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時の牢獄と英雄たち

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時の牢獄と英雄たち


空き地に展開された魔法陣が結界を作り出す。
完成する前に魔法陣の線を消し、展開を阻害する。
飛び交う火の弾を交わし、降り注ぐ雷を横目に見つつ、湿った地面から突如現れる氷の柱に警戒する。
踏み出した足が地中に飲まれたのを剣を支えに引き抜き術者へ迫っていく。
術者が呪文を唱え始めたと同時に拾っておいた小石を投げつけて、詠唱を止めその隙に首元に剣を突きつける。
「参った」
亀の言葉に剣を引き、腕輪に変える。
対魔術者訓練を行うようになったのは前回の無限桃花に会ってからだ。
魔術に疎い私には見つけられなかったが魔術師である亀なら魔術における弱点がわかるかもしれないと思ったのだ。
巫女との戦いについて話した後、亀はこう分析した。
この世界における魔術というのは主に魔法陣を用いたものと言葉によるものに分けられる。
総じて言えることは魔力と行動を代償とし、魔法を発現させるということには変わりは無い。
例えば魔法陣式ならば魔法陣を書くということが代償であり、言葉ならばその詠唱が代償となる。
それがより高度なものであれば代償が大きくなる代わりに発現する魔法も大きくなる。
もちろん例外は存在するし、別世界であるあっちでもこの常識が通用するかはわからない。
巫女の魔術は魔法陣を起点とし、舞という代償を常時払うことにより強力な呪文が使えたというわけだ。
ならば魔術師の弱点というのは何になるか。それは代償を支払うことの阻止だ。
魔法陣であれば結界の線を消し、言葉であれば唱えきる前に邪魔をする。これが基本戦術となる。
私は亀にそう教示された後、亀と実践訓練をすることにした。
それから数ヶ月。すっかり夜は早まり、木々は紅葉に染まり、雲が高くなった頃。
私は亀の首元に剣を突きつけることに成功したのだ。
「目まぐるしい成長だね。まさかこんな早く抜かれるなんて」
「とは言え実践ではこうもいかないだろう。罠を張るなり徒党を組んだりしているだろうし」
「用心に越したことは無い」
亀と並んで見上げる空は澄んでいて、時折吹く風は冬の気配がした。

「ずいぶんと訓練しているようだな」
「負けたら困るだろう。……それでここはどこ、というよりなんだ」
何か言いたげなハルトシュラーを無視してあたりを見渡す。
空を見上げると太陽が見当たらず、代わりに無数の石が浮いている。石は浮いたまま静かに廻っている。
空の色は青いことは青いのだが白い線がまるで水面の波紋のように動いている。地上も岩ばかりで木々は見当たらない。
ひとつだけこの世界にそぐわない家が建っているだけだ。
他に目印もないのでそこへ向かって歩き出すとハルトシュラーが説明をしだした。
「時の牢獄と呼ばれている異次元だ。お前が本来行くべき異世界の異次元だけどな」
「異次元空間か。しかし時の牢獄とはまたすごい名前だな」
「時間が経過しないからここにいる限り生物は寿命で死ぬことはない。実質不老不死のような状態になる」
「斬れば死ぬんだろう?」
「もちろんだ」
「なら問題あるまい」
家は小さく一人暮らしなのだろうとわかる。しかし家の中から人の気配はするが桃花の反応はない。
「今日の対象は桃花じゃないのか」
「いや、魔術師の桃花だ。少々事態が普段と違うだけだ。まぁ頑張りたまえ」
どうせいないだろうとハルトシュラーのほうを見たら案の定既にいなかった。
仕方ないのでドアを開けて中に入る。
石で出来ているのだろうか、灰色の机があり、本がたくさん積まれている。
その本に埋もれるように老人が木製の安楽椅子に座って静かに本を読んでいる。寄生の影は見えない。
「妙な客人が来たのぉ」
老人はこちらを見ずに見た目に反して聞き取りやすい声でそう言う。
「寄生生物を仕留めに異世界から来たのだが案内人が頑張れと言い残してどこかへ行ってしまったね。
 何か話を知りませんか?」
念のため敬語で尋ねる。老人は少し咳き込んだ後、ゆっくりと席を立ち上がり私の前に杖をついて歩いてくる。
「知らんのぉ。ここにいる生物はワシぐらいだからのぉ」
老人が私の横を通り過ぎて家から出て行くのでそれを追いかける。
しかしそうとなれば寄生はどこにいるというのだ。まさか石に取り付いているとか? 生物なのに。
もちろんこの老人が間違っている可能性もありえる。待てよ、ここのいる生物は老人だけなのだ。
「もしかして今、この空間にいる生物は他にもいたりするのですか?」
「ほっほっほ。お主がいるじゃないか。なに、いじわるする気などない。おそらくお主の探している
 生物とやらはもうじきここに来るじゃろう。そこにいなければワシにもわからんなぁ」
相手も同じくこの異次元への訪問者。目的はこの老人だろう。
待っていれば来るようだし老人と並んで待っていることにした。

