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act.2

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act.2


急所目がけて狙った剣は深々と体内に入り込み正面から心臓を射ぬいていた。
龍の巨体が崩れ落ちる。
足元が衝撃でぐらりと震動した。
動かない龍を見て女は息を吐く。緊張が解けたからだろう。
全身がゆるやかに弛緩していく。
剣の光は消え去り虚脱感が腕の先から広がっていった。

「……」

女に刻まれているのは龍殺しの刻印。
刻印とは先天的に刻まれた呪いであり、その呪いの副次的に能力が発生するものである。

女の相手が龍ならば、死ぬことはありえない。所有者が意識し刻印に触れるだけで、刻印の力は解放される。
女の場合、それは「龍を絶対的に殺す」というものであり、龍種に対して女は無敵である。
先程のように光を剣に宿せば龍の鱗がどんなに硬くとも貫通し、心臓を貫く。反対に龍の攻撃は女の前において無力と化す。
故にそれは呪いであった。

「隊長お~!シアナ隊長お!!」

間の抜けた男の声に振り向く。
見知った顔だった。女――シアナの部下、イザークである。
彼もまたシアナと同じ甲冑を着こみ、剣を手にしていた。
ただシアナほど得物の扱いに慣れていないのか、何処となく動きがぎこちない。
倒れている龍の骸に気付いて、イザークは顔を青くした。

「うっ、そ、そいつ……!」
「死んだわ」
「そ、そうですよね。今にも動き出しそうな面構えしてますけど……もう大丈夫なんですよね。
隊長がやってくれたんですから」
「そうね。こいつは死んだから。
でも――起き上がるかもしれないわね、龍の中にはそういう馬鹿げた種類のがいるから。
一度迎えた死すら治癒するような奴がね。
心臓を仕留めたのに再び動き出すなんてざらよ」

イザークは大袈裟な仕草で、「ひぃい……」と怯えながら後退する。


「そっ、それ本当ですか!!!」
滑稽なくらいに顔を歪ませるイザーク。相当龍が恐ろしいのだろう。

「冗談よ、こいつはもう起き上がったりしないわ」

無表情で全く笑えない冗談を口にするシアナに、
イザークは安堵とも呆れともつかないため息を吐き出した。
隊長、冗談キツイっす、と零しながら。
もうひとつ脅しをかけてやれば泣き出すのではないかと、シアナは暗に思った。

「それよりこれくらいで驚いてて騎士が務まると思うの。
もっと常日頃から毅然としてなさい」
「そんなあ。無茶言わないで下さいよ~隊長が毅然とし過ぎてるんですよ。
それより、一人くらい僕みたいのがいた方がいいと思うんですよね。
ほら騎士隊って男ばっかでむさ苦しいし、なんかいつもピリピリしてるじゃないですか。
僕って自分で言うのもなんですけど、癒しの才能があると思うんですよ。
殺伐とした中にひと時の笑顔と和みをもたらしまーすなんて!ああ、それで売り出していこうかな。
貴重ですよね僕みたいなキャラは」
「……」

今度はシアナがため息を吐く番だった。
つくづく変わった男だ。

イザーク・シュトラール。
フレンズベル国内でも名の知られる大貴族シュトラール家の嫡男。
……であるにも関わらず、位を自ら捨ててわざわざ騎士に志願したという変わり者である。
国に多額の寄付を行っているシュトラール家の一人息子とあっては、騎士隊も入隊を拒むわけにもいかず、
イザークは騎士隊の中でもかなり上位のランクの騎士隊に配属された。
――それがシアナを隊長とし、彼女が率いるフレンズベル第三騎士隊である。

フレンズベルに軍事機関や兵士は存在しない。
代わりに二十四ある騎士隊が全ての争事に関して国から一任されている。
その為、騎士隊はフレンズベルの象徴ともいえるべき存在であり、国の防衛を担っていた。
単純に軍事力、防衛力として換算するならば、他国と肩を並べるか、一歩先ん出た火力を保持している。
それは一重に騎士隊が皆、優秀精鋭であること(たまにいるイザークのような存在を抜きにして)

そしてフレンズベルが周囲を森林、湖水に囲まれており、地形的に攻め難い場所にあることなどがあげられた。
騎士隊の仕事は国に代わり、戦や危険事を代行すること。例えば先程のような龍退治もそれに含まれる。
ランクが上位にある騎士隊ほど、より危険な仕事を任されることになるのだ。

ちなみに龍退治のレベルは換算してS+であり、通常ならば一番上のクラスの騎士隊が引き受けるのが通例である。
にも関わらず、シアナの第三騎士隊が仕事を任された理由はただひとつ、それは龍殺しのシアナがいるからに他ならなかった。

シアナは若干、十八歳。
この年齢で第三騎士隊長を、しかも女性が務めるのは極めて異例である。
シアナが騎士隊に入団して、およそ二年。その間に数々の功績を討ち立て、隊長の位に収まったのだが、
その中の一番の功績は、龍殺しであった。
龍の巣が森の内部に存在しており、森に入れば頻繁に姿を見せるのだが、フレンズベルでは人間と龍が友好的ということは決してない。
龍はフレンズベルでは畏るるべき悪魔であり、そして怪物と同義語である。



遠い昔、龍と人間が壮絶に争った戦いがフレンズベルでは何度かあり、それは未だに人間と龍の間に深い遺恨を残していた。
その忌まわしい龍を、何十人とかかって倒せない敵――をたった一人で打ち倒していくその姿は、
いつからか――シアナの刻印の事を知らない者でさえ「龍殺しの騎士」と形容することになる。
龍殺しは偉業、奇跡のなせる技であり、それを容易く何回も行うからこそシアナは女性で、
若い身空でありながら特例措置として ここまで出世することが出来たのだ。
……龍を殺す女。他の騎士隊の中にはシアナを化け物と呼んで畏怖する者もいる。

その女を目の前にして、あっけらかんとお茶らけた事を口にするイザークは果たして豪胆なのか、ただの空気を読めない馬鹿なのか ……多分後者だな、とシアナは失礼な推測を試みた。
見た目は優男で、まるっきり貴族のボンボンという雰囲気が抜けきっていないし、
武術の腕に関しては良いところCである。

精神面に関しては――さっきの例がいい具合だ。いつもあんな感じで怯えてばかりおり全く場慣れしない。
シアナの部下としては失格もいいところである。これは、もっと鍛えなくては――。

「イザーク。帰ったら鍛錬しなさい。私がじきじきに稽古をつけてあげるわ。スペシャルコースをね」
「ええっ。す、すぺしゃる……?!!」
「そ。いつもの三倍よ」
「いっ、いつもの三倍っ……!?」

いつものメニューも死にそうなくらいきついものであるのに、あれの三倍!? 
イザークは死したる自分をありありと想像した。

「隊長っ!!すみませんごめんなさい!!それだけはどうか!!ご慈悲を!!」

焦りすぎて言葉になっていない。

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