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第二十次襲撃者撃退戦

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第二十次襲撃者撃退戦


ここは物語の地平線、創発の館。
海に面した一室で二人が向かい合っている。もしくは対峙している。
給仕がティーカップにゆっくりと小麦色の液体が注ぐ。部屋にそれの甘い匂いが満ちていく。
茶菓子はバームクーヘンだ。私の好物である。が、お付きでしかない私の分はない。
失礼しました、と優雅に頭を下げて給仕がいなくなった。ドアが閉まると客人はカップに注がれたコーヒー(ただしマックス)を飲む。
「やはりここで飲むマックスコーヒーはおいしいな」
そんなわけがない。缶のをそのまま暖めて出しているだけだ。
「それで今回の用件はなんだ」
隊長(館で一番偉い人。大将だけど隊長)が面白くなさそうに切り出す。
「少しは話に付き合ってくれてもいいだろうに」
ふふふと妖しく笑う魔王、ハルトシュラー。
だが我々からしてみれば彼女は敵だ。同じテーブルについて楽しくお茶会をするような仲ではない。
「お前達の戦果を聞きに来たんだよ」
「通常の襲撃が十五回。奇襲が四回の計十九回だ」
「見事なものだ」
誰のせいだと声を大にして言いたいが私は隊長のお付きでしかないので思いを胸に秘めたままにしておく。
この館には時折襲撃者が現れる。目的はこの館にいる無限桃花全員の抹殺だ。
なぜ襲われるようになったかというのは目の前のマックスコーヒー中毒者が原因である。
今から遡ることかなり昔。ある日、彼女がひょっこりと現れた。
館の桃花を全員集めるとお前ら失敗作だ、死ね(要約)と言い放ち、最初の襲撃者を解き放った。
球体に蜘蛛の足のように人間の手がうじゃうじゃ生えてる実に怪物らしい生き物でそのうじゃうじゃ生える手で
近くの桃花を掴むと球体部分に持っていき、むしゃむしゃと食らい始めた。
当然ながらみんな大混乱して阿鼻叫喚な地獄絵図となったがその中で煙幕を張り、さらに敵に負傷を与え
散り散りに逃げた桃花を落ち着かせた後、作戦を立てて怪物を撃破した立役者にして英雄な超かっこいい人がいた。
それが現在の我らが隊長の無限桃花である。
我々を殲滅するはずだったのに目論見が外れたハルトシュラーは悔し涙を流し……なんてことはなく
楽しそうに笑った後、褒美に一つだけ願いを叶えてやろうと言ってきた。
隊長は今回の被害者を治してくれと即答し、無事もとの館に戻る、はずだった。
次を用意しておこうとハルトシュラーが不吉な言葉を残したものだから襲撃に備え
隊長指揮の下、部隊の編成が行われ戦闘集団に変貌した。
そしてあれから十八もの襲撃を撃退し、今日に至る。
戦闘に勝利しなければ我々の全滅だし、勝利しても褒美は死傷者の回復に使われるので我々が得することはない。
戦わなければ生き残れないこんな世の中なのだ。
「記念すべき二十戦目の相手だがかつてこの館に来て、無限桃花を全滅させた元無限桃花だ。知っているか?」
隊長のカップを持ち上げた手が止まる。
「二代前か、三代前か。確かにそういう記録が残っているな」
海側にちょっぴり突き出した岬のようなところにいくつかのお墓が置かれている。文字が風化しているため
おそらくお墓だろうけど誰のものかはずっとわからないままだった。そんなある日、物の記憶を読み取る能力を持つ
桃花がお墓を解析した結果、それが館にいた先代のものだということがわかった。
そのうちの一つのお墓にあった記憶が元無限桃花に殲滅されたというものだったのだ。
「お前達が直接被害を受けたわけじゃないが先代の恨みを晴らしてみてはどうかな」
「そうだな。討伐を墓前に報告すれば先代も報われるだろう」
隊長はカップのコーヒーを飲み、にやりと笑った、
「白騎士、シカ・ソーニャか」

