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『        』

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『        』


暗がりの中で私は目を覚ます。体を起こして動かすことは出来ない。
仰向けの体をうつ伏せにして、光が差し込むほうへ手を伸ばす。
がさがさと被さった草を掻き分けて外へと這いずり出た。
雨風凌ぐには丁度いい洞穴なのだがいかんせん狭いし夏場はとても暑い。
起き上がり強張った体を伸びで解した後、近くの池へと向かう。
淵に立ち、両手で水を掬う。管理された川よりも遥かに透き通っている。
顔を洗ったら次は食事だ。昨日釣り上げた後、魚籠に入れて置いた魚を焼く。
火があるというだけで生活での利便性はとても向上する。
無理を言ってハルトシュラーに火の魔法だけ教えてもらってよかっと心から思っている。
最も火力は指先にほんのちょびっと灯す程度だ。戦闘に使う気はないのでこれで十分。
焼けた魚を食べながら空を見上げる。今日も蒼空で雨は降りそうにない。いい天気だ。
町を出て一年。連絡を絶ってから半年ほどだろうか。私はずっと森の中で暮らしている。
長い間定住せず歩き回っていたがこの池を見つけてからはここを中心に活動している。
池は大きいものではないが魚がいるので食料確保も楽だ。食べすぎないように普段は森で
食べれるものを探して回っているが見つけられないこともよくある。
こうやって一人で暮らしているととても気が落ち着く。不便だと思うことは多々あるが
今の私にとってはこの生活はかけがえの無い大切なものになった。
どこかで鳥が鳴いている。なんという名前かは知らないが骨が多くて食べにくい鳥だ。
今日は鳥でも食べようか。私は使った串を焚き火の近くに差した。

目を開けると闇の中にいた。見慣れた転送の闇だ。普通の暗闇とは質が違う。
灯りがない闇と闇しかないというのは色の具合が異なる。漆黒が濃いと言うべきか。
最も灯りがない闇の場合は匂いや音など視覚以外の情報で現在地を想像することは出来る。
転送は闇しかない。足元すらうやむやで自立している感覚すら失われる。
ハルトシュラーがいるときだけは聴覚が生きていたりと例外はあるが。
そんなことを考えていると雑音の混じった言葉が聞こえてきた。
「――まず――――しっぱ――」
「ハルトシュラー? 聞こえないぞ」
「――――――さませ――――」
「ハルトシュラー?」
闇の向こう側に薄ぼんやりと光が見える。出口のようだ。
光は急速にこちらに向かってきて、やがて視界いっぱいに広がった。
眩んだ視界がゆっくりと正常へ戻っていく。さきほどよりも明るいが暗いところにいるようだ。
「これは夜空か……?」
辺りには一面星空のようなものと近くには大きな球体が浮かんでいる。これは星だ。
星の外には宇宙と呼ばれる空間があるらしいがここがそれのようだ。
足元にはうすぼんやりとした青緑の床がある。目を凝らしてわかるものでぱっと見、空中に浮いているように見える。
「ハルトシュラー?」
三度目の呼びかけをするが本体どころか反応もない。どうしたものか。
床はあるが壁はない。どこまでも歩いていけそうだが歩いた先に何かあるのかはわからない。
ここで待っているべきか何かを探しに行くべきか。
「客人とは珍しいね」
背後からの声に思わず飛びのいて得物を構える。
確かに一瞬前まで何もいなかったはずの場所に机があり、本棚があり、その他小物があり、女性がいた。
わずかに無限桃花の気配がする。
「お前は何者だ。ここはどこだ。ハルトシュラーはどこへ行った」
「混乱するのはわかるけど落ち着いて質問したほうがいい。ねぇ?」
彼女の横に置かれていた鳥篭に話しかける。鳥篭の中には人の頭ぐらいある真っ白な鳥が入っていた。
アヒルのような首が長いわけではなく普通の小型の野鳥を大きくしたような形をしている。
わずかに灰色の嘴を開いて、美しい声で一鳴きした。
「キミがここに来たのはこの子に用事があるからだろう」
何を言っているんだと言いそうになってから、目をよく凝らしてみる。
間違いない。少しではあるが寄生の影が見える。