「ふむ。暇つぶしにジジイの昔話でも聞かんか?」
妙な沈黙が流れるよりかはいいと思い、私は老人の話を聴くことにした。

まだ老人がアカデミーと呼ばれる学校に通っていた頃の話。
彼は大変優秀な生徒で、教授たちからも一目置かれるような存在だった。
やがて学校を卒業し、研究者となった彼はある分野の魔法の研究に手を出した。
時間魔法と呼ばれるものだ。この世界で非実在魔法とまで呼ばれる伝説の魔法。
うぬぼれて天狗になっていた彼はこの伝説を自分なら解き明かせると思ってしまったのだ。
しかし研究は当然のように難航。多くの人間が時間魔法から手を引くよう勧めた。
でも彼は諦めず、世界中に散らばる時間に関する資料を日夜収集した。
その中に混ざっていたのが時の牢獄に関する資料だ。いや、資料というよりも都市伝説に近いものだ。
この世界のどこかに人々が忘れた時間を閉じ込める空間がある。
時の牢獄に関する都市伝説は何パターンかあるが始まりはいつもその文句だ。
その後に続くのは記憶喪失の男が自分の時間を探しに行くだの、偶然たどり着いて不思議な体験をしただの
そんな話につながる。学生でも知っているような有名なオカルト話だ。
彼もその話は知っていた。でも他の多くの人間と同じように所詮は与太話と片付けていたのだ。
資料を眺めていた彼は時の牢獄に似た話が世界各地にわずかながらあることに気づいた。
もしも、もしもこの伝説の地が存在したとしたら時間魔法について進むのではないか。
そう考えた彼は時の牢獄を見つけるため、研究者としての地位を全て捨て去り旅に出た。
長い旅だった。彼の髪は白くなり、肌はしわくちゃになるほどの年月が経った。
その旅の果てで彼はここ、時の牢獄を見つけたのだ。

