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迷い

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迷い


最初にその夢を見たのは春先のことだ。
私はどういうわけか鎧を着て剣を持っていた。まるで戦士や騎士のようだ。
そして傍らには不思議な少女がいた。銀髪の美しい少女だ。
それの続きを見たのはその数日後のことだ。いや、続きではないのかもしれない。
ただその草原を歩く夢を見た時、「ああ、あの夢と同じ世界か」と感じたのだ。
そちらでは私は旅をしているらしく野宿をしていたりした。
それから私はあっちの世界の夢を何度も見た。時折同じところを繰り返したり
少し巻き戻ったりしながらも時間は少しずつ進んでいく。
あの夏の日。迎え狼の話を聞いた夜に私は狼と戦う夢を見た。二足で歩く狼を剣で殺し
普通の狼も何匹も殺した。
夜中に目を覚まし、縁側に座る。とてもじゃないが寝つけない。前々から狼に関する
夢は見てきたがこんなにはっきりと殺した夢を見るのは初めてだった。ふと目の前の犬小屋を見ると
中の暗がりから何かが覗いていた。暗くて見えるはずが無いのにそれは牙を立てているように見えた。
夢から来る恐怖心がそう錯覚させているのか。私はその時初めて寝るのが怖いと感じた。
そこへトイレに行こうとしていた桃花がやってきて散歩を勧められたので行くことにした。
向かったのは昼間に訪れた社のある林だ。階段の両脇にある狼がこちらを見ているような気がした。
階段に足をかけようとしたとき、どこからか唸り声が聞こえてきた。錯覚ではなかったのだ。
次の日。剣の扱いなど全く知らないはずの私が木刀片手に七人の男を叩きのめしていた。
それ以前になぜ人につけられていたのがわかったのかもわからない。私は普通の女子高生なのだ。
後から来た友人達は狼の鳴き声がするほうへ来たと言う。私はそんなもの聞いていない。
だがもしもこの男達は狼がけしかけたものだったら? 夢の中で殺された逆襲だったら?
ありえるはずのない話が頭に渦巻く。帰り際の友人達の質問には答えても大丈夫そうなところだけ答える。
男達は昼間にちょっかいを出していたし私に反感を持っていたのもわかる。だから狼と関連付けるのは早計だ。
しかし扱えるはずのない木刀を扱えたのは夢の中で私が剣士だったからじゃないか?
前世の因縁か何かだろうときたのは適当なことを言ったがそれも的外れではないかもしれない。
私の知るよしもない遥かなる記憶と因縁が私の運命を蝕んで行く。そんな気がした。
旅行から帰った後、私は出来るだけ寝ないように努めた。夢が怖かったのだ。
だが眠らずに過ごせるはずもなく、居眠りをするたびに夢を見た。時には人を殺す夢も見た。
夏休みが中盤に差しかかった頃。真っ赤になった脚の痛みよりも眠気が勝り、私は眠ってしまった。
どこかの街中にいる。今までとは随分と光景が違う。でも相変わらず体は勝手に動くし剣は持っている。
視線の先に警察のような人達とその手前に一人の少女がいた。
制服を着て、長い刀を持った少女だ。その姿は体格の差はあれど間違いなく桃花だった。
どれだけやめてと叫んでも言葉は無い。目を強く瞑ろうとも光景は頭に流れ込んでくる。
一言二言会話を交わした後、彼女が先に動き呆気なく私の剣は彼女を貫いていた。
崩れ行く彼女を見ている。その姿が私の知っている桃花と重なる。
それは当然の事だ。この娘も無限桃花なのだから。いつだったか夢で聞いた話だ。
目を覚まし、そのままトイレへ駆け込み、胃の中のものを吐き出す。わかっている。
私の知っている桃花を殺したわけじゃない。でも重なるのだ。いつもの制服を着た桃花に剣が刺さり、
血を吐きながら死んで行く姿が。

