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act.19

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act.19



ファーガスとの約束の日を迎えた。シアナは指定された場所へ向かう。
そこは闘技場だった。アンフィテアトルムと呼ばれる戦いの場。
古代ではそこで、奴隷同士を戦わせ、多くの観客達がそれを楽しんだと言う。
娯楽の少ない時代のことだ。随分賑わい、闘技場は盛況だったと伝えられている。だが今はその面影さえない。
ここが使用されなくなって、多くの年月が経過した。
周囲を囲う円形の建物は殆ど崩れかけており、壁にはいくつもの亀裂が走っている。
手入れをするものがいない闘技場は、緩やかな崩壊へと進んでいた。
しかし、一対一の戦いを行う上でこれほどまでに相応しい場所は他にないだろう。

かつて多くの人間がここで戦い、ここで生き、ここで死んだ。
かの地で今日、二人の騎士が戦うのだ。名目上は演習。そして実際は、決着を着けるために。

寂れた闘技場の舞台の中に足を踏み入れる。
シアナは目を瞠った。観客席には大勢の騎士の姿が見える。第三騎士隊、そしてファーガスの第二十四騎士隊。
騎士だけではなく、一般の人間の姿もちらほらと見えた。
一般といっても、見るからに高級そうな衣装を身に纏った貴族であったが。
ざわざわと群集の話し声が響く。今か今かと戦いが始まるのを、あらかさまに楽しみにしている者達もいた。
手にはサンドイッチまで持って、くちゃくちゃと咀嚼しながら眺めている。これでは見世物ではないかとシアナは憤慨する。

「これはどういうこと、私はサーカスの動物になったつもりはないわ。こんな風に晒し者にされるのはごめんよ」
ファーガスの姿を認め、露骨に不機嫌さを露わにするシアナ。
手を重ねて、へこへこと頭を下げながら、彼はこちらに歩み寄る。

「いえいえ。ちょっとした演出ですよ。なにせ貴方のような偉大な騎士の演習ですからねえ。
多くの者に観戦してもらった方が、気合が入るでしょう? 特に貴族様は娯楽に飢えていますのでね、快く観戦を引き受けてくれました」
「……悪趣味」
「ヒヒヒ。まあそう言わないで下さいよ。貴方の隊もちゃんと呼んだんですから。全員貴方の勝利を待ち望んでいるんですよ」

そう言うと、ファーガスはくるっと踵を返してシアナと反対方向へ歩き出す。
「ちょっと、待ちなさい!! どこにいくつもり?!」
「準備ですよ。貴方との戦いのね」
「何……」

言うなり、がしゃん!! とけたたましい音。
シアナの入ってきた入り口が、天井から降ってきた柵によって封鎖された。
ファーガスの歩いていった入り口も同じように塞がれる。彼は既に柵の向こう。
黒い鉄柵を挟んで、ファーガスの満面の笑みが見える。



「ファーガス、これはどういうこと……!!」
「いえいえ。大したことでは。これより貴方は龍と戦ってもらいます」
「え……!?」
唖然とするシアナを満足そうに眺め回す双頭の蛇。
まだ事態が完全に飲み込めていないシアナを叩きのめす一言を与える。
「貴方はここで、龍と戦うんですよ。古来の闘剣士のようにね。まあ闘剣士は虎などの猛獣がいい所だったようですけれど」
「……っ!! 約束を違える気?!」
乾いた笑いが空空しくシアナに向けられた。反して眼差しは冷たさを持ってシアナを捉える。

「私は何も貴方と直接対決するとは一言も申し上げておりませんよ。約束を違えたなどと言われるのは心外ですね。
私の代わりに龍に戦ってもらうだけです。いやはや、連れてくるの苦労したんですよ。何せ凶暴な龍ですから。
第三騎士隊の誉れ高き龍殺しの騎士が、私達にいかに龍を殺すのかということを見せてくれる。いわば龍殺しの演習です。いい演習でしょう?
……なにせ私には夢想することが精一杯ですからねえ。貴方様に手本を見せてもらわなくては」

シアナは柵の前まで走り寄った。無駄だと分かっていながら、吼える。
「ま、待ちなさい!!」


そう言われて待つはずがない。ようやく気に食わない女を計略にはめれたのだ。
そのまま柵の向こうにある出入り口から姿を消そうとするファーガス。その横顔は卑劣な狂喜を隠し切れずにいた。

さあどうだ。龍殺しの騎士。お前には似合いの、素晴らしい舞台じゃないか。
うまく戦ってくれよ。そして、お前の秘密を皆の前でちゃあんと晒してくれ。
――ちゃあんと、な。


「く……っ」

まさか、これが狙いだったのか。自分を龍と戦わせることが。
先日の様子を考えるとおそらくは、龍殺しの秘密が狙いなのだろう。
……ぬかった。エレにも言い含められていたではないか。あいつは、私が思っている以上に強いと。
それは剣の実力だけではなく、卑しい策謀も含めての事。
奴は騎士としては失格だ。しかし策士家としては悔しいが自分より上なことを認めざるを得ない。
これが、ファーガスの罠か。騎士ではなく軍師にでもなればいいものを。


……逃げ場は塞がれている。もう残された選択肢はひとつしかない。
向かってくる龍を全て倒し、ファーガスをこらしめる。
それしかない。


シアナは息を整える。抜刀し、標的を待つ。
ガラガラと何かを巻き上げる音が場内に轟く。
昇降機が稼動している音である。闘技場にはそんな設備も備わっていた。
元は猛獣や人間を乗せて昇降していた人力の昇降機である。
今は昇降台に乗せられた龍が、地下から上がってきている。音がぴたりと止む。

シアナの刻印が熱を持つ。じりじりと炎を持ったように熱い。……龍に反応しているのだ。

――来る。

柵があがる。ざわりと全身に鳥肌が走る。赤い鱗を持つ真紅の龍。龍が戦いの場へ足を踏み入れた。
観衆達もまさか龍が現れるとは思っていなかったのだろう。ざわめきと、どよめきが広がる。
「おい!! あれは龍じゃないか!!」
「まさか龍と戦うっていうのか……?」
「大丈夫なのかよ、おい」
「お前知らないのか? なんせ龍殺しの第三隊長だぜ。負けるわけがないだろ」

それぞれが別々の思いでシアナを注視する。
そこに、イザークの姿もあった。
はらはらしながら、祈るようにシアナを見守る。
「シアナ隊長……頑張ってください……っ」
「隊長……」

横にはイザークに虐げられた騎士もいる。
龍とシアナが対峙しあう。先に動いたのは龍だった。巨翼を広げながら、シアナに突っ込む!!
バギインッ!!
龍の爪が食い込んで、砂場を無残に破壊する。
抉れた舞台は砂煙を撒き散らした。一瞬、両者の視界が遮られる。
その合間を縫い、シアナは龍の懐に潜りこむ。砂で周囲がまともに見えなくとも、相手は自分よりも数段大きいのだ。
先程見えた姿と、砂の中に蠢く影があれば、大体の位置の予測は可能。
愚鈍な仕草でシアナを探す龍。
「……遅い」
この間戦った龍に比べれば、お前は弱すぎる。
砂と埃が舞い散る中、騎士は砂地を踏みしめて、跳ぶ。

喉を狙い、剣先を思い切り突き立てた。
龍は急に反撃してきた騎士に為すすべもなく、一太刀で命を奪われた。
ズウン……
龍の屍躯が大きな地響きを立てて崩れ砂に埋没する。
あまりにも鮮やかな戦いに、全員が言葉を奪われた。何も言えず、目の前の騎士を見るばかり。

だが、シアナが龍の死体から剣を抜くと、現実を思い出したように
一様に驚愕の嘆息を吐き出した。
そして、後に辺りを包み込む熱狂的な歓声が闘技場を揺らす。



「……凄い」
イザークはごくりと唾を飲み込んだ。いつもは間近で見ている戦い。それなのに、舞台と観客席を通して見ると
こんなにも違って見えるものなのか。勇ましく、雄雄しい。

倒したと思った瞬間、場内に大音量で鳴り響く声があった。
「次の相手は~!! 数の多い、可愛らしい小型龍でございます!!
小さな体付きとは真逆に、性格は獰猛!! 龍殺しの騎士が食べられぬように皆さんどうか応援をお願いします!」
ファーガスの声だ。どこからか音声を流しているらしい。
悪意のこもった煽動に、肩を小さく震わせるシアナ。

