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満月と狂乱

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満月と狂乱


いつもの丸い机には大きな地図が置かれ、その周りを何人もの男が囲っている。
魔女は長い棒を使い、地図上の駒を動かしていく。
ということはさっぱりなく
机の上は相変わらずよくわからない小物でごちゃごちゃだし、魔女は本を読んでいるだけだった。
「一応呼ばれたようだから来たのだが……」
「椅子に座っていればいい。暇つぶしに本でも読む?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
ソーニャが椅子に座り、頭を振るう。
「襲撃が来るんだろ? 魔物の。もっと戦闘準備なんか必要なんじゃないのか?」
「確かに満月に襲撃が来ることは多い。が、その規模は大抵小規模なものだ」
「魔物が活発になるとコユキが言っていたから上級の魔物でも来るのかと思っていた」
「満月に上級の魔物が襲撃したことは何度もある。先のドラゴンとかね」
よっこらしょっとと立ち上がり、部屋の端にずらりと並ぶ本棚の前に歩いていく。
基本的に物がごちゃごちゃしている部屋だが本周りだけは綺麗にしてあるので
余計に周りは汚く見えてしまう。
一冊の本を取り出し、持って来る。少々ほころびや破けが見え、古い本であることがわかる。
「ちなみにこれは自衛団の日誌の写しの一部。町の誕生と同時期ぐらいに自衛団も
 組まれたはずだからざっと五百年ほどの歴史があるわけだ」
「ごひゃく……」
「実際にここにある書物の大部分は日誌の写しでしかない。僕の魔道書なんて少ないものさ。
 これは今から四年前の日誌。この町でも最も被害の出た年だ」
古びた日誌を机に置き、ぺらぺらと捲っていく。そしてあるページで捲るのをやめた。
上部には日付が書かれており、八月二十日となっている。夏の盛りぐらいだろう。
横にはおそらく筆記者の物と思われる名前。そして満月という文字。
「魔法というのは月齢に深く関係している。
 月が満ちれば魔力も満ち、月が欠ければ魔力も失われる。
 今この世界にいる魔物というのは魔法によって人に強い敵意を向けるものを指している。
 故に魔力が最も満ちる満月の日はやつらの敵意もより一層強いものになるんだ」
「なるほど。魔力と関係していたのか」
「という仮説」
「仮説かよっ」
思わずガラじゃないことをやってしまった。
「魔物の定義なんて未だにはっきりしていないからなんとも言えない。
 魔法に関しても明日になれば常識がひっくり返る可能性が十分あるほど
 未知の部分が多い。とりあえず現状はこれで考えているという程度だ。
 最もこの日誌のおかげで満月に魔物の襲撃が多いというのは確実に言える」
「そのページのも満月と書いてあるな」
「『ファウストの狂乱』と呼ばれている夜だ。隊長になるならば知っておいたほうがいいだろう」
そういって日誌をこちらに向ける。筆跡はまるで震えているかのように乱れている。
読み間違いないようにゆっくりと読み進める。

事の発端は当時の魔術師協会会長のファウストがこの島が誕生した要因と思われる隕石の破片を発見したことから始まる。
この島は彗星落下時に本体より零れ落ちた破片が海に着水し、海底の大地を隆起させ出来たものだと考えられていた。
しかしその要因とされる破片はそれまで発見されておらず、あくまで推測の域を出るものではなく
仮にそうだとしても破片は島の地中深くに埋まっているので証明不可となっていた。
ファウストは島にて魔力に関しての野外調査をしている際に、異常な値の魔力残留を観測。
その後、周辺を捜索した結果隕石の破片と思しき小石を発見する。
町に小石を持ち帰った後、さまざまな実験を繰り返しこれを隕石の破片と正式に発表した。
ただ破片自体が放つ魔力が一般人に危害の及ぶほどの値であったため、とある民家の地下室に安置されることになり
その民家は後に隕石研究所と名を付けられた。
隕石発見から最初の満月にあたる事件当日。研究所にて爆発事故が発生したと自衛団に連絡が来る。
当直二人が現場に向かうと倒壊した民家の上にファウストがいたと言う。
自衛団がファウストに問うよりも早く一人を魔術により殺害。もう一人は逃走する。
連絡は自衛団全員および魔術師協会全員に行き渡り、ファウストの殺害の命が下った。
大量の犠牲者を出したもののファウストを殺害。その際、原因と思しき破片を破壊した。
犠牲者の多くは魔術師であり、これにより町の魔術師は大幅に減ることとなった。

数ページにわたる内容を要約するとこんなところだろうか。
「破片がファウストを狂わせたということか」
「そのときファウストが破片を所持していたからね。
 満月の力で増大した破片の魔力にあてられて狂乱化したということだ」
ソーニャは日誌を閉じて亀に渡す。
「しかしまさか最大の被害が人間によるものだったなんて……」
「もともとこっちには上級の魔物なんてほとんどいないし精々飛んできたドラゴン程度さ。
 先のドラゴンも確かにひどかったけどこの時に比べればましなほうさ」
突然部屋内に鐘の音が響く。続いて男性のやる気の感じられない言葉が続いた。
「えー、襲撃ですー。場所は十時方向ですー。数はおよそ二十。地上小型の魔物ですー」
「見計らったかのように来たね」
それを受けて魔女がのんびり立ち上がる。
さらに持ってきた日誌を棚に仕舞おうとしている。
「襲撃なんだろ。早く行かないと!」
「落ち着きなさい。そもそもそんな獣に毛の生えた程度の生き物がどうこう出来るほど
 この町はやわじゃないさ。とは言ってもあんたを現場に連れて行かなきゃならないしね」
「万が一というのもあるだろ」
「それじゃあちょっとだけ近道するか」
ソーニャが階下へ向かおうとすると亀はそれを呼び止めた。
亀は上を指している。
「屋上に行くよ」



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