創作発表板@wiki

夏の音

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

夏の音


「朝が早いのね。シカ」
まだ空はうっすらと明るい時間帯。トイレに行こうと目を覚ました私は隣で寝ているはずの
シカがいないのに気づいた。縁側のほうを覗くとただ座ってまっすぐとどこかを見ている彼女がいた。
彼女の視線の先には犬小屋があり、垣根を越えて畑があり、山がある。しかし果たして彼女はそれを見ているのか。
声をかけると私のほうを見て、静かに微笑む。
「まだ明け方だし寝てたほうがいいぞ」
「それはあんたもでしょ」
「まぁね」
ふと犬小屋に置かれた笊が目に入った。寝る前には確かにあった野菜が消えている。
あの人が片付けたのだろうか。まさか本当に狼がやってきて食べたわけではあるまい。
シカは何も言わずまっすぐとどこかを見ている。私は少し悩んだ後、話すことにした。
「何か悩み事でもあるの?」
「ん? そうだな。宿題が終わってないこととか」
「そういうのじゃなくてね。もっと深刻なの」
彼女が目線を下に向けた。
「ないよ。大丈夫」
まだ私に話すべきではないと思っているのか、それとも私が話すに値しないと思っているのか。
彼女とは高校に入ってからの付き合いだが個人的には親友だと思っている。
その親友が夜中にうなされているのを聞いたら気になるのだ。心配になるのだ。
そのことを口にすべきか悩んだが私はそうしなかった。いずれ話してくれると信じている。
トイレから戻ってきても彼女はそこにいた。もう寝る気はないようだ。
何も言わず脇を通ったとき、彼女がぽつりと言った。
「狼と戦ったことある?」
「……ないわ」
そもそも狼など見たことが無いし、日本で戦うには至極難しい話だろう。
「妙な夢を見てね。私は狼と相性が悪いのかもしれないな」
「所詮夢よ?」
「されど夢さ。
 変なこと言って悪かったね。朝になったら起こすから寝てていいよ」
狼にまつわる妙な夢を見ていてうなされていた。それも戦うようなこと。
普段の彼女であれば夢なんて笑い飛ばしそうなものだがこの様子だとダメージは深そうだ。
「散歩でもしてきたら? 少しは気が晴れるんじゃない?」
「散歩……。ああ、なるほど。確かにそれはいいかも。うん。ちょっと言ってくる」
彼女は立ち上がると玄関のほうへ歩いていく。私はそれを見送る。
部屋に戻ろうとしたとき、彼女がふと立ち止まった。
「桃花。ありがとう」
私はそれに頷いて、部屋に戻り再び眠った。

