「魔法」、「パンダ」、「黒子」③
465 名前:笑いボクロ 1/6 ◆phHQ0dmfn2 :2008/12/01(月) 15:27:36 ID:4nte5+W2
その女は美しくなかった。いや、正確に言うなら醜かった。
だらしなく太った体、シミと吹き出物だらけのくすんだ肌、肉団子のような脂ぎった鼻
、分厚く紫色の唇、腫れぼったい目。さらに血行が悪いため、目の周りは常に濃いクマで
縁取られており、周りからは「パンダちゃん」などと揶揄されていた。
部屋で鏡の前に立ち、一人つぶやく。
「どうしてこんな顔に生まれてきたんだろう……」
彼女は恋も知らない。人並みに男性に好意を寄せたことはあるが、自分の容姿を気に病
み、いつも想いを伝えることができないでいた。
「わたしだって恋をしたい、生まれ変わりたい。美しくなりたい、美しく……」
その女は美しくなかった。いや、正確に言うなら醜かった。
だらしなく太った体、シミと吹き出物だらけのくすんだ肌、肉団子のような脂ぎった鼻
、分厚く紫色の唇、腫れぼったい目。さらに血行が悪いため、目の周りは常に濃いクマで
縁取られており、周りからは「パンダちゃん」などと揶揄されていた。
部屋で鏡の前に立ち、一人つぶやく。
「どうしてこんな顔に生まれてきたんだろう……」
彼女は恋も知らない。人並みに男性に好意を寄せたことはあるが、自分の容姿を気に病
み、いつも想いを伝えることができないでいた。
「わたしだって恋をしたい、生まれ変わりたい。美しくなりたい、美しく……」
「なれるわよ」
突然、声がした。
驚いて振り返ると、小さな可愛らしい女の子が立って……いや、浮かんでいる。文字通
り『小さな』女の子で、身長は十五センチくらいだろうか。背中には透き通った羽がつい
ている。
「あなた……何なの?」
「妖精よ」
女がたずねると、こともなげに答えた。夢かと思い頬をつねってみると、たしかな痛み
がある。これは現実なのだ。
突然、声がした。
驚いて振り返ると、小さな可愛らしい女の子が立って……いや、浮かんでいる。文字通
り『小さな』女の子で、身長は十五センチくらいだろうか。背中には透き通った羽がつい
ている。
「あなた……何なの?」
「妖精よ」
女がたずねると、こともなげに答えた。夢かと思い頬をつねってみると、たしかな痛み
がある。これは現実なのだ。
466 名前:笑いボクロ 2/6 ◆phHQ0dmfn2 :2008/12/01(月) 15:29:48 ID:4nte5+W2
「わたしは美の女神様に仕える妖精なの。お望みなら、あなたを魔法で美しくしてあげて
もいいわ」
まるでシンデレラだ。突然の申し出に一瞬戸惑うも、女に断る理由はなかった。
「お願い、美しくして。そのためなら何でもするから」
心の底から懇願する女。
「わかったわ、あなたの理想通りにしてあげる。でも一つだけ約束して、これからは絶対
に『笑って』はだめ」
「笑っては……だめ?」
「ええ、そう。願いを叶えるには、それ相応の対価が必要なの」
「もし笑ったらどうなるの? まさか命を落とすとか……」
不安げに聞くと、妖精はクスクスと笑った。
「大丈夫、そんな大事にはならないから安心して。えっとね、これからは一回笑うたびに
、あなたの顔にホクロができちゃうの。泣きボクロならぬ『笑いボクロ』ってところね。
顔中ホクロだらけじゃあ、せっかく美しくなっても台無しだから気を付けないとね。さ、
どうする? 覚悟はできた?」
女は少し悩んだ後うなずいた。
「ハルハルハルハルトシュラー……」
妖精が手をかざし呪文を唱えると、女の体は暖かい光に包まれた。
「はい出来上がり、これで満足かしら?」
おそるおそる鏡をのぞき込み、女は思わず息を飲んだ。
「わたしは美の女神様に仕える妖精なの。お望みなら、あなたを魔法で美しくしてあげて
もいいわ」
まるでシンデレラだ。突然の申し出に一瞬戸惑うも、女に断る理由はなかった。
「お願い、美しくして。そのためなら何でもするから」
心の底から懇願する女。
「わかったわ、あなたの理想通りにしてあげる。でも一つだけ約束して、これからは絶対
に『笑って』はだめ」
「笑っては……だめ?」
「ええ、そう。願いを叶えるには、それ相応の対価が必要なの」
「もし笑ったらどうなるの? まさか命を落とすとか……」
不安げに聞くと、妖精はクスクスと笑った。
「大丈夫、そんな大事にはならないから安心して。えっとね、これからは一回笑うたびに
