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無限桃花

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無限桃花


「ムゲントウカ……?」
聞き覚えのない名前だ。
そもそもなぜ初対面の人間と本名が一緒でなくてならないのだ。
だがそれを真っ向から否定は出来ない。
なぜならばソーニャは十五年前、拾われた子供だからだ。
ソーニャにはそれ以前の記憶がない。仮にその名が付けられていたとしても覚えていない。
「最初見たときから何かを感じていたがこうやって対面するとよくわかる。
 姿かたちは我々とかなり違うが根っこは一緒。
 あんたも僕を見たとき何かしら感じたはずだ」
そうだ。この目付き。今までの人間と似て非なるそれ。
魔女は自分の席に着き、持ってきた本を開く。
表紙を捲った部分に大雑把な地図のようなものが書いてあった。
地図には白い線や赤い点、赤く斜線を引かれた地域などいろいろと書き込みされている。
「これは地図か?」
「世界地図。とは言っても旧世界の物を基に製作したものだから今とかなりの部分が食い違っている」
「新世界地図はまだないのか?」
「旧世界滅亡後千年以上経った今でも把握しきれていない。それほど世界の形が変化してしまったのだ」
かつて、今より千年以上前に今の我々とは異なる文明が繁栄した時代があった。
専ら旧世界文明と呼ばれているそれは魔法の類がない代わりに機械技術が大変優れていたそうだ。
どのようなきっかけがあったのか今となってはわからないが大国同士が戦争をし始めた。
戦火は見る見るうちに世界へと広がり、世界中に火の手があがった。
やがてそれは人を殺すだけではなく大陸を削り、星の形すら変えるほどの争いへと発展した。
何が、誰がそうさせたかはわからない。ただひたすら
敵国を潰し、全てを焦土にし、世界を荒廃させていった。
その世界にやがて一つの彗星が落ちる。
旧世界の終わりと魔法の起源と言われる彗星。
彗星は自分の欠片をばら撒きながらやがて地上へと落ちた。
この戦争と彗星の着弾を生き残ったのが今のソーニャたちの先祖である。
人々が気がついたときには世界はあまりにもその形を変えてしまっていた。
「2012の最終戦争と魔法の到来。この二つのせいで未だに立ち入ることの出来ない地域もある。
 僕は探検隊じゃないから安全な場所しか行ってないけど。この白い線が僕の旅した道だ」
「白い線って……これほとんど地図を横断しているぞ」
「世界横断したんだから当たり前だ。それよりもだ、この赤い点のほうが大事」
白い線の所々に押された赤い点。よく見ると下に数字が書かれている。
魔女が日記帳を捲り、あるページで止まる。
そこには写真が一枚と文章が書かれていた。
写真にはよく似た二人組みが写っている。
「これは双子か?」
「別人。片方は僕でもう片方は現地の人」
そう言うと再びページを捲る。
開いたページには先ほどと同じように双子の写真が写っている。
何も言わずさらに捲る。次に開いたところにもまた双子。
「全て現地の人で別人。僕は僕自身に類似した少女と旅の中で十二人に会った。
 ほぼ全ての人間が僕と同じ髪型をして一つの獲物を携え、そして本名が同じ名であった。
 その名が無限桃花」

人間と言うのは生物である以上老化するし、全ての個体に違いがある。
だが我々はその見た目に差はあれど特徴の共通点があまりにも多すぎる。
例えば前述した以外にもどれだけ記憶を遡っても生まれ育ったという記憶が存在しない。
ある日、突然この地に記憶を持って出現した。それが最古の記憶だ。
さらに老化するということもない。魔女を含めた十三人の『無限桃花』のほとんどが
その年齢以上の年数を生きている。中には八十年以上生きているという個体すらあったがその姿は少女のままだ。
ただ大きな相違点が一つだけある。
家族の存在だ。
十三人のうち五人が血縁の妹が存在したのだ。
その妹もまた我々と同様の存在らしいが、個体差はかなり大きかった。
我々の妹であるということ以外の共通項はないに等しい。
このことから我々は何者かが一定の画一化をした存在であり、人間とは根本的に異なる生物であるという結論に至る。
「あんたに会うまではね。シカ・ソーニャ」
ソーニャは難しい顔をしながら汁物を啜る。あっさりとした塩味のスープだ。具は少ない。
これを信用することが出来る人間なんてのは早々いないだろう。
目の前にいる魔女はどうみても人間だ。これで人間じゃないと言われても困る。
しかし実際には魔女は三十年ほど生きているようだ。とてもじゃないがそうは見えない。
「信用してないだろ。当然のことだ。僕があんたの立場だったら信用しないからな。
 だが同時に信用もする。本能的にといったところか」
「……それで私にどうしろと」
「どうもしない」
「へっ?」
思わず持っていた皿を落としそうになる。
「あんたは拾われるまでの記憶を持っていない」
「むしろその時のことも覚えてないな」
「使えない人間だ……」
魔女は嘆息をつき、残念そうにサラダを口に運ぶ。
「仕方ないだろ! そんな昔のこと」
「これだから脳味噌まで筋肉で構成された人間は嫌だ」
「言ってくれるじゃないか」
腰に挿していた剣を半液体化させて、右肘まで持ってくる。
一部を突出させて、硬化させればそれだけで刃になる。
だが魔女はそれを意に介することもなく、食事を進め自分の分を綺麗に平らげた。
ご馳走様と言うと食器を重ねて、流しがあるであろう方向に持っていった。
最初にやられたのでちょっと仕返しでもしてみようかとやってみたが魔女には無駄のようだ。
ソーニャも硬化を解き、輪にして腕にはめ、さらに残った最後の肉を口に運んだ。
魔女が食器を洗っている間、紅茶を飲んでゆっくりと休む。
思えば村にいる間、外に関しては町と大国の侵攻ぐらいしか意識して考えることはなかった。
こうやって世界地図を眺めたり、魔女のトンでも話を聞いていると世界の広さを改めて認識することになる。
この部屋ひとつ取っても見回す限りよくわからない物だらけだ。
しかしソーニャはその無知を恥じることはなかった。
仮にそれらが必要な知識であるのならば父親が教えていたはずだからだ。
ソーニャもあの小さな世界で暮らしていくつもりであったから知ることも無かった。
今は違う。こうやって見知らぬ土地に来て、暮らすということはほかのことも知らなければいけないということだ。
ちょうどここにはそれに適した人間もいる。
ソーニャは自分の紅茶を持ってきた魔女を見た。
「私はお前の言うとおり何も知らない。だから色々教えてほしいんだ。
 この町のこと。世界のこと。お前の言う十三人の我々のことも」
魔女はしばらく思案したふんと鼻を鳴らした。
「いい心がけだ。じゃあ最初にげっぷの止め方から教えてやろう」
「いや、そんな豆知識は別にいらない」



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