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act.10

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act.10



イザークは龍にさらわれて、空を飛んでいた。
最初は怯えて叫びまくっていたが、あまり暴れると、龍が爪を離して地面に墜落するかもしれない。
出来るだけ体を動かさないようにして身を委ねた。
雲が近い。……こんな状況下なのに、景色を楽しむ余裕のある自分に苦笑する。
もしかしたら、もう助からないことが分かっている故に達した境地なのかもしれなかった。
しばらくすると、龍は山の脇、ぽっかり空いている洞窟の中へ飛び込んだ。
「うわっ」

どさりと乱暴に放り投げられる。痛みはさほどでもなかった。
草や枝が集められ、敷き詰められている場所に落とされたのだ。
……ここが巣なのかもしれないなあ。イザークは能天気に思うと、周囲を見回した。
「あれ? これ……」

草の中に、丸い膨らみを見つける。手を使い探って見ると、大きな卵が現れた。
鶏の何十個分はあるであろう、その大きさに、これでオムレツしたら美味そうだなと考える。
「卵……そっか。じゃあやっぱりここが龍の巣なんだ」
洞窟は薄暗く、湿っていた。龍はイザークを放ると、どこかへまた飛び立っていった。
隊長怒ってるだろうなあ。シアナの怒号を想像してぶるりと震える。
――こら!! 何やってるの!!私を庇おうなんて百万年早い――!!
そしてもしここにいたら、チョップをくれるだろう。いや、蹴りもとぶかな。

……でも、守れてよかった。戦闘では何も役に立てなかったから、ひとつくらいは力になりたかった。
隊長はあの後、どうしただろうか。みんなと城に帰ったかな。
……それを望んでいたはずなのに、自分を助ける為に、山へ向かう隊長をありありと想像してしまうのは何故だろう。
(ああ、でも多分、来ちゃうだろうなあ……)
隊長はそういう人間だ。強くて勇ましく、断固として騎士であろうとする。部下を見捨てたりは絶対にしないだろう。
そういう人柄だから、あの人は隊長なんだろう。……そして、隊の皆はそれを分かってるから従っている。

「……ここで諦めたら地獄まで追ってきそうだなあ」
それは御免だ。出来るなら生きて会いたい。
「よし」
生きて帰ろう。何処か抜け出せる場所はないか、探すことにする。
立ち上がった瞬間、背後で何かが砕ける音がした。
「え……」
パキパキパキパキ……。
「ちょ……これは……マズイ……」
ゆっくり振り返る。龍の卵が孵化しようとしていた。




「それで目当てもないのにどこの区域を探すつもりだ」
シアナは歩きながら返答する。
「……龍が住んでいる周辺なら必ず痕跡があるはずよ。例えば糞とか足跡とかね。
それを探すわ。近くまで行けば私の刻印が反応するから、どこにいるかがはっきり分かる。見つけたら知らせて」
「ハッ。まさかこの俺が龍の糞を探さねばならんとはな。馬鹿馬鹿しいことこの上ない」
「嫌なら戻りなさい。私一人で行くから」

……小さく舌打ちしてエレは黙々と着いてくる。
シアナはきょろきょろとあたりを見回しながら、イザークと龍が飛んでいった方へと進んでいった。
足に何かが触れる。第三騎士隊の証が刻まれた剣だ。

「これ、イザークの剣だわ……」
地面に落ちていたそれを拾い上げ、シアナが言う。
「きっと途中で落ちたのね。ということはこっちで間違いないか」
「剣どころか本人も落下しているかもしれんがな。いや、もうそろそろ食われて龍の糞として排出されてもいい頃合だ」
「ちょっと!! 不吉なこと言わないでよ!!」
「……噂をすれば何とやらだ、ほら、見てみるがいい」
エレの視線の方角に、龍の痕跡があった。巨大な足跡と、散らばる排泄物。

そして前方には、いかにも何かが潜んでいそうな洞穴が見えた。
ドクン。
刻印が反応している。あの龍を殺せと、呼びかけている。
龍の巣はここか――ようやく見つけた。ここにイザークはいる。間違いない。
「……あそこね」