『第二十次襲撃者撃退戦』

襲撃には二つの種類がある。
一つはハルトシュラーが事前に襲撃を予告していくタイプと予告なしの襲撃の二種類だ。
今回の場合は事前に襲撃者のことまで教えて行ったので前者に属するものとなる。
当然ながらこちらとしては普段よりも厳戒な体勢となり、異常が発生しようものなら即対応できる状態になっている。
特に外側の監視には多くの人員が配備され、ネズミの一匹すら見逃さない状態だ。
強力な探知系の能力者がいればそっちにある程度は任せられるのだが、あいにくそういった手合いはいない。
故に数少ない探知能力者の中でも発動すればそれなりに強力な私の能力は重宝されているのだ。
だが能力を発動させるには私自身が前線に出る必要があり、後ろのほうで事務仕事をしているのが好きな私にとっては
この能力は正直重荷にしかなっていない。何ゆえにこんな能力を会得してしまったのか。
ため息をつきそうになり、留まる。横に隊長がいるのだ。目を閉じているが椅子に座って寝ているわけではない。
そろそろ足が疲れたので椅子に座っていいかどうか聞こうかしら。
どうやって切り出そうか悩んでいると鋭い笛の音が聞こえた。これは敵出現の合図。
そして笛の音は内部の兵士が見つけた時のものだ。敵は既に侵入している。
部屋から出て行く隊長に付いていく、一応こちらのスピードに合わせて走ってくれているのでありがたい。
階段をくだり、廊下を駆け、途中で兵士と合流しながら現場へ向かう。これはサロンのほうだ。
「能力の準備は出来ているな」
隊長が腰の刀を抜く。私はそれに対し、銃のリロードで答える。
基本的な我々の戦術方針は敵が近くに出現した場合は煙幕を張り、時間を稼ぎ仲間を待つというものだ。
今回も例に漏れず、サロン方面から煙が漂ってきているのだが様子がおかしい。
隊長が片手を上げて、合流した兵士たちが止まる。足音が一斉に止む。
音がしない。煙幕を張った兵士の足音が無い。巡回警備に当たる兵士は二人一組が基本だ。
それにそこそこ離れた場所から来た私達よりも早く到着している応援部隊が存在するはず。
なのにここには私達しかいない。応援部隊が襲われたにしても戦闘音がない。
「煙幕を晴らせ」
合流してきた兵士の一人が風の魔術で煙を飛ばしていく。隠れていた場所が明るみに出た。
死体だ。廊下中に兵士の死体が転がっている。血は床や壁のみならず天井にも痕を残していた。
近くまで来ていたがこちらに気付いたので戻ったと考えるのが自然か。
一応左右にドアはあるが一度ここを訪ねているのなら無用心に入ったりしないだろう。
無限桃花の気配を探ろうにも死体と周りの仲間で探る事も出来ない。
上からドンと音が聞こえた。応援部隊の一部が上にいるのだろうか。
いや、でも応援に向かう際の道順は決められているし上に人がいるはずないのだけど……。

「退けっ!!」
隊長が私に抱き付き、そのまま地面に倒れこむ。
先ほどよりも大きい音と同時に天井が崩れだす。思わず眼を瞑り、舞ってきた砂埃を吸わないように息を止める。
体の上を銃声が通っていく。襲撃者がそこいいる。
隊長と一緒に伏せたまま兵士の下まで引く。立ったら巻き込まれてしまう。
安全な場所まで行き、体を起こし振り返る。そこには天井の瓦礫の山の上に白い球体が乗っていた。
銃弾が弾かれている。しかし当たるのならばそれは好都合だ。私も銃を構え、一発だけ打ち込む。
案の定弾かれたが当たったおかげで私の能力が起動する。後は撤退するだけだ。
銃撃部隊が一度下がり、刀などの得物を持つ兵士が前に出る。私が逃げるための時間を稼ぐためだ。
最初にやるべきことは私の能力である敵の位置や状態を把握する単体把握能力を起動させることにある。
しかしそのためには相手に攻撃を当てなければいけない。この場合は得物に当たったので発動はしている。
後は戻って作戦室で随時どういう状態か言うだけでいいのだ。だから私は振り返りも脇目も振らず走り出す。

