創作発表板@wiki

初襲撃

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

初襲撃


やたら狭く複雑な階段を抜けた先にあった屋上は人が五人も立てば満員になるほど狭かった。
先ほどから振り出した雨は弱いものの長く当たれば体を冷やしてしまう。
一応雨よけのコートは羽織っているがいかんせん寒い。
「いや、しかしここからどうやって現場へ行くのだ。ここには何もないじゃないか」
「魔法だよ。方角は十時の塔と」
亀は足元で何かをやっている。屋上の床には丸やらなんやらをあわせた複雑な図が書いてある。
これも魔術に用いる図の一つなのだろうけどソーニャには子どもの落書きにしか見えない。
作業が終わったらしく亀が立ち上がり、図の中心らしき場所に立つ。
「ここの円から出ないように。それじゃあ行くよ」
亀が聞きなれない言葉を喋り始めた。同時に足元の図を作る線が内から外へとなぞる様に光り始めた。
やがて書かれていた線が全て光り、さらに図の一部が一際大きく光る。
「転送」
亀の呟きと同時に体の感覚がなくなり、視界が真っ暗になった。
意識だけが夜の中浮いているような錯覚に捕らわれる。
その一瞬の後に体に重力が戻り、光が視界に入ってくる。
見たことのない場所だ。先ほど亀の言っていた十時方向にある監視塔なのだろう。
徒歩で来た人間がこの壁の上に登るための階段や襲撃に備えた装備などが置かれている。
壁の通路の途中に築かれているため中央を通路が横切っており、扉は設置されていない。
さほど広い空間ではないが足元に書かれている魔方陣も亀の家のそれに比べ手のひら程度の大きさと小さめになっている。
「試験的に作った転送魔方陣の居心地がどうだった?」
「ちょっと怖かったな。転送するときは目を閉じたほうが良さそうだ」
「時々気分を悪くする人間がいるものでね。あんたは大丈夫そうだね」
亀が外を見やる。何人かの自衛団と思しき人が弓を撃っている。
そのうちの一人がこちらに気づき、敬礼をする。
「これは亀じゃないですか。どうしたのですか?」
「新人教育」
外はまだ雨が降っているが亀は何も気にすることなく、出て行った。
ソーニャもそれに着いて行き、外を見渡す。
天気が晴れれば遠くまで眺めそうだが雨のために視界は通らない。
何かがぶつかる音が下から聞こえてくる。
「ちょっと下を覗いてみな」
亀に言われるがまま城壁から少しだけ首を出して覗いてみる。
高い。というのは置いといて。四つ足の獣が城壁に次々と体当たりしている。
その脇で矢が刺さった獣が倒れている。
「あれは……何をやっているんだ?」
「多分壁を壊そうとしているんですよ」
団員が矢を撃ちながら答える。これだけ群れていると外すほうが難しそうだ。
「魔物が人間に対して憎しみを持ったはいいものの頭は所詮獣程度らしく
 意味のわからないことをするときが多々ある。これもその一例だ」
確かに意味がわからない。
矢が刺さっているならともかく刺さっていない個体まで地面に伏せている。
まだ地面を掘って壁を潜るほうが現実的だ。
「たまーに仲間を踏み台にしてこっちに跳ぼうとしてくるやつもいるんですけどね。
 さすがに高すぎて届きませんけど」
「これなら放っといても問題ないのではないか?」
「いえいえ。こうやって来て頂いたのですからその恵みはちゃんと受け取るべきじゃないですか」
「恵み?」
そう言っている間に元気に自滅していた魔物たちが今はほとんどが地面にうずくまり動かない。
どうやら襲撃もここまでのようだ。どうするものかと見ていると横から自衛団の人間が何人か魔物に近づいていっている。
一人が魔物に刃物を刺す。ちゃんととどめを刺しているようだ。
その後、足を紐で縛り、肩に掛けて背負う。
「あの魔物は狼に似ているんですよ。だから革を防寒具に、肉はそのまま食料になるんです」
「肉を食べるのか? 魔物だぞ」
「いえいえ。魔物と言ってもちょっと人間に敵意の強い動物ですよ。
 一応魔法使いさんが処理の手伝いをしますが、基本的には動物の肉と同じです」
村でもあのような魔物の襲撃はあったがそれを利用するようなことはなかった。
魔法使いがいなかったからと言えばそれまでだが加工法を知っていれば冬の寒さも凌ぎ易くなりそうだ。
いや、よく考えれば行商人が売りつけてくる防寒具と言うのはこれから生産されているのではなかろうか。
ぜひともこの技術は持ち帰り、村に役立てたい。

「あれ、というか襲撃はこれで終わりなのか?」
「終わりだ。さて、帰るか」
「この程度なら本当に私が来る必要はなかったな」
「七割ほどはこの程度で済む。三割についてはあんたも出撃することになるものだ」
矢を撃っていた兵士が次々と監視塔の中に戻ってくる。
魔法で帰るものかと思っていたが亀は階段を降りて行った。
「言い忘れたけどその魔方陣、一方通行だから」
あくまでも試験運用ということか。
狭い階段を降りながら、襲撃を思い返す。
ただひたすら壁に体当たりを繰り返していた魔物。亀は意味がわからないと言っていた。
確かにこの丈夫な壁に体当たりを繰り返すなんていうのは自殺行為でしかない。
しかしこういった攻撃が例えば同じ場所にずっと繰り返されていたら。
もしかしたらこの丈夫な壁にも傷が付くのではなかろうか。
統率された意思を持って、それが成されているとしたら奴らにはそれを指示するもっと位の高い長がいる。
そこまで考えたところで階段が終わり、地上に辿り着く。
雨は相変わらずやまない。傘は手元にない。亀は既にいない。
ソーニャはため息をついた後、雨の中に飛び出した。



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー