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結縁

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結縁

作者:ID:KBsK8x.M0

 唐突に発生した、視聴覚に訴えかけてくるような異常現象が終わったことに気付いた神柚鈴絵は
家が管理している丘の上の神社、柚鈴天神社の境内にある狛犬の台座に手をついて立ち上がった。
「……ん」
 目と耳にあるノイズの残滓を頭を振って払う。
 先程の減少は一体何だったのだろうか? 
めまいと似たような感覚であったと思わないでもないが、それとはまったく違う事態であることは確かだった。
 空を見る。
 そこにはいつも通り、日が落ちきったばかりの少し明るさを残した空が広がっている。
「星もまだほとんどでていませんね」
 異常現象に見舞われた時、空には幾つもの光が瞬いて、
シャッターを開きっぱなしにして夜空を写した写真のように夜空を光の線で切り取っていた。
「幻覚……?」
 そんなことは無いだろうと心の中で反論しつつ、
鈴絵はじゃあさっきの現象はなんだったのだろうと考える。
 遅くまで残っている人はまだいるだろう学園の方を見てみれば、先程の現象が皆にも訪れたのかどうかが分かるかもしれない。
 校舎の電気が付いたり、生徒たちが校庭で騒いでいたりすると分かりやすくていいと思いながら、
鈴絵は学園の様子を確かめるために、神社の入り口にあたる石段へと足を向けて
――今まさに鈴絵が行こうとしていた位置に一人の女性がいることに気付いた。




 四角い形の建物を幾つも配置して形成されている施設を見下ろしていたキッコは、不意に金色の瞳を空に転じた。
 宵の口の空は穏やかな姿を晒しているのみで、特別な変化が起きる様子はかけらも見受けられない。
 キッコは諦めたように視線を落とし、腕を組んで考える。
 気が付いたら自分がこれまでいた場所とは違う場所に移動していた。
 今自分がいる場所はどうやら結界の内部や幻によって認識させられている空間というわけではないようだと、
高台にあるらしいその場から見渡せる景色を注意深く見てそんな事を思う。
「それこそ、どこかの街にでもそのまま飛ばされた、といった感じだろうかの」
 それも、おそらくは自分たちがいた、異形と呼ばれる生物が闊歩している世界とは全く別な世界にだ。
「不本意にこのようなところに飛ばされるのは気に入らんの、さて、元の場所に戻るにはどうしたらよいかの」
 武装や血の臭いがしない空気を改めて呼吸し、キッコはこれからどうしたものかと考えようとして、
「あの、先程の……雷かオーロラのようなもの、凄かった……ですよね?」
 背後から声をかけられた。
 狛犬に手をついて膝をついていた人間のものだろう。
 振り向くと、白と赤の巫女服を着た少女がキッコのもつ夜に光る金瞳に驚いたのか、一瞬目を瞠った。
 しかし彼女は気を取り直すようにキッコの方へと足を進めると、言葉を重ねてきた。
「下の学園に残ってる人たちも、今のを見て驚いていたりしますか?」
 下にある施設は学園らしい。かなり大きな教育施設であるようだ。
 どうやらこの少女は別の土地に飛ばされた、という自覚は無いようだ。この世界の者なのか、
あるいは周囲の土地ごとまとめて飛ばされてきた者なのだろうと予想していると、
少女は言葉に応じないキッコに不審を抱いたのか、鳥居の数歩前で足を止めた。
「そういえば、こんな時間にうちの神社に何か御用でもありましたか? 
私は神柚鈴絵といいます。見ての通り、この神社の巫女をしています。
お守りなど要りようならすぐにお持ちしますよ?」


 ついつい声をかけてしまったが、相手は金髪に金瞳、かなり高確率で外国人ではないかという予測に鈴絵は至っていた。
 だとしたら日本語が通じていないかもしれない。そう思い、とりあえず言葉をかけてみる。
このまま言葉をかけ続けていれば、言葉が通じないならば通じないなりに何らかの反応がそのうち返ってくるだろうと思ったのだ。
 金髪の女は、鈴絵に向けて笑みを浮かべた。
「いや、そういう用事でこの場にいるわけではないのだ」
 日本語は通じていたようだ。そのことに鈴絵がホッとしていると、金髪の女の方が鈴絵へと近付いた。
 そのまますれ違う。
 その時女の顔が鈴絵に近付き、においをかぐ音が耳に聞こえた。
「うむ、血も魔素も感じんの。これ程近付いても無反応となれば、おそらくは問答無用の敵意もなかろう」
「え?」
 聞こえてきた言葉に疑問の声を上げる。
 女は喉の奥を鳴らすように笑いながら、本殿へ歩いて行く。その動きを目で追っていると、女は名乗りをあげた。
「我はな、キッコという。正体は――」
 そう言う女の腰のあたりに見慣れないものがあった。
 金色の毛に包まれた尻尾だ。
「え?」
 騙し絵のように唐突に現れたアクセサリーに鈴絵が驚きの声を上げると、キッコと名乗った女は鈴絵へと振り向いた。
 その頭部には髪と同じ、金毛の耳が生えていた。
 先端の毛だけ白いそれを見ていまいちコメントできずに硬直している鈴絵を見て、キッコは楽しそうに喉を鳴らした。
 喉がクッ、と鳴るのに合わせるように、彼女の全身から淡い光が散った。
 次の瞬間には女の姿は消え、彼女がいた位置には巨大な狐がいた。
 立っている状態で顔の位置が鈴絵より少し上にある程の大きさの狐だ。
自分が知っている狐のカテゴリーから外れている大きさの狐を見て、鈴絵の頭の中に空白が生まれた。

 狐はその空白をつくように鈴絵に近付いた。獣の顔に妙に人間くさい感情をのぞかせて、狐は大きな口を開いた。
「我は、どうやら迷ってしまったようでな、できれば元いた場所に戻りたいのだの」
 キッコと名乗った女と同じ声だった。
 狐は続ける。
「ここがお前が元いた場所であるかどうかはまだ分からぬが、
少なくともこの周囲の施設については知識があるように見える。のう、我にいろいろと教えてはくれぬかの?」
 大きな顔が眼と鼻の先にまで近付き、金の瞳が鈴絵を正面から捉えた。
 その異形を目の前にしながら、鈴絵は以前聞いたことを思い出していた。
 それは神社を挙げて捜索をしても未だ見つからない、
彼女の先輩にあたる人物が中等部の頃に見たという、五本の角をもつ全身真っ赤な鬼のことだ。
 鬼のような存在が実在するのならば、化け狐だって世の中にはいるのだろう。
 そういうふうに自分の中で大狐の存在を納得した鈴絵は、少し戸惑いながら、しかし狐に対してしっかりとうなずいた。
「はいわかりました。とりあえず私から話を聞きたいんですよね」
「うむ、然り然り」
 頼みが通ったことか、それともほかの何かが気に入ったのか、
うれしそうな狐の声に鈴絵はあきれ気味な微笑を浮かべて、では、と言って顔前に一本指を立てた。
「元の人の姿に戻ってください。その状態ですと私は話がしづらいです」
 狐は首をかしげた。
「だめかの?」
「だめです」
「わざわざ演出とか考えたのにのう……」
 そんなことを言いながら、狐はキッコと名乗った人の姿に戻った。



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