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act.8

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act.8



何十匹目かの龍を切り裂くとシアナは宙に目をこらした。
(まだいなくならない、一体何匹いるの……!?)
周囲に散らばる龍の遺骸はざっと見ても百を超える。それなのに空にはまだ余りあるほどの龍がひしめいている。
これだけの龍が何処から湧き出てきたのだろうか。それも彼らは、明確な目的をもってシアナ達を襲っているように見える。
まるでここに進入した者を、逃さんとするかのように。
騎士の中には龍の攻撃を受けて怪我を負った者も何人か出てきていた。怪我人は後方へ退避させているが、また襲われないとも限らない。
状況が長引けばこちらが不利だ。自分とエレがいる限り負けることはないだろうが、数が多すぎる。

「早くケリをつけないと……っ!!」

飛来者に肉薄し、一撃で落とし、次の標的へ向かう。
全ての動作をひとくくりで行い、またそれを繰り返す。抹殺の流れ作業。
騎士達も霧が晴れたことで視界を取り戻し、いくらか心に優位が生まれたらしい。
「殺せええ!! 一匹たりとも逃すなーーー!!」

奮起する声。おおおーっ! と輪が広がるように声があがる。
剣が肉を裂く。龍の咆哮。悲鳴。
飛ぶものが翼を失い、岩に叩きつけられる醜い音。岩肌に食い込んでいく赤い染み。
……渓谷は戦場と化した。


延々と龍殺しを行い続け、ようやく空に龍の姿がまばらになってきた。
「あともう少しよ!! 頑張って!!」
「はいっ!!」
シアナの励ましに騎士の声が重なる。彼らの顔には疲労が現れていたが、一様に剣を振る手を休めたりはしない。
形勢はここに来て逆転した。騎士隊は龍を押し始めたのだ。

そして――龍の姿が殆ど地に落ちた時、そいつは現れた。
「な、なんですかアレ……」
「うわ……っ!!」
巨大な影が上空を旋回している。劈く鳴き声が谷に響く。巨大な翼龍。
先程まで飛行していた小型翼龍とは比べ物にならないほどの体躯。騎士達は初めて見るだろう。
……何匹と龍を倒してきたシアナも、これほど巨大な龍と戦ったことは数えるほどしかない。
長い爪、天まで聳える黒い角。翼が空の上で動くたびに風を巻き込んで、疾風を生む。
ドクン。
シアナの胸がざわめく。……脈が速くなり、剣を握る手に力がこもる。
――また、現れたわね。龍よ。地面に散乱する仲間の亡骸をどう思う。

「……どきなさい、私が相手をするわ」
騎士が波を引くように、ざあっと道を開ける。龍は真っ直ぐにこちらを見つめていた。
上空でぐるぐると回りながら、シアナに接近してくる。
「あんたがボスね」

ドクン。
返事はなかった。……ただそこに無言の憎しみを感じて、背筋が粟立つ。

「ギャオオオオオ!!」
龍の叫びに谷が揺れる。地面すら鳴動させる龍、強さは生半可なものではあるまい。
それこそ、龍殺しの刻印を持つ私すら、倒すのには手間取るだろう。命を賭け戦いあうくらいに。
全身が高揚で震える。殺し合いを、始めよう。

剣を向け、その時を待つ。
龍を殺せる、その瞬間を。
「さあ私はここにいる!! 来い!!」
――もしも私が憎いならその牙を剥いて抗うがいい!!
飛龍は高く飛翔し、一気に降下した。


風圧が波となって襲いかかる。獲物を食らわんと爪牙が迫る。
間一髪、真横に跳んだシアナは龍の攻撃を回避した。
そこに、龍の尾が回転し、急撃する!!
「……っ」
ガキインッ!!
剣を盾に、かろじて真正面からの攻撃は防いだ。しかし、なんたる馬鹿力。
一振り食らっただけで手の先に痺れが走る。ガチガチと剣と尾の攻防が続く。
容易く打ち破れない、この強堅。この堅牢。重量だけではない、この龍は純粋に、

(強い……!!)

龍は尾に力を加え、シアナに追撃を加える。
第三騎士隊の者達が、両者の闘争を離れた位置から一心に見守る。
この巨龍を打ち倒せるのは、シアナ以外にありえないと信じて。
龍の装甲を敗れるのは、刻印を持つ者、人の領域を超えたもののみ。手出しは足を引っ張るだけだ。
それが全員、歯痒くていたたまれない。しかし、同時に。
龍と人の戦闘に、見惚れていた。これほどまでに巨大な龍が人と戦えるなど、御伽噺の中でしか彼らは知らないのだから――!!!