、あなたの顔にホクロができちゃうの。泣きボクロならぬ『笑いボクロ』ってところね。
顔中ホクロだらけじゃあ、せっかく美しくなっても台無しだから気を付けないとね。さ、
どうする? 覚悟はできた?」
女は少し悩んだ後うなずいた。
「ハルハルハルハルトシュラー……」
妖精が手をかざし呪文を唱えると、女の体は暖かい光に包まれた。
「はい出来上がり、これで満足かしら?」
おそるおそる鏡をのぞき込み、女は思わず息を飲んだ。
467 名前:笑いボクロ 4/6 ◆phHQ0dmfn2 :2008/12/01(月) 15:32:11 ID:4nte5+W2
すらりとした体、しなやかな手足、艶やかな髪、透き通った白い肌。大きくて潤んだ瞳
は長い睫で縁取られ、形のいい鼻とピンクの唇には艶めかしい色気が漂う。そこには思い
描いていた理想の自分の姿があった。
「これが……わたし?」
思わず笑顔がこぼれる。
「すごい……すごいわ! 本当にありがとう」
礼を言おうと振り返ったが、妖精は消えていた。
次の日、目覚めた彼女は再び鏡を見てうっとりとする。しかし、あることに気付いた。
「あれ? こんなところにホクロが……」
頬の真ん中に、ぽつんと小さなホクロがあった。昨日見たときはなかったはずだ。
「そっか……昨日、うっかり笑っちゃったんだ。これからは気を付けないと」
すらりとした体、しなやかな手足、艶やかな髪、透き通った白い肌。大きくて潤んだ瞳
は長い睫で縁取られ、形のいい鼻とピンクの唇には艶めかしい色気が漂う。そこには思い
描いていた理想の自分の姿があった。
「これが……わたし?」
思わず笑顔がこぼれる。
「すごい……すごいわ! 本当にありがとう」
礼を言おうと振り返ったが、妖精は消えていた。
次の日、目覚めた彼女は再び鏡を見てうっとりとする。しかし、あることに気付いた。
「あれ? こんなところにホクロが……」
頬の真ん中に、ぽつんと小さなホクロがあった。昨日見たときはなかったはずだ。
「そっか……昨日、うっかり笑っちゃったんだ。これからは気を付けないと」
女は職も住まいも変え、生まれ変わった新しい人生を送り始めた。
夢のような毎日だった。すれ違う男たちは彼女を見て感嘆を漏らし、女たちは妬みと憧
れの入り交じった視線を浴びせる。これまで味わったことのない快楽に、女は酔いしれて
いた。
夢のような毎日だった。すれ違う男たちは彼女を見て感嘆を漏らし、女たちは妬みと憧
れの入り交じった視線を浴びせる。これまで味わったことのない快楽に、女は酔いしれて
いた。
468 名前:笑いボクロ 4/6 ◆phHQ0dmfn2 :2008/12/01(月) 15:35:35 ID:4nte5+W2
しかし『笑えない』生活というのは、なかなか骨の折れるものだ。彼女はテレビや漫画
を見ることを止めた。また人付き合いも必要最小限しかしなくなった。何かのきっかけで
笑ってしまっては、せっかくの美しさが台無しだ。
「君は変わってるね」
男性からはこんな風によく言われる。デートに誘われることはたびたびあったが、笑顔
をまったく見せない彼女と深い仲になる者はいなかった。
「これも美しさを保つためなんだもの、仕方ないわ」
女は自分自身にそう言い聞かせる。念願の美を手に入れたのだ、このくらいの代償には
耐えなければならない。
しかし『笑えない』生活というのは、なかなか骨の折れるものだ。彼女はテレビや漫画
を見ることを止めた。また人付き合いも必要最小限しかしなくなった。何かのきっかけで
笑ってしまっては、せっかくの美しさが台無しだ。
「君は変わってるね」
男性からはこんな風によく言われる。デートに誘われることはたびたびあったが、笑顔
をまったく見せない彼女と深い仲になる者はいなかった。
「これも美しさを保つためなんだもの、仕方ないわ」
女は自分自身にそう言い聞かせる。念願の美を手に入れたのだ、このくらいの代償には
耐えなければならない。
そんなある日、彼女は恋をした。ふとしたことで知り合った青年に、一目で心を奪われ
てしまったのだ。
ギリシア彫刻のような引き締まった体、精悍かつ繊細な顔立ちは、単に整っているとい
うだけではなく、言葉に表せない不思議な魅力を放っている。
(この人が、もしかしたらわたしの運命の……)
女は直感的にそう思った。
また、青年には少し変わった部分があった。若くてハンサムなのに、人付き合いを避け
世捨て人のような生活を送っているそうだ。どこか自分と似ていて、そこに女は惹かれた
のかもしれない。
女は毎日その青年のことを想う、想いはどんどん膨らむ。そしてついに決心した。
「この想いを伝えよう」
てしまったのだ。
ギリシア彫刻のような引き締まった体、精悍かつ繊細な顔立ちは、単に整っているとい
うだけではなく、言葉に表せない不思議な魅力を放っている。
(この人が、もしかしたらわたしの運命の……)
女は直感的にそう思った。
また、青年には少し変わった部分があった。若くてハンサムなのに、人付き合いを避け
世捨て人のような生活を送っているそうだ。どこか自分と似ていて、そこに女は惹かれた
のかもしれない。
女は毎日その青年のことを想う、想いはどんどん膨らむ。そしてついに決心した。
「この想いを伝えよう」
469 名前:笑いボクロ 5/6 ◆phHQ0dmfn2 :2008/12/01(月) 15:37:16 ID:4nte5+W2
美しさからくる自信は、彼女を行動に駆り立てた。意を決して青年の部屋を訪ねる女。
「どなたですか?」
青年が顔を出す。しかしその顔は、全体が隠れるほどの大きなマスクとサングラスに覆
われていた。
「すみません、突然お邪魔して……あの、どうかされたんですか?」
「いや……ちょっとね。それより何か用ですか?」
ぶっきらぼうに言う青年、どうやらあまり歓迎はされていないようだ。しかしここまで
来ては引き下がれない。すうっと深呼吸をして、彼女は想いを告げた。
「わたし……あなたのことが好きなんです」
しばしの沈黙の後、男が口を開く。
「ありがとう、うれしいよ。でも、残念だけど君とはつき合えないんだ」
女の目の前が真っ暗になった。自分の美しさに自信を持っていただけに、断られたショ
ックは大きかった。
美しさからくる自信は、彼女を行動に駆り立てた。意を決して青年の部屋を訪ねる女。
「どなたですか?」
青年が顔を出す。しかしその顔は、全体が隠れるほどの大きなマスクとサングラスに覆
われていた。
「すみません、突然お邪魔して……あの、どうかされたんですか?」
「いや……ちょっとね。それより何か用ですか?」
ぶっきらぼうに言う青年、どうやらあまり歓迎はされていないようだ。しかしここまで
来ては引き下がれない。すうっと深呼吸をして、彼女は想いを告げた。
「わたし……あなたのことが好きなんです」
しばしの沈黙の後、男が口を開く。
「ありがとう、うれしいよ。でも、残念だけど君とはつき合えないんだ」
女の目の前が真っ暗になった。自分の美しさに自信を持っていただけに、断られたショ
ックは大きかった。
470 名前:笑いボクロ 6/6 ◆phHQ0dmfn2 :2008/12/01(月) 15:38:52 ID:4nte5+W2
「あの……わたし、タイプじゃないですか?」
「そんなことないよ、君はとてもきれいだし魅力的だ」
「じゃあ、他に恋人や好きな人でも?」
「いや、そんな人いないさ」
じゃあどうしてと食い下がる女。青年は困ったように腕組みをした後、仕方ないなとい
う風に口を開いた。
「うーん、このままだとあきらめてくれないみたいだね。じゃあ正直に打ち明けるよ。実
は、昔の僕はとても醜い男だったんだ。でもある日、不思議な妖精が現れて、魔法の力で
今の姿に変えてくれたんだ。信じられないかもしれないけど、本当の話だよ。でも、それ
には条件があってね。誰かが僕のことを好きになり想いを寄せるようになると、その間、
僕の顔は……」
そう言って青年はマスクを外した。現れた顔を見て、女は絶句する。
「こうなってしまうんだ、笑えない話だろ?」
そこには、顔一面をびっしりと覆う『想われニキビ』が……
「あの……わたし、タイプじゃないですか?」
「そんなことないよ、君はとてもきれいだし魅力的だ」
「じゃあ、他に恋人や好きな人でも?」
「いや、そんな人いないさ」
じゃあどうしてと食い下がる女。青年は困ったように腕組みをした後、仕方ないなとい
う風に口を開いた。
「うーん、このままだとあきらめてくれないみたいだね。じゃあ正直に打ち明けるよ。実
は、昔の僕はとても醜い男だったんだ。でもある日、不思議な妖精が現れて、魔法の力で
今の姿に変えてくれたんだ。信じられないかもしれないけど、本当の話だよ。でも、それ
には条件があってね。誰かが僕のことを好きになり想いを寄せるようになると、その間、
僕の顔は……」
そう言って青年はマスクを外した。現れた顔を見て、女は絶句する。
「こうなってしまうんだ、笑えない話だろ?」
そこには、顔一面をびっしりと覆う『想われニキビ』が……