家族に心配されたが体調が悪いだけと言い、部屋に戻る。
それから私は何人もの無限桃花を殺してきた。
手に残る感触。噴出す血の色。最期の言葉。光を失う瞳の色。
どれだけ拒絶しようともその記憶は私に刻み込まれていく。それでも夢の中の私は殺し続ける。
人を殺すことというのはこんなにも軽く、どうでもいいことなのかと錯覚しそうにもなった。
夏休みの終わりにはこれは殺人を犯した私の償いなのだろうと自分を納得させていた。
そんな夢の終わりが唐突に見えてきた。横開きのドアに手をかけるところで毎回夢から覚めるのだ。
十月に入ってからはその夢ばかりで人を殺す夢すら見ない。ドア自体はあと少しで開けられそうで
とてももどかしい。反面開けたらどんな終わりが来るのか少し怖いと思っている私がいた。
開けたら何もないかもしれないという可能性だってある。でもなんとなく漠然とわかってしまう。
このドアを開けたら確実に今の私にも大きな変化が起きると。
文化祭が終わるまでに終わるのかなと考えていた放課後。矢崎と二人で話しているときにぽろっと
そのことを少しだけ話してしまった。そして取り繕うように前の私に戻るよと説明する。
そうか。もしかしたら本来の私に戻るだけかもしれないのだ。そんな未来も有り得る。
悪いほうへと考えすぎていたのだ。矢崎と下校する時も様々な終わりを想像する。
矢崎が後夜祭の話題を出し、私の考えが少し逸れる。失念していたがそんなものが確かにあった。
一緒に踊らないかと誘うので笑って断る。踊るべきは私ではない。神楽坂なのだ。
恋だの何だの知らぬ私でもあいつが矢崎に好意を寄せているのはわかっている。
しかし矢崎は諦めず私に再び申し込んだ。
「ソーニャ。俺はお前と一緒がいいんだ」

シカが足を止め、矢崎も少し過ぎてから止まる。
「それだけ聞くとまるで告白しているみたいだな」
にししと笑う彼女に対して彼は真面目な顔で答える。
「そうだよ。告白しているんだ。ソーニャ」
彼女が笑うのをやめて、少し困った顔をする。
あーとかうーとか繰り返した後、頭を掻いてため息をついた。
「どうして私なのかなー。神楽坂だったらすっきり収まったのに」
「なんで神楽坂の話が出るんだ?」
この男は本当に理解していないらしい。考えている彼を見て、再び彼女がため息をつく。
今この話の流れからすれば少しは察することが出来そうなのだがどうしてこうニブチンなのか。
再び彼女は歩き出し、彼も横に並ぶ。今頃告白したのが恥ずかしくなってきたのか彼の顔が赤くなっていた。
彼女は何も答えず沈黙を保つ。考えているのだ。この告白を受けていいのかどうか。
この先何があるかわからないのに誘いを受けていいのか。よし、と手を叩く。
「矢崎。賭けをしよう。お前が勝ったら踊ってやる」
「……俺の告白はそんなに軽いものなのか」
「軽くは無いよ。だから賭けをするんだよ。ちょっとあっちの公園に寄ろうか」
砂場とブランコとベンチしかないシンプルな公園には当然人気はなく、都合がいい。
彼女がベンチに座り、彼を隣に座らせる。
「実は言うとだね。最近眠れないんだよ。フミンショーってやつでさ」
「さいですか……」
「だからね」
隣に座った彼の肩に頭を乗っける。想定外の行動だったのか彼が面白いくらい動揺している。
「なんだか今なら眠れそうな気がするんだ。だから私が起きてきたら踊ってあげるよ」
それを聞いて最初笑おうとした彼がすぐに真剣な顔になる。彼女が部室で言っていた大きな流れの終わり。
今日にもそれが来るかもしれない。そう言っていたのを思い出したのだ。
こんな賭けを言い出すということはつまり戻れない可能性があると言うことなのか?
彼はその考えを頭が払いのける。
「それは賭けって言わないだろう。目を覚まさない人間なんていないさ。
 というか寝るならもっと暖かい場所で……」
「ここでいいの! ここがいいんだよ! わからないかなー」
人がいるところでなんて出来ないよ。彼女がそう小さく呟く。彼はそれが聞こえたが何も言わない。
「はー、なんだかよく眠れそう。それじゃあおやすみ」
「ああ、おやすみ。ソーニャ」
すとんと彼女がまぶたが落ちる。そしてすぐに寝息をたて始めた。
彼は空いていた彼女の手を握る。彼に出来ることはそれくらいだった。



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