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朝焼けの空と幸福な観測者

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朝焼けの空と幸福な観測者


しんしんと降る雪は世界の音を飲んでいく。
荒れることもなく、止むこともなく。ただ灰色の空から白いそれは途絶えることなく降り積もる。
私はカーテンから外を覗く。既に雪は降り始めてから二週間はとうに経っている。
こちらの地方では雪が長く降ることはあってもせいぜい三日程度だ。これほど長いことはまずない。
史上最悪の大寒波なのかもね。亀は編み物をしながらそう話した。
雪が弱くなるたびに雪かきはしているので屋根が潰れるだとか出れなくなるという心配は無い。
食料も確保してあるし燃料も十分備蓄されている。引きこもって過ごすのは容易なことだ。
問題はその間満足に体も動かせないし、暇で仕方ないということなのだ。
身体的に問題がなくてもこの陰鬱な天候に精神が蝕まれ始めている。
「本でも読んでいろ」
その危険性について語ってみるも亀に一蹴された。しかしこの家にあるのはたいていが魔術書だ。
魔術のまの字もわからぬ私にはとうてい読み解くのは無理なのだ。何もするなという指令に近い。
暖房にあたりながらそんなどうでもいいことに考えを巡らせる。それほど暇なのだ。
「ヘッセ。東京でも雪は降っているのか?」
「ええ、かなり広範囲に降っているようですね」
読んでいた本から顔を上げて答えてくれる。
ヘッセも亀に劣らず本をよく読む。魔術の心得はあるようで魔術書などもよく読んでいる。
私も魔術のひとつでも使えたほうがいいのかもしれないがロゼッタの娘のことを思い出すと手を出す気にはならない。
人には得手不得手があるのだ。仕方あるまい。
「そういえばヘッセが魔法使っているところを見たことが無いな。
 初めて会ったとき飛んでいたがあれは魔術なのか?」
「いえ、あれは重力装置ですね」
そういうと何の前触れもなくふわりと浮いてみせる。そのまますーっと私の近くまで寄る。
「前に話したとおり私は第三世代アンドロイドなのですがこの機能は第二世代から内臓されています。
 第一世代は飛行するために専用の装備をする必要が出てきます」
「ほう。速度はどの程度なんだ?」
「地上空中問わず普通の人間が走る程度の速度しか出せません。
 その代わり外部装置の車輪型速度調整装置を装備すれば早く動けます」
初めて会ったときにも装備していた両脚の横で浮いているアレはそんな意味があったのか。
というかどうみても脚から少し離れた所で浮いているし装備しているのか甚だ疑問に思える。
「そのほかにもより精度の上がった通信機能、索敵機能。熱感知機能や魔力感知機能も備わっております。
 さらに外部装置を使えばより幅広く活躍することが出来ます」
ふふんとドヤ顔をしている。言っていることは人間離れしているがやっていることが人間くさい。
「それだけ装置付いてるとまるで機械みたいだな」
「アンドロイドは生物ですよ。一応」
どこからが生物でどこからが機械なのか疑問に思うのであった。

木のトンネルが続いている。月も出ていないのかとても暗い。
時折吹く風が木々を揺らしている。私の歩く音以外の音がしない。世界が眠っているかのように静かな場所だ。
「このトンネルの先にいるのが対象。おそらくは戦闘する必要もないだろう」
「戦闘力の持たない桃花か。楽だが物足りないな」
やがてトンネルを抜けて、雑草の生える小さな丘に出る。そこだけ周りに高い木がなく、開いた場所になっている。
その丘の上で人が一人寝転んでいた。対象はあれだ。私に気づいていないのかそのまま仰向けで倒れている。
彼女の元へと向かう途中、遠い空が明るくなりはじめたのに気づいた。夜明けが迫っているようだ。
近づいて来る私を彼女は一瞬見たがすぐに視線を天へと向ける。寝ているわけでもないらしい。
「安心してほしい。私は抵抗しないよ。その代わり少しだけ時間をくれないか」
「時間? どれくらいだ?」
「どのくらいだろう……。君も寝たらどうだい。これから素晴しいものが見れるんだ」
寝るのはさすがに無用心かと思い、腰を下ろす。そして空を見上げた。
太陽から延びる光は空を赤く染め、離れていくにつれ色を変えながら夜の闇へと変わっていく。
朝と夜の境目にある空にソレは浮いていた。いや、横たわっていた。
光を浴びながらゆっくりとその雄大な白い姿を晒していく。
空に架かった白い橋のようなその姿を。
「モーニンググローリー。そう呼ばれている現象さ」
その雲は空の果てから果てへと繋がる一本の帯状の雲だった。
私はその姿に圧巻され、気づいたら地面に横たわっていた。この格好が一番見やすいからだ。
だんだんと空に青みが増していく。今日はよく晴れた日のようだ。
「ねぇソーニャさん。人はなんで生きていると思う?」
「考えたこともないな」
空を眺めながら受け答えする。私の一生は生き残るための戦いだけだった。
「私はね。昔からずっとその答えを考え続けてきた。でも今、わかった。
 人はきっと最高の一瞬のために生きているんだと思う」
「最高の一瞬?」

「そう。例えばご飯を食べたり欲しい物買ったりしたときに幸福になれるでしょ?
 でも時間が経つにつれて薄れちゃうし、次はもっとおいしいものを、高い物をほしいと思っちゃう。
 どんどんどんどんエスカレートしちゃうの。終わりなくどこまでも果てしなく。
 最高の一瞬はそういうのがないの。ただその瞬間。世界は輝いて心は満たされちゃうの。
 果て無き欲望の終わりではなく、時間経過によって薄れることのない幸福。
 それが最高の一瞬」
「お前はそれを体験したのか」
「うん。だから私の心には死への恐怖も何もない。
 だってこんなに世界が綺麗で心が満たされているんだもの。
 こんな一瞬が体験出来たのにさらに生きる意味なんてないよ。
 生物ではなく人間として私は私の一生を終えることが出来る。
 ……ねぇ、君にはないの? 最高の一瞬」
絶対的な幸福の瞬間。私はどの瞬間で心を満たすことが出来るのだろう。
戦闘している時は楽しい。でもそれは食事や睡眠と同じように減衰する幸福。
そんな幸福がこの世にあるのだろうか。
「私には想像出来ない話だな」
「そっか」
太陽は既に昇りきっている。青空に架かる橋は少しずつ形を崩している。
「ねぇ、ソーニャさん。あの雲がなくなる前に殺してくれない?」
私はゆっくりと立ち上がり、彼女の横に立つ。
彼女は微笑んでいた。その微笑はかつての教室にいた彼女を思い出させる。
あの桃花も最高の一瞬の中にいたのだろうか。今となっては問うことも出来ない。
「雲を眺めながら死にたいから首はやめてね」
「ああ。わかった。心臓を一刺ししよう」
なぜ死を怯えないのだろうか。
生きる限りはその身に付き纏う絶対的な恐怖なのだ。
現に今まで殺してきた桃花のほとんどが死の恐怖に怯え、逃れようとしていた。
誰かが助かるための自己犠牲でも何かを守るための生贄でもない。
自らの人生に満足し、生物としての本能を捨て、その恐怖を受け入れる。
私には――。
「君にも見つかるといいね。最高の一瞬が」
彼女は微笑みながら死んでいった。剣を抜き、空を眺める。
そういえば教室の桃花は手が震えていたし、涙も流していた。
彼女には一縷の恐怖が存在したのかもしれない。それでも死を受け入れた。
目の前にいる桃花はその最期の一瞬まで決して震えることも涙を流すこともなかった。
確かにその最期にはわずかな差はあれどきっと二人とも同じ何かを感じたのだろう。
その何かを私は体験することが出来るのだろうか。
私は千切れていく雲をハルトシュラーが来るまでずっと眺めていた。



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