創作発表板@wiki

act.9

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

act.9



「…………だから、何よ」
「もったいぶることなく最初から刻印の力を使えばよかったのだ。大方貴様のことだ、刻印
を使わずとも倒せるのではないかなどという甘い考えを持って戦ったのだろう」
「それは……」

「ふん。あのような敵相手に、一撃を浴びれば普通、即死するぞ。故に攻撃は全て避けるのが勝利の前提だ。
お前は龍殺しなどと謳われている癖にそのようなことも理解せんのか、救いがたいな」
エレの言う事は正しい。確かにシアナは――あの巨龍に対して余裕を感じていた。
命を取られるかもしれないと分かっていながら、刻印の保持者であることに慢心していた。
否定できない驕りがあったのだ。

「窮地に立たされなければ全力を発揮できないようでは、いつか足元をすくわれるぞ」
「……」
悔しいが事実だ。
何も言い返せないでいると、エレは馬鹿にしたように唇を歪めた。
「どうする? 今ならば、それこそ赤子の手をひねるようにお前を殺せるぞ」

その一言に、心臓が揺さぶられた。
ざわっ……
騎士達の間にざわめきが広がる。その場は一気に緊迫した。
シアナは沈黙を保ったまま、エレを睨み付けている。
本気か。いや、だが相手はこの男だ。馬鹿みたいに戦うことだけを考えている狂人の言葉だ。

(嘘……でしょ)
今、攻撃されたら、確かにエレが圧倒的に優位だ。
怪我をしながら強敵と立ち回り疲労しているシアナと、小物を嬲り続けてきたエレでは体力も気力も違いすぎる。


張り詰めた空気の中、エレとシアナは自身の瞳に相手を映し続ける。
エレは剣を手にしている。シアナに切りかかろうと思えば、すぐさま実行出来る距離に身を置いている。
殺そうと思えば、殺せる。それは誇張でもなく、事実だ。今仕掛けられたら、自分は負けるかもしれない。
実力の上では互角。ならば状況がそれを左右するだろう。分はあちらにある。

「……――っ」

どうする。逃げるか。立ち向かうか。それとも……。
騎士達も、ことの成り行きを固唾を飲んで見守っている。
長い時間が経ったように思われた。それは実際は数秒も無かったのかもしれない。
永遠と思われるような間の後、エレは高らかに笑った。周囲があっけにとられる。

「馬鹿か。俺が戦いたいのは万全の態勢で向かってくるお前だ。怪我をしている貴様に用はない。
容易く殺せるものと戦って何が楽しい」
ふー……。
第二騎士隊も第三騎士隊も、同様に安堵した。全くどこまでも人をハラハラさせる男だ。

「エレ、冗談は時と場所を選びなさいよ」
「ふっ。俺に殺されると恐怖したか? 龍殺しのお前が? ……滑稽だな」
帰ったらこいつに一発食らわせてやろうとシアナは固く決意した。
「……心臓に悪いですよ~エレ隊長」
イザークが安心したように腰を下ろす。


しかし、心臓に悪い事態はまだ続いていた。大きな翼音。地面を覆う黒い影。
「げええ……っ!!」
現れたのは、二体目の、翼龍。先程より一回り小さいサイズだが、巨大なことは一目瞭然。
シアナ目掛けて、鋭敏な動きで突っ込んでくる!!
(あ、)
間に合わない。
そう思った。あまりの急な出来事に、刻印を発動している暇がない。――狩られる。
「隊長!!」
その時、突き飛ばされた。横から走ってきた騎士に、体当たりで身体を押された。
「イザーク!!」
代わりに龍の前に身体を差し出した騎士は、龍の爪に掴まれて、そのままさらわれた。
身体が持ち上がり、空へ浮き上がる。
「うわああああ!!? 助けてええええ~!!」
天に舞い昇り、龍は渓谷の向こう、山の方へ飛んでいった。

「……う、うそ……」

あっという間の出来事だった。イザークは龍に連れ去られた。



「た、隊長……!!」
隊員の声がかかる。シアナの判断を仰いでいるのだ。
「どうされますか、イザークは山の方へ連れてかれたようですが……」
「……そうね」
おそらく、イザークは龍の巣に連れて行かれたのだろう。
連れ去った理由はひとつしか考えられない。餌だ。放っておけば、あいつは龍の胃袋の中に収まって消化される。
どんな有利を想定してみても、一人でイザークは龍を倒せない。確実に、死ぬだろう。
不安そうにこちらを見ている騎士の中に、以前声を掛けてきた者もいる。名はマイク。
……イザークを心配していた者だ。

「ふん。あのような無能の部下の一人いなくなったところでどうだというのだ。
くだらん。放っておけ」
「エ、エレ隊長はイザークを見捨てると仰るんですか……?!」
マイクが声を荒げる。
「当然だ。クズは消えろ。あれぐらいの攻撃を避けられぬ者はいらぬ」
あまりにも辛辣な言葉に、その場はシンと静まり返った。
……イザークは、シアナを庇ったのだ。騎士としての忠誠からか、それとも反射的に動いたのかは分からない。
それでも、臆病で、弱虫なイザークが、身を犠牲にして庇ってくれた。

あの時、マイクと交わした言葉を思い出す。

「私が一人で山に向かうわ。……皆は先に帰って、私達の帰還を待ちなさい。すぐ戻って来るから」
「隊長っ、ですがそのお怪我では……私共も連れて行ってください!!」
「大丈夫よ。皆疲労してるし、怪我人もいる。これ以上移動するのは危険だわ」
自分は、言った筈だ。

「約束したでしょ? 見捨てたりしないって。あの間抜けをさっさと引きずって帰る」
何があっても、見捨てたりしない。
一度口に出したことを違えるような、騎士道に反するふるまいはしない。
イザークを助ける。そう決めた。
第三隊員は、押し黙り、そして、――隊長の決断を受け入れた。

「……そういうわけだから。貴方達も帰っていいわよエレ」
目を細めるエレ。……数秒の後、皮肉めいた嘲笑を零す。
「くっ。ただ一人の無能な部下の為に、龍を追うか。自己犠牲は何も生まんぞ……愚拙め」
「何と言われても私の決定は変わらないから。それじゃ」
歩き出そうとしたシアナの横を、何故かエレも追歩する。

「帰り道はあっちだけど」
「分かりきったことをいちいち言うな。鬱陶しい」
「じゃあ何で……」
「頭まで鈍ったか。俺の隊は帰らせる。代わりに俺がついていってやろうと言うのだ」
「はあ?!」

エレは隊員に号令をかける。シアナについていく、その為お前らは勝手に帰れ、そう大声で宣言した。
隊員はすぐさまエレの命令に従い、敬礼をすると来た道を引き返す。
第三隊もそれに続いた。
その背を見送り、歩き出す二人。

「……何をたくらんでるの」
「もし俺が何か企みを企てているとして、それを易々とお前に話すと思うか」
「全く思わない」
「ならば無駄口を叩くな。歩を進めろ。……瑣末なことで体力を消耗するな」
この男、何を考えている。喧嘩を売ったかと思えば、今度は部下の救出を手伝うという。
放っておけと言った直後に、わざわざ助けに手を貸すような真似をしてみせる。
そこにはエレなりの観念にのっとった行動基準があるのだろうが、シアナにとっては意味不明なだけだ。

(こいつの思考回路は理解しがたい……)

シアナは怪訝な面持ちでひたすら道を進む。
けれど、まあいいか。今は強がっている場合ではない。加勢してくれるというのなら、その好意はありがたく受け取ろう。
ロスラ渓谷を抜け、その北側に位置するアシガ山へ。




.

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー