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「食事」、「150年後」、「《地球儀》」①

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konta

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「食事」、「150年後」、「≪地球語≫」①




501 名前:創る名無しに見る名無し:2008/12/07(日) 21:54:25 ID:fYTrHA8p
「君はこれを見てどう思うかね?」
 白い髭をたくわえた男は、向かいに座り、携行食での簡素な食事を
摂っている女に尋ねた。手元にある、小さな模型のようなものを指し示しながら。
「どうって……《奇妙な双子の根源》……シャム・オリジナル、ですよね」
「そうだ。その球体地図……かつて、かの世界においては、当時の天体名を
 取って《地球儀》と呼ばれていたものだ」
「その骨董品がどうかしたんですか、先生?」
 女は相変わらずパリポリと音を立てながら、携行食を頬張っている。
 その様子に、男は軽く嘆息を漏らしながら、言葉を続けた。
「……君の食べているそれだがね」
「これですか? ごく一般的な、このテラにおける食事ですよね?
 これがどうかされたんですか?」
 栄養を満たし、ある種の成分により腹も満たし、それを食べるだけで
一日分の食事を取る必要がなくなるというそれは、この世界が“テラ”と
呼ばれるようになった頃から作られるようになり、今では全世界において
広く食されるようになっている。
「味気ないと、そうは思わんか?」
「味気ない? ……これ、チョコレート味ですけど?」
「そういう事を言っているのではない」
 男は再び嘆息し、壁面ディスプレイのスイッチを入れた。
「かつて、テラがアースと分かたれる前……その星がまだ《地球》と
 呼ばれていた頃の食事が、これだ」
「へえ」
 そこには、その当時の一般的な昼食――当時は一日の食事を
三回に分けて取るのが一般的で、つまりはこれは昼に食べる
食事というわけだ――の様子が映し出されていた。
 その映像には時折ノイズが走り、お世辞にも綺麗な映像とは
いえなかったが、そこに映っている物については十分に判別できた。
「なんか……ごちゃごちゃしてて、面倒臭そうですね」
 女は、感じたままを素直に口にする。
 茶碗という言葉も、そこに盛られている白米という存在も、そして
おかずという概念すらも、彼女には存在しない。いや、彼女だけではなく――
「……それが、今を生きる我々の、一般的な考え方だな」
 この世界の、誰の中にも。
 簡素な食事。彼女の食事風景をそう評する人間は、この世界の中に限って
言えば、男くらいのものだ。この世界における“一般”は、彼女の感性に
他ならず、そしてこの世界には、男のように、過去を振り返る人間は――
歴史を読み解こうとする人間は、ほぼ、存在しない。
 故に、彼女の摂っている食事は“当たり前の食事”であり、決して本来は
“簡素な食事”などと評されるものではないのだ。それは食事だけの話ではなく、
ありとあらゆる活動が合理化され、最小限の労力で済むようにと、今の世界は
その様式を変えていた。いや、変えていたという言葉も当てはまるかどうか。
男にしろ、女にしろ、気づいた時には世界はそうあったのだから。
 ただ、昔を知ろうとした男だけが、かつてはそうでなかったという事を
知っているに過ぎない。ただ、それだけだ。
「だが思うのだよ、私は」
 男は、孤独な男は、だがそれでも思わずにいられなかった。
 白い髭を撫で付けながら、遠くへと視線を飛ばす。天窓から見える空に浮かぶ、
青く、白く、緑色をした天体へと。
「世界が元の一つから、二つに分かれて一体何年の月日が流れたのか……
 それは未だ私にもわからん。誰にもわからん」
 《地球》という一つの星が、《テラ》と《アース》という二つの星に分かたれた。
その事実は、空に浮かぶ青く、白く、緑色をした天体が教えてくれる。
その事実は、誰もが知っている。だから、かつて《地球》と呼ばれていたこの世界の
源は、現在《奇妙な双子の根源》という名で呼ばれている。
 だが、それだけだ。空に浮かぶそれは、その事実を教えるだけで、
他に何も語りはしない。そして、多くの……いや、彼以外の誰も、それ以上を
知ろうとはしなかった。過去も、現在も――
(――そして、これからも?)


502 名前:創る名無しに見る名無し:2008/12/07(日) 21:55:06 ID:fYTrHA8p
 何故かはわからない。だが、その事を……誰も過去を振り返ろうとしないという
事実が、男の身体に身震いを生じさせる。
 いつだったかはわからない。最初にその身震いを感じたその時から、
男は孤独にも過去を振り返り、歴史を紐解く努力を始め、そして今に至っている。
「知ろうとすればわかるのかと思ったが……私一人がそうした所で、
 過去を、歴史を紐解くのには限界があった。いくつかの資料を発見し、
 ようやくかつての《地球》における生活をある程度推測できるようになった程度だ」
 男は、視線を天よりおろし、壁面ディスプレイの映像に向けた。
「かつての生活は、現在よりずっと雑多で無駄が多かった。だが、
 かつての人々は、今よりずっとよく笑っているように、私には思えた」
「……先生、何か今日、変じゃないですか?」
 女は言う。その通りなのかもしれない。苦笑を漏らしながら男は思った。
 一応、彼女は男にとって助手のような役割を持った存在ではあったが、
彼の考えに共鳴してはいない。やはり、彼女もこの世界の人間であり、
それ以上ではなかった。だが――
「君に、頼みたい」
 ――それでも、彼女は男の、いわば道楽とすら言える活動に、唯一
今まで不平も漏らさず付き合ってくれている、彼に一番近い存在だ。
「託すならば……君にしか託せない」
「……何を、言ってるんですか?」
 女は、携行食を机の上に置き、男の瞳をじっと見つめた。
 一体、彼が何を言いたいのかを、何とかして察そうとするように。
「私ももう歳だ。この通り、髪も白くなり、髭まで真っ白だ」
「……!」
 女の表情が変わる。男の口調が、次第に師としてのそれから変わって
いる事に、彼女は気づいたらしい。
「君に学問を教えた師として……そして、失格者ではあったとしても、
 君がこの世に生を受けるきっかけとなった――父親として」
「……やめてよ、父さん」
 女の口調が変わる。師と弟子としての口調から、父と娘としてのそれに。
 母が去り、他の子供達が去っても、それでも残った、一人だけ残った娘。
 彼女が残ってくれた理由は、男にはよくわからなかった。本当に、何もかも
わからない事だらけだという事を、今更想い、男は再び苦笑する。
「だから、君に……お前に、託したい」
 これは、押しつけなのだろうな、と苦笑の中に思いながら、恐らく、託されるも
捨てるも自由だと言っても、彼女は託される事を選ぶだろうなと予測しながら、
自分のそういった計算に軽く呆れながら、それでも彼は口にした。
 その、願いの言葉を。
「過去を……追ってくれ」

 男は、それから三日後に、安らかな顔で息を引き取った。
 女は、あの言葉が遺言であったという事に、ようやく確信を得て、
そして、彼と同じような――父とよく似た表情で、苦笑した。
「……父さんったら、ホント、勝手なんだから」
 その苦笑は、だがしかし、決意に溢れた物だった。
 その日、その瞬間、彼女の道が始まる。
 苦難に満ちた――だが、孤独ではない道が。



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