「ということで今日は海に行って遊んで祭りに行って遊ぶことになりました」
朝食の場で話の流れを無視して北乃門くんがそう言う。別に異論はない。
他の三人も賛成している。
「飲み物とか欲しくなるだろうし財布持って行くか」
「ならまたパラソル借りて荷物まとめて置かないとな」
「荷物番がいないといけないですね」
「まぁ今から行ってもぶっ通しで遊べるとも思えないし休憩兼荷物番だな」
「そういえば祭りって町であるのよね。一度こっちに戻ってくるでしょ?」
「んー。そうだな。荷物邪魔になるし置きに戻るか」
「今日は思う存分遊べるな。楽しみだ」
「ああ、俺も楽しみだよ」
男二人の台詞で楽しみの意味がちょっと違う気がする。しかしそれに突っ込んでも仕方ない。
私も水着を新調したしね。
朝食が済んだ後、早速荷物を持って出発した。今日も風が心地よくよい天気だ。
予報ではこちらに滞在している間に天候が崩れることは無いようだ。
こうやって歩いていると去年のことを思い出す。あの時も五人でこの道を歩いていた。
先輩が海が気に入ったのか本当に一日中海で遊び、肌を焼き、風呂場で悲鳴を上げていた。
普段は怪しいことしかしていないのになぜあれほど海が気に入っていたのかはいまだにわからない。
卒業後、連絡をほとんどとっていないが元気にしているだろうか。
海水浴場は去年よりも混雑していた。混雑とは言っても一軒だった海の家が少し大きくなり
それに見合った人がいる程度だ。でも祭りがあるせいか若者の姿が多い。
更衣室で着替えていると横にいたシカが私のお腹をなでる。
「……なにしているの?」
「いや、なんかすべすべしてそうだったから」
「それを言うならあんたのほうでしょう」
シカの肌は白い。髪も白い上に白色の服を好んで着る。白い陶器のように見える。
白く滑らかな肌。ふとした拍子に割れてしまいそうな儚さ。女性である私から見ても可愛いと言うよりも
美しいと言える容姿を持っている。これで中身がちゃんとしていれば深窓のお嬢様と言い張れた。
今回も真っ白のビキニを着て、肌を焼きたくないと言う割には露出範囲が広い。
「そうですねぇ。ソーニャ先輩ってお人形さんみたいですね」
神楽坂さんのは明るい橙色のセパレーツでボトムがスカートになっているものだ。
元気で頑張り屋な彼女にとても似合っていると思う。スカートのフリルが可愛らしい。
一方の私は普通のセパレーツだ。去年がワンピースだったから大きな進歩と言える。
ちなみに色は水色。私の好きな色だ。
「とりあえず行きましょう。待たせるのも悪いわ」
荷物を持って外に出る。日差しが肌をじりじり焼いていく。
男子二人は我々を見ると嬉しそうな表情をした。程度の差はあるけども。
「いやー、いいっすネー。部長の落ち着いた青色とか神楽坂の活発なオレンジとか。
 なぁ、歩」
「俺に振るなよ……。まぁ確かに似合ってるけどさ。ソーニャも似合ってるぞ」
シカは当たり前だと胸を張り、神楽坂さんは恥ずかしそうにもじもじしてる。
恥ずかしそうにというか嬉しくて照れている。矢崎に褒められたからに違いない。
「パラソル借りてさっさと荷物置きましょう」
「じゃあちょっと借りてくる。聖、行くぞ」
「うーっす。適当に場所取っといてくれ」
場所を取っとけと言われても浜辺は空いてるスペースのほうが多い。
日差しに出るのも嫌なのでどうしようかと思っていたらシカが走り出した。
そして砂浜の真ん中に荷物を置く。仕方なくそれに着いていく。
「あんた肌が焼けるとか考えないの?」
「それより海で遊びたいからさ。だからちょっと行って来る!」
「待ちなさい。せめて日焼け止めを塗って行きなさい」
走り出そうとするソーニャの手を掴んで引き戻す。神楽坂さんが鞄からクリームを取り出す。
パラソルが来てから塗ろうと思い押さえ込んでいると見知らぬ男性二人組みがやってきた。

「キミたち可愛いねぇ。どこから来たの?」
「俺達と遊ばない?」
金の短髪と茶の長髪。ぱっと見てわかるそういうタイプの男性だ。髪のせいで凸凹コンビに見える。
そっと神楽坂さんを引っ張って自分の後ろにやる。
「結構です」
「なんでさ~。冷たいこと言わないでよ」
じっくりと舐めまわすような視線。自分がどこを見ているのか相手にはわからないと思っているのだろうか。
下から上まで見た後、視線は少し下で止まる。
「白いねぇ。キミ。外人?」
「あんたも金髪だし外人かな」
「これは染めてるに決まってんじゃーん。触っていい?」
もう一人の男がシカに触れようとする。それをシカが手で払った。
払われた男がもう一回触ろうとするがまたそれを払う。
「気安く触るな。失せろ」
場が凍った。シカを見ると今まで見たことが無いほど冷たい表情をしている。
男達の表情が見る見る険しくなっていく。手を出されてシカが勝てるはずがない。
「おい、何やってんだよ」
私達の背後から聞きなれた声が聞こえてきた。
タイミング良くパラソルを借りに行ってた二人が帰って来た。
男達は舌打ちをしてシカを睨み付けると駆け足で去って行った。
緊張が緩み、安堵の息を着く。後ろにいた神楽坂さんも同様のようだ。
「今のナンパ……だよな。なんかすごい睨んできたけど」
「シカが挑発したのよ。あんたも変なことしないでよ。心臓に悪い」
先ほどまでのが夢だったかのようにいつもの表情で笑う。
「いやー、ごめんね。ちょっとイラっとしたからさ。
 そもそも男子二人がもっと早く帰ってくればこんなことにならなかったのになー」
「確かにそうだな。美人三人を放置しておいたのは悪かった。お許しください」
そんな冗談を言いながらシカに跪く北乃門くん。
「祭りで奢ってもらうからね」
「よし、歩。折半だ」
「放置したのは悪いと思うが奢るのはお前一人でどうにかしろ」
矢崎くんがそう言いながらパラソルを開き、砂浜に差す。
これで準備は出来た。後は日焼けクリームを塗るだけだ。
眼鏡を外し、ケースに収める。さっきまでちょっと冷めていた心が温かくなってくる・
なんだかんだでちょっとわくわくしてきた。
「よし、それじゃあ遊ぶぞー!」
「おー!」
矢崎くんの言葉に四人が合わせる。荷物番の話はどこに行ったのか。
みんなが海に向かって駆け出していた。

