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「図書室」、「未熟者」、「味」①

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「図書館」、「未熟者」、「味」①




645 名前:図書室・未熟者・味 ◆91wbDksrrE :2009/01/31(土) 23:05:50 ID:dxGSE00Q
投下します。

中で書かれてる分類とかの話は、記憶とざっと調べた内容に
基づいてますんで、実態とは異なる場合があるかもしれませんが、
その時は寛大な心でご容赦を。

ではいきます。


646 名前:図書室・未熟者・味 ◆91wbDksrrE :2009/01/31(土) 23:07:16 ID:dxGSE00Q
 連れ立って歩く男と女がその歩みを止めたのは、とある部屋の前だった。
部屋の名は『図書室』。数多の蔵書を有し、時にはその静寂故に勉学の
場として、時にはその情報量故に探索の場として活躍する、学びやに
おける頭脳……などと考えている人間が、果たしてどれくらいこの学びや
の中にいるだろうか。願わくば、より多くの人間にそう思ってもらいたいもの
なのだが……現実はそうはいかない。まことに残念な話だが。
 扉の前に立つ男と女の耳にも、静寂とは程遠い喧騒――と言っても、
学びやの中で比較するならば、相当にマシな方ではあるのだが――
が届いている。
 見れば、そのネクタイの色から、男と女は今年この学びやへとやってきた
新入生であるらしい。
「まったく、図書室の使い方が未熟な輩ばかりだ」
「図書室に熟練も未熟もないだろ、常識的に考えて……」
「お主も未熟者だな。見ているがいい。キャリア十五年の妙技を見せてやる!」
 扉を開ける直前、女――年恰好からすれば少女と呼ぶのが相応しい
だろう――は傍らでぼやく男――こちらも同じく少年と呼ぶのが相応しい
――を一喝した。無論、その場はまだ扉の前とはいえ、図書室という本来
静寂に満ちるべき場所であるが故に、声は絞られていた。なるほど、心得て
いるようだ。
「静かにするのだぞ、お主も」
 扉を開けると同時に、彼女の口元はキッと結ばれた。もう二度と声を
漏らさまい……そんな決意が伝わってきそうな程に、固く。
 その姿は、同じように凛々しくひきしまった目元や、ほっそりと
引き締まった面と合間って、まるで武士(もののふ)の如き、気高く強さを
覚える美しさを創り出していた。
 まあ、実際問題、二度と喋らないわけにはいかないのが現実ではあるが、
そうするのが妥当であるという彼女の考えはよく理解できた。
 だが、同行者にはその彼女の考えは理解できないらしい。
「見てろって言われてもなぁ……あ、俺漫画読みたい」
「うつけが。私達が何の為にここに来たと思っている」
「え? サボる為でしょ?」
「だからお主はうつけなのだ。調査の為に、図書室という場所は思いの外
 有益じゃという事も知らず、ただ静か故に仮眠の場とでも思っておるのだろう」
「違うの?」
「違うわっ!」
 言葉の勢いとは裏腹に、それでも彼女の声は小さい。
 周囲では、友達と談笑したり、備え付けのパソコンに向かいキーボードを
打鍵したり、眠りこけていびきをかいたりしている人間が多々見られる。
そういった人間の中にあっても、彼女は一人静寂を乱さまいと気を配っている。
「とにかく……この図書室に来るのは今日が初めてだが、中学のそれと
 勝手はそう変わらんはずだ。蔵書の数は比較にならん程多いが、幸いきちんと
 整理はされておるようだしな」
「お前……ホントに真面目だなぁ」
「お主が不真面目すぎるのだ。他人の優を賞賛する前に、まずは己の
 劣を疑い、恥るがよい。……とにかく、行くぞ。目的の書は、この奥にあるはず」
 どうやら、彼女達は何らかの調査を目的として、この図書室へとやってきた
らしい。本来図書室とは、そういう目的の為にこそ利用されるべき場所であり、
その為の機能を有している。この学びやにおいても、それは変わらない。
「なんでわかるの?」
「本の背にある分類番号を見るのだ」
「分類番号? この背表紙の?」
「うむ。それが書物の種類を表している。日本十進分類法というものだ」
「なんじゃそりゃ」
「図書室……図書館というものは、単に娯楽として読書をしたり、道具を持ち込んで
 勉強する為にだけ訪れるものではない。お主にも、それくらいわかるじゃろう」
「ああ、まあそりゃ……今みたいに、探し物しにきたりするよな」
「その通り。しかし、探し物をしにきたのに、どこに何があるのかわからんのでは
 話にならん。整理整頓され、目的の情報が載っていると思しき書物があるおおよその
 場所くらいわからなくてはな」
「へえ……」


647 名前:図書室・未熟者・味 ◆91wbDksrrE :2009/01/31(土) 23:07:49 ID:dxGSE00Q
「その為に用いられるのが、この番号というわけだ」
「そんなのに使うためについてたんだな、この番号。すげえな」
「知らなかっただろう?」
「なんかお前ホントに図書室の熟練者っぽいなぁ」
「恐れ入ったか」
「でも、そんな面倒な事しなくても、ネットで検索すりゃ一発じゃないか?」
「……」
「え、な、何? 俺なんか悪い事言った?」
 何気ない、少年にとってはそのつもりで放った言葉だったのだろう。だが、その他愛の
無い言葉に、少女のキリリと引き締まっていた顔が、見る間に崩れ、今にも目に光る
物が見えんばかりに歪んでいく。
「……それでは、浪漫がない」
 彼女はそんな表情のまま、これもまた、それまでの小さい、だがはっきりとした
声とは違う、呟くような、消え入るような声でそんな事を言う。
「ロマン?」
「そうだ。出会いの可能性を自ら狭めてしまう。それでは浪漫が無い」
「……よくわかんにゃい」
「味が無い、と言い換えてもいい。無味乾燥だ……とまでは言い切れないが。
 ネットで検索した方が、確かに正解の一部には早く辿り着けるだろう。だが……」
「だが?」
「目的の書物の隣に、面白そうな本を見つける事は、できない」
「そりゃ、そうだ……でも、それってそんなに大事な事か?」
「大事だとも。……ここだな」
 話をしながらも、彼女達は歩みを止めていなかった。
「世界史、文化史の棚……確かに、ここならありそうだな、神話の本」
「……大事だとも。でなけれな……私とお主も出会わなかった」
「ん? 何か言ったか?」
「いや……何も」
 それだけ言うと、少女は沈黙した。少年も、それに倣うように、また。
「……」
「……」
 沈黙を保ったまま、二人は棚に並んだ書物のタイトルを見つめ続けた。
「それにな」
 その沈黙を破ったのは、少女の方だった。彼女は、一冊の本を手に取ると、
少年に差し出した。
「正解の、その全容を知る事も……難しいのだ」
「……全容、ねぇ」
「この一冊だけでも、まだ足りぬ」
 次々と、少女は棚から本を抜き出していく。
「お、おい……ちょっと、多くないか?」
「調べるというのは、本来はこういう事だ。まあ、一先ずはこのくらいにしておこう」
「……お、重いんっすけど」
「何の為にお主を連れてきたと思っているのだ?」
「荷物持ちかよぉ」
「ふふっ……後でジュースくらいはおごってやる。一先ず移動するぞ」
 両手に分厚い本を抱えた少年を連れて、少女は入り口の方向へ歩いていく。
閲覧用の机は、入り口に程近い場所にあるからだ。
「私はな」
 その途中、少女は少年を振り返り、口を開いた。
「全てを知る事は、人の身にあっては不可能だと思っておる」
「……そりゃ当たり前だろ」
 彼女が何を言わんとしてそんな事を言い始めたのかはわからなかったが、確かに
その通りであろう事は間違いない。全てを知る事は、人の身にあっては……いや、人
ではないものであっても、不可能だ。“私”とて、そうなのだから。


648 名前:図書室・未熟者・味 ◆91wbDksrrE :2009/01/31(土) 23:08:09 ID:dxGSE00Q
「だが、だからと言って、対面した問題の、その答えだけを知ればいいとは、思っていない」
「……それも、当然だろ?」
 彼女が何を言おうとしているのかは、やはりわからなかった。だが、その顔には
徐々に活力が戻り、今にも泣き出しそうだった表情は、今や笑みすら浮かべる程に
なっていた。
「だから、私は本を探し、本を読むのだ。その時、答えに辿り着くまでに手に入る、
 全ての情報が、私にとっては意味がある。目的の本に載る答えの隣に記された言葉は無論、
 時には目的の本の隣にあった本の内容すらも、私にとっては意味がある……お主には、わかるか?」
 なるほど、そういう事か。
 彼女にとっては、図書室というのはそういう場所であり、そういう意味があったのだ。
「ぶっちゃけた話、よくわからん」
「……そうか」
 少年の返答に、見る間に少女の表情が萎んでいく。だが――
「でも、ちょっと面白いかも、って思った……ホントだぜ?」
「そうか!」
 ――次の一瞬で、再び花開く。
 その転変に、“私”は思わず苦笑いをもらしてしまった。もう一つの理解故に。
「それがわかれば……わかってくれれば十分だ! お主をここに連れてきたかいが
 あろうというもの!」
「おい、声でかいぞ」
「むっ……これはすまぬ」
 それまで抑えていた大きな声を思わず上げてしまう程、彼女の感情は激しく
揺さぶられたらしい。無論、嬉しさによって。まったく微笑ましいものだ。
「まあ、これからはもっと本読まないと駄目だろうしな……読み方、教えてくれるか?」
「ふっ……お主は未熟だからな。私がしかと指導してやる」
 少年の少しはにかんだ様子から、どうやら、二人の関係は定まったらしい事が伺えた。二つの
意味で喜ばしい事だ。彼が彼女に導かれてくれれば、それは“私”にとっても望ましいのだから。
 囁くような声で楽しげに会話を交わしながら、分厚い本のページを繰る二人。
 しばらくは“私”も彼らを観る事で、退屈を紛らわせる事ができそうだ。

                                          終わり




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