斜面を登り、暗い闇が広がる虚を目指す。
鈍く痛む肩を押さえ、はあと一息つく。
怪我はしたが、あと一戦くらいは戦えるだろう。それにこちらにはエレもいる。
(そういえばエレも刻印持ってる……わよね。顔に刻まれてるし、ということは)
もしかしたらエレも龍を殺せるような力を持っているかもしれない。
龍殺しの刻印ではないにせよ、何か別の刻印なのだから。
しかし今までエレが刻印を使う所を見た所がない。……それはきっといい種類の刻印ではないのだろう。
刻印とは呪いだから。そう、自分に刻まれた刻印のように。

「行くわよ、エレ」
「ふん」

穴の中へ踏み入る。光の差さない洞穴は、薄暗く視界が悪い。


シアナは刻印に触れて光を剣に宿した。
剣を灯りの代わりにして、奥へ奥へと。
しばらく進んでいくと、ひらけた空間に出た。頭上には大きな穴が空いている。
「……龍はいないみたいね」
「今はいなくともじきに帰ってくるだろうな。急がんとあやつは餌にされるぞ」
「わかってるわよ」
周囲を眺め回す。イザークの姿はない。この場所ではないのだろう。
「この奥にも道があるわね。他にもいくつか開けた場所があると思う。手分けをして探しましょう」
エレの返事はない。シアナは構わず走り出した。
ドクン。
刻印が疼く。
(龍が近づいてきてる……)
もしくは自分が接近していっているのか。
(お願いだからまだ食べられないでいてよ……イザーク)


肩の痛みも忘れ、思い切り走った。そして、三叉路になっている細い道の壁に抜け道を見つける。
中を覗いてみると、そこには立ちすくむイザークが見える……!!
「イザーク!!」
踏み込むと、シアナの訪れを待ちわびていたかのように、龍が飛来した。
「私まで一緒に頂こうって気?……冗談じゃないわよ」



剣を龍に向ける。その型は八相上段の構え。セットアップエイトアスペクト。
手馴れた者にしか使うことを許されない、剣術の構えのひとつである。
しかし、使いこなせた時の威力は絶大。数ある構えの中でも、美しさと破壊力では一、二を争う。
躊躇している時間はない。持てる全力を注ぎ込み、渾身の力を込めて打ち伏せるつもりだ。
肩の痛みを堪え、まともに迎撃できるのはあと数回といったところか。
その数回の内に仕留めなければ、こちらがやられる。
イザークが何か叫んでいるが、龍の唸り声の前に掻き消された。

――巨体が蠢く。ぎょろりと剥き出した目がシアナを捉える。
すうっと息を吸い、凄まじい勢いで――吐き出す。
「ブレス……!?」

龍から放たれる灼熱。
炎が、眼前に迫った。

「……っ!!」
剣で咄嗟に身を庇う。が、熱はシアナまで届かない。シアナの前に立ちはだかる黒き影があった。

「エレ……?!」
「愚か者!!何をやってる!!とっととあの無能を連れ去れ!」
エレの手から紫を帯びた黒い光が放たれている。それが、炎を掻き消している。
刻印の力――炎を消す力ではない。
あらゆるものを死へと誘う。それが悪魔の刻印の力であった。
刻印は今、炎を殺している。
別名を悪魔の目の刻印。シアナの刻印が龍のみを絶対的に殺す刻印ならば、エレはそれを遥かに凌ぐ。
悪魔の刻印は、全ての存在に絶対的な死を与え、葬り去る。絶対殺戮。それが悪魔の刻印の能力であり、呪いである。



シアナはその脇を縫い、イザークへ近づこうと走る。
それを龍が容易く許してくれるはずもない。
牙を見せ、シアナの前に立ちはだかる。
龍がシアナに肉薄する。
再び大気を吸引する龍。ブレスだ。第二波が来る。
「……っ」
肩に忘れていた痛みが蘇る。
駄目だ。避けられない。……剣に刻印の力を込めて、攻撃を防ぐしかない。
龍が、業火のブレスを放つ!!
瞬間、時間が凍りついた。
エレを中心に、空間は虚無を生んでいる。
虚無を生むという言い方はおかしいか、虚無とは何もないことなのだから――いや、しかし、それ以外に例えようがない。
それは真っ黒な闇だった。
力は龍に目掛けて放たれる。ぴしぴしと龍を取り巻いた黒が時間を断裂していく。空間が切り裂かれる。
黒い斑点が龍を飲み込み、身体を侵食していく。――それはまさしく死。悪魔の刻印の最たる力。
龍は崩れ落ちた。巨体を地面にたたえ、苦しげに天を仰ぐ。


「ほう。まだ息があるか――小物ならば数秒で抹消するのだが、龍種のことだけはある」
感心したように呟く悪魔の騎士。
龍の体躯を黒一色が埋め尽くすと、
……尾の先から、音もなく龍は消滅し始めた。
瓦解していく龍。生物種族の頂点に君臨する王も、こうなっては助かりようもない。

悪魔の刻印の能力の前に平伏し、崩壊を受け入れるのみ。
死の前には何者も敵わず、頭を垂れるしかないのだから。

「隊長!! 駄目です、その龍は……!!」

イザークの声が洞窟内にこだまする。それを遮って、消え逝く龍は、言葉を発した。

「よい――止めてくれるな、若き騎士よ」
それは、以前聞いた龍の言葉よりも、知性を感じさせる、それでいて厳格なものだった。
「私は守るべきものの為にこの者達に牙を剥いた。
……悔いはない。ただ、あるとするのならそれは残された我が分身に対してのみ――」
そこで一旦、間をおいて龍は話し出す。

黒き死は既に龍の半分を多い、翼と上半身を残すだけとなっていた。
そしてシアナとエレへ眼を動かして、頼りなく吐息を吐き出す。

「呪われた刻印を持つ者よ。我を殺し、屍を踏み越えて、その果てに何を望む。
お前達の刻印はこの世にあってはならぬ忌まわしきもの。……故に力の行使には必ず代償が必要となる。
龍殺しの騎士。お前が龍を殺す度に、殺された龍の魂はそなたの身に宿り続けるだろう」



ドクン。
「そなたにその覚悟はあるか」
龍の言葉に、刻印が共鳴する。では。では、龍を殺すたびに刻まれる線、あれは。
シアナは口を閉ざしたまま、果てようとする龍を見つめた。
黒点は龍の身体を這いながら、存在を消していく。

「ゆめゆめ忘れるでない。命を奪うとは、奪ったものの命を背負うということだ――」
完全に龍が消え、そして空洞には静寂が満ちた。
「隊長……」
イザークは悲しげにシアナを見る。
そこに、剣を片手に持ったエレが近づいた。
「貴様、背後にいるそれはなんだ」
「……!!」

厳しく問い詰められ、狼狽するイザーク。背後にシアナが目をこらすと、そこには、まだ小さい
龍の姿が見えた。いくつか卵も確認できる。
ジャキッ。エレは剣を構える。

「だ、駄目です!! この龍はまだ赤ん坊なんですよ!? それを有無を言わさず殺すなんて」
「何を言ってる貴様。正気か。その龍は成長すれば必ず人間に牙を剥く。先程の巨龍のようにな。
生かしておくのは愚行。有無を言わさず殺すのが道理だろう」
「それは、でも……」
「貴様、龍にさらわれた挙句、何を腑抜けた事を。そんなに殺されたいか」
イザークは龍を守るようにエレの前に立ち塞がる。
「うあ……で、でも……!! そうだ、隊長!! シアナ隊長なら分かってくれますよね」


