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act.7

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act.7



明朝。
第二騎士隊と第三騎士隊は列をなし、ロスラ渓谷へ向かっていた。
任務は翼龍の討伐。話によれば一斉に多数で現れるらしく、
上空から急襲されることを考慮し、騎馬は使わず徒歩である。

前方に第二騎士隊、後方は第三騎士隊。
隊員はそれぞれ二十名ずつ、全員で四十名。
隊長二名、シアナとエレを先頭に、奥深い谷への路を進んでいく。
ロスラ渓谷はリーデット川の中流に位置する。

川流によって侵食された岩肌が両側に聳え、街道側からは美しい新緑が姿を見せている。
森と緑の国として名を馳せるフレンズベルでも
一際美しい名勝として名高い場所であり、フレンズベルに観光に来るものが訪れることも珍しくない。
隣国に向かうには街道を通るか、この渓谷を通るか二つの選択肢があるが、渓谷を突っ切ったほうが近道である。
街道からも容易に入ることが出来る為、旅人や行商人が通行する事の多い場所でもあった。
街道の並びにはいくつか小さな村も存在している。放っておけば被害はさらに広がるだろう。
二隊には迅速、かつ速やかに目標を退治することが望まれた。

……のだが。どことなく二隊と三隊の間には壁があるようだった。原因は勿論シアナとエレの仲の悪さに起因する。
第二騎士隊と第三騎士隊は進むにしても少し距離を置いていた。
隊長の意思を汲み取って、などという従順な考えで対立しているわけではないのだろうが、
やはり、上司が目の仇にしている者のグループとは容易く交流出来ないということだろう。
シアナもエレもそんな小さな事で怒るほど狭量ではないが、激怒した時の恐ろしさでは鬼神に勝るものがある。
触らぬ神にたたりなし。黙々と任務に勤しもう。そんな風潮がどちらの隊内にも流れていた。


「霧が出てきたな……」
エレが空を睨みながら呟いた。薄霧があたりにたちこめてくる。
「暗くなる前に退治した方がよさそうね……急ぎましょう」
「そのようなことお前に言われるまでもない」
「……だったらもう少し急いでくれるかしら?トロトロしてたら日が暮れちゃうわ」
「愚鈍なのは貴様だ。鈍間な歩行速度を人の責任にするつもりか」
「ふっ。口だけは達者なのね。帰ったら手合わせをしましょうか」
「くっ。望む所だ。貴様の太刀を叩き伏せ、制圧してくれる」
目を合わさず、喧々囂々と言い合いをする二人。隊員の手前、控えめにしているが、もし二人きりなら剣試合が始まっている所である。

長い刻歩き続け、ようやくロスラ渓谷へ到着した。

霧はまだあたりを取り囲み、ますますその色を濃くしている。流麗な景色を覆う白い靄。
幽玄な世界に入り込んだ錯覚さえ覚える。妖精や魔物が姿を見せてもおかしくないような雰囲気だった。
だがこれから相手にするのは魔でもなく妖でもなく、龍である。

「聞こえる?!全員気をつけて……霧が濃くなってきたわ」
視界がおぼつかない今、急襲されたら危険だ。
シアナは隊員に注意を呼びかける。
その時――風を斬るような嘶きと共に、上空から襲撃者が襲来した。
「出たぞーー!!龍だーー!」
翼龍だ。鋭い嘴と長い爪を武器に、隊員の頭を狙いに滑空する。
第三隊の後方で何名かが声をあげた。

シアナとエレは同時に剣を抜く。
「敵だ!!全員戦闘体勢に入れ!!」

エレの合図で全員が武器を手に、翼龍へと向かっていく。
「はああーっ!!」
騎士達は果敢に剣を振るうが、翼龍は風圧を感じると即座に上空へ舞い上がってしまう。
避けられる。翼龍が小型の種類であり、動きが俊敏なこと、
濃霧が邪魔をして、的確に敵を視認できないことも災いした。

「くそっ……!!」
「見えない……」

思うように攻撃を当てられない第三隊は苦戦をよぎなくされていた。
見かねてシアナが飛び出す。

「エレ、ここは任せたわ。私は自隊の援護に回る」
「ふん、無能共の後始末か。つくづく暇な奴だ」
「……頼んだわよ」
嫌味は無視。今はエレにかまける暇すら惜しい。後方まで一直線に疾走する。
斜面になった岩地を蹴り、跳び、隊の最後方まで到達した。
イザークの姿が見える。二、三名と共に一体の翼龍を相手にしていた。