「この地にはワシが時間結晶と呼んでいる橙色の塊が落ちている。
 この結晶を使えば対象を未来にも過去にも飛ばすことが出来る。理論上はな。
 もっともそれを証明するには実験せねばならんしここではその機会には恵まれぬ。
 私の研究はここで終わった。その代わり新しいものを発見したのじゃ」
そういうと老人は近くの岩に近づき、杖でこんこんと叩いた。手招きをするので私も近づく。
見た感じは普通の岩だ。色も少々青みがかった灰色といった具合だ。
老人が岩に素手で触る。私もそれに倣い触ってみる。
視界が暗転した後、草原を映し出した。
背の低い雑草がどこまでも続いている。町の外の風景に似ているが、こちらは起伏がない。
薄い青色をした空に細長い雲が飛んでいる。遠くにはうっすらと山が見えた。
風が私の頬の撫でる。それにあわせて廻りの雑草がさぁと揺れている。
「これは人が忘れた時間。否、記憶じゃ。遥か昔の星だけが知っている記憶」
人々の忘れた時間を閉じ込める空間がある。先ほど老人が話していたのを思い出す。
やがて視界は再び暗転し、元の岩だらけの空間に戻る。
「人々が忘れた時間は時と記憶に分離し、ここに積もっていく。
 時は結晶に、記憶は岩へとなるのじゃ」
先ほど触った岩が塵になって消えていく。塵は風もないのに舞い上がった後、空間に解けて消えた。
「人の歴史というのは観測された歴史でしかないのじゃ。
 人が観測できなかった歴史の影というものが存在する。ワシはそれをまとめることにしたのじゃ」
「この何も無い空間でずっと?」
「いつだったかお主のような客人が来て、過去に飛ばしたことがあるがそれ以来ずっとじゃな」
「その客人はどうなったんですか?」
「さてのぉ。音沙汰もないし失敗したのかもしれんな」
はっはっはと陽気に笑っている。笑えることではない気がするのだが。
そうこうしていると足音が聞こえてきた。どうやらやっと来たようだ。
人数は四人いる。鎧を着た男が二人と白い服装と黒い服装の女が一人ずつ。対象はあの黒い服装の女だ。
四人組が私たちから少し離れたところで立ち止まる。先頭の男が私をちらりと見た後、老人を睨む。
「お前が時の賢者か」
「あいにくワシはずっとここにいるから外でどう呼ばれているかは知らぬ」
「かつて魔王を過去に送還したことがあるな」
つい先ほど話に上がっていた客人のことだろうか。しかし魔王とはまたすごい身分だ。
老人はふむと首を捻る。
「妹を助けたいという好青年を過去に送ったことはあるが魔王かどうかは知らんな」
「間違いない……。お前が魔王を過去に送ったせいで歴史は改変されたんだ」
「それはすまんことをしたのぉ」
あまり申し訳なさそうに老人が謝る。
「お前が魔王を時間遡行したせいで魔王は時間操作の呪文を会得し、歴史はめちゃくちゃになった。
 そして再びお前は同じ過ちをしようとしている」