シアナは首を振る。
「イザーク。私もエレと同意見よ。その小龍を見つけた以上、生かしておくことは出来ないわ」
「そんな……まだ何もしてないじゃないですか。それなのに隊長はこの子を殺すんですか?」
幼い龍は、キイキイと鳴いてイザークを口先でツンツンと突付く。じゃれているようだった。
「さっきの龍、この子達のお母さんだったんですよ。だからきっとこの子達を守ろうとして戦ったんだと思うんです」
エレは剣の切っ先をイザークの首元へ向ける。

「馬鹿め。お前は敵を切り捨てる時に一々そんなことを考えているのか。
敵に子がいようと親がいようと切り捨てる。人間だろうと龍だろうとな。
その覚悟さえ持ち合わせていないのならば、騎士などやめてしまえ」

喉元僅かの所に剣の威圧を感じながらも、イザークは引かなかった。
拳を強く握り締め、二人の隊長の前に立つ。懸命に言葉を紡ぐ。
「……あの龍は無作為に人を襲ったりはしないと思います。僕らが巣に近づいたから怒って攻撃してきたんですよ。
きっと話し合えば分かってくれた」
「……それは、無理よ」
「何故ですか!! だって……」

おそらくあの龍達が攻撃してきたのは、イザークの言うとおり、巣に自分達が近づいたからだろう。
渓谷からすぐ傍にあるこの巣。龍は産卵期を迎えていたに違いない。
子孫を守る為、仲間達を引き連れて、自分達の領域を侵すものを排除するつもりだったのだ。
だが、龍があれほど襲来してきたのは、それだけの理由ではないだろう。
……それがさっきの戦いではっきりした。ずっと前に聞いたはずなのに、……忘れていたのか。
こんな大事なことを。
多分、自分は逃げていたのだろう。思い出すのが怖かったから。



シアナ、いいかい、よく聞くんだよ。この刻印はね――

「イザーク。私のこの刻印はね……呪いなの。必ず龍を殺せる能力を手に入れた代わりに、
私は龍を引き寄せる力も同時に貰ってしまった。この力は龍を狂わせる。私がこの刻印を持つ限り、
何処に居たとしても龍は必ず訪れて私を食らおうとする」
「え……」
でも、死なない。いや、死ねない。刻印を持つシアナ自身は龍には絶対に命を取られることはなく、
周囲の者だけが竜の餌食となって死んでいく。
それが、龍殺しの呪い。殺せば殺すほどに強くなり、刻印の力もまた増すが、
――一人になる。

「成る程。貴様の刻印、龍殺しなどではなく龍を呼ぶ刻印というわけか」
どこまでも皮肉だな、とエレ。……言葉とは裏腹に、その目は重く、沈んでいた。

「私は生きなくちゃいけない。……これだけ多くの龍を殺した私は最早許されない。
罪は贖うことは死をもってしても釣り合わないほどに重い。……だから、生きる」
生きることでしか、奪った命を背負えないのだから。
龍に狙われ生き続ける――それを受け入れることこそが、決して許されることはない、贖罪。
龍を殺すことを宿命付けられた女が選択した道だ。
シアナに気付いた小龍は、びくっと身体を震わせると、いきなり豹変した。
目を赤く滾らせて牙を剥き、シアナに襲い掛かる。……シアナは避けなかった。
この龍は先程私達が殺した龍の子供だ。……復讐する権利は十分にある。
黙ったまま、腕を噛まれた。
生まれたばかりの小さな牙が、シアナの腕に食い込んでいる。
シアナを食い殺そうと、喉へ目掛けて突進する。

でも、私を殺そうというのなら、私は貴方を殺さなくてはいけない。

――母を奪った謝罪のように、刃は振り下ろされた。


「……シアナ、隊長……俺……っ」

イザークはへたりこんで、肩を震わせている。
事情も知らずに、一方的なことを口走った。救える手段があると思ったのだ。龍も人も、どちらも傷つけあわずに
争いを避けられる道があると思った。どんな決意で、シアナが龍の屍を踏み越えてきたかも知らずに。
悲しくて泣きたいのは自分ではなくて、むしろ隊長のはずだ。
それなのに、何故、あの人は。

「帰るわよ」

こんな時まで悲しそうに笑うんだろう。





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