「こ、このおっ!!」
「てやああ!!」
龍は巧みに攻撃を回避する。舞うように旋回しながら、地上からの攻撃をやり過ごしている。
こちらを翻弄しているのだ。……龍は賢い。このまま体力がなくなるまで弄び、そこを狙うつもりなのだろう。
――押されている。そう判断した刹那、一瞬の躊躇もなく、急襲してきた翼竜の翼を切り落とす。
「ギャアアアウ!!!」
翼を切断され、落下する龍。片方の翼をブーツの先で踏みつけた。
口から体液をばら撒きながら、ばたつく龍。
剣で一気に貫くと、動きが止まった。瞳から生気が消える。
「隊長……!」
「ぼやぼやしない!!!次の襲撃がくるわよ!!翼を狙って地面に引きずりおとして!!」
奴らの攻撃手段は上空から急降下しての滑空だ。それさえ封じてしまえば、勝機はこちらにある。
「一人で龍を相手にしないで!!数名で戦いなさい!」
「はいっ!!」
イザークはおぼつかないながらも、必死に剣を振り翼龍と戦っている。
鍛錬の成果が出たのだろうか、動きが格段によくなっていた。


シアナは急襲をかけてくる龍を狙い、攻撃をしかけ確実に仕留めていく。
その姿はまさしく龍殺しの名に相応しかった。次々と翼龍を地上へ墜落させ、殲滅する。
その時、風が吹いた。
「隊長……あれ」
霧が晴れていく。騎士の一人が、指を指し示す。
続々と翼龍が群れを成し集まってくる。上空は蠢く茶褐色で多い尽くされていた。
嵐の前の静けさか。龍達の翼がはためく音さえ聞こえない。自分の鼓動の音だけがやけにうるさい――。
(うわ……すっごい数)

多数とは聞いていたが、空を埋め尽くす程の数とは一言も聞いていない。
これがBランクの任務とは考えにくい。ズイマ総長に伝わった情報に不備があったか、もしくは――。
「ひるむな!!来るわよ!!」

龍の飛来。そして攻撃が始まった。




群れを成して飛んでくる龍。
上空から猛烈な速度で落下する敵、それはさながら空から振る槍である。神話に名を残す天の槍。
貫かれたらひとたまりもない。普通の騎士ならば、かなり苦戦するであろう。
だがエレを筆頭とする第二騎士隊は場数が違う。このような窮地を幾度も体験してきている。
多勢の龍を相手に、全員が冷静さを失うことなく立ち回っている。

第二隊ではそれが当たり前であり、それが出来ないものは即刻除隊された。……選抜に選抜を重ねて残されたのがこの隊員なのだ。
強いのは当然、そして強くなくては、第二騎士隊では生きていけない。
それは勿論、強者だけに価値があるという絶対主義を掲げる隊長がいるからである。
過酷という言葉では表現出来ないような血反吐を吐く訓練を繰り返し鍛え上げられた精鋭集団。それが第二騎士隊。
実力ではおそらく、第一騎士隊と拮抗――あるいは、凌ぐだろう。
攻撃の雨霰の最中、一人これ以上なく嬉しそうに笑う男がいた。……その隊長、エレである。
飛んでくる龍をこともなげに切り落としながら、それでもまだ満たされぬ渇望感に身を焦がす。

「弱い……龍とはこんなものか?俺をもっと愉しませろ」
足りない。切り裂けば切り裂くほどに、餓えて行く。
――ザンッ。
乾いた思いが埋まることなく穴を広げていく。飢餓感に同調するように刻印が酷く痛む。
殺せば殺すほどに、狂おしく、痛みは熱を伴って、これでは――足りないと、俺にせがむ。
龍の翼を裂いて天から墜とす。天使を堕天させる如く地へ陥没させる。
「弱い、弱い、弱い」


欲しい。もっと、死が欲しい。熱望するのは痛みと死という虚無。
紅い鮮血を身に纏い、それでもまだ欲しいと、剣を振る。
目を抉り腹を貫き首を真っ二つに。無残な龍の死骸は最早原型すら留めていない。
龍を宿敵として夢想してみても、切り裂く手応えに現実が呼び覚まされる。シアナは一撃で殺せるほど弱くはない。
嗚呼、元より何かと重ねられるような相手ではなかった。
そう、あの女は唯一無二。我が剣を受けるに足る者は、あいつ一人のみ――!!
――ザンッ。ザシュッ。
「もっと、もっとだ」
龍の攻撃は止んだ。敵の急襲の雨霰はいつしか血の雨となって、降り注ぐ。
唇に流れてきた血を舐め取って、壮絶に笑う。
それをもし見届けた者がいるのなら、――彼を、心の底から悪魔だと思ったに違いない。
龍を屠り、その果てに悪魔の騎士は思ったのだ。
ああ、やはりあの女との討ち合いが一番――愉しい、と。









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