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鼠と竜のゲーム

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鼠と竜のゲーム



 協会。
 それは魔術やESP等の異能に関わる人間には避けて通れぬ存在である。
 異能の秘匿を率先する組織であり、その為には危険な異能使いの捕縛や露見する恐れのある異能現象への対処、破棄されたり発見された各種魔法具の回収等を主な業務としている。
 その在り方に反感を持つ人間もいるが、数百年の歴史に裏付けされたその規模は一介の個人や結社が対抗出来るものではない。
 よしんば対抗出来たとしても百害あって一利なし。
 戦おうとする馬鹿は滅多にいない。
 滅多に、という事は時々はいる訳で、往々にしてそういう輩はどうしようもない大馬鹿者である。

 さて、今回は欧州にある協会の支部が舞台である。
 深夜零時。
 支部の西館と東館のそれぞれの入り口からの爆音が夜の静寂を引き裂いた。


 当然の話だが支部にも警備に当たる人間は存在する。
 この支部にはちょっとした事情があったので警備体制は他より厳重だった。
 彼等は職務に忠実だったが、それが悲劇を生む事になった。



 東館にいたある職員が書類の作成も一段落ついたので夜風にでも当たろうとした時に事件は起こった。
 日常生活を送っている限りでは聞く機会がない轟音に驚き、彼はすぐさま音源を目指した。
 この際、彼の頭の中には敵襲という可能性は全くと言っていいほど浮かばなかった。
 しかしそれを平和ボケと非難する事は出来ないだろう。
 前述のように協会を襲撃するなど愚者の所業なのだから。


『ぎゃあぁぁぁ――』

 少し先にある十字路を曲がれば玄関に辿り着くといった所で絶叫が響き渡った。

「っ……」

 職員の足がその場に釘付けにされた。
 意図したものではなく恐怖によって無意識に。
 この時になって彼は初めて自分の認識より事態は深刻なのだと身に染みて理解した。
 だが、気付くのが圧倒的に遅すぎた。

 照明に照らされて曲がり角から影が伸びてきていた。
 影は淀みないペースでどんどん近付いてくる。
 先の悲鳴の主かとも思ったが、それにしては影の動きに苦痛も恐怖も感じられなかった。




 現れたのは異国の装束を纏った青年だった。
 彼が日本文化に精通していればそれが狩衣と呼ばれる装束だと分かっただろう。

「な、何者だ」

 声は上擦り、辛うじてそれだけ搾り出せた。
 一目で理解してしまった。
 格が違う。目の相手と自分とでは生物としてのポテンシャルが違い過ぎる。
 相対した青年は職員の精神が危うい状態にある事を見透かしたらしく軽く鼻を鳴らす。

「天竜八部衆の日月統五(ひづきとうご)」

 天竜八部衆。
 その単語には聞き覚えがあった。
 世界各地で騒乱を起こしている集団である。
 騙りも多く、協会本部も未だに全容を把握していないという。

「何故ここを襲った」

 放たれた問い掛けに統五は再度鼻を鳴らして馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「数ある支部の中でここが襲撃される理由なんて一つしかないだろうに」
「……アルス・ラーラか」

 アルス・ラーラ。
 呼称も含めて人によって定義は別れるが、一般的には現代では再現困難(不可能)な技術やその技術を用いた物品、時には生物を指すとされている。
 その中の一つがこの支部に保管されていたのだ。
 詳細は一部の人間にしか知らされていないが、ある魔術師が協会に保管を依頼したものらしい。

「そういう訳だからさっさと倒れてもらう」

 統五の言葉に従うように曲がり角からのっそりと“それ”が姿を見せた。

「と、虎か?」

 それはまさしく一匹の虎だったが、動物園にいるような人間に飼い慣らされたものとは異なっていた。
 純白の体毛に包まれた巨躯はそれだけで見る者を威圧する。
 そこに大地を震わすような咆哮が加われば大抵の人間は恐怖に慄くだろう。
 事務仕事がメインだった彼は荒事には慣れていなかった。
 故に、圧倒的な恐怖を前にして容易く意識を手放した。

 ――結果的に見れば彼は幸運だったのかもしれない。

 白虎の鋭く尖った爪と牙が柔らかな肌に食い込んで肉を抉り出していく。
 耳障りな咀嚼音が響き、そのたびに勢いよく噴き出した真っ赤な鮮血が周囲を染めていく。

 ――生きながら食われるという苦痛を体験しなくてすんだのだから。



「……もういい」

 統五が告げると白虎は血塗れになった顔を上げて通路の奥に駆けていく。
 そして統五は倒れて気を失っている職員の状態を確認する。
 職員は胸部を中心にして食らい付かれ、出血は夥しく骨が剥き出しになっていたが、微かに息はあった。
 その結果に口元を緩めると、袖に手を突っ込んで取り出した札を一枚、職員の胸に張り付ける。
 それだけで出血が止まった。
 しかし、統五が“食事”を止めたのは慈悲の心からではない。

「生かさず殺さず。対人地雷と同様のコンセプトだけどこっちの方が戦力を削げたりもする」

 来た道を振り返ると、誰も彼もが呻き声を上げたり失神しているが死んでいる者は一人もいない。
 それは見方を変えれば、統五にとっては殺さずに無力化出来る程度の相手しかいなかったという事だ。

「さて……」

 統五はその場に立ち止まると深呼吸をしながら目を閉じる。
 陰陽師である彼は自身の式神と五感を共有する事が出来る。
 そのため常人の数倍の速度で探索が可能である。
 結果、彼の目的の品は東館には存在しない事が判明した。





 この支部は当初は東館だけだったが、研究の為に西館を増築したのでちぐはぐな構造になっていた。
 木造の東館は絨毯が敷かれ、一部の窓ガラスがステンドグラスだし照明はシャンデリアだったので協会が設立された中世の雰囲気を保っていたが、西館の出入り口――東館と隣接し、襲撃された出入り口の反対側――は自動ドアだった。
 更には入ってすぐのコンクリートの壁には電光掲示板が埋め込まれ、襲撃を知らせていた。

「古巣(陰陽寮)にはこんなのなかったな」

 異能の総本山とも言える場所が近代化しているのは何か抵抗がある。

「まあ、協会も世代交代を重ねるうちに多様化を招いたというし」

 統五は釈然としないものを感じながらも歩みを進める。
 西館の方を襲撃した仲間と合流する為だ。
 通路には誰もいない。
 戦う意思のある者は迎撃に向かっただろうし、そうでない者はさっさと逃げるか隠れるかしてしまったのだろう。

 仲間とは連絡手段を確保していなかったので虱潰しに捜していこうと手近な部屋に近付くと、統五が辿り着くより速く自動ドアが開いて中から人影が現れる。
 黒い長髪を結ってポニーテールにした青年が両手にそれぞれ太刀を持って立っていた。

「神熾(こうし)」

 手にした太刀は血に濡れていたが、彼――神熾自身の着物にも袴にも血痕の一滴すらない。
 血振りをすると左右の腰部に下げていた鞘に刀を納める。

「此方側は無力化したが、其方はどうなった?」
「半殺しにして治療に人員を割かせてる。あと亀と蛇を残してきたから大丈夫でしょ。水道管破裂させて水浸しにしてあるし」
「そうか」

 頷き、神熾は切れ長の目で左右を確認すると草鞋の先で床を数回叩く。

「どうやら地上にはないらしい」

 そう言って神熾が目を細めると後腰部に横向きにして携えていた鞘から二対の小太刀が飛び出した。
 刃が照り返す光の尾を残しながら規則正しい軌道で飛び交い、数メートルの間隔を開けて床に突き刺さる。
 それだけに留まらず、示し合わせたように半円を描くように床を切断していき円形の穴を空ける。
 計ったような正確さで陥没させると小太刀はゆっくりと神熾の鞘に戻る。
 統五が何か言う前に神熾は穴に飛び込んでしまった。




「やれやれ」

 残された統五に文句を言うつもりはなかった。
 神熾が自己本位なのは初めて会った時から変わらない。
 反体制で自分が常に正しいと思っている男だが今は同じ天竜だし、付き合い方さえ間違えなければ頼りになる男である。
 そもそも自己本位だというなら統五もそうだし、他の天竜も同様だ。

「まあ、創駕(そうが)や翔竜(しょうりゅう)は比較的まともだけど」

 ここにはいない仲間の事を脳裏に思い描いたが、仕事中だった事を思い出し、統五は神熾を追い掛けた。





 神熾を追って地下一階に該当する階層に降り立つとそこは清潔感溢れる白い廊下だった。
 先に降りた神熾を見遣ると、彼は眉を顰めて思考を巡らせていた。
 その理由は統五にもよく分かる。
 神熾が切り裂いた床(天井)の厚みが通常のものと変わらなかった。
 アルス・ラーラを守る区画にしては薄すぎる。

