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act.18

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act.18



自室へ戻ってきたシアナは鎧を脱ぎ、私服へ着替える。
騎士の身なりから、歳相応の女性の姿へと変わる。
この格好で街中を歩けば、彼女を知らないものはまず騎士だとは思わないだろう。
さらに、彼女がまさか龍殺しの騎士と呼ばれる者だとは夢にも思うまい。



「……ふぅ」
乱れた髪を梳かし、顔を洗う。いくら荒事に従事しているとはいえ、外見まで疎かになるのは嫌だった。
いや、荒事に従事しているからこそ、せめて見た目だけはきちんとしていなければ。
服装の乱れは気の乱れという。いくら逼迫した状況だろうが、何時も通りを心がけるのがシアナの信条だ。


寝台の上に腰を下ろす。
重い装備から開放され、束の間の休息を得る。
……本当に、束の間だ。休むことさえままならない、一時の猶予。
演習は明後日。リジュには完治するまで剣をふるうのは禁じられたが――



そうも言ってられない事態になってしまった。挑発と分かっていながら、奴の誘いに乗ったのだ。今更後に引けるわけがない。
あの場を収めるには、後日総長へ事態を報告し、処罰を求めるとか、手立てがあったはずなのだ。他の方法などいくらでもあった。
だがそれを選ばず、自分自身で決着を着けることを選んだのは、虐げられた騎士の表情を見たからだ。
彼は最後まで、文句ひとつ言わずに、ファーガスの仕打ちに甘んじて耐えた。
それを見て、尚、奴をのさばらせておく理由などない。おそらく放っておけばまた同じ事が繰り返される。
それを防ぐ手段はひとつ。……隊長同士で決着を着けることである。
完膚なきまでに叩き伏せ、もう二度と隊員に手出しはしないと約束させる。
あのような男に分からせるには、言葉でいくらいっても無駄だ。体で分からせなければ。

ファーガスの演習が言葉通りのものではないことは十分承知している。
何をしてくる気かは、分からない。だが、――ただ剣と剣で討ち合い、終わりなどという生易しいものではないことは明白だった。
……自分は、怒りのあまり感情に任せて、ファーガスを打倒しようとしているのだろうか? 
冷静な判断力を失っているのではないか、と自身に問いかける。

忘れるな。お前は隊長だ。一隊の隊長として、果たしてこれが正しい行為なのか。

「…………」

分からない。
正否の答えは出ない。
ならば自分の心のあるがままに進むだけだ。ファーガスと対決する。もう決めた。

シアナは立ち上がり、剣を持って中庭へ向かう。……何日も休んでいては体が鈍る。稽古をするつもりだった。
剣を振る。長い髪を揺らして。


薄闇に覆われた部屋。石壁に添えられた蝋燭の灯りだけが、僅かに周囲を照らす。
中央には円卓。だが座に人はおらず、閑散としている。
そこに二つの影があった。
傅いた男と、傅かれる男。片方の男は唐突に口を開いた。
「……それで。首尾の方はどうだ?」
「へへ。それが上々でございます。ちょっとばかり突付いてやったらすぐ乗ってきやがりましたよ。
見ててくださいよ。あいつの正体がはっきりするのも時間の内ですから」
床に膝を付けた男は、舌舐めずりをしながらニヤニヤと笑う。
「そうか。それは何よりだ。上には私が報告しておく。このまま調査を続けてくれ」
「はい、そのつもりですよ。では私はこれで――」
男は立ち上がり、一礼すると出口に向かって歩き出した。
部屋に残された男は、彼が出て行ったのを確認すると、ぼそり、と呟く。

「……龍殺しの女、か……さて、しばらくは様子見だな」

中庭で黙々と剣を振り修練に努めていると、シアナに声を掛ける者があった。
「おい、龍殺し」
振り向かずとも誰だか分かる。エレだ。シアナは手を動かしたまま答える。
いくつもある構えを全て行い、動作確認をする。鍛錬する時は必ずここから入るのだ。
「何? 悪いけど、今アンタと言い合ってる暇はないの。忙しいからあっち行って」
「――蛇と戦うらしいな」
蛇とはファーガスの事だろう。ファーガスの二つ名は“双頭の蛇”だ。
双剣を使う男。そして蛇のように陰湿な気質の男。
どちらとも受け取れる名には暗に皮肉じみた響きが感じ取れる。

「蛇ってファーガスの事? だったらそうだけどそれが何よ」
「フン。また何か勘違いをしているようなのでな。あいつは所詮小物に過ぎぬが、お前が思っている以上程度には強いぞ。まあ俺には及ばないが」
「……」
わざわざ現れて何を言うかと思えば、自慢か。エレの尊大さには恐れ入る。
シアナは剣を止めて振り返った。
「あんたね、そんな事を言う為にわざわざ――」
そこへ、エレの剣が降り注ぐ。シアナは殆ど反射的にそれを受けて見せた。
弾け合う太刀。飛び退いて、距離を取る。

「ほう。怪我を負ったとはいえ腕は鈍っていないようだな」
「……いきなり切り掛かった無礼は許してあげる。だからとっとと消えなさい」
「フッ。この俺が一太刀交わした所で満足するわけがあるまい」
「どこまでも不遜な男ねアンタって!! いいわ! やってやるわよ!!」


ギイン!!ギインッ!!
エレの扱う剣は細身。にも関わらず、
シアナの振るう大太刀を流麗な剣さばきで流してみせる。

「ハッ!! そのようなものか? まだまだだろう、本気を出せよ龍殺し!!」
「うるさい――!! はあっ!!」

巧の領域まで踏み込んだ騎士の剣闘は、無駄な動きが何一つない。
流れるよりももっと滑らかに、風のような速度で打ち合いは行われた。
中庭に二つの剣と騎士が躍る。剣が踊る。
空に一番星が瞬くまで、それは続けられた。

「……ふん。もう宵か。今日の所はこれで終いだ」

「何を、勝手な、ことばかり」
肩で息を切らしながら、シアナはエレを見上げた。
漆黒にエレの赤眼が浮かんでいる。一時だけシアナを映すと、
くるりとシアナに背を向け、エレは立ち去った。

「何よ、あいつ……」
まさか訓練するのを手伝ってくれたんだろうか。

「まさかね……」
夜風に身を任せながら、いつまでもエレが去った方角を眺めていた。



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