「私には名前はない。この子もね。どの世界へ行こうともこの子はここにしかいないよ。
 ずっと可愛がっていたのにまさか寄生されるとはね。予想外だ」
言葉の大半が理解出来ない。可愛がっていた鳥が寄生されたという部分は理解できた。
しかし名前がないとはどういうことなのか。それにどの世界へ行こうとこの鳥は一匹しかいないというのも
わからない。ハルトシュラーの言っていた並行世界というのがどこにでもあるならばこの鳥も他の世界に
いるはずだ。それともどの世界にも並行世界があるわけではないのだろうか。
いや、そんなことを考えても仕方ない。久しぶりの寄生退治だ。鳥だけど。
「わかっているようだしでは遠慮なく斬らせて貰うぞ」
「そうだね。直接斬ったほうがわかりやすいか」
止め具を外し、鳥篭を開放する。同時に飛び立つのではないかと身構えたが鳥はおとなしくとまったままだ。
私が近づいても逃げる気配はない。ただこちらを見ている。まるで全てを見透かしているようだ。
得物を振り上げ斬る。小さな手応えと共に鳥は真っ二つになり、消えた。
一瞬驚いたが光の粒子になって消えるのを見るのは初めてではない。この鳥もただの生物ではなかっただけだ。
「キミは自分が何者であるか考えたことがあるかい?」
自分のペットが殺されたというのに彼女は平然とカップの中身を啜っている。
超然という言葉を体言している。
「私は私だ。それだけだろう」
「そうだね。それはいい回答だね」
何が言いたいのだろうか。
退治を終えたがハルトシュラーが現れる気配はない。いや、いつも突然だし気配は無くて当然か。
ふと気づくと目の前に私の椅子と机の上にはカップが用意されていた。中には琥珀色の液体が入っている。
「座ったらどうだい?」
「遠慮しておこう」
私はそれに即答した。なぜだろうか。あの椅子に座り、飲んではいけない。そう本能が告げている。
「ここはどこかという質問に対して最もわかりやすい回答は物語の影だろう」
「物語の影?」
「そう。物語における影だ。例えば町があったとする。それに対しての描写がある。
 描写の程度はモノによってそれぞれだ。ただその描写にない空白の場所というのが必ずしも存在する。
 本筋に関係のないところは省略されても仕方の無いこと。
 ここはそんな描写されることのない空白の場所が集ったところだよ」
「さっぱりわからないな」
「もっと簡単に説明しよう。
 キミが物語の主人公だとする。キミが描写するのはおそらく目の前の私とその周り。
 それと空間全体の印象程度だろう。
 それらが物語とするならば影はキミが認識しきれていないモノになる。
 例えば今キミの背後にあるものとか」
ぞくりと背中を悪寒が走る。振り返るが何もいない。ついでに辺りを見回したが彼女以外は何もいない。
「わかったかな。この空間について」
私の認識しない空間の集まりと説明されてもさっぱり意味がわからない。
ここで質問をしたとしても満足のいく回答がもらえるかもわからないので流すことにする。
「キミはキミの物語に満足しているかい?」
また妙な質問だ。私の物語とはつまり私の人生ということだろうか。
人生を思い返してみるが血なまぐさいものの別に嫌いではない。
ふともう一人の私が頭に浮かんだ。彼女は自分の人生に満足はしていないだろう。
「不満はない。その程度だ」
「それは素晴しいことだ」
彼女がカップを傾けて、飲み干す。受け皿にカップを置くと琥珀色の液体が自然に沸いて出た。
「ハルトシュラーはここにはいない。彼女は万能に近い能力を持っているが
 ここを認識することは出来ない。彼女が創作者である限りはね」
「創作者? 何かを創っているのか?」
「そう。創作に関しては彼女は魔王だ。どんなものでも創り出せる。
 だからこそ認知できない。物語の影は創作者が書かなかった、創らなかった部分だからね。
 この空間を感じることも知ることも出来ない」
創作者。物語の影。ハルトシュラー。何がなんだかほとんど理解出来ない。
とりあえずここにハルトシュラーが来ることがないのはわかった。どうやって帰ればいいんだ。

「キミは自分の存在に疑問を持ったことはないかい?」
「存在に疑問も何も私はここにいるだろう」
「そうだね。ちょっと言い方を変えよう。キミは自分の出生に疑問を持たなかったかい?」
今から二十年近く前。私は最果ての村の近くで捨てられているのを拾われた。
白い髪の私は明らかにその地方の生まれではない。場合によっては魔物の子として殺されていた
かもしれない。でも父は私を育ててくれた。血の繋がらない私に愛情を与えてくれた。
今ここで自らの出生を疑えば私は父を裏切ったことになる。そんな気がした。
「持たないな。私はあの地の人間だ。それでいい」
彼女は少し驚いた顔をした後、柔らかい笑みを浮かべた。
「キミはいい人に囲まれて生きてきたようだね」
また少しだけ飲んだ後、カップを受け皿に置いた。
「創作者が物語を創ったときに内容は気に入らないがキャラは気に入る場合がある。
 その物語はもう完結することはないがキャラまでそれに巻き込むのは惜しい。
 だからそのキャラの設定を少しいじり、違う物語で登場させたりする。
 その手法が一般的かどうかはわからないけど確実に行われているものだ」
「はぁ」
「しかしそのまま移行できるわけではない。
 同じような作品への移行ならば問題はないだろうけど
 例えばラブコメからファンタジーとかだったら結構手を加えなければいけなくなるだろう。
 最もそんな大きな変化をさせるくらいなら最初から創り直したほうがいいと思うけど」
ふふっと彼女は笑って、カップの残りを飲み干す。今度は置いても湧き出なかった。
「設定上は確認できなくても物語の影で歪みが生じることもあるという話さ。
 さてと、キミはそろそろ帰ったほうがいいな。私が帰してやるから動かないでね」
懸念していた問題はどうにかなるようだ。
彼女の最後の話は最初から最後までさっぱり理解出来なかったがまぁいいだろう。
こんな空間にいたのだからちょっと人と話したくなっただけかもしれない。
「キミの旅はもうすぐ大きな決断を迫られる。どちらにしろ長くはないけどね」
「それはどういう……」
足元の感覚がなくなった。体が星空の中へ落ちていく。彼女との距離が広まっていく。
やがて速度は急速に加速し、星の光が線となり闇に包まれた。これは転送の闇だ。
「生きているか?」
ハルトシュラーの声がどこからか響いてくる。
「ああ、寄生は退治しといたぞ」
「そうか。どうやら妙な空間にいたようだな」
「こういうことはあるのか?」
「まれにある。どちらにしろ討伐出来たのならそれでいい」
創作者には認識出来ない物語の影が集う空間。
こんな話をしてハルトシュラーは理解出来るのだろうか。
私は暫し考えた後、話すのをやめた。理解出来るかもしれないが話す必要もない。
彼女の言うとおり討伐出来たのだから問題はないだろう。
やがて土の匂いがするまでの間、一人ぼっちになった彼女の姿を思い出そうとした。
でもどういうわけかそれが叶うことはなかった。



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