作戦室では隊長が各所に指示を出していた。
「戻りました」
「ご苦労」
机の上に広がった地図から目線を上げず、答える。
「先ほど私を含む三十人ほどの応援部隊が全滅した。目標はどうだ」
「状態に異常なし。呼吸も正常。現在位置はここです」
地図を指差し、進路方向に合わせて動かしていく。闇雲に動いているわけではなく確実に人がいる方向へ向かっている。
無限桃花同士は探知しあえるので襲撃者にもその能力が備わっている。曲がり角の不意打ちは意味を成さない。
「応援部隊を向かわせるだけ死体の山が増えるだけだな……。確か電磁砲は完成していたな?」
「はい。まだ試運転はしてないと言ってましたけど」
この館には武器などを含め日用品などを作っている技術部がある。戦闘が多いここでは重要な機関だ。
所属しているのは手先が器用であったり、能力が製作に使える桃花がいる。
その中でも部長である桃花は強力な電気系能力者であると同時にキチg……いや、とてもクレイジーなかたなのだ。
以前作った兵器である機械兵士は襲撃者に突っ込んだ時の衝撃で反対が誤作動し、危険状態時に起動する自爆が発動して
館の一部と数多くの桃花、そして化け物を同時にこの世から消し去った。
ご褒美の願いは一つだけなので壊れた館の修理には長い時間がかかった。
またあるときは館の外にいる時点で襲撃者を撃滅すべく、短距離ミサイルが製作されたが
屋上から発射されたそれは一度上に向かった後、目標に向かうはずなのにそのまま天高く飛び去っていき、
どこかへ行ってしまった。未だに周辺で落下してきた様子がなく、風で大きく飛ばされたかあるいは
宇宙に出てしまったのではないかと噂されている。
そんなアレな人が周りの反対を押し切って考案、製作をしたのが今回の手持ち式電磁砲だ。
なぜ反対されたかというと手持ち式にはしたのはいいがこれを動かすために必要な電気が膨大な量で
これを一発撃つために館の消費電気量の三日分を使うというところだ。
そのため使えるのが強力な電気能力者のみに限られている。
つまりそういうことだ。
「私だ。ああ、そうだ。それを持ってD-16通路で待機しろ」
D-16通路と言えば全ての扉が同じ通路に繋がる場所だ。移動先の通路は確か……。
「目標の現在位置はB-15通路だ。近くにいるものは急行し、D-16まで誘導しろ」

無線機を使って指示を飛ばしていく。私の役目は現在位置を指差しながらすーっと動かすだけ。
時折立ち止まったり、早くなったりしながら確実に目標が通路に近づいていく。
おそらくこの誘導でも両手の指で足らない数の死者が出ている。襲来が始まってから感覚が麻痺している。
勝利すれば最後に蘇生できるわけだし人数が減るわけではないのだが進んで死にに行かねばならない
前衛の人達は大変だろうなぁ。と安全地帯から思案してみる。
「うまい具合に誘導出来てますね。もうすぐ着きますよ」
「配置には着いているか。よし、煙幕を張れ」
通路に遮蔽物がないため、こっちが準備万端の体勢を整えているのは相手からも丸見えだ。
確実に当てるためにも相手に少しでも近づかなければならない。そのために煙幕を張る。
無限桃花の気配を探知出来ても電磁砲の気配までは探知出来まい。
しかし煙幕は毎回大活躍だ。もしかしたら煙幕のおかげで館は生き残っているのかもしれない。
「撃て」
指示を出してから数秒後。無線機から爆音が聞こえるとともに館が揺れる。
かなり離れているはずなのにこんなところまで揺れが届くなんて。また館は大破したのか。
机に捕まって揺れが収まるのを待つ。その頃には無線機から嬉しそうな声が聞こえてきた。
『見ろ! 我輩の電磁砲の威力を! 目標なんて跡形もないぞ! 天才の我輩がやったぞ!!』
「目標は?」
「えっと……無傷ですね。扉を使って違う通路に移動しています」
「予定通りだ」
『おい、待て! 予定通りってどういうことだ! まさか我輩の電磁砲を誘導代わr』
そこで無線機の電源は落とされた。しかし元気な人だ。相当量のエネルギーを消費した後なのに
あんな大声でよくも喋れるものだ。普通ならばたんきゅー状態なのに。知らないけど。
「幸いにも人型の襲撃者だからな。わざわざ人を出張らせる必要もない」
現在目標がいるのはA-72通路。館の中でも最果てに部類されるような端っこだ。
当然ながら人はいない。そう、だからこそ出来る仕掛けがここには仕込まれている。
「一応移動しておくぞ。あそこからだとここも少し近い。第二へ行こう」
「はいっ!」
くもぐった爆発音と僅かな揺れ。ここからあそこまでならショートカットを使わなくても
五分程度の距離だ。だからと言って立ち寄る事はない。
あそこには罠しかないからだ。