駄目だ。今は怒るな。落ち着け。怒りは冷静さを奪う。……ただ目の前の敵を打ち倒すことだけを考えろ。

柵が再び上げられ、新しい龍が姿を見せる。小型な龍が何匹も舞台へ躍り出た。


シアナ隊長、刻印を使わないつもりなんだろうか。
先程からシアナは刻印を使わず、龍と闘っている。

剣が龍を次々に打擲していく。一閃のうちに薙ぎ払い、龍殺しの剣が断末を奉ずる。

剣が龍を次々に打擲していく。一閃のうちに薙ぎ払い、龍殺しの剣が断末を奉ずる。
イザークはシアナに攻撃が当たりそうになるたびに小さく声をあげていた。
「隊長……」

シェスタは刻印をあまり使わない方がいいとシアナに念を押した。
それも、刻印を使う心に歯止めを掛けている。しかし、刻印を使わない一番の理由は、自分を陥れた男に刻印を暴露しない為だ。
臨むまま踊ってやった。ならば、そこから先は好きにさせてたまるものか。
刻印は使わずに、全ての龍を倒してやる。そしてお前をこの場に引きずり出して、決着を着けてやる!!


「……このままだと、あれを使わなくても、何とかなりそう……かな」
イザークが希望的観測を口にした時、隣に腰を下ろした者がそれを鼻で笑った。
「……フン。つくづく貴様は稚拙だな」
「イザーク隊長……!」


イザークの目は、闘技場の中心で殺戮を繰り返すシアナに注がれている。
龍とシアナの戦いを一瞥し、――さらに言った。
「あのままだと、奴は倒される」
「えっ……? な、何で。どうしてですか」
「奴が何故龍を殺せるのか考えろ。それは龍殺しの刻印を保持しているからだ。おそらくあの刻印は持っているだけで
龍に対して優勢の効果を発揮するのだろう。だが真の力を引きずり出すには刻印の力を解放するしかない」
「……じゃ、じゃあ」
「今は小物故、勝ち進んでいるが大物が現れたなら奴は追い込まれる。平時ならともかく
あの女は今、手負いだ。刻印を使わなければ勝機はないが、――肝心の本人に刻印を使う気がない、勝敗は見えている」
「そんな……っ!!」

エレは事態を至極愉しむようにふんぞり返り、腕を組んだ。
「まあここで負けるようでは俺の宿敵としての資格はないな。……それまでの実力というわけだ」
「……!! エ、エレ隊長はシアナ隊長が心配じゃないんですか!? 下手をしたら死んじゃうかもしれないんですよ!!」
「それがどうした。死ぬ可能性ならいつもと変わらん。貴様は戦場に出る度、死の危険性に考えを巡らすのか」
「……」
巡らします、と言ったら何をされるのか分からないので黙っておいた。
「シアナ隊長……」



何も出来ない。見守るだけしかない自分が悔しい。
ただ今は祈るしかなくて、この状況が辛くて苦しい。
守ると誓った人が目の前で、戦っているのに、それを見届けることしか出来ないなんて――
何て、無力なんだろう。と、唇を噛み締めた。
それでも自分は、この戦いを見守るしかないのだ。

龍との戦いは、続けられる。一戦を追うごとに龍は強くなっていった。
シアナは見るからに疲弊していった。
肩の痛みがぶり返してきたのだろう。時折、痛みに表情を歪ませながらも、しかし刻印を使うことなく闘っている。
それを忌々しげに観察するのは双頭の蛇だ。
龍を出せば、シアナが龍を打倒できる秘密を知れると思ったのに、中々本性を現そうとしない。

しぶとい女だ。だが、まだこちらには龍が山のようにいる。
お前が耐えることが出来るのも、もう少しだ。必ずお前の秘密を暴いてやる!!

自身は安全な位置から、戦いを観戦していた。

観客席から飛ぶ歓声は全てシアナに向けられる。
龍と人との滅多に見られない一戦に、人々は燃える。場内は異様な熱気が渦を巻いていた。
無責任な野次がシアナへと飛ぶ。

「やれーー!!」
「殺せえええ!!」
「何ぼさっとしてるんだ!! そこだっ!」
「殺せ!!」
「倒せーーーーー!!!!!」

じり、とシアナは砂を足先で掻く。
大勢の奴隷、そして獣の血を吸ってきた砂だ。……ここで闘った者達も、このような気分だったのだろうか。
みせしめのように闘わせられて、声援まがいの暴言が投げかけられる。







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