陽が暮れる少し前。私達は何も喋らず家へと戻る。
決して気分が落ち込んでいるのではない。むしろ高揚していた。
「誰だよ、ビーチボール持ってきたやつ……」
そんなときに誰かがビーチボールを持ってきた。これはもうやるしかないと。
水際で叩いて上げているだけだったはずがそのうち本格的になっていく。
気付けば男女に分かれてアタックをするような状態になっていた。
「海って怖いですねぇ……」
そんなことを呟く神楽坂さんは間違いなくMVPだ。躊躇なくボールへ飛び込みそのたびに飛沫を
上げる姿はとても真似できるものではない。海中なせいか個々の運動能力が低下する中で
八面六腑の大活躍と言える。ちなみにシカは執拗に男子たちの顔面めがけてアタックをしていた。
そんな真剣勝負みたいなことをやっていれば当然疲労はとんでもない量が溜まる。

「荷物置いてまた町、か」
「このまま戻って布団の上に倒れたら寝る自信あるよ」
「それをやる前にせめて風呂に入りたい」
「このまま寝たら髪が痛むわよ」
「そうですよ。折角綺麗な白い髪なんですから」
「塩も白いし問題ないよ」
「さすがシカだな。頭いいよ」
突っ込むのも面倒になるような会話をしながらどうにか家に着く。
うめき声を上げながらゾンビのように部屋にあがり、荷物を置いて倒れる三人。
それを見下ろす私と神楽坂さん。
「疲れてるのはよくわかったけど祭りにいかないと食べる物ないわよ」
「そうですよ。はい、頑張って立って下さーい」
神楽坂さんの手拍子に合わせて起き上がっていく。まさしくゾンビが起き上がる光景だ。
ゾンビを連れ添って玄関へと向かう。先頭にいる神楽坂さんは魔術師だろうか。
森のトンネルを潜る頃。空が赤色に染まり始めた。山向こうへと陽が落ちて行く。
遠くで祭囃子が聞こえてくる。なんだかとても夏らしい瞬間に立ちあっている。
友人達と田舎で過ごす夏。来年はたぶんないだろう。この光景を切り取って保存したい。
祭囃子が大きくなるにつれ、人通りも多くなり、ゾンビが復活し始めた。
屋台が見える頃には海に入るとき程度まで元気が回復していた。
「というわけで今日は聖のおごりだ。好きなものを頼むといい」
「焼きそば!」
「わたあめ!」
「一番高いやつってどれかしら」
「えげつねぇな! 特に最後! 一人一個だからな!」
適当なことを言うけどこういうところを北乃門くんは守ったりする。守らなかったりもする。
どういう基準で守っているかはわからないが彼の気分次第ではないと思う。そんな気がする。
だからこそちょっと寂しくもあり、悔しくもあり、悲しくもある。
でも今は楽しもう。それが一番だ。
「結構大きい祭りだな。というかそこら中にある狼の人形がすごく気になる」
「迎え狼の祭りだからな。この辺じゃあ一大イベントなんだろ」
「……なぁそれって逆の祭りもあるんだよな。狼を送る的な」
「ああ、あるぞ。送り狼だな」
微妙な沈黙が流れる。
「え、え、どういうことですか?」
「神楽坂。好きなものもう一個奢ってあげるよ」
「え、ありがとうございます」
私達の心が汚れているのか彼女が純粋すぎるのか。北乃門くんの慈しむようなまなざしも
致し方なしだ。他の人は私も含めて目線を反らしている。
神楽坂さんのりんご飴を買っているとき、シカが何かを見つけたのか遠くを見ている。
先ほどなぜか店先に並んだ木刀を物欲しそうに見ていたけどそれとは違うようだ。
「どうしたの? おいしそうな屋台でもあった?」
「ん? いや、あっちの射的に絶対倒せそうにないものがあるなーって」
目を凝らすが見つからない。眼鏡をかければそこそこの視力はあるはずなのだが。
「やりに行く?」
「あんなの取ったら帰るのが大変だしな……。それよかちょっとヒマワリ刈ってくるわ」

