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act.1

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act.1



―ズウンッ
その震動は、森全体に轟き大地を揺るがした。
宿り木に羽を休めていた鳥達は逃げ場を求めて羽ばたいていく。
揺らいだものが何であるか悟っているのだろう。
鳥達が消え去ったあとには、静寂が残される。虚空を見上げながらしゃがみこむ女がいた。
息を飲んで気配を殺し、奴が来るのをひたすらに待つ。
長く伸びた髪は静寂さえ飲み込んでしまうほどの漆黒。
対して肌は白磁のような真白。
そして固く閉ざされた唇はどちらでもない深紅。
三色をひめやかに纏い、女は沈黙する。
身を覆うのは銀の甲冑であり、しなやかに研ぎ澄まされた緊張感であった。

(さあ、来るがいい)
音がした方角を睨み付ける。
ごくり、と唾を嚥下した。
(来たら――私がこの手で、やってやる、お前に一撃も浴びせられることなく)
ざわあっ……空気が変わる気配がした。
全身の毛が一気に逆立ち、皮膚がどくどくと脈動し、うなるような感覚が身体を支配する。
近くで地響きがあり、続け様に聞こえてきたのは空をつんざく咆哮だった。
咆哮だけで周囲がまた、揺れる。

森の茂みを縫い、女の目の前に悠然と姿を現したのは、龍だった。




緑の鱗が全身を覆い、翼は他の龍種に比べ退化がみられる。
だが雄々しく伸びた爪や牙、猛々しく伸びた尾は間違いなく龍のものである。
森緑龍と呼ばれる種類だ。
強さでいえば龍種の中では中堅といったところか。
……そうといっても奴は龍である。
間違ってもただの人間が相手できるような生き物ではない。
奴は神話の生き残りとも言われる伝説物であり、神なのだから。

ぶるり、と女は震えた。
この言い知れぬ思いは、
怯え?恐怖?それとも――恐ろしさか。
いや、違うな。

女は笑っていた。

これは――――武者震いだ。
私は歓喜している。
あいつを、この手で殺せるのだから!!

奴と視線が合う。
それが戦闘開始のきっかけとなった。
「ウガアアアアッ!!」
龍の咆哮は衝撃破のように空気を穿つ。
鼓膜が千切れそうな雄叫びに女は眉ひとつ動かさず、大剣を担いで横に跳んだ。
今まで女がいた場所を龍の爪が抉る。
岩と砂が四方に飛び散った。
着地の衝撃を利用し、地面を爪先で蹴って再び跳ねる。
女は龍の横腹まで疾駆する。
身の丈の半分以上はあろう、ごつい剣を軽々と振り上げて、龍に切り付けた。
「ギャウウウッ!!」
刃が弾かれる。

「ちっ」
女は舌打ちする。流石は硬度にかけては龍種随一で知られる森緑龍。刃が突き刺さらない。
このまま、まともに打ち合うのは自殺行為、だが。
女は太股を隠す装備をたくしあげる。
そこに、タトゥーのような刻印が刻まれていた。
そっと手を触れる。
紫の光が、刻印から溢れ女を包み込む。
龍が彼女に牙を持って食いかかろうとした刹那、光は収束して消失した。
金属が噛み合うような音。女が剣を盾に龍の攻撃を防いだのだ。

そのまま横に薙払うと鈍い手応えがあった。
ざぶん、と。
波を打つような衝撃があり、
刃は龍の肉を裂いて、切れ目から体液をしたたかに降らせる。
痛みからか怒りからか、龍は一際大きく哭くと、狂ったように攻撃を繰り返した。
爪が、振り下ろされる。



「無駄よ、貴方と私じゃ相性が悪いの」
避けながら、歌うように言った。
先程彼女から生まれた光は剣先に宿り、微かに輝いている。

「ソノ……刻印……」

龍が口を開いて吐息と共に言葉を吐き出す。荘厳な響きだった。
「あら、喋れるのね?そうよ、ご察しの通り私が持ってるのは――」
「龍殺シノ刻印ダナ娘!!ソウカコノ強サ、タダノ人デハナイト思ッタガ……」

龍は驚愕と落胆と憤怒の入り交じった複雑な表情を次々に浮かべ、じゃり、と砂を掻く。

「ソウカ龍殺シデアッタカ。……呪ワレシ運命ヲソノ身ニ刻ミ何処迄血濡レタ道ヲ行クカ」
「私が飽きるまで」
「デハ我ガ同胞ヲ何体殺スカ人ノ子ヨ」
「この世からいなくなるまで」
「デハ貴様ハ我ヲ殺スカ――――ソノ行イ、何故ニ」

「それはね」

女は龍の体液を浴びて汚れた髪を払い、剣を持ちなおす。

「生きる為よ」

酷く寂しそうに一度だけ笑って、龍に最後の一撃を与えた。

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