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(ぷろとたいぷ版)

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(ぷろとたいぷ版)

作者:わんこ ◆TC02kfS2Q2

 因幡リオがここまで遅く学校に残っていたのは初めてだった。
 ぱんぱんっとカーディガンを叩き、目をぱちくりさせながらメガネを掛け直す。ショートの髪の毛をいじり直す。
こんな世界は初めてだった。光も届かない、まるで飲み込まれたかのような夜の学校はリオとは初対面であった。
 とにかく早く家に帰ろう。目がうつろなまま立ち上がると、少し立ちくらみがした。机の上に置いた本を片付ける。
 周囲を気にしながら、すでに闇に包まれた化学準備室を後にする。古い扉の音を立てないようにしっかりと取っ手を握り、
ゆっくりと滑車を転がしながら慎重に開ける。きょろきょろと廊下に誰もいないことを確認すると、元の通りに扉を閉めた。

 「誰にも見つかりませんように」

 彼女は学校の風紀委員長を勤めている。学校では『真面目のまー子』で通じているメガネっ娘だ。
 そんなリオが下校時間をとっくに過ぎたのに、教室に居残っていたなんて生徒に知られたら風紀委員長の沽券に関わる。

 「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 その日みなが帰った放課後、暖かいからとひとり化学準備室で読書に耽っていた。
 書店のカバーが真新しく、インクのかおり香ばしい、最新刊のラノベを床がきしむ部屋で捲る。ここはリオにとって放課後を
ゆっくりくつろげる場所だった。無論、他の生徒が使用しても構わないのだが、不思議とこの日は誰も来なかった。
リオはそのことを気にしてはいない。居心地が良すぎて船漕いで、リオが目覚めた頃には夜のとばりが降りていたのだった。

 「とりあえず、職員室に行こう。先生たちなら事情を分かってくれるし、先生たちからなら怒られてもわたし……構わないし」

 化学準備室の扉の鍵を閉めてもらうために、職員室に向かいながら居眠りするまで読んでいたラノベのことを思い出していた。
 自分も何か能力を使えればいいのに、世界を相手にひとり闘っちゃったり、でもリオはただのウサギ。リオはただの女子高生。
ラノベの中からリアルへと引き戻される瞬間はいつも寂しい。のめり込んだ本の残りページが少なくなって、キャラたちとは
もう二度と会えないのか、それとも続編の決定で再会できるのか……。一人の本読みであるリオのいつも思うところであった。
 この世に『厨ニ病』という病があってよかった!とラノベをしのばせた学生カバンを握る。

 薄暗い廊下に響く上履きの足音、ガラス戸を鳴らす風、大きな爆音、冷えてきた空気、そして木目の匂い。

 「え?何?」

 ウサギの長い耳は聞き逃さない。
 確か階段の方。みしみしと手すりがぶら下がる音さえも分かる。
 職員室に駆け込むより、リオは現場に向かうことが何故か頭によぎった。何人も風紀を乱すことは許さない。
 スカートがめくれたって構わないし、ぱんつが見えちゃっても仕方が無い。だって、わたしは風紀委員長だし。
 リオが爆音がしたであろう場所にたどり着くと、ほこりが舞う匂いがリオの鼻を突いた。ウサギの毛並みが汚れることを
気にしながら飛び散った手すりの破片を拾い上げると、ものすごい力で飛ばされたことが壊れ具合で素人目にでも分かった。

 「にゃっ、にゃっ、にゃっ」

 どこからか、ネコの声が闇に響く。
 リオの通う学校ではイヌ、ネコをはじめ、ウサギ、ウマ、カマキリと多種多様な種族が通っている。
だからと言ってネコの声がこんな時間にするのも不自然だし、こんな声を出すこともおかしい。

 「誰?」

 リオが恐る恐る階段を登る。いつも歩きなれた場所も時が変われば不安な空気がまとわり付く。
一段、二段、三段と登るといきなり背後に冷たい感覚がした。一瞬のことなのでよく分からない。

 「誰?誰?誰?」

 踵を返したリオが目にしたのはネコの少女だった。しかし、ここの学校の者ではないとリオの第六感が騒ぎ立てる。
寝巻きのようなネコ耳フード、後姿ながら印象に残る姿。あたりが薄暗いので色までは良く分からない。

 「初めての場所なのに釣れちゃったにゃ!」
 「え?何?何?」
 「とにかくいっしょに来るのが最善にゃ!」

 ネコ耳の娘は階段から走り去り、リオは彼女を何も考えずに追いかけた。手すりの破片が蹴り飛ばされる。
 真っ暗な廊下に足音が響き、ネコ耳のあとを追いかけると渡り廊下を駆け抜けて職員室のある棟へと入った。
まるでその棟に吸い込まれるように、迷いもなくネコ耳は四つの脚で駆け抜ける。尻尾が面白いように舵を取る。
 リオもぱたぱたとカバンを振り回しながら、『廊下を走るな』のポスターを横目に追いかける。

 (どうしてこの子、ウチの学校の造りを知ってるの?)

 リオの疑問に答える価値はそのときはなかった。目の前で起きていることだけを信じればよい。
 職員室が真っ暗なことを受け入れ、消火栓の赤い灯だけが浮かび上がることに安心し、保健室の窓が明るいことに否定はしない。

 (え?誰かいるの?)

 ネコ耳が保健室の扉を開けて飛び込んだので、リオも後に続くと見慣れぬ女が丸イスを欲しい侭にしていた。
髪は長くメガネを掛けているが、リオのしているような平凡なものとは違い瓶底レンズが印象的だった。
白衣姿だと言う点では保健室にいても違わないが、彼女はここの保健医ではない。しかし、瓶底メガネは保健室に馴染んで
痒いところまで手が届くぐらいな処置が出来そうなほど自然にその場にいたのだった。
 カバンを一層握り締めながらリオが二人を凝視していると、ネコ耳が瓶底メガネに何かを話していた。

 「日が射したら、早速開始だにゃ」
 「ええ。『ありとあらゆる薬を作る能力』……、それを実現するにはもってこいの部屋だわ」
 「そうですにゃ」
 「生成した注射液を希釈する生理食塩水にブドウ糖液、消毒用のオキシドール、そして注射針……至れり尽くせりっ」
 「しかし、うちら……どうなっちゃうんでしょうか?いきなりこんな世界にきちゃってにゃ。もー、闘っちゃうにゃ!」

 『能力』?『世界』?『闘っちゃう』?
 リオはまるでラノベのセリフがリアルに繰り出される戸惑いを隠せずにいたが、二人に思い切って話しかけてみることにした。
 瓶底メガネが脚を組みなおして冷静に答える。こうしてみると結構美人だ。

 「ごめんなさい。わたしにもわからない」
 「そうですか」
 「でも、わたしたちが自分の世界に帰る方法はあると信じている。だから……あなた、協力してくれないかしら」
 「そう。世界がうちらでは太刀打ちできない力で廻り始めたにゃ。でも人が歴史を作り、世界を育み、闘ってきたにゃ」
 「そして、ケモノはケモノで大地を支配してきたの。分かるよね?ウサギさん」

 ラノベのような展開にリオが「ひんっ」と、声をあげる。
 何が起こっているのか分からないけど、とにかく何かをしなければ……。リオは黙って首を立てに振った。
瓶底メガネは長い髪の毛先で遊んでいるのを辞めて、すっと立ち上がり、リオの前に立った。

 「勝手にこの部屋を使ってごめんね。わたしはリンドウ」
 「うちは霧裂=ルロー。ルローでいいにゃ」

 ネコ耳は少女の輝きを取り戻し、赤い髪の毛をぶんと振っていた。

 「わ、わたしは因幡リオです」

 風紀委員長であるリオはとりあえず、爆破された階段の手すりをどう明日教師に報告しようかと悩みながら、リンドウの手を握った。



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