現在この館には膨大な数の無限桃花がいる。記録係が言うには四桁に近いほどだという。
しかしそれだけいても館にはなお誰も利用しないような空きスペースが大量に存在する。
偏屈な桃花でもない限りは移住スペースなどはある程度集合していたほうが都合はいい。
また工房など通常の部屋では広さが足りない場合は数部屋ぶち抜いて作ったりもする。
他にも僅かな要望に答えて作った演奏室に始まり、プール、遊戯室、教会などなどほとんど町と
変わりないほどの施設が充実している。それでもまだスペースがあまりある。
そこで空きスペースを特別戦闘区域と称して武器庫にしたり、迎撃用の罠を大量に張ってあるだけの
場所があるのだ。A-72通路とはまさしく迎撃トラップだらけの場所で扉は全て一方通行になっている。
話に聞いたところでは立てば毒ガス、座ればワイヤー、歩く傍から地雷爆発と凶悪極まりない。
問題として仮に襲撃者が通路上に収まる相手だったとしてもそこに誘導するには扉ワープか
地道に移動するしかなく、今まで使われることはほとんどなかった。
そのためか罠たちも張り切っているらしく第二会議室に移動する間にも減る事の無かった目標の
体力がもりもりと削られ、移動が終わる頃には瀕死の状態になっていた。
「今回の襲撃は楽でよかったですね」
「全くだ。だが対人戦闘能力は素晴しいの一言だ。近接戦闘などさせようものならこちら側が瞬時に全滅するだろう」
「隊長の能力を持ってしてもですか」
「私の能力は所詮分裂するだけだ。別に特殊な攻撃が出来るわけでもないし、相手に一撃を入れない限りは
 能力を起動させようがまとめて殺されるだけだ」
隊長の能力は自分を分裂させるというものだ。
一瞬で分裂は出来るのだが自分一人分横にしか作れないので大規模な攻撃はどうしうようもない。
代わりに線上の攻撃であれば元いた位置の個体を分裂体にして増えたほうを本体にすることで回避不能の体勢から
攻撃を避けることが出来る。攻撃に反応さえ出来れば無敵なのだ。
最もこの使われかたはほとんどされず、大抵は分裂体を戦場最前線に置き、本体と視覚などをリンクさせながら
生の情報を手に入れつつ現場に指示を飛ばすのが主な利用方法だ。
本当ならあらゆるところに配置したいと言うが分裂体は二体までしか生めないのでそれは出来ないそうだ。
なんだかよくわからないがきっとすごい能力なのだろう。なにせ隊長だし。
「目標沈黙。死亡したみたいですけどどうしますか」
「私の分裂を現場に行かせて最終確認をしよう。罠にかからないようにしないとな。
 生き残っている桃花は戦闘現場の清掃を開始するんだ」
隊長が部屋から出て行き、部屋に残った隊長が無線機で指示を出している。奇妙な光景だ。
最終確認とは言っても私の能力で死亡しているときはほぼ確実に死亡しているので戦闘態勢は解いて問題はない。
数分後。目標が死亡していることが確認され、館に終戦の鐘の音が響き渡る。
今回も無事、我々の平和は保たれたのであった。



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