今度は私を睨む。なんかすごいとばっちりを受けている。そもそも老人からしてみても自分が苦労して
研究した時間魔法を魔王が結晶なしに使っている事実に衝撃を受けるのではなかろうか。
男が剣を抜き、それにあわせて他のやつらも獲物を手に取る。
「魔王が死んだ今、再び世界に悲劇をもたらさないために! お前をここで倒してやる!」
どうやら戦闘は逃れることが出来なさそうだ。どちらにしろ私は対象を殺さなければいけないし問題ないのだが。
老人はふむと顎を撫でる。
「仕方あるまい。相手をしてやるかのぉ。お主、少々時間を稼いでくれないか?」
「わかりました」
獲物を剣に変え、前に出る。男の眉がぴくりと動く。
「俺たちが相手するのはそこの老人だ。どいてもらおうか」
「奇遇だな。私もお前には用事がない。ちょっとそこの黒いのを殺させてもらえないか?」
剣で後ろで杖を構えている魔術師を指す。魔術師は緊張した面持ちで前に出る。
「白騎士……シカ・ソーニャ……」
「知っているのか? トウカ」
無限は男の言葉に頷き、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「次元超越者……変幻自在の獲物を使う……剣士……。私の仲間が……何人も……殺されている……」
間違ってはいないがこれではまるで私が人殺しを好きでやっているようじゃないか。
しかしここで反論したところで聞いてもらえないだろうし黙っている。
「今回の目標は……私……。ここで止めないと……犠牲者が増える……」
「安心しろ。トウカ。俺が、俺たちがお前を殺させたりはしない」
ちらりと後ろを見る。老人は顔を伏せている。既に呪文の詠唱は始まっているのだろうか。
ここからでは特に呪文も聞こえないし陣も書いてないようだが。
もう少し時間を稼ぐべきだがどのくらい稼げばいいのだろうか。
「シカ・ソーニャだったか。お前はなんでトウカの仲間を殺すんだ」
「……なぜそんなことを尋ねる。私が理由を話したらその女を差し出すというのなら話すが」
「戦わずに済む方法があるかもしれないだろう」
敵対する相手と話し合いで和解する。なるほど、言われてみればそんな方法もある。
今まで戦った敵を思い出してみるがそんな話を聞いてくれる相手なんていなかったから思いつかなかった。
狼とか狂人だとか他の無限桃花も敵意むき出しだったしな。常に殺し合いだった。
「そこの女はな、寄生されているんだよ。世界を滅ぼす寄生生物だ。
 魔王を倒して世界を救ったというのならばお前はまずその女を殺すべきなんだよ」
「世界を滅ぼす……? トウカが?」
男が桃花を見る。桃花は伏し目がちに黙っている。
剣を鞘に戻し、桃花の両肩を掴む。驚いた彼女が目線をあげて、男と目が合う。
というか敵に背中丸出しなんだけどこの人本当に魔王倒せたのだろうか。
それとも恐ろしいほどのお人よしなのか?
「トウカ、あいつの話は本当なのか?」
桃花は目線を逸らし、そして泣きそうになりながら頷く。
「ごめんね……ごめんね……ごめんね……」
呟くたびに顔はゆがみ、やがて涙が頬を伝う。
男は桃花の肩から手を離し、項垂れた様子で黙っている。
老人の詠唱は終わらないし、他の二人もその様子を見ているだけ。
「シカ・ソーニャ。俺は今までいくつものの不可能をこの仲間たちと乗り越えてきた。
 例えトウカの運命が絶望だろうが俺はそれを変えてみせる」
夕暮れの教室。あの時の彼も同じようなことを言っていた。
なまじ自らの力があるからそう簡単に折れてはくれないだろう。
男が振り向き、私と対峙する。まっすぐな視線が私を見ている。
「お前にトウカは渡せない」
ハルトシュラーは寄生を切り離す方法はないと言っていた。
彼女が知らないだけで本当はあるのかもしれない。
だがそれはいつどこで発見される? それまで私の世界が無事でいる保障はあるのか?
なんでこう面倒な相手に当たるのだろうか。前回の巫女のほうがよっぽどよかった。
もっと物事は単純であるべきだ。
「そうだな。そうだよな」
思っていたことが思わず口から漏れる。男が怪訝そうな顔でこちらを見る。
私は四人を順番で眺めた後、目の前の男を見る。
救世の英雄か。どれほど強いのだろうか。
「ぐだぐだうるさいな。お前の希望的観測なんてどうでもいいんだよ。
 人が折角そいつの命だけでいいって言ってるのになんで聞かないかな。
 皆殺しがご希望ならその通りにしてやるよ」

