休んでて下さい」

イザークはシアナを制して言うと、部屋のカーテンを開けた。
眩しい朝日が差し込んでくる。
「……私、あれから……」
ファーガスにはめられ、龍と戦わせられて。
沢山の龍と闘って、殺して。
それから、どうなったんだっけ。

記憶が曖昧だった。胡乱な頭で記憶を辿る。
「ここは騎士隊の救護室です。隊長が闘技場で闘ってから三日経ちました」
「三日……そんなに」
「リジュ隊長に事情を説明して治療してもらいました。起きないので心配したんですよ」
……そうだ、確か刻印を使ってしまったんだ。
最後まで使わないと自分に決めていたのに。
それが悔しくて、気が付いたらベッドシーツを握り締めていた。
自責と、怒りで目の前がくらくらする。騙された挙句まんまとしてやられたというわけだ。

なんて――なんて無様な。



「ファーガスに出し抜かれたわ……何かあるって分かっていたのに、策も練らず単身特攻した。私の失策ね」
自嘲気味に零して、唇を噛む。それを責めるでもなく馬鹿にするでもなく、イザークは言った。

「隊長は、勝ったんです」
「……え?」
「ファーガス隊長がけしかけて来た龍を全部一人で打ち倒したじゃないですか。
立派な勝利だと思います。……最初から最後まで見てましたから。かっこよかったですよ」
イザークは、闘技場での光景を思い出すように遠くを見た。
シアナにとってあの戦いは決して良い戦いとは言えない。罠にはまったあげく苦戦したのだ。
それを褒められて――何だか無性にむず痒かった。

「そうだ。何か食べられそうですか? 何日も食べてなかったからお腹空いてますよね。
ウィナさんに言って何か作ってもらってきます」
「……頼んだわ」
「はい」
扉から外へ出ようとした所でイザークが振り向いた。

「そうだ。……もし今度同じような事があったら、その時は自分にもお手伝いさせて下さい。
前より少しは強くなりましたから」
「そうね……考えとく」
「あはは。それで十分です。じゃあ」
イザークが部屋から消える。
シアナは横たわったまま窓の外を眺めていた。
「……夢か。久しぶりに見たわね」
まだ焼け付くような熱気の感覚が、喉に残っているような気がして、
シアナは喉元に手をやった。
刻印が熱を孕んで痛んでいる。
決して忘れられない思い出が、苛むように。




仮面の男は闘技場での一件を報告しに、男の元へやってきていた。
報告を全て聞き終えると、男は何やら考えを巡らしている様子で、「ふむ……」と相槌を打つ。
「刻印……成る程な。龍殺しの騎士の強さの根源はそこだったか」
「そうです。あれはもう!! ええ、まさしく刻印の力でしたよ。ああ、思い出すだけでおぞましい!!」
「……」
男は顎に手を添えて、仮面の男の言葉を聴いていた。
「前からね、ええ、変だとは思っていたんですよ。ただの女にしては強すぎますからね。
何かあるとはにらんでいたんですが……でもこれで奴の正体が分かってすっきり致しましたねえ」
「もうよい……話は分かった」
「あの、それで。へへへ。あの、アレの方はいかがでしょう?」
仮面の男は下品な妖笑を張り付かせて、手をすり合わせる。探るように男を覗く。
「……ああ。金か。これでいいのだな。持って行くがよい」
大金の入った袋を投げてよこす。じゃららんと金貨が中で踊る。仮面の男は大事そうにそれを抱えて、ぺこぺこと頭を下げた。
「へへへ。これはこれはどうも。こんなに貰っちゃっていいんですか」
「気にするな。ほんの礼だ。好きにしろ」
「それはそれは。ではありがたく頂く事に致しますよ。へへへっ。……ああそれと、例の話ですが」
「ああ。それも上には報告してある。よい働きをしてくれたとな」
「……ありがとうございます。それでは私はこれで」
仮面の男が部屋から消える。
男は、仮面の男が消えた空間をじっと見つめていた。
その瞳は底冷えするほどに冷たく、凍てつく氷を思わせた。
「……龍殺しの刻印。成る程。だがそれも、我が前においては無力……」
誰も聞く者のいない呟きは闇に紛れて掻き消される。
男は立ち上がると、部屋を出た。龍殺しの秘は解いた。対抗策は用意した。ならば勝機は我らにあり。
さあ、何処へ向かう我が身よ。知れた事。……向かうはフレンズベル。取りに行くは王の首。
敵国の旗を燃やし、我が祖国の旗を新たに捧げん。フレンズベルを我が領土とする。
行こう……戦を始めに。
その前にひとつ、駒を動かしておくか。これで詰められるのならばそれはそれで僥倖だ。

「シチリ、いるか」
「は、ここに」
何処からともなく現れた闇の使者は、影に身を潜ませて畏まる。
「任務だ、四の一を執行しろ」
「……承知」
男の用件を承ると、瞬時に姿を消した。
「さて、あれがうまくやってくれればよいのだが……」







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