「もっと下か」

 統五の言葉が引き金だったかは定かではないが、背後から破砕音が上がって統五を振り向かせる。
 またもや床に穴が空いていたが、今回の穴は歪な形で周囲には無数の亀裂が走り、切り裂かれたというよりは砕かれたといった風である。
 そして神熾の姿はすでにない。

「素手で穴空けたな」

 ぼやきながら後に続く。








 最深部。
 支部に勤務する職員はおろか協会全体でも限られた人間しか知り得ないこの階層は今、謎の振動に揺さぶられていた。
 その振動は次第に大きくてなっていき、遂に分厚いコンクリートで覆われた天井が爆音とともに粉砕された。
 砕けた隙間から舌を出した細長い口が一瞬だけ覗いたが、すぐに蜃気楼のように薄くなって大気に溶け込んだ。

 それと同時に二人の人間が降り立つ。
 その内の片方、統五は髪や衣服に付着した粉塵を払うと周囲を見渡す。
 最小限の照明しかないので隣にいる相手の顔も見づらいほど暗いが、どうやら通路らしい。

「どうもこの階層っぽいね」

 神熾も額を押さえながら頷く。

「妙な感覚がこの奥よりするな」

 相方の同意も得られたので統五は眼前に広がる闇の中に踏み込む。
 実際の所、統五はここにあるアルス・ラーラにはそれほど興味がなかった。
 これが金烏玉兎集などであったなら少しはやる気が出たかもしれないが、陰陽道に関する著作の大半は既に写本であるが持っているのであまり変わらないかもしれない。
 もっとも、やる気がないのは後ろにいる神熾も同じではないかと統五は内心で思っていた。

「君はヒヒイロカネを捜しているんだったね」
「そうだ。神代の刀剣を再現する為にどうしても必要になる」
「じゃあ、あんまりやる気ないんじゃない?」
「否、そうでもない。何れ誰かがやらなくてはならない事だ」
「あっそ。でもさ……」

 言いかけた言葉を途中で飲み込んで統五は立ち止まる。
 行く手には変わらぬ闇が広がっていたが、統五の中の何かが警鐘を鳴らしていた。
 その感覚を信じ、ゆっくりと何もない空間に指を伸ばす。
 と、

「!」

 弾かれたように指を引っ込め、体ごと数メートル後退する。
 指先は強酸を浴びせられたように皮が剥げ落ちて肉が露出していた。
 微かに煙を上げる指を口に含んで統伍は思案する。

「カバラ、いや魔女術かな。ルーンではないと思うけど西洋の魔術はよく分かんないだよね」

 ぶつぶつと呟きながら統五は首を捻っていたが、その横を神熾が通りすぎる。
 平静な顔のまま統五が立ち止まった地点に到達するが止まる様子はない。

「……神熾、まだ術式の解除が」
「子細ない」

 神熾が腰に下げていた太刀に手をかけたと統五が認識した瞬間に刀身が一閃。
 視覚にも聴覚にも何の変化もなかったが、感覚は何かが消失したと告げていた。
 流水の如き滑らかな所作で太刀を鞘に収めると不満顔の統五を置いてさっさと進んでいく。
 そして一定の距離を進むごとに統五にすら軌道が見えない居合いが防衛用の術式を破壊していく。

「中には術式が破壊された事を起点にして発動する術式もあるんだからさ」

 小走りになって追いついた統伍は些か不機嫌だった。

「我やお前がそんな小手先に屈するか?」
「理詰めで攻略する楽しさがあるんだよ」
「そうか。なら次は譲る」

 神熾が顎をしゃくる。
 彼等の進行方向には壁が広がっていた。
 接近してみるとそれは壁ではなく隔壁扉だった。

 侵入者を拒絶するような無機質な隔壁を前にした統五の顔に余裕の笑みが浮かぶ。
 魔術的な処置の施されていない鉄の扉など彼にとっては何の驚異もない。
 突如として暗闇が眩い光に照らし出された。
 焔を巻き上げて燃える巨鳥が統五の傍らに顕現したのだ。

「火乗金」

 統五が呟くと強固だった筈の鉄扉が白熱し、どろりと融解を始める。
 大した時間もかからず外敵の侵入を防ぐべき門番は敗北を喫した。
 その先にも幾つもの隔壁が存在したが、統五の進行を数秒だけ停滞させる効果しかなかった。

