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「図書室」、「未熟者」、「味」③

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「図書館」、「未熟者」、「味」③




653 名前:図書室、味、未熟者 1/2:2009/02/01(日) 07:15:20 ID:I4S05R4a
 水曜日の放課後。
 高校二年である私、飯田詩織が一週間で一番楽しみな時間だ。

 音が出ないように静かに図書室の扉を開け、
 貸出カウンターをそっと窺う。――いた。

「こんにちわ、ブンくん」
「あ、こんにちわ。飯田先輩」

 ハードカバーのSFの本を手に持ちながら、
 目線だけをこちらに向けながら軽く頭を下げる。

 完全に「先輩<本」の図式になっているこの失礼な少年は、
 銀城文博――通称ブンくん、高校一年、つまり私の後輩だ。

 通称、と言っても私しかその呼び方はしない訳だが。

 寝グセがそのままになっているとしか思えないボサボサの黒髪と、
 規則通りにきっちりと着ている制服が絶妙なバランスだ、と思う。

 顔立ちは完全に童顔であり、その上メガネをかけているので、
 中学生の低学年と言われても信じてしまいそうなほど幼い印象を受ける。

 身長も私とどっこいといったところだろうか。

「今日は早かったね」
「掃除、なかったんで」

 あくまで目線は動かさずに、淡々と答える。
 先輩に対してこの態度はどうよ? と最初のうちは思ったりもしたのだが、
 何か月も一緒に仕事をしているうちに気にならなくなった。

 むしろ変に敬語を使ったり、気を使おうとしない分、
 他の後輩より一緒にいると楽なくらいだ。


654 名前:図書室、味、未熟者 2/2:2009/02/01(日) 07:15:51 ID:I4S05R4a
 最低限の仕事はちゃんとやるし、失礼なことをする訳ではない。
 薬にも毒にもならない、そんな味もそっけもない空気のような存在だ。

 シフトの関係で彼と一緒に仕事をするのは水曜日しかないのだが……、
 先述の通りこの時間が私の一週間で一番好きな時間となってしまっている。

 この感情は男女のソレではない……と思う。
 生まれてこのかた、色恋沙汰とは縁がなかった未熟者なので断定はできないが。
 多分、癒しとかそういった類なのではないだろうかと自己分析している。
 ペットセラピーのソレに近いものだと。

 本を読むブンくんの横で数学の課題を始める。
 ペラッペラッというページをめくる音と、カリカリというシャーペンの音だけが図書室に響く。

 図書の返却と貸し出しの手続きがたまにあるくらいで他に仕事は殆どない。
 そうしてあっと言う間に時間は過ぎていき閉館時間となる。

 鍵をかけ担当の先生に鍵を返しにいく。
 ついでに業務日誌も提出。といっても殆ど書くことなどない訳だが。

 既に人の気配の殆どない校内を、昇降口まで並んで歩く。
 会話はない。でもそれが心地よい。

「じゃあね、ブンくん」
「じゃあ、また」

 校門を出たところで別れる。
 ブンくんはバス、私は駅から電車だ。

 私の静かな幸福の時間は、こうして静かに終わりを迎える。


655 名前:創る名無しに見る名無し:2009/02/01(日) 07:16:27 ID:I4S05R4a
投下終了



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