胸が高鳴る。英雄が剣を鞘から抜く。
これでいいのだ。どうせ話し合いなどしても無意味なのだから。
最初から殺しあえばいいのだ。
獲物を剣に、地面を蹴って前へ。後ずさりをした無限の首元へ。しかし英雄が間に入り、剣で防御する。
もう一人の大男が走り出した。獲物は両手持ちの斧のようだ。相手の武器をはじき、間合いを取る。
斧と剣。一人ずつなら相手は出来るがそうはさせてはくれまい。片方を集中攻撃して殺すべきか。
いや、ここで私がすべきなのはあくまでも時間稼ぎだ。欲をかく必要はない。
大男は立ち止まらずそのまま私めがけて走ってくる。英雄は少し待ってから走り出した。
目線を斧を大きく振り上げた大男に移す。斧の石突きから刃にかけて赤い光が走る。あれは魔術だ。
斜め前から来た振り下ろしを横に避ける。斧は激しい音を立てて地面を割った。衝撃で破片が飛んでくる。
最初から地面が目的で破片を獲物で防御させ、その隙に英雄が私を貫く。そんな作戦だろうか。
飛んでくる破片を英雄に背を向け、弾く。気配が近づいたと同時に持ち手側を大きく伸ばす。
手応えがない。さすがに後ろ向きのまま相手に攻撃は当てられないか。獲物の両端を刃に変え、振り回す。
前の大男が防御したのを確認してから体を回転させて、後ろの英雄の動きを目視する。
思ったよりも間合いは開いていないので武器の長さを調整しながら両者の動きをけん制する。
頭上に光が集う。慌てて後ろに飛びつつ、砕けた石の一部を獲物で掬う。弾けるような音とともに雷が落ちた。
魔術師は少し遠すぎる。瞬時に武器を変化させ、走ってきた大男を撃つ。こぶし大の石は相手の体に当たったが貫けはしなかった。
こらえるような声を出しながら、吹っ飛んでいく大男を横目に再び武器を剣に変え、もう一人を迎え撃つ。
金属がぶつかり合う音とは程遠い鈍い音がなる。私の獲物が石に近い何かのためだ。
英雄と言うだけ合って剣の速さも威力も申し分ない。防御に回っていたらまずい。
相手の振り下ろしを剣で受け流す。本当に一瞬の隙。相手の後ろ首に剣を振り下ろす。
視界が真っ白になり、体が硬直する。同時に全身に焼ける痛みと痺れる感覚が襲う。
英雄がにやりと笑った。全て手の内だったということなのか。先ほどと同じ電撃の魔法。
首を出来るだけ反らし、目の前を通る攻撃を避ける。首元に痛みが走るが致命傷ではな、はずだ。
逆に相手は剣を振りぬいて、防御できない姿勢になっている。しかしここで攻撃すればおそらくは二の舞だ。
振り向きながら横振りの斧をしゃがんで避ける。大男の鎧の胸元が凹んでいる。狙いはよかったようだ。
短剣にして最小限の動きで相手の鎧の隙間を狙う。肘を折り曲げるためにわずかにあいた鎧の隙間。
剣先の軌跡が赤い線となる。斧を手放して大きく後ろに下がる。かなりの深手は与えられた。
次は英雄だ。剣先を伸ばして振り向く。英雄の剣が白く輝いている。何か来る。

既に相手は攻撃姿勢に入っている。避けるべきか。防御して大丈夫なのか。
相手の攻撃は斜め上から攻撃。避けるとすれば後ろだが光のせいで間合いが広がっているように見える。
見た目どおりの間合いならば後ろに下がったところで斬られる。ならば防御か?
間合いが広がるだけのものならそれで済むのだがもしも剣自体が光になってて防御できないなんてことだったら
真っ二つになる。ハルトシュラーは生きていれば帰してやると言っていたが対象も仕留めていない
この状態で真っ二つになろうものなら間違いなく帰還は出来ない。なら少しでもダメージを減らせる後方避けがいいのか。
待てよ。実は既に上に雷があったりするんじゃないか? 今から確認は到底間に合わない。だがもしもあったら
相手の攻撃にあわせて落雷が発生する。痺れたところを光の剣で切り裂かれてしまう。どう動いても詰みの状態。
いっそのこと前に飛び出すか。剣を構えて攻撃する暇は無いのでそのまま体当たりをして相手の姿勢を崩す。
うまくいかなければ間違いなく死ぬ。では横に飛ぶ可能性についても考えてみるか。
しかしやけに時間が長い。既に斬られてもおかしくない時間は経っているはずなのだが。
死ぬ前に走馬灯を見ると言うがこれもその一種なのかもしれない。ということは私はここで死ぬのか。
このまるで停止したような瞬間が私の最期の時間なのか。私はまだ戦闘したりないぞ。
こっこっこと足音が聞こえる。誰の足音だ? そもそもなぜこの瞬間にこんな悠長な足音が。
「待たせたね。これが我が実験の結果だ。……まぁちょっと完成しきれてないがな」
ぽんと肩を叩かれると硬直した私の体が動き始めた。後方に跳ぼうとしていたらしく、体が弾かれたように後ろへ行くが
体がそれについていけないという奇妙な感覚に襲われそのまま尻餅を着く。
そこに経っていたのは青年だった。長身痩躯で髪の長い、そして見覚えのある服装をした男。
「……老人か?」
「ああ。個人対象の時間遡行と一定範囲内の時間停止。いやぁ、思ったより時間がかかったね」
とても若々しくうきうきした声で言う。何をしているのかと思ったらまさかこんなことをするとは。
目の前で剣を振りかざしている英雄は彫刻のようにまだ停止している。
「範囲内の時間は停止できたのだけど人の意識単位での時間は停止してないようでね。
 先ほどの君と同じように今この少年の意識時間も流れているのさ」
「相手が動いてないようにわかるの……ですか?」
「敬語じゃなくていいよ。この姿なら君とそう変わらないだろう。
 これでも時間の専門家だからね。それの時間がどのように流れているかぐらいはちゃんとわかるのさ。
 っと。無駄話している場合じゃないよ。さっさと始末しようか」
この時間停止も三十秒ぐらいだからね、と付けたす。時間停止中の一分間とはとても矛盾した表現だ。
私は体を起こして、英雄を斬ろうとしたが青年となった老人が手を振りかざして首を切り落した。
時間は停止していても物が通過すると動くらしく、首と本体にちょうど手の分だけ隙間が空いている。
妙な攻撃に呆然としていると老人は後ろに退いていた大男の首も同様に切り離す。
そのまま白い魔術師のほうへ向かって行くので私は無限に近寄る。
老人を真似して手刀で首を叩いてみるが斬れない。当然と言えば当然なのだがなんだか悲しい。
獲物を武器にして構えたところで老人が手を上げる。

「時間切れだ。時よ、動き出せ」
パンと手を叩く。無限が両手で首をガードする。構わず心臓を突き刺し、抜く。
「別に首を狙わなくても殺すことは出来る」
無限が血があふれ出てくる場所に手を当てる。しかし血がどんどん溢れてくる。
「もちろん首をはねないとは言ってない」
獲物を横に振るい、二つの物がが地面に落ちる音がした。
元老人のほうを見ると白いのも首が付いていなかった。
「若いっていいねぇ。手刀で人が殺せるからな。気分がいいよ」
「普通若くても手刀で人は殺せないんだけど」
「私は天才だからなー!」
話が通じない。私はため息をついて、ハルトシュラーを呼んだ。
「なんだ、首狩り族でもいたのか?」
「ああ、そこの魔術師が」
「ん? 何? 誰と話してるの?」
元老人が寄ってくる。ハルトシュラーが私の影になっているのだろうか。
しかし私の近くまで来ても周りをきょろきょろするだけでハルトシュラーを見ようとしない。
「ああ、案内人がいるとか言ってたね。どこにいるの?」
「えっと……そこに浮いているんだけど」
私がハルトシュラーを指差す。ハルトシュラーが嫌そうな顔をしているが仕方ない。
元老人はそれでも発見できないらしく私の指差す方向を見たり、指を見たりしている。
「言っておくが私の姿は誰にでも見えるわけじゃないぞ」
「……と案内人が言っています」
「残念」
ハルトシュラーの言葉を伝えると元老人は悲しそうに大げさに落ち込んだ後、私に振り向いた。
「いやぁ、助かったよ。ありがとう」
右手を差し出す。私はその手と相手の顔を交互に見た後、手を握った。
「こっちも助かったよ。もう会わないだろうけど達者でな」
「ああ。君こそ良い旅を!」
転送の闇が私を包み、感覚が失われるまで彼の手の感触は消えることが無かった。



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