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懐中時計

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懐中時計


「有り得ないね」
翌日。夜中に降っていた雨は明け方には止み、今は空が青く染まっている。
ソーニャが今日も元気に広場の修繕作業をしていると、亀が通りかかったので
話をするついでに昼休憩を取ることにした。
その際に昨日考えていた話をしたのだが返答は冒頭のものだった。
「壁は毎日修繕と補強を繰り返しているからあの程度の生き物が体当たりしたところで
 百年経っても壊されはしないさ」
「毎日……。ということは昨日やられていた部分も……」
「今頃は昨日よりも頑強になってるよ」
まさか毎日補強をしているとは思わなかった。ここまで自信を持って言い切るのだから
安心しても問題ないようだ。
「だけど統率する長がいるというのは合っているね」
「いるのか。あの群の長が」
「二本足で立つ魔物を時折見かけるからね。最も遠くで眺めているだけで攻撃はしてこないんだけど」
「討伐隊を組んで行かないのか?」
「わざわざ敵の縄張りに進入なんてしないさ」
亀が言うにはこの町と隣接する大きな森が奴らの住処になっているらしい。
森自体もかなり大きく、仮に討伐しに行っても見つけられない可能性だってある。
さらに森にはあの魔物よりも恐ろしい生き物がいると言う。
「あの魔物は普通の動物で言うなら狼に該当する。
 森の中には熊だとか猪だとかそういう魔物もいるからね」
具体的な名前を出されると想像しやすい。ソーニャも熊や猪は近くの森に生息していたので知っている。
魔物ではなかったものの討伐するには苦労した。そこでソーニャがふと疑問に思う。
「確か魔物は魔法によって人間に対して敵意を強く持つようになった奴って言ってたよな?」
「凶暴化したと言ってもいい」
「それじゃあもとからいた狼だとか普通の動物はどうなったんだ?」
「徐々に魔物化しているんじゃないかな。
 現在いる魔物の大体は元からこの世界にいた生物が魔法によって魔物化したわけだし」
「全部が魔物化するかもしれないということか……。待てよ、魔法をかけられて魔物化しているなら術者を仕留めれば止まるのか?」
「そもそも魔法にかけられてってのが仮説なんだけどそれが正しければ止まるね」
この世界にいるであろう魔物化させている魔術師。そいつを仕留めるだけでこの世界はかなり平和になるはずだ。
だがそれが未だに叶っていないということは……。
「最も術者は北の大国の王か側近だろうけどね」
ソーニャはため息をつく。
戦争が始まってから十五年以上。好転したという話は聞いたことがない。
この島だけでも徐々に魔物が増えてきていると言うのに、北の大国の術者なんてもってのほかだろう。
「北の大国には魔物は当然として魔族がいるからそう簡単には行かないだろうし」
「魔族というのは……戦争が始まった時にこの世界に来た奴らか」
「そうそう。あれはこの異界の生物だからね。そいつらに比べたら狼の魔物なんてノミみたいなものさ」
そう言って亀は立ち上がる。かなり長い時間話し込んでいたようだ。
今日中に修繕を終わらせて、明日からは通常業務に戻らなければ。
最も隊長が何をするかはわからないが。
立ち去ろうとした亀が何かを思い出したかのように立ち止まりこちらを見る。
「そうだ。あんた時計持ってる? というか知ってる?」
「持ってはいないが知ってはいる。昨日の十時の塔というのも時計を元にしたものだろ」
旧世界にあったいくつかの事柄はこの世界でも受け継がれている。
そのうちの一つが時間の概念だ。とは言ってもソーニャの居た村では時計が一個もなかったので
そういう考え方があるということしか習っておらず実際に使うことはなかった。
そもそも時計自体が結構高価で村人全員に行き渡らせることが出来なかったというのが大きいのかもしれない。
「時計なしで過ごしていたというのも信じられないが……。はい、これ」
渡されたのは手のひらサイズの物で、蓋が付いている。見ないときはこの蓋を閉じて懐に入れておくというわけだ。
天辺には鎖が付いているので腰に結んで置けば落とす心配もない。
「懐中時計というやつだ。この先多用するだろうから 大 切 に使ってくれ」
「あ、ああ」
なんだかすごい一部が強調された気がする。それほどこれは高価なものなのだろう。
亀を見送った後、改めて時計を見る。短い針がカチッカチッと時を刻んでいる。
鎖を腰に結び、懐に時計をしまう。長かったような短かったような修繕がもう少しで終わる。



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