いや、もしくは、神の時代の出来事か。圧倒的で、猛烈に美しい。
……これが、龍殺しの女騎士。シアナの龍の討伐を間近で見るのが初めてでないものも、目を逸らせないほどに峻烈。

「キシャアアア!!」

龍が地面を移動する、巨体にもかかわらずその動きは俊敏、爪甲が鉄槌の如く地上に降り注ぐ!!
肩を打たれ、シアナは地に叩き付けられた。

「あっ……ぐ!!」

ぎりぎりの所で致命傷を避け、急所は何とか外した。
起き上がる所を狙い、またもや攻撃。剣を突き出し、後方へ押される。
ズザザアーー!!
地上に散る岩石が靴底との摩擦で激しく踊る。そこにまた一撃!! 
後方に跳躍して華麗に避ける。 龍拳が岩を穿つ!!
畳み掛けるような猛攻だ。こちらに攻撃する間さえ与えないつもりか。息を切らしながら怪我の具合をはかる。
(……骨は折れてない……まだいける)

愛しむように、悼むように、刻印に触れる。
シアナは龍殺しの力を解放した。
絶対に龍を殺す、その力を。
ドクンッ。
閃光が広がり、全身を包み込む。光は剣先に宿り、光輝を散らす。

龍もシアナの異変に気付いたのだろう。
ただ事でない様子を感じ取り、攻撃の手を休めた。
龍は未だに理解しない。それが、命取りになると。
龍殺しの騎士の前で、一瞬でも手を止めようものならそれが死に直結すると!!
地面に垂れた尾を一気に駆け上がり、頭上まで到る。
普通の剣ならば龍は殺せない。殺すことが出来るのはただこの力ひとつ!!
高く跳躍し、一息に龍の頭蓋を貫いた。

ざぶんっ。
刃は肉を裂き骨を貫く。
崩れる龍の肉体と共に、シアナは地上へと降り立った。
巨躯が地面に倒れ、大地を揺るがす。周囲が静寂で満たされた瞬間、一斉に 歓声があがる。
シアナは見事、龍を打倒した。

「隊長、やりましたね……!! 流石でした」
「こんな龍、滅多にお目にかかれないんじゃないですか」

次々と部下の賞賛が浴びせられる。
シアナはその中、得体の知れない違和感を感じていた。
あの巨龍を一撃で倒せたことに、爽快感を感じつつも、何かが――上手く行き過ぎているような。
そう、刻印の力がいつもより増している、そんな気がしたのだ。

(もしかして刻印が……強くなってる?)

――刻印の模様にまたひとつ、新たな線が刻まれる。
その数は先程、打ち倒した小型翼龍と合わせて百一。
どういうこと、だろう……この刻印、龍を殺す以外に秘密があるのか。
まあ、それは今は置いておこう。龍は倒した。長居は無用。
気を緩めた直後、ずくん、と肩に痛みが走り抜けた。


思わず顔をしかめる。刻印を使う前に撃たれたのが悪かったらしい。下手をすれば骨がいっていた。
打撲程度で済んで不幸中の幸いだった。手を当てて、呼吸を整える。
「隊長、だ、大丈夫ですか? あ、そうだ。近くの村までいって馬を借りてきましょうか」
イザークがおろおろしながらシアナを心配そうに覗き込んだ。
「……いいわ。大丈夫、歩いて帰るくらいなんともない」
「でも……」
「帰るわよ。あまり留まっていると魔物が出る。……そうだ、イザーク。少しは上達したわね。悪くない戦いぶりだったわ」
「えっ、本当ですか!?」
「前のへっぴり腰に比べればね」
「あのーそれって褒められてるんでしょうか?」
ぽんぽんと肩を叩いて、シアナは笑った。
「今のあんたに向けるには最高の賛辞じゃないの」


振り向いたその時、対角線上に立ち尽くすエレと視線が交差した。
ざああっと風が吹く。血塗れた剣、血塗れた顔、唇。
漆黒の髪が流れる。
狂人じみた禍々しい姿に、思わず息をするのを忘れた。
抜刀した剣をそのままに、カツカツとシアナに歩み寄る。
「なるほど……龍を倒したか。……とはいえ怪我を負ったようだな」




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