「え、なに。お前ヒマワリ刈るの? なんで?」
りんご飴を片手に持った北乃門くんが口を挟む。飴は思ったよりも大きい。これ食べきれるの?
差し出されたが断る。あれを食べたら太る。それは確実。
「素直にお花を摘んでくると言えばいいでしょ」
「そうそれ。何かあったらケータイ鳴らすから先行ってていいよ」
「待てよ。何かあってからじゃ遅いだろ。みんなで行ったほうが……」
「こーんな人ごみで襲ってくるバカがいたら逆に見てみたいよ。いざとなったら叫ぶから安心して。
 そんじゃ行ってくる」
そういうと人ごみの中へ消えて行った。先ほど瓶ラムネを二本飲んでいたからそのせいだ。
言われた通り屋台を見ながら先に進んでいると大きな広場と櫓があった、
先ほどの祭囃子もここから聞こえていたようだ。櫓は細長く一番上にスペースがあるだけ。
太鼓などの楽器はそれよりもかなり下の舞台に置かれている。そして地面で人が踊っている。
「あの櫓の上に狼がいるんですね」
りんご飴を食べ切った神楽坂さんがアメリカンドックを頬張っている。こんなに食べる子だっただろうか。
「いや、いるはずないだろ。日本に狼いないし」
「野生がいないだけで飼育されているのはいるだろうけどここにはいないでしょうね」
それを聞くと不思議そうに首をかしげる。
「さっきから聞こえる遠吠えは犬のなんでしょうか」
耳を澄ましてみる。太鼓と笛の音。人のざわめき。何かを焼く音。
犬どころか人間以外の生き物の声は聞こえない。
「聞き違いじゃないか?」
「あれ、そうですか? でもほらまたあっちから」
神楽坂さんが指す方向は祭りのメインストリートから逸れた場所だ。
何か出し物でそれっぽいものがあったとしてもあんな外れではやらない。
周りの人達で気付いている人もいないようだ。
「おいおい、実は霊感持ちなんじゃないか?」
「この場合、縁起がいいの……かな」
「神聖な動物って言ってたし縁起は良さそうだけど……まだ聞こえるの?」
「はい。でもなんだか……悲鳴っぽいような……」
神楽坂さんが歩き始める。霊を守護する狼の悲鳴だとしたらただ事ではない。
時々立ち止まって耳を澄ませ、また歩く。道の選び方に迷いがない。
相変わらず私や男子たちにも聞こえていないようだ。そういえばシカを忘れていた。
だがトイレに行ってからいくらなんでも時間が経ち過ぎている。連絡はない。
普段ならどっかの屋台で熱中してるのかな程度で済むが今は状況が違う。
祭りからだいぶ離れて気付いたら灯りも乏しい林の中だ。
「ねぇ。そろそろ戻らない? シカから連絡もないし」
「トイレが混んでるんだろ。ちょっとした肝試しだよ」
「それに実際のところ狼の声ってのも気になるしな」
「あ、今そこの影に」
体がびくんと動き、思わず近くにいた北乃門くんにしがみつく。というかあっちからもしがみついてきている。
神楽坂さんは割りと平然としていてそのまま暗い道を進んでいく。
ふと何かの悲鳴が聞こえた。でもこの声は人間の声だ。みんなで顔を見合わせる。そして声がしたほうに走り出す。
あれは幽霊だとかそういうのではない。誰かが殴られたときに発する声だ。
少し走ると開けた場所を見つけた。開けていると言っても車がぎりぎりUターンできる程度だ。
そこには何人かの人間が倒れていて、立っているただ一人の人間が持っている棒で倒れている人間を突いている。

「七人かかりで女の子一人も倒せないなんて情けない話だね」
見間違えるはずがない。立っているのはシカだ。こちらに背中を向けている。
倒れている男はうめき声しか上げない。
「その上、私の友人まで来ちゃうし。何のために会場から離れたのかわからないよ」
彼女が振り向く。困ったような顔をしている。手に持った木刀は見覚えがある。
木刀なんて言うのはどれも一緒かもしれない。でもあれはシカが店先で見ていた木刀だ。
転がっている人間にも見覚えのある姿があった。昼間の二人組みだ。
そんな。まさか。
「シカ。私達はつけられていたの?」
やれやれと彼女は頷く。
「祭り会場に着いてから少し経ってからだな。まぁ人ごみだしあちらも手を出さないだろうと思って
 放置していたんだがあんまりにもしつこくてね。帰りに狙われても面倒だし私がわざと離れて誘き出したの」
持っていた木刀を肩で担ぐ。彼女に不釣合いな格好なのにどうして自然に思えるのだろう。
「人目に着かない場所を探すのにずいぶんと時間を食っちゃってね。それでどうしてここがわかったのかな」
「……わたしだけ狼の遠吠えが聞こえたのでその声がする方向に来たんです」
「狼? ああ、なるほど。狼か」
どうやらそれで納得出来るようだ。彼女は肩を竦めて笑う。
「本当に狼とは相性が悪いね。こうも怨まれているなんて。でもこっちに手を出すことはもうないだろう。
 ねぇ、狼?」
彼女がそっぽを向いて呼びかける。私もそちらを見る。暗がりで何も見えない。
がさっと草木が揺れる音がした。そこにいた何かは去っていったようだ。
「戻ろう。こいつらは気絶しているだけだし心配はないさ」
「全部説明してくれるんだろうな」
「怖い顔しなくても説明できることは説明するよ。残念ながら出来ないことのほうが多そうだけど」
矢崎くんの言葉をさらっと流し、私達の横を歩いていく。木刀さえなければいつも通りの彼女だ。
帰る途中に聞き出せた情報は特に無かった。木刀は露天で買ったものだと言うのはわかっていた。
ただなぜそのような行為に及んだのか。七人を倒せるほどの剣術をどこで学んだのか。
そして狼とどのような因縁があるのか。そういったものはわからなかった。
シカ曰く「直感過ぎて説明出来ない」と言う。嘘は言ってない。と思う。
結局北乃門くんが「まぁ前世で何かあったんだろう」と適当な結論をつけて話は決着した。
祭りに戻るときにはみんないつも通りに戻っていたが私の胸の中に残ったしこりはいつまでも消えなかった。
おそらくそれは私だけでなく他のみんなも同じように。

最終日。
おっさんに見送られて私達は電車で出発した。また何時間も揺られて町に戻る。
「来年は来れないんですかね……」
見納めるように海をずっと見ていた神楽坂さんがぽつりと呟く。
「ん? なんで?」
「え、だって先輩達受験生ですよ?」
「問題ないよね?」
「えっ」
「えっ」
「聖。お前もうだめだ」
「ああ、だめだね」
「そうね。だめね」
「きたの先輩……」
「去年先輩来てたじゃん。でも大学受かったじゃん。なぁ?」
「お前、あの先輩と自分が同じ生き物だと勘違いしてないか?」
「……そうだな。俺が悪かった」
「そういえば前々から聞きたかったんですけど――」
帰りの電車では北乃門くんの受験に対する意識の低さと先輩の思い出話で花が咲く。
のんびりとした幸せな空間と共に電車は私達を町へと運ぶ。
まだ夏休みが始まったばかりだというのにもう夏が終わってしまったようだ。
僅かに見えていた海が見えなくなったとき、私はそんなことを思った。



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー