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「杭」、「灰」、「ノック」

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「杭」、「灰」、「ノック」




601 名前:創る名無しに見る名無し:2009/01/16(金) 23:26:51 ID:WKnujDtv
「お前これで満足なのか! この一年間、南高校に杭を打つ為に
 頑張ってきたんじゃないのか!」
 きっと先輩は楔と言いたいんだと思う。でもそんな事はどうでもいい。
もう、どうでも良かった。
「……満足なんてしてないですよ。ただ、どうでもいいだけです」
 自分でも驚く程に、その声は疲れきっていた。自分の声なのに、どこか
遠くから響いてくるようで、俺はなんだか自分が夢の中にいるような心地
だった。どうせ夢なら……もっといい夢を見せて欲しいもんだ。
「ははっ……」
 そんな自分の考えに、俺は自分で苦笑していた。
 夢は夢でも、俺が今見ているのは悪夢だ。それも、決して覚める事の無い。
「本当に……本当に、どうでもいいのか? お前の気持ちは……野球に
 かける気持ちは……その程度だったのか?」
 先輩は、信じられないと言った様子で、呆然と呟いた。
 確かに、俺はこの一年間、必死で野球に打ち込んできた。千本どころか、
一万本近い数のノックを毎日のように受け、いつも家に帰ると燃え尽きた灰の
ようになっていた。
 でも、それは……それは、毎年県大予選でうちが敗北している、南高校に勝つ
為なんかじゃ、決してなかった。そんな俺の姿を見て、元気付けるように笑って
くれる奴がいたから――だから、俺は頑張れた。俺は、勝とうと思えた。
 俺はただ……ただ、あの娘に、麻弥に、見てもらいたくて……凄いって言って
もらいたくて……あいつの笑顔が見たくて、だから……だから!
「俺には、もう続ける理由がありませんから、野球」
 あまりにもそっけなく響く、俺の言葉。
「……俺は、野球なんか、元々好きじゃなかったんですよ」
「だが、お前には才能が……」
「才能があるからなんだって言うんですかっ!」
 突然声を荒らげた俺に、先輩は身を竦ませた。
「……すいません、怒鳴ったりして。でも……俺は、野球なんか、元々
 好きじゃなかったんですよ。だから、辞めるんです。どうでもよくなったから、
 だから辞めるんです。それだけです。他には何も……ありません」
 ――もう、あいつはいない。だから、俺に野球を続ける理由は、何も、無い。
「……麻弥は……」
 先輩は、とうとうその名前を口にする。その名前を出せば、もう引き返せない
とわかっていながら、それでも口にした。もう、その名前にしかすがるものが
なかったのだろう。
「麻弥は……きっと、天国でお前の事を」
「そんなわけないでしょう!?」
 再び俺の怒声が部屋に響き、先輩の言葉を掻き消した。
「そんな都合のいい話が……あるわけ、ないでしょう……」
 最後は、絞り出すようにしか、言葉に出来なかった。
 俺は先輩に背を向ける。それは、拒絶の意思表示だ。
「……それでも……麻弥は、お前の事を天国で見ていてくれてる。
 例え、お前が野球を辞めても、な」
「……先輩に、なんでわかるんですか、そんな事」
「姉妹だから……姉妹、だったから、な」
 そう言い残して、先輩は部屋から出て行った。
「………………」
 これは夢だ。
 覚める事の無い悪夢だ。
 だから、何も救いは無い。都合のいい救済なんか、訪れない。
 俺は……自分が全てを捧げてもいいと思えた、たった一つの物を失い、
これから空虚に生きていくのだろう。
 これは、そういう話だ。だから、これで終わり。
 あとはもう……終わっていくだけだから。

                                      終わり




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