 最後の鉄扉を越えるとそこは小部屋になっていた。
 最低限の空調と照明しかない部屋に鎮座するのは彼等の身の丈ほどもある巨大な金庫。
 それが侵入者に対する最後の防壁だった。

 ここまで順調にやってきた統五だったが、これには弱り、後ろの神熾に道を譲るように横に移動した。
 この行動は別に統五の力で金庫を破れないからではない。
 ただ単に、金庫を溶かす過程で内部にあるアルス・ラーラに余計な衝撃を与えたくないからである。

 統五の意中を察した神熾は踏み込みと同時に既に鞘から抜き放っていた太刀を一振り。
 熱したナイフでバターでも切るように金庫の扉は容易く切断されて床に転がった。
 それを見届けた統五は金庫の中に身を乗り出す。

 統五が中から持ち出したのは水晶のように無色透明の結晶だった。
 大きさは五センチにも満たず、形は菱形に近かったが、砕かれたかのように表面には凹凸があった。

「それが?」
「うん。円環の蛇、シェオル、龍の眼。様々な名前がある。本当はもっと大きいらしいけど諸事情で複数に分割してその内の一つを協会に預けたらしい」
「信頼に依って託されたものを奪われ、信頼を裏切るか。協会も所詮その程度だな」

 盗人猛々しい発言だと統五は思ったが口には出さないでおいた。
 絶対なまでに独善的な思考は得難い特質だと考えていたし、言って聞く男でないと分かっていたからである。

「けど、天竜が二人も来る必要もなかったな。本来は四人で攻める計画だったというんだから笑える。これなら一人で十分だった」
「其れは驕りだ」
「自信が持てないよりはいいでしょ? それに君だって今日は刀を四本しか持ってないし」
「手入れ中に仕事の話になったからだ」
「ふーん……っと」

 統五の片目は地上に残した式神とリンクしていたのだが、その式神が地下に向かう協会の一団を捉えた。
 後方にいた相手は倒したが残りは正規のルートを通ってすぐに殺到するだろう。
 ここに残って相手をしてもいいが、お目当ての品は手に入ったのだからわざわざ残る必要もない。
 統五が自分の見解を述べると神熾は二つ返事で同意した。

「ただ、戦力は削っておこうか。アルス・ラーラを奪った時点で協会の恨みを買ったんだし、どうせ買うなら派手にいこう」
「……任せる。今の手持ちでは大規模な破壊は無理だからな」
「任された。風水的には南に五キロほど行った所が良さげなんだけど、ここでも文句はない。体質だろうけど土行が一番得意だし」

 統五の声は心なしか弾んでいた。
 何だかんだで自分の力を誇示出来るのが楽しかったのかもしれない。
 その時、突然大地が激震を始めた。
 普通の人間ではすぐに転倒するほどの揺れであり、天井に溜まっていた埃が振動で舞い散り、照明が完全に落ちる。
 彼等が立っていた地面が割れ、強固な鱗に覆われた巨大な掌が二人を持ち上げる。
 地鳴りは止まらず、更に力を増していく。





 その日、極めて局地的な地震により協会支部は壊滅した。
 幸い死者は出なかったものの、施設は完全に破壊されて長期に渡って復旧の目途は立たなかった。
 後日、調査を行った協会の専門家によれば地震の原因はプレートの歪みではなく、地下数百メートルの地点に前触れもなく発生した巨大な質量を持った物体が地上に飛び出した事だという。
 当然公表出来る筈もないので報告書は資料室に仕舞われる事になったが、事実を知った幹部達は程度の差こそあれ怒りを露にし、一時期は討伐隊を結成する動きも見られた。
 また、事件直後から天竜に触発されたと思しき者による騒動や協会の管理能力を疑問視して預けていた魔法具の返却を求める者が現れて協会は対処に追われる事になった。





 後世の歴史家によると天竜を自称した者達が協会に与えたダメージは協会の規模や歴史を鑑みればそれほど大きいものではなかったが、異能者という世界に対して影響を与えうる突出した力を持った個人の存在を改めて知らしめた。
 ある者はかつての魔女狩りは当然の処置だったと自嘲し、ある者は自分達異能者が世界を動かせるのではないかと夢想した。
 それでも皆は一様に、協会を中心にして世界の裏に形成したもう一つの世界が薄氷を履むような均衡の上に成り立っているのだと思い知らされた。


 小さく、ゆっくりではあるが世界